「あークソー……全然見つからねー……」
翌日の放課後。俺と金光は校内の資料室に引きこもっていた。
目的はもちろん旧校舎の事件に関する記述のある資料を見つけることだ。
しかし膨大な資料の中から見つけ出すのは容易ではない。
現にすでに二時間以上探し続けているが、収穫はひとつもなかった。
「南場、そんな所で寝転がったら汚いよ」
「いいよもう……ふぁあ、眠くなってきた」
「よくないでしょ。きっと何年も掃除だってされてないし、埃まみれになるよ。ほら立って」
「あーもううるせえな、ハイハイ。金光ってたまに親みたいなこと言うよな……」
差し出された手を握りながら言うと、金光は「南場が世話が焼けるだけだよ」と返してきた。
服についた埃を軽く払った後、俺はその辺にあったパイプ椅子にどかっと腰掛ける。
「てかさっき五年前の卒アル見つけたんだけどさぁ、これ碧さんじゃね?」
「どれ?」
「ほらここ。黒髪だとめっちゃ金光に似てる。やっぱ兄弟だなぁ」
俺がぶ厚い卒アルに載っている碧さんを指さすのを、近くから金光が覗き込んだ。
「碧さんってやっぱ盛り上げ枠だよな。すげ~目立ってるし、集合写真も全部寝転がってるし……」
「さすがだな、カッケー」と俺が続けると、金光が唐突に卒アルを閉じ始めた。
「なにすんだよ。見てたんだけど」
「もう十分見たよね?」
「はあ……?」
出た、この笑顔。たまに見せる目の奥が笑っていない威圧感のある笑顔が俺は苦手だ。
金光は多分それをわかっていて、俺が何も口答えできなくなるように表情を使い分けているに違いない。
「もうすぐ最終下校時間だし、遊んでる暇はないよ」
「へいへい、わかりましたよ」
やっぱり親みたいだ。そんなことを言えばまた怒らせそうなので、俺は大人しく口を噤むことにした。
そのとき、低い棚の上に、ぽつんとひとつだけ伏せられたファイルがあるのを見つけた。
他のファイルは全てきちんと並べられているから、特別目を引かれたのだ。
「あれ、これって……」
「何かあった?」
金光が近寄ってくる。俺はファイルをぱらぱらと捲る手が止まらなかった。
「三十年前の新聞記事だ。事故があったのも、確か三十年前って誰か言ってたよな?」
興奮しながらページを捲っていく。
転落事故の記事がないか隈なく見ていると、ある違和感に気づいた。
「今ざっと確認してみたら、ある日にちの記事だけ抜けてるんだよ。もしかして事故があったのって、この日なんじゃないかなーって」
「……なるほどね。確かにありそう」
「他の資料もあたってみるか。日にちさえわかれば、だいぶ探しやすくなるし」
これは奇跡の発見をしたのでは?
遥か彼方だと思っていた手掛かりがすぐそこまで迫っているかもしれない。そう思うと、俄然やる気がわいてきた。
……でも何で、あのファイルだけあんな所に置いてあったんだろ。
「南場は手がかりを見つけたとして、本当に奴らと対話するつもりなの?」
「え?」
すぐ近くで声がして顔を上げると、いつのまにか金光が俺のことをじっと見下ろしていた。
その顔にはいつもの笑顔は見えない。
珍しく真剣な眼差しに、どきっとして息を呑む。
「アレは話が通じる相手じゃない。人間の形をしていたとしても、中身はただの怨霊だ」
「それはそうだけど、でもこのままじゃずっと平行線だろ。アイツはきっと何度でも俺を狙いにくる。だったら怖いしイヤだけど、一度試してみても──」
「一度って? まさかチャンスが何度でもあるとでも思ってる?」
金光は呆れたように笑いをこぼした。
「怖がるくせに意外とお気楽なんだね、南場って」
「金光……?」
「ずっと怯えてるだけだったのに、どうして急に現状を変えたいとか言い出すの? 碧に言われたから?」
やっぱりいつもと様子が違う。
楽しそうに俺をからかってくるときより、もっと冷たくて鋭い雰囲気を感じる。
気付けば俺は無意識に後ずさりをしていたらしく、本棚に背中がぶつかった。
金光はそんな俺を逃がすまいと、俺の頭上に片手をつく。
「俺がそばにいて南場を守ってる。これからもそのつもりだよ。なにか問題がある?」
「問題って……。今は仕方なくそうなってるけど、これから先もずっとそうやって生きてくわけにはいかないだろ」
「俺はいいよ、それでも」
言われた言葉の意味がすぐには理解できなかった。それぐらい突拍子もないことを金光は言っている。
今は生活のほとんどを金光と共に過ごしている。それは一時的なもので、一連の怪奇事件が解決すればもとの生活に戻るつもりだ。
そのために今もこうやって手掛かりを探している。
……だけど金光はそうじゃないのか?
