きみの呼ぶ声がする

 カーテンの隙間から陽の光が差し込む。カラスの声が聞こえて、朝が来たことを知った。
 結局一睡もできなかった。
 アラームが鳴る数分前に起き上がり、顔を洗いに部屋を出る。
 支度を済ませて戻ってくると、ちょうど金光が布団を畳んでいるところだった。
「おはよう。珍しいね、南場が先に起きるなんて」
 金光はいつも通りの微笑みを携えている。
 俺は努めていつも通りにみえるように、「……はよ」と返事をした。

 昨夜金光の部屋で見つけたノートは、俺に不信感を植え付けるのに十分だった。
 旧校舎についてあんなに入念に調べ上げているくせに、金光はそんな素振りは一切見せなかった。
 新聞記事のことだってそうだ。
 俺が日付が抜けていると話したときだって、自分が持っていると話してくれればよかったのに、金光はなにも言ってこなかった。
 〈ターゲットは南場〉というあの一文だって引っかかる。
 俺があの日、旧校舎に招かれたのは単なる偶然だと思っていた。
 でもまるで金光には、最初から俺が狙われるのが前からわかっていたみたいだ。
 ──もしかしておまえも、あの女子に呼び出されたのか⁉︎
 ──……うん、そうだよ。南場も?
 金光は確かあの日、俺の問い掛けにそんな反応をしていた。
 だけど今思い出すと、変な間があったようにも思う。
 本当は俺が襲われるのをわかってたうえで、あの場所にやってきたのではないか?
 思い返せば怪しいことばかりだ。不信感ばかりが膨らんでいく。
 ……だけど。
 俺が今まで共に過ごしてきた金光が、そんなことをするようにはどうにも思えない。
 金光を信じたいという気持ちは残っている。むしろ、その気持ちが強いからこそ混乱していた。
 とにかく探るしかない。金光の潔白を俺が証明してみせる。



「釣に果でなんて読むのかなぁ~」
「普通につりかじゃねーの?」
 俺が答えると、隣の席の女子は「え~違うでしょ」と呆れた顔をした。
 三限の現代文の授業中、俺は前日の寝不足もあいまって欠伸が止まらない。
 思いっきり寝るつもりだったのに、最悪なことにペアワークの時間に充てられてしまった。
 机をくっつけて一枚のプリントを見合わせていると、隣からコツコツとペン先が机を叩く。
「ねえこれ絶対違うよ。ちゃんと考えてよ南場、まーたうちらのペアだけ0点だよ」
「考えてるって~。頭まわんねえんだもん」
「あと三分だよ。やる気出してよ~」
「ちょい待って、もうスマホで調べるわ。先生回ってこないか見張ってて」
 困ったときはネットに限る。俺は机の下でこそこそとスマホを触り始めた。
 検索エンジンを開き漢字を入力しようとすると、以前入力した検索履歴が一覧で出てきた。
 そのほとんどが旧校舎についてのことで、なにか手掛かりはないかと血眼になって調べたことを思い出す。
 ああもう、せっかく思い出さないようにしてたのに……。
「南場、わかった?」
「あー、うん。ちょうかだって」
「おっけー。この調子でガンガンいこ」
「待ってろ、今残りの問題も……」
 女子とハイタッチをしていると、どこからか嫌な視線を感じた。
 またアレが出たのだろうか。
 こんな昼間から嫌だなと思いながら周囲を見渡すと、不意に金光と視線が重なった。
「……っ」
 俺は咄嗟に視線を逸らした。
 視線の正体は金光だったのか……。
 そうわかってもなぜか、全力で走った後のような動悸が止まらない。
 いつもなら目が合ってもこんな風にわかりやすく目を逸らしたりしないのに。さっきの視線は、いつもの金光じゃないみたいだった。
 冷ややかな鋭い眼差し。まるで俺のことを監視しているみたいな、無機質な目をしていた。
 俺は今無意識に、金光のことを怖いと思ったんだ。
「南場ぁ、はやく。あと一分だよ」
「……あ、ああ。わかった」
 結局その後、うまく指が動かなくて、最後まで問題を解き切ることはできなかった。