耳をつんざく爆音が、しきりに響いている。夜空にまばゆい大輪が咲いた。花火がはじける度に、歓声が上がり、待って……のか細い声はかき消された。
金屯純夜はいつも置いていかれてばかりだ。一人をのぞいては。
幼なじみの煌光輝。彼だけは、純夜を一人置き去りにしなかった。
「切れちゃった」
下駄の鼻緒が切れてしまった。無理をして早く歩こうとしていたせいで、最悪なことに足も擦れて、傷になっていた。
「痛い……」
足が遅くて、クラスメイトたちに置いていかれた上に、歩けなくなるなんて。
「下駄。脱いで」
「ほら」と背中を指差される。まさかとは思うが、愚鈍な幼なじみを背負ってくれるというのか。
「おぶってやるから」
「そんな、悪いよ」
「ん? 聞こえないな」
打ちあがる花火が、純夜のぼそぼそ声をかき消すが、耳のいい光輝が聞き逃すはずがなかった。
「こわい、こわい」と暴れる幼なじみを世話焼きの光輝はなだめすかし、軽々と背負ってしまった。
光線のごとく、やることなすこと、早い男だ。そう、幼なじみの光輝は、手から光線が出せる伝説を持つ。
花火も光輝がなんやかんやして繰り出した魔法にちがいない、と純夜は本気で信じていた。
「花火、すごいな」
色とりどりの光線が華々しく夜空に咲き誇り、散っていく。
なにを白々しく。バレていないとでも思っているのか。
純夜は口をつぐむ。
これは自分だけが知っている、彼の特別。
彼は花火の秘密をそっと胸にしまった。
「花火、一緒に近くで見れた」
目と鼻の先に、光輝の後頭部がある。揺れる勢いに任せて、純夜は彼の髪に鼻を寄せた。
髪は柔く、ふさふさとしていて、触り心地がよい。夏の暑さでじんわりと湿っていて、石けんの清潔な香りと彼の太陽みたいな香ばしい匂いが、立ちのぼっている。
「ニオイ、嗅ぐなよ」
バレたか。懲りずに今度は、落ちないようにとしがみつき、背に胸をくっつける。
蒸した夏の夜、夜風が生暖かく、うんざりするのに、彼の体温は心地よい。
首筋に顔を埋め、ぐすんと鼻をすするように鳴らす。
「足、痛いのか?」「ちょっと」。うそ。足の痛みはすっかり忘れていた。
落ち着く匂い。癒やされる心地よさ。ふかふかのお日様の香り。これはまるで。
「ぬいぐるみ、みたい……」
「俺をぬいぐるみ扱いするな」
ぬいぐるみ。兄、代依の天職。家中ぬいぐるみだらけ。だからか。
もふ、もふ、もふ。
純夜はあまりの乗り心地の良さにまどろみ、ヨダレを垂らしかける。
ほおに当たる風が急に冷たくなり、目がしゃきりとする。
本当にヨダレを垂らしてしまったのではと、彼は焦り、拭おうとして、バランスを崩しかける。
「なんだ。起きたのか」
ひょいっと抱え直される。
寝てたことは見抜かれていた。相変わらず、鋭い幼なじみだ。
「ここ、どこ?」
花火の音が遠巻きに聞こえる。ずい分遠くまで来てしまったのではないか。
知らない森の入り口。夜の森がざわざわとささやきながら、木々を手みたく振って脅かしてくる。
拒むみたく、それでいて、おいでと誘っているような不気味な森。
「二人きりになれるところ」
その言葉で純夜は思い出した。光輝と純夜は二人で夏祭りに行って、花火を楽しむ予定だった。しかし、クラスメイトたちがあれよあれよとたかってきてしまい、結果、大所帯になってしまったのだ。
「純夜のおかげで助かった」
光輝は純夜とちがい、足も速いし、集団行動でも遅れたためしがない。それなのに、光輝は今回、みんなに置いていかれた。