まるで、ずっとこのままでいいって言っているみたいな──。
「おーい、そろそろ鍵締めるぞー」
教室の外から声を掛けられてハッと我に返る。
さりげなく金光の腕から抜け出して距離をとるが、金光はもう何も言ってこなかった。
「帰ろうか」
「……そうだな」
思考を強制停止して、金光の背中を追いかける。
振り向いた顔がいつもと同じ微笑みを浮かべていることを確認して、ほっと胸を撫で下ろした。
*
「おまえら、マジでいっつもそんなセットで行動してんのか」
金光の家に帰ると、腕を組みながら苦笑する碧さんに出迎えられた。
「離れたらいろいろあったし、怖いんだよ」
「マジ!? いろいろってなに? どんなこと?」
「嫌だよ。思い出したくないから言うわけねえし。てか他人の恐怖体験でそわそわすんのやめろ!」
オカルトに興味があるという碧さんからは、好奇心が隠し切れていない。
わくわくした様子で俺の肩に腕を回して、ずいっと顔を近づけてきた。
「別にいいだろ、教えろよ。ケチだな眞絃は」
「ケチとかじゃねえーっ! 俺の恐怖をコンテンツ消費しようとすんなって言ってんの!」
されるがままになりながら吠えていると、金光が近付いてきて、べりっと碧さんを引き剥がした。
なんかデジャヴだな……。
同じようなことが前にもあったような気がする。
金光は碧さんから俺を庇うように俺の前に立った。後ろからはどんな顔をしているのかがわからない。
「どうした涼矢。そんなにじっと俺のこと見て」
「いや? はやく帰ってくれないかなぁと思って」
「残念ながらまだまだいるんだよな。身近にこんなに楽しいことになってるヤツがいんのに帰れねえって!」
「だーかーらっ! 他人の不幸を楽しむなってば!」
碧さんが金光の脇から再び俺に手を伸ばそうとするが、その手も金光によって冷静に払い落とされる。
「南場、部屋行こ」
「……お、おう」
いつもよりどこか素っ気ない口調で声を掛けられたので驚いた。
金光は俺の腕を掴むと、早足で階段を上っていく。
部屋に着いても、しばらくの間腕を離そうとしなかった。
「……あのさぁ、なんか怒ってる?」
さすがに様子がおかしい。
おそるおそる声を掛けてみると、金光が静かに俺の方を振り向いた。
その顔は薄く微笑んではいるが、やっぱり怒っているような気配がする。
「金光、最近結構ピリピリしてる気がするんだけど」
「怒ってないよ」
経験上、そういうやつほどキレていたりする。特に金光は多分そのタイプだ。
にしてもなに考えてるかさっぱりわかんねえな……。
「嘘つきだな、おまえ」
俺がそう言うと、金光は目を見張った。
普段はあまり見ないような驚いた表情に、つい吹き出してしまう。
「目ぇ笑ってねーのバレバレ。金光ってすぐ本音隠すよなぁ」
「……そんなつもりは」
「遠慮してんのか知らねえけど、もっと正面からぶつかってこいよ。俺回りくどいの嫌い。わかんねーし」
その目をまっすぐに見上げながら言うと、金光はわずかに瞳を揺らした。
少しは響いたのだろうか。
じっと返事を待っていると、掴まれている腕にぐっと力が込められる。
「本当に気付いてない?」
「なにを?」
「さっきのは嫉妬しただけ。南場が碧の話ばっかりするし、妙に懐いてるから」
金光にそう言われて、俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになった。
嫉妬って何だ……?
