兎神水族館の看板が見える。開館前の到着だ。
これなら絶対、買える!
期待に胸が高鳴り、純夜はその場で跳ねた。
「え……!?」
開門し、スタッフに出迎えられ、チケットを手に入れて真っ先に向かった、土産物ショップで、純夜はガクリとひざを落とした。
スタッフ曰く、水族館限定ぬいぐるみの、今夏の入荷はないのだと言う。
「そっかあ。毎年、夏はぬいぐるみ、祭り用のがあるからなあ」
「本当に、よい兄がいながら、すっかり忘れてたあ〜!」
純夜は空の棚に立ててある宣伝ポスターのデザインを泣く泣く目に焼きつけ、「実物、欲しかったぁ」と肩を落としながら店を出た。
「気を取り直して、レポート、やろうぜ」
「うん……」
リュックからスケッチブックを取り出し、もう片方に鉛筆を持って、純夜はのろのろと光輝についていく。
「よい兄から見せてもらえないのか?」
「だって商品だよ? 仕事のものは守秘義務があるじゃん。家族に見せたらダメだって」
「サンプルとかどうしてんだ?」
「よい兄、仕事のものは、部屋から持ち出さないんだよね」
「仕事部屋、入ったの、本当に小さい頃だったから、よく覚えてない」と純夜は悔しさで唇を噛む。
「父さんと正反対だな。部屋、いつも開けっ放しだし、そんなに入らないけど、勝手に入っても何も言われないし、なんなら家のそこら中に資料やらが侵食してるぜ」
「そっかだから」
光輝は家にいたくないのだ。天文学、仕事に関するものばかりで、家を埋め尽くされ、心底、居心地が悪いにちがいなかった。
「生き物をスケッチしたら、おいしいの、食べよう!」
「そうだ、文化祭のメニュー調査もあったな」
水槽を回りながら、二人はスケッチブックに、生き物たちの姿を描き留めていく。
「このクラゲのヒラヒラのデザイン、いい!」
「でも、動くのに邪魔じゃね?」
「確かに」
スケッチをしながら、純夜は衣装のデザインも考えていた。
「わあ……」
縦に伸びる、小さな筒状の水槽の前で、彼は感嘆の声を上げた。
「クリオネだな」
「すごく神秘的でかわいい」
クリオネの水槽に釘付けになり、純夜はスケッチブックを落としかける。
「それに光の加減が素敵、あ」
床にコロンと音を立てて、鉛筆が落ちた。慌てて彼が拾おうとすると、光輝が先に取り上げてしまう。
「スケッチブックもほら、持っててやるよ」
「ありがとう」と光輝にすっかり荷物を預け、純夜はクリオネに夢中になった。
ふわりと羽のように見えるヒレっぽいもの。にょきっと生えた触覚、いや、猫耳にも似てる。半透明の体から透けて見える淡い赤。
なによりその清純な可憐さ。
「光輝……」
「はい、どうぞ」
水槽から目を離さないまま、純夜は光輝から、描画道具一式を受け取る。
天女の羽衣みたいな、半透明の羽で、背中に生やして短く垂らす感じで、レースか、シースルーか。シースルーで下の布地の色を透かして見せるのもいい。
飾りには、この美しい光の折り重なりを表現するモチーフやデザインを入れたい……。
「ステンドグラス風、かな」
パッチワーク調の柄生地で光沢があるもの。いや、スカーフの方が個性的な柄もあって、光沢感もある。
「夏だし、柄物のガーゼでもいいなあ」
アクセサリーには、ドリンクメニューのドリンクの色を使って、襟のビジューにするとかもいい。
生地はクラシカルスタイルに合う、深めの色合いで、動きやすく軽量な、綿麻混生地にしよう。
「イメージ、固まってきたな」
「うん!」
純夜は限定グッズを買えなかった悔しさをすっかり忘れ、衣装デザインを描き込んだスケッチブックを胸に抱えて、よろこびを噛みしめた。
「じゃあ、そろそろ昼飯な」
「待たせて、ごめん」
「ちょうどいい頃合いだろ」
純夜が夢中になって描きつけている間、ずっと光輝はどこにも行かず、彼のそばにいたのだ。彼の用事が終わるまで、暇つぶしに一人で館内をうろうろしたってよかったはずだ。
光輝はずっと隣で見守っていくれたのだと思うと、純夜は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
これなら絶対、買える!