「もしかしてわざと?」
「こうでもしないと純夜との約束、守れないし」と光輝は、手際よく純夜を下ろした。
「ほら」
「手」と光輝の手が差し伸べられる。彼の手は暗闇のなかで、花火のごとく、異常に白く映えた。
触ったら火傷しやしないだろうか。いや、このまま、流れるように散って、闇夜に溶けていってしまったら。
彼を繋ぎとめるように、急いで手を取ってみれば、いつもの彼の体温、少し強めの握り心地。
見上げれば、少しだけうれしそうに、彼の目が細められる。
夜の森は底冷えするほど寒くて怖いのに、彼のおかげで安心する。純夜にとって、光輝は夜の陽だまりだった。
純夜が寒いと肌を擦れば、光輝が歩幅を縮めて、「少しはあったかいだろ」と腕を絡ませるようにして手を繋ぎ直してくる。
純夜にとって、もう落ち着くどころの騒ぎではなかった。汗が冷えていくほどに、胸の高鳴りをひどく実感するようになっていく。
これから、たぶん、光輝とイチャイチャする。
いくら鈍い、純夜でもそれぐらいは分かった。
歩く速度が落ちていく。未知への怖さが彼の足を引っ張る。
だって今まで、光輝といい感じになったことは山ほどあったけど、やんごとなき何事かの乱入で、いつも失敗に終わっていた。
今回だって。ほら、僕が転んで、ケガして、病院とか。急な呼び出しでさ。あと、クラスメイトたちが心配して、いなくなった僕たちを探し回り、町で大事になっているんじゃないかとか。
純夜の意に反して、足はのろのろとでも順調に進んでいき、光輝がときおり、ふりかえりながら、その手に導かれ、森の奥へ奥へ。事がはじまるまでの、伸びるように長い時間の流れが、彼の焦燥感を余計に駆りたてた。
跳ねる拍動が最高潮に達したとき、急に視界が開けた。さわやかな涼しさ。川のせせらぎ。月明かりに照らされた河原。
「ここまで来れば誰にも見られない」
砂利の手前で、光輝が立ち止まった。
川面に映る月がキレイだな、なんて気を取られていた純夜は、彼の背にゆるく頭をぶつけた。
光輝がふり向き、その腕のなかに、純夜は閉じこめられた。彼は動けず、されるがまま。純夜の鼓動はすでに限界を迎えていたのだ。
視界が遮られる。ゆっくりと、彼の温かさが近づいてくる。
熱い、うるさい。胸が焦げる。すぐに熱でいっぱいになり、心が火傷する。
発熱した体に、触れた温度は優しくて。時が止まったように遅くて鈍いのに、相手から移った体温、息は着実に上がっていく。純夜は訳が分からなくなり、目まいを覚える。
唇に湿り気を感じて、未知の感覚なのに、むずがゆい焦燥感が体中を駆けめぐり、体の力が抜けかける。
「純夜」
彼がいつも呼ぶような力強く通る声ではない。誘うような甘さをふんだんに載せた声で呼ばれる。
互いに気の済むまで唇を押しつけ合って、疲れて草むらに座り込んだ。
「純夜……」
甘ったるい声が純夜を誘い、誘われるがままに、隣り合った二人は、体をゆっくりと傾け……。
突然、黒い影が落ちてきた。心臓が口から飛び出しかけ、純夜はあらん限りの大声で叫ぶ。
しかし、急に冷静さが純夜の胸の内に下りてくる。
コイツを何とかすれば、無事、光輝とのイチャイチャをゲットできる。
ドカドカと遠くで空を叩く音がする。忘れた頃に花火がいったい、何の用だ。祝砲でも打ってくれているのか。
「なんだよ、いいところなのに」
純夜は飛び起きた。本当になんだよ、夢か! 夢まで、光輝との仲を邪魔する気か!