この場合の嫉妬がなにを対象としているのかがわからない。
「……金光ってまさか」
しばらく考えてハッと閃いた。珍しく気まずそうな様子の金光に再び視線を合わせる。
「家族と仲良くしてほしくない系?」
「いや……そんなことはないけど」
俺の渾身の考えは見事に外れたらしい。俺はがっくりと肩を落とした。
「じゃあなに? 俺が碧さんと仲良くたって問題なくね? 意味わかんねえ」
苛立って匙を投げようとすると、突然ぐいっと腕を引かれた。
「南場って本当に鈍感だよね」
「ドンカンってどういう……うわっ」
あっというまに体勢を崩した俺は、後ろにあったベッドに仰向けに倒れ込む。
息つく間もなく、金光が俺の上に乗り上げてきた。
なにこれ、どういう状況?
目の前で起こっている事態に訳が分からなくなって、思考がショートする。
「俺は南場に、他の誰も見てほしくないんだよ」
ギシッとベッドが揺れた。金光が上体を倒して、俺に顔を近づけたからだ。
「誰にも渡したくない。ずっと俺のことだけ考えていてほしい」
吐息が触れる距離で、視界は金光でいっぱいになった。
いつもは飄々としている瞳はゆらゆらと揺らいでいて落ち着かない。その声は掠れていて、切実な思いが滲んでいるみたいだった。
「どういう意味かは、南場が考えて」
結局答えは教えてくれないらしい。
金光はなにかを訴えるように俺の目を静かに見つめた。
思考が停止した俺が言葉を失っているうちに、金光がゆっくりと俺から離れていく。
「俺、先に風呂行ってくるね。南場はゆっくりしててよ」
扉を開けて、金光が部屋を出て行く。その後ろ姿を、俺はベッドに転がったまま見送っていた。
「……わかるわけねえだろ、バカ」
資料室からずっと、いろんなことを考えすぎて頭がパンクしそうだ。
俺は現実から目を背けるように片手で顔を覆った。
……そうだ。碧さんが来てから特に、金光の様子が変な気がする。
なにか焦っているみたいだ。いつも余裕そうなアイツらしくない。
「あ~もう、なんなんだよ一体……イライラしてきた……!」
だいたい何で俺がこんなに悩まないといけないんだ!
意味深なことばっか言いやがって!
苛立ちに任せてベッドを降りようとすると、近くにあった金光の机に腕がぶつかってしまった。
卓上収納がぐらりと傾いて、あっと思ったときにはすでに遅かった。
ドサドサと大きな音を立てて全部が床に落下してしまい、思わず頭を抱えたくなる。
やっぱり嫌なことって続くもんだな……。
はあと溜息を吐きながらしゃがみ込んだ俺は、一冊のノートが目についた。
「やべ、ちょっとシワになってる。なんのノートだこれ」
落ちたはずみで開かれてシワのついたノートを手に取る。
手のひらでシワを伸ばそうとノートの中身に目を通した俺は、みるみるうちに目を見開いた。
「…………え?」
一瞬自分の目を疑ってしまった。
ノートには古い新聞記事がいくつかスクラップしてあった。
その記事の見出しには、『高校で転落事故 自殺か──』という題がふられている。
これって、うちの高校だよな?
見出しの下には、事故の詳細と、亡くなったと思われる女子生徒の名前もしっかり載っていた。
この新聞には見覚えがある。資料室で俺が見つけた三十年前の新聞ファイルの中身と同じ新聞会社のものだ。
どうしてこれを金光が……?
この記事を俺よりも金光の方が先に見つけていた?