期待に胸が高鳴り、純夜はその場で跳ねた。
「え……!?」
開門し、スタッフに出迎えられ、チケットを手に入れて真っ先に向かった、土産物ショップで、純夜はガクリとひざを落とした。
スタッフ曰く、水族館限定ぬいぐるみの、今夏の入荷はないのだと言う。
「そっかあ。毎年、夏はぬいぐるみ、祭り用のがあるからなあ」
「本当に、よい兄がいながら、すっかり忘れてたあ〜!」
純夜は空の棚に立ててある宣伝ポスターのデザインを泣く泣く目に焼きつけ、「実物、欲しかったぁ」と肩を落としながら店を出た。
「気を取り直して、レポート、やろうぜ」
「うん……」
リュックからスケッチブックを取り出し、もう片方に鉛筆を持って、純夜はのろのろと光輝についていく。
「よい兄から見せてもらえないのか?」
「だって商品だよ? 仕事のものは守秘義務があるじゃん。家族に見せたらダメだって」
「サンプルとかどうしてんだ?」
「よい兄、仕事のものは、部屋から持ち出さないんだよね」
「仕事部屋、入ったの、本当に小さい頃だったから、よく覚えてない」と純夜は悔しさで唇を噛む。
「父さんと正反対だな。部屋、いつも開けっ放しだし、そんなに入らないけど、勝手に入っても何も言われないし、なんなら家のそこら中に資料やらが侵食してるぜ」
「そっかだから」
光輝は家にいたくないのだ。天文学、仕事に関するものばかりで、家を埋め尽くされ、心底、居心地が悪いにちがいなかった。
「生き物をスケッチしたら、おいしいの、食べよう!」
「そうだ、文化祭のメニュー調査もあったな」
水槽を回りながら、二人はスケッチブックに、生き物たちの姿を描き留めていく。
「このクラゲのヒラヒラのデザイン、いい!」
「でも、動くのに邪魔じゃね?」
「確かに」
スケッチをしながら、純夜は衣装のデザインも考えていた。
「わあ……」
縦に伸びる、小さな筒状の水槽の前で、彼は感嘆の声を上げた。
「クリオネだな」
「すごく神秘的でかわいい」
クリオネの水槽に釘付けになり、純夜はスケッチブックを落としかける。
「それに光の加減が素敵、あ」
床にコロンと音を立てて、鉛筆が落ちた。慌てて彼が拾おうとすると、光輝が先に取り上げてしまう。
「スケッチブックもほら、持っててやるよ」
「ありがとう」と光輝にすっかり荷物を預け、純夜はクリオネに夢中になった。
ふわりと羽のように見えるヒレっぽいもの。にょきっと生えた触覚、いや、猫耳にも似てる。半透明の体から透けて見える淡い赤。
なによりその清純な可憐さ。
「光輝……」
「はい、どうぞ」
水槽から目を離さないまま、純夜は光輝から、描画道具一式を受け取る。
天女の羽衣みたいな、半透明の羽で、背中に生やして短く垂らす感じで、レースか、シースルーか。シースルーで下の布地の色を透かして見せるのもいい。
飾りには、この美しい光の折り重なりを表現するモチーフやデザインを入れたい……。
「ステンドグラス風、かな」
パッチワーク調の柄生地で光沢があるもの。いや、スカーフの方が個性的な柄もあって、光沢感もある。
「夏だし、柄物のガーゼでもいいなあ」
アクセサリーには、ドリンクメニューのドリンクの色を使って、襟のビジューにするとかもいい。
生地はクラシカルスタイルに合う、深めの色合いで、動きやすく軽量な、綿麻混生地にしよう。
「イメージ、固まってきたな」
「うん!」
純夜は限定グッズを買えなかった悔しさをすっかり忘れ、衣装デザインを描き込んだスケッチブックを胸に抱えて、よろこびを噛みしめた。
「じゃあ、そろそろ昼飯な」
「待たせて、ごめん」
「ちょうどいい頃合いだろ」
純夜が夢中になって描きつけている間、ずっと光輝はどこにも行かず、彼のそばにいたのだ。彼の用事が終わるまで、暇つぶしに一人で館内をうろうろしたってよかったはずだ。
光輝はずっと隣で見守っていくれたのだと思うと、純夜は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