彼は枕を引っつかんで、壁に向かって投げた。部屋のドアが開いて、前髪で顔の見えない兄、代依が慌てて乗りこんできた。
「どうしたの、すみくん。すごい音したよ」
「よい兄、ごめん。今行く」
これで何度目か。幼なじみと夏祭りに行き、花火を見る夢。二人だけになる。暗転。二人きりで夜の森に行くと、恐ろしい目に遭うのが、この夢の共通点。
ひどい夢落ちにがっくりと肩を落としながら、純夜はベッドから足を下ろす。
下駄の鼻緒が切れた方の足を眺める。足はケガをしていなかった。
次に、光輝に触れられた唇の端から、タラリ。最悪だ。冷たくなった体液を拭ってしまい、夢落ちのさみしさが尾を引いた。
金屯純夜はいつも置いていかれてばかりだ。一人をのぞいては。
幼なじみの煌光輝。彼だけは、純夜を一人置き去りにしなかった。
「切れちゃった」
下駄の鼻緒が切れてしまった。無理をして早く歩こうとしていたせいで、最悪なことに足も擦れて、傷になっていた。
「痛い……」
足が遅くて、クラスメイトたちに置いていかれた上に、歩けなくなるなんて。
「下駄。脱いで」
「ほら」と背中を指差される。まさかとは思うが、愚鈍な幼なじみを背負ってくれるというのか。
「おぶってやるから」
「そんな、悪いよ」
「ん? 聞こえないな」
打ちあがる花火が、純夜のぼそぼそ声をかき消すが、耳のいい光輝が聞き逃すはずがなかった。
「こわい、こわい」と暴れる幼なじみを世話焼きの光輝はなだめすかし、軽々と背負ってしまった。
光線のごとく、やることなすこと、早い男だ。そう、幼なじみの光輝は、手から光線が出せる伝説を持つ。
花火も光輝がなんやかんやして繰り出した魔法にちがいない、と純夜は本気で信じていた。
「花火、すごいな」
色とりどりの光線が華々しく夜空に咲き誇り、散っていく。
なにを白々しく。バレていないとでも思っているのか。
純夜は口をつぐむ。
これは自分だけが知っている、彼の特別。
彼は花火の秘密をそっと胸にしまった。
「花火、一緒に近くで見れた」
目と鼻の先に、光輝の後頭部がある。揺れる勢いに任せて、純夜は彼の髪に鼻を寄せた。
髪は柔く、ふさふさとしていて、触り心地がよい。夏の暑さでじんわりと湿っていて、石けんの清潔な香りと彼の太陽みたいな香ばしい匂いが、立ちのぼっている。
「ニオイ、嗅ぐなよ」
バレたか。懲りずに今度は、落ちないようにとしがみつき、背に胸をくっつける。
蒸した夏の夜、夜風が生暖かく、うんざりするのに、彼の体温は心地よい。
首筋に顔を埋め、ぐすんと鼻をすするように鳴らす。
「足、痛いのか?」「ちょっと」。うそ。足の痛みはすっかり忘れていた。
落ち着く匂い。癒やされる心地よさ。ふかふかのお日様の香り。これはまるで。
「ぬいぐるみ、みたい……」
「俺をぬいぐるみ扱いするな」
ぬいぐるみ。兄、代依の天職。家中ぬいぐるみだらけ。だからか。
もふ、もふ、もふ。
純夜はあまりの乗り心地の良さにまどろみ、ヨダレを垂らしかける。
ほおに当たる風が急に冷たくなり、目がしゃきりとする。
本当にヨダレを垂らしてしまったのではと、彼は焦り、拭おうとして、バランスを崩しかける。
「なんだ。起きたのか」
ひょいっと抱え直される。
寝てたことは見抜かれていた。相変わらず、鋭い幼なじみだ。
「ここ、どこ?」
花火の音が遠巻きに聞こえる。ずい分遠くまで来てしまったのではないか。
知らない森の入り口。夜の森がざわざわとささやきながら、木々を手みたく振って脅かしてくる。
拒むみたく、それでいて、おいでと誘っているような不気味な森。
「二人きりになれるところ」
その言葉で純夜は思い出した。光輝と純夜は二人で夏祭りに行って、花火を楽しむ予定だった。しかし、クラスメイトたちがあれよあれよとたかってきてしまい、結果、大所帯になってしまったのだ。
「純夜のおかげで助かった」
光輝は純夜とちがい、足も速いし、集団行動でも遅れたためしがない。それなのに、光輝は今回、みんなに置いていかれた。
「もしかしてわざと?」
