末永くお鈍いもふしてあげます

 体育祭明け、梅雨時。病み上がりの純夜は、泊まりこんでいた光輝に散々心配されながら、二人で登校した。
 「きらぴかるがいなくて、困った」「今日から勝負だってのによ」とクラスメイトたちは、打ち上げに来なかった光輝をからかいながら責めた。
「はあ? 家の事情だって言ったろ」
 光輝のゲンコツが飛んでいく。手から光線を出せる逸話を持つ彼をからかうとこうなる。いつもの光景だ。
金屯(かなとん)くん、熱出たって聞いたけど戦える?」
 体力の勝負は終わったばかりなのに、クラスは次なる戦いの話で持ちきりだ。
 みんな、授業もそこそこに、放課後、掃除を終えて、教室に再結集した。
「いいか、わかってるな」
 話を遮らないよう、純夜は口を押さえて、うなずく。
 体育祭が終われば次に待っている学校行事といえばの、文化祭だった。体育祭と同じで、高校生活最後になる。
「飲食系、オバケ屋敷系は三年に優先権があるが」
 三年生ともなれば、学校最後の文化祭となるため、一、二年生より、やりたい出し物の希望が通りやすかった。
「プレゼンで勝ち取らないといけない」
 オバケ屋敷系は勝てるはずがなかった。なぜなら学年に一つだけだから。
「となれば、コンセプトカフェ一択! そこで」
 「一昨日、まとまった意見だが」と黒板に書き出されていく。
「天文カフェ」
「却下」
 力強く固い声が否と響く。みんなが一斉に見た、光輝の方を。
「みんなで決め」
「絶対いやだ」
 光輝が頑として首を縦に振らない。いつになく真剣に意見を曲げない様子に、純夜は額を押さえる。
 頭痛がひどくなりそうだ。
 まだ体も本調子ではなく、弱っているのに、この重い空気に耐えられそうになかった。
「でも(きらめき)。これなら他と絶対かぶらないぞ?」
「無理なもんは無理。絶対、別のやつがいい」
 光輝と純夜の二人抜きで固まった、クラスみんなの総意の案を今から練り直すのは、負け戦に準備なしで飛びこむようなものだった。
 「今日中に決めないと企画書、詰められないし」「どーするよ」とクラスに不穏な空気が立ちこめる。
 光輝はいったい、どうしてしまったのだろうか。よほどの嫌なことでない限り、彼が強く否と言うことはない。
 そもそも、彼がこれほどまでに拒否する姿を純夜は一度も目にしたことがなく、うろたえた。
 みんなの空気が、幼なじみの特権を使って、光輝の機嫌を取れと言っている。
「あ、あの、光輝、やっぱりみんなの」
「純夜のお願いでも、これだけは無理。じゃあ」
 光輝は一人、席を立って、教室を出て行ってしまった。
 失敗した。まだ昨日のことも謝れていないのに。
「ごめん、みんな。明日までに勝てる案、絶対持ってくるから」
 今、追いかけないとダメな気がした。
 もうこれ以上、まちがいを重ねたくない。
 すぐに上がる息をなだめながら、純夜は光輝を探しに走った。
 部室に行ったのかと思い、部室棟へ。姿はない。
 そういえば今朝、少し咳き込んでて、具合が良くなさそうだった。看病のせいでうつったのかも。保健室か。いない。
 昇降口の下駄箱を確認する。(きらめき)光輝……。あった!
 まだ靴がある。校内にいるということだ。
 光輝、ごめん。どこ、どこ。
 純夜が息を切らし、途方に暮れていると、中庭に差しかかったとき、遠くで反射光みたいな光が強くきらめいた。
「光輝!」
 光輝かもしれない。
 意を決して、彼は大きな声で名前を呼んだ。
「え、純夜?」
 光の先に、ふり返る光輝の姿があった。純夜はいっぱいいっぱいになって走り出した。
「まだ熱下がったばっかで、走んなッ」
 勢いそのまま、彼は光輝に抱きついた。
「さがし、た」
「ごめん」
「ごめん、は……僕の方」
 荒い呼吸を落ち着けるように、体温の高い手が、激しく上下する背中をなでる。
 蒸し暑くて不快で、手の熱でさらに焦げそうなのに。
 彼が今ここにいるという熱が、純夜の膨らんだ不安を和らげていく。
「父さん、天文学者なんだ」
 「それで天文漬けで、心底うんざりしててつい」と光輝は気まずそうにこぼした。
 家にいると息が詰まると彼は言っていた。父親はシングルファザーで、光輝を養うため、仕事をしているにちがいない。
 父親の仕事の天文学に埋もれて、息ができないと言う光輝。彼を思っているのに、逆に彼を苦しめることになっている父親。
 兄の代依がどれほど、その苦しみや葛藤を与えないようにしてきたか、純夜は思い知る。
 もっと自分が。優しさすぎて苦しむ、彼らの助けになれたら。
 支えになるには、経験が物を言う。今までの苦しんだ経験の数々を総結集させて、純夜は答えを導き出した。
「すごくいい考えがあるんだけど」
「考えるのに時間がかかるからって、夜通し、案出しは却下だからな」
「ちがう、すごく簡単なこと」
 「明日、楽しみにしてて!」と純夜は光輝のほおを包みこみ、押した。
「顔、カチコチ」
「まい?」
 「まあ、柔らかくなった方だけど」とムニムニと揉みこみ、微笑む。
「僕には分かるから」
 「はい、もうだいじょーぶ」とその肩を叩いて押す。
「なんたって、幼なじみだからね!」
 強ばっていた光輝の表情が、心の底から少し解けるように、まぶしい笑顔が咲いた。