でもあのとき、金光はそんなこと一言だって教えてくれなかった。
見てはいけないものを見つけてしまったことはなんとなくわかって、ばくばくと自分の心臓の音がうるさい。動揺しながらノートのページをぱらぱらと捲ると、他のページにも同じような新聞記事の切り抜きがたくさん貼られていた。
ノートの余白には、箇条書きのメモがいくつか記されているみたいだが、俺が見たってよく意味がわからない文字の羅列でしかない。
だけどその中で、一際目を引く単語があった。
〈ターゲットは南場〉
これは間違いなく金光の文字だ。それを見つけた瞬間に、頭の中が真っ白になった。
「──南場?」
背後から声がして、ひゅっと喉が鳴った。振り向くと、風呂に行ったはずの金光が部屋の入口に立っている。
「大丈夫? 何かすごい音したけど……」
「あ、……ああ。ちょっとぶつかっちゃった。わりー、すぐ片付ける」
俺は素早くノートを閉じると、何事もなかったかのように卓上収納の中に戻しておいた。
「そう、よかった」と金光が返してくる。俺はその顔をまともに見ることができなかった。
当たり前だった日常が、ぐにゃりと歪んでいく。
金光は一体、なにを隠しているんだろう。
翌日の放課後。俺と金光は校内の資料室に引きこもっていた。
目的はもちろん旧校舎の事件に関する記述のある資料を見つけることだ。
しかし膨大な資料の中から見つけ出すのは容易ではない。
現にすでに二時間以上探し続けているが、収穫はひとつもなかった。
「南場、そんな所で寝転がったら汚いよ」
「いいよもう……ふぁあ、眠くなってきた」
「よくないでしょ。きっと何年も掃除だってされてないし、埃まみれになるよ。ほら立って」
「あーもううるせえな、ハイハイ。金光ってたまに親みたいなこと言うよな……」
差し出された手を握りながら言うと、金光は「南場が世話が焼けるだけだよ」と返してきた。
服についた埃を軽く払った後、俺はその辺にあったパイプ椅子にどかっと腰掛ける。
「てかさっき五年前の卒アル見つけたんだけどさぁ、これ碧さんじゃね?」
「どれ?」
「ほらここ。黒髪だとめっちゃ金光に似てる。やっぱ兄弟だなぁ」
俺がぶ厚い卒アルに載っている碧さんを指さすのを、近くから金光が覗き込んだ。
「碧さんってやっぱ盛り上げ枠だよな。すげ~目立ってるし、集合写真も全部寝転がってるし……」
「さすがだな、カッケー」と俺が続けると、金光が唐突に卒アルを閉じ始めた。
「なにすんだよ。見てたんだけど」
「もう十分見たよね?」
「はあ……?」
出た、この笑顔。たまに見せる目の奥が笑っていない威圧感のある笑顔が俺は苦手だ。
金光は多分それをわかっていて、俺が何も口答えできなくなるように表情を使い分けているに違いない。
「もうすぐ最終下校時間だし、遊んでる暇はないよ」
「へいへい、わかりましたよ」
やっぱり親みたいだ。そんなことを言えばまた怒らせそうなので、俺は大人しく口を噤むことにした。
そのとき、低い棚の上に、ぽつんとひとつだけ伏せられたファイルがあるのを見つけた。
他のファイルは全てきちんと並べられているから、特別目を引かれたのだ。
「あれ、これって……」
「何かあった?」
金光が近寄ってくる。俺はファイルをぱらぱらと捲る手が止まらなかった。
「三十年前の新聞記事だ。事故があったのも、確か三十年前って誰か言ってたよな?」
興奮しながらページを捲っていく。
転落事故の記事がないか隈なく見ていると、ある違和感に気づいた。
「今ざっと確認してみたら、ある日にちの記事だけ抜けてるんだよ。もしかして事故があったのって、この日なんじゃないかなーって」
「……なるほどね。確かにありそう」
「他の資料もあたってみるか。日にちさえわかれば、だいぶ探しやすくなるし」
これは奇跡の発見をしたのでは?
遥か彼方だと思っていた手掛かりがすぐそこまで迫っているかもしれない。そう思うと、俄然やる気がわいてきた。
……でも何で、あのファイルだけあんな所に置いてあったんだろ。
「南場は手がかりを見つけたとして、本当に奴らと対話するつもりなの?」
「え?」
すぐ近くで声がして顔を上げると、いつのまにか金光が俺のことをじっと見下ろしていた。
その顔にはいつもの笑顔は見えない。
珍しく真剣な眼差しに、どきっとして息を呑む。
「アレは話が通じる相手じゃない。人間の形をしていたとしても、中身はただの怨霊だ」
「それはそうだけど、でもこのままじゃずっと平行線だろ。アイツはきっと何度でも俺を狙いにくる。だったら怖いしイヤだけど、一度試してみても──」
「一度って? まさかチャンスが何度でもあるとでも思ってる?」
金光は呆れたように笑いをこぼした。
「怖がるくせに意外とお気楽なんだね、南場って」
「金光……?」
「ずっと怯えてるだけだったのに、どうして急に現状を変えたいとか言い出すの? 碧に言われたから?」
やっぱりいつもと様子が違う。
楽しそうに俺をからかってくるときより、もっと冷たくて鋭い雰囲気を感じる。
気付けば俺は無意識に後ずさりをしていたらしく、本棚に背中がぶつかった。
金光はそんな俺を逃がすまいと、俺の頭上に片手をつく。
「俺がそばにいて南場を守ってる。これからもそのつもりだよ。なにか問題がある?」
「問題って……。今は仕方なくそうなってるけど、これから先もずっとそうやって生きてくわけにはいかないだろ」
「俺はいいよ、それでも」
言われた言葉の意味がすぐには理解できなかった。それぐらい突拍子もないことを金光は言っている。
今は生活のほとんどを金光と共に過ごしている。それは一時的なもので、一連の怪奇事件が解決すればもとの生活に戻るつもりだ。
そのために今もこうやって手掛かりを探している。
……だけど金光はそうじゃないのか?
