末永くお鈍いもふしてあげます

 定期テストを終え、夏休みを迎える。高校三年生の純夜たちは大半が進学を希望しているため、受験勉強に明け暮れることになるが、ときおり文化祭の準備に集まり、みんなで息抜きをしようと約束し、解散していった。
 文化祭の準備か。
 純夜に任されたのは、衣装制作の一部だ。ぬいぐるみ縫製のプロである兄を見て育った彼にぴったりの役目だった。
 兄のような精巧なぬいぐるみを作ることは純夜には到底できないが、服なら縫えた。
 ミシンは壊すので使えないため、手縫いになるから、早めに作りはじめないと。
 仮縫いにしておいて、みんなが集まったときに、着る人に合わせてから本縫いをするから、それまでに。いや、ゆとりを持たせて本縫いをして大方仕上げておいて、調整の方がいいか。
 予算はあるけど、衣装費は切り詰めて、喫茶で提供する飲食物にこだわった方がお客さんがよろこぶ。そうすると、少し、持ち出して、家に眠っている生地や装飾を利用しつつ……。
 頭のなかで衣装デザインや型紙、縫製の手順などを考えに考えまくっていた純夜は、「聞いてんのか」とすねる幼なじみの声で意識を戻した。
「うん。暑い」
「聞いてなかったな」
「えへへ。文化祭の衣装のことで頭がいっぱいで」
 「で、なんだっけ」と純夜は頭をかきながら、となりの光輝を見た。
「水族館、行こうぜ」
 「自由研究レポート、三年は任意だけどさ」と光輝は伸びをした腕を脱力した。
「せっかくなら加点を狙おうかと」
「分かった。行こう」
 「あ」と純夜は声を上げた。
「お願いなんだけど、水族館、明日の朝一番で行きたいんだ」
「おう、いいぜ。遠いから、朝八時頃、迎えに行く」
「ありがとう!」
 純夜は光輝の手を握りこみ、上下に激しく揺らしてよろこんだ。

 朝陽がまぶしい。兄が起こしに来る前に、純夜は目を覚まし、布団を上げた。
 よく寝た。準備も昨日のうちに完璧に済ませた。お昼は向こうで食べるから大丈夫。
 枕のそばに寝かせているぬいぐるみをなでる。
 もふこみゅーる。今日、ゲットしてくるからね。
 ぬいぐるみに行ってきますを告げて、ベッドから下りる。
 昨晩のうちに用意しておいた着替えに袖を通す。
 半袖のシャツは涼しいが、肌が焼けるからとカーディガンを羽織る。鏡の前で彼はくるりと回ってみせる。
「すみくん。もうそろそろ」
 兄の声が純夜を呼んだ。
 「はーい」と元気よく返事をして荷物を持ち、彼は部屋を出た。
「すみくん、帽子」
 兄と朝食を終え、玄関で靴を履いていた純夜はハッと顔を上げた。
「それとサングラスは持った?」
 「サングラスは入れたよ、よい兄、ありがとう」と忘れるところだった帽子を受け取る。
「暑いから気をつけて、行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます!」
 意気揚々と玄関を出て、純夜は日照りの道へ繰り出す。
 迎えに来るという光輝が、玄関のチャイムを鳴らしてから出るべきだったのに、純夜は待ちきれず、外に出てしまった。
 だって今日は。
 彼は逸る気持ちを抑えられず、こぶしを握りしめ、突き上げる。
 衣装デザインの参考と、もふこみゅーるのお土産に、水族館限定グッズを手に入れるんだ!
「ずいぶん気合い入ってんな」
 光輝の声に、純夜は顔を上げた。
「あれ? 光輝なんだか」
 いつもとちがう。
 純夜はうーんとうなる。
 形容しがたいこの、ラフ寄りなのに、センスが光っているとしか。
「うん! そう! なんか、似合っててかっこいい!」
「そうか、へへ」
 光輝が分かりやすく照れている。
 うん。いい!
 純夜は人差し指を立てた。
 ラフで着やすく、かつ純喫茶イメージのクラシカルスタイルにもうひと工夫。
「イメージ固まりそう!」
「あれか、文化祭の」
「そう! それで水族館限定衣装のぬいぐるみをゲットしたくて」
 「よい兄、普段は洋服は作らないんだよ。でもね、水族館限定商品はぬいぐるみと衣装が一体化してるデザインらしくて……!」と純夜は興奮気味に語った。
「分かった、分かった。早く行こうぜ」
 「俺も限定のドリンクとか、見てこなきゃだし。ちょうどよかったぜ」と光輝が純夜の手を取る。
 二人は手を繋ぎなから、夏の兎神町を歩いていく。
「そっか。光輝はドリンクの担当か」
「あぁ。俺がみんなの提案、却下した身だし、協力して誠意、見せないとだろ」
 「やっぱクリームソーダは外せないと思うんだ」「あと、なんだろう、コーヒーは必須な感じする」「そう。それで三種目は変わり種にしてくれって頼まれててさ」「変わり種って難しい注文」「俺がメインに、草カレーとか、薬草がゆとか、健康にいいし、色も落ち着いててクラシカルだろって言ったら、やめてくれ、ドリンク担当で頼むって言われて」「あはは。そうなんだ」と笑い合いながら二人は、暑くて溶けそうな、水族館までの道のりを楽しんだ。