末永くお鈍いもふしてあげます

 翌朝、朝の会の前。教壇に上がった二人、光輝と純夜に注目が集まる。
「えっと、黒板に、あ!」
「俺が書く」
 純夜が落としかけたチョークを光輝がすんでのところで受け止め、黒板に文字を書いていく。
 力強く書かれた白文字に、クラスメイトみんなが目線を一心に注ぎ、合唱するように読み上げた。
「〝恋愛シミュレーションカフェ〟?」
「そう! これなら、かぶらない!」
 額の汗を拭い、純夜は胸を張った。
 理想の夏祭りを叶えるために何度、夢でシミュレーションをしたことか。
 夢をコントロールしようとすると、最悪な夢見になるから。
 夢に任せた。結果、〝シミュレーションカフェ〟が夢に出た。
 「付き合うの意味も知らなそうな金屯(かなとん)からそんな言葉が」「恋愛シミュレーションの発想、どこから沸いた?」とクラス中から困惑の声が上がったが。
「ただのシミュレーションカフェにしようと思ったんだけど」
 夢から覚めた純夜は、味気ない名前に頭をひねり、ついに編み出したのだ。
「レンアイって言葉が可愛いと思って」
 クラス中が静まり返った。隣に立つ光輝だけが一瞬、吹きだし、こらえながらも笑っている。
「ほら、天文カフェみたいな可愛い響き、残したいなって思ってさ! 変、かな……?」
「すみやんは、そのままでいてな」
 「うん。ピュアピュアで申し訳なくなってきた」「これが夢見がち男子の本領発揮か」とクラスの雰囲気がだらけた。
「じゃあ、放課後、企画を詰めるからな」
 光輝のひと声でいったんその場はお開きになり、一日がはじまった。
 純夜は鉛筆を持ち、ノートや教科書を広げ、授業を受けながらも、頭は文化祭の企画のことでいっぱいだった。
 文化祭のクラス出展は、企画名称こそ決まったものの、まだまだコンセプトやアピールポイントが未知数すぎた。
 名前も、なんか、かわいい響き! で飛びついて決めてしまったため、胸は張ったものの、クラスメイトの反応を目の当たりして、彼は自信が持てずにいた。
 辞書を引いて言葉の意味を知ってからの方がよかったかなあ。
 昼休みになり、昼食もそこそこに、純夜は一人、図書室に足を運ぶ。
 辞書の棚から分厚い一冊を取り出し、ページをめくる。
 すごい、あった!
「恋愛シミュレーション、ゲーム?」
 ゲームがあるんだ。知らなかった。ゲーム機でやるやつかな?
 純夜の家にはテレビがないし、ゲーム機もない。彼が使う携帯電話やパソコンなどの電子機器の類もなかった。
 彼が機械全般の操作に疎く、また、壊すためだった。
 ナントカ恋愛を楽しむもの。よかった! 楽しめるやつなんだ!
 純夜は自分の思いつきが偶然、いいものだったと分かり、うれしくなり、疑似恋愛の意味もろくに調べず、図書室を出た。
 放課後。話し合いの末、正式決定した企画名称は。
「恋愛シミュレーション純喫茶、だ」
 コンセプトは、純度100%ピュアピュアの恋愛体験ができるカフェ。アピールポイントは。
「恋愛シミュレーションゲームと言えば、好感度システムだ。そこで」
 黒板に書き足されたのは。
「ピュアの限りを尽くしたメニューをいかに堂々と注文できるかで決まる」
「好感度の判断は、席の担当者が、ピュアさを感じ、キュンとしたかどうか」
 「カップル共に初々しさを思い出させてやる」「過ぎ去った青春をもう一度!」「やり直しの恋、とかあり!」「すみやんはホールだとして、攻略難易度、高くね?」などとクラスメイトたちが口々に思いの丈を言い合い、まとまっていった。
 純夜は、みんなの生き生きして楽しそうな様子を見て微笑む。
 足を引っ張ってばかりだった自分が、クラスの役に立てている、そんな気がして。
 一週間後のプレゼン会で見事勝ち抜き、純夜のクラスは文化祭での、飲食の出展権を得る。
 メニュー、内装、看板、衣装など次々と案が出て、出展内容は順調に決まっていき、クラスメイトたちは暇を持て余しはじめた。
「そういや、メガネの亡霊見た?」
「あの、メガネの残像だけ残ってるってうわさの?」
「あと体育祭のさ、あの、水田に突き刺さったハードルの件はどうなったんだっけ」
「すみやーん。呼び出し」
 同級生の不穏な会話に聞き耳を立てていた純夜は、呼ばれて驚き、肩を跳ね上げる。
 誰だろう。よい兄?
 教室のドアから、ひょっこりと顔をのぞかせたのは。
「あの時の!」
 体育祭のハードル走で、最下位は嫌だと泣き出した、一年生だ。
「先輩。狗噛(いぬかみ)清助(きよすけ)です」
 先輩と呼ばれ、純夜はジーンとして、胸を握りしめる。
「ありがとうをちゃんと言えてなかったので」
 狗噛(いぬかみ)が背を正して、純夜に頭を下げる。
「先輩のおかげで走れました。本当にありがとうございました」
「僕も、君のおかげで走れたよ」
 万年びりっけつが一位を取らないといけない状況に、良くも悪くも追いこんだのは、狗噛(いぬかみ)、彼と交わした約束だった。
 絶対、一位を勝ち取ってくる。たゆまぬ努力以外の、勝利の条件。最後のピースはそこにあったのだ。
「僕、これからも学校生活、がんばれそうです」
「そっか。よかったね」
 クラスから拍手が湧き起こる。いつも上手く行かず、落ちこんで、自省ばかりしてきた純夜は、みんなからの祝福に包まれ、心がむずがゆく、浮き足立つのを感じていた。