「こうでもしないと純夜との約束、守れないし」と光輝は、手際よく純夜を下ろした。
「ほら」
「手」と光輝の手が差し伸べられる。彼の手は暗闇のなかで、花火のごとく、異常に白く映えた。
触ったら火傷しやしないだろうか。いや、このまま、流れるように散って、闇夜に溶けていってしまったら。
彼を繋ぎとめるように、急いで手を取ってみれば、いつもの彼の体温、少し強めの握り心地。
見上げれば、少しだけうれしそうに、彼の目が細められる。
夜の森は底冷えするほど寒くて怖いのに、彼のおかげで安心する。純夜にとって、光輝は夜の陽だまりだった。
純夜が寒いと肌を擦れば、光輝が歩幅を縮めて、「少しはあったかいだろ」と腕を絡ませるようにして手を繋ぎ直してくる。
純夜にとって、もう落ち着くどころの騒ぎではなかった。汗が冷えていくほどに、胸の高鳴りをひどく実感するようになっていく。
これから、たぶん、光輝とイチャイチャする。
いくら鈍い、純夜でもそれぐらいは分かった。
歩く速度が落ちていく。未知への怖さが彼の足を引っ張る。
だって今まで、光輝といい感じになったことは山ほどあったけど、やんごとなき何事かの乱入で、いつも失敗に終わっていた。
今回だって。ほら、僕が転んで、ケガして、病院とか。急な呼び出しでさ。あと、クラスメイトたちが心配して、いなくなった僕たちを探し回り、町で大事になっているんじゃないかとか。
純夜の意に反して、足はのろのろとでも順調に進んでいき、光輝がときおり、ふりかえりながら、その手に導かれ、森の奥へ奥へ。事がはじまるまでの、伸びるように長い時間の流れが、彼の焦燥感を余計に駆りたてた。
跳ねる拍動が最高潮に達したとき、急に視界が開けた。さわやかな涼しさ。川のせせらぎ。月明かりに照らされた河原。
「ここまで来れば誰にも見られない」
砂利の手前で、光輝が立ち止まった。
川面に映る月がキレイだな、なんて気を取られていた純夜は、彼の背にゆるく頭をぶつけた。
光輝がふり向き、その腕のなかに、純夜は閉じこめられた。彼は動けず、されるがまま。純夜の鼓動はすでに限界を迎えていたのだ。
視界が遮られる。ゆっくりと、彼の温かさが近づいてくる。
熱い、うるさい。胸が焦げる。すぐに熱でいっぱいになり、心が火傷する。
発熱した体に、触れた温度は優しくて。時が止まったように遅くて鈍いのに、相手から移った体温、息は着実に上がっていく。純夜は訳が分からなくなり、目まいを覚える。
唇に湿り気を感じて、未知の感覚なのに、むずがゆい焦燥感が体中を駆けめぐり、体の力が抜けかける。
「純夜」
彼がいつも呼ぶような力強く通る声ではない。誘うような甘さをふんだんに載せた声で呼ばれる。
互いに気の済むまで唇を押しつけ合って、疲れて草むらに座り込んだ。
「純夜……」
甘ったるい声が純夜を誘い、誘われるがままに、隣り合った二人は、体をゆっくりと傾け……。
突然、黒い影が落ちてきた。心臓が口から飛び出しかけ、純夜はあらん限りの大声で叫ぶ。
しかし、急に冷静さが純夜の胸の内に下りてくる。
コイツを何とかすれば、無事、光輝とのイチャイチャをゲットできる。
ドカドカと遠くで空を叩く音がする。忘れた頃に花火がいったい、何の用だ。祝砲でも打ってくれているのか。
「なんだよ、いいところなのに」
純夜は飛び起きた。本当になんだよ、夢か! 夢まで、光輝との仲を邪魔する気か!
彼は枕を引っつかんで、壁に向かって投げた。部屋のドアが開いて、前髪で顔の見えない兄、代依が慌てて乗りこんできた。
「どうしたの、すみくん。すごい音したよ」
「よい兄、ごめん。今行く」
これで何度目か。幼なじみと夏祭りに行き、花火を見る夢。二人だけになる。暗転。二人きりで夜の森に行くと、恐ろしい目に遭うのが、この夢の共通点。
ひどい夢落ちにがっくりと肩を落としながら、純夜はベッドから足を下ろす。
下駄の鼻緒が切れた方の足を眺める。足はケガをしていなかった。
次に、光輝に触れられた唇の端から、タラリ。最悪だ。冷たくなった体液を拭ってしまい、夢落ちのさみしさが尾を引いた。