まるで、ずっとこのままでいいって言っているみたいな──。
「おーい、そろそろ鍵締めるぞー」
教室の外から声を掛けられてハッと我に返る。
さりげなく金光の腕から抜け出して距離をとるが、金光はもう何も言ってこなかった。
「帰ろうか」
「……そうだな」
思考を強制停止して、金光の背中を追いかける。
振り向いた顔がいつもと同じ微笑みを浮かべていることを確認して、ほっと胸を撫で下ろした。
*
「おまえら、マジでいっつもそんなセットで行動してんのか」
金光の家に帰ると、腕を組みながら苦笑する碧さんに出迎えられた。
「離れたらいろいろあったし、怖いんだよ」
「マジ!? いろいろってなに? どんなこと?」
「嫌だよ。思い出したくないから言うわけねえし。てか他人の恐怖体験でそわそわすんのやめろ!」
オカルトに興味があるという碧さんからは、好奇心が隠し切れていない。
わくわくした様子で俺の肩に腕を回して、ずいっと顔を近づけてきた。
「別にいいだろ、教えろよ。ケチだな眞絃は」
「ケチとかじゃねえーっ! 俺の恐怖をコンテンツ消費しようとすんなって言ってんの!」
されるがままになりながら吠えていると、金光が近付いてきて、べりっと碧さんを引き剥がした。
なんかデジャヴだな……。
同じようなことが前にもあったような気がする。
金光は碧さんから俺を庇うように俺の前に立った。後ろからはどんな顔をしているのかがわからない。
「どうした涼矢。そんなにじっと俺のこと見て」
「いや? はやく帰ってくれないかなぁと思って」
「残念ながらまだまだいるんだよな。身近にこんなに楽しいことになってるヤツがいんのに帰れねえって!」
「だーかーらっ! 他人の不幸を楽しむなってば!」
碧さんが金光の脇から再び俺に手を伸ばそうとするが、その手も金光によって冷静に払い落とされる。
「南場、部屋行こ」
「……お、おう」
いつもよりどこか素っ気ない口調で声を掛けられたので驚いた。
金光は俺の腕を掴むと、早足で階段を上っていく。
部屋に着いても、しばらくの間腕を離そうとしなかった。
「……あのさぁ、なんか怒ってる?」
さすがに様子がおかしい。
おそるおそる声を掛けてみると、金光が静かに俺の方を振り向いた。
その顔は薄く微笑んではいるが、やっぱり怒っているような気配がする。
「金光、最近結構ピリピリしてる気がするんだけど」
「怒ってないよ」
経験上、そういうやつほどキレていたりする。特に金光は多分そのタイプだ。
にしてもなに考えてるかさっぱりわかんねえな……。
「嘘つきだな、おまえ」
俺がそう言うと、金光は目を見張った。
普段はあまり見ないような驚いた表情に、つい吹き出してしまう。
「目ぇ笑ってねーのバレバレ。金光ってすぐ本音隠すよなぁ」
「……そんなつもりは」
「遠慮してんのか知らねえけど、もっと正面からぶつかってこいよ。俺回りくどいの嫌い。わかんねーし」
その目をまっすぐに見上げながら言うと、金光はわずかに瞳を揺らした。
少しは響いたのだろうか。
じっと返事を待っていると、掴まれている腕にぐっと力が込められる。
「本当に気付いてない?」
「なにを?」
「さっきのは嫉妬しただけ。南場が碧の話ばっかりするし、妙に懐いてるから」
金光にそう言われて、俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになった。
嫉妬って何だ……?
この場合の嫉妬がなにを対象としているのかがわからない。
「……金光ってまさか」
しばらく考えてハッと閃いた。珍しく気まずそうな様子の金光に再び視線を合わせる。
「家族と仲良くしてほしくない系?」
「いや……そんなことはないけど」
俺の渾身の考えは見事に外れたらしい。俺はがっくりと肩を落とした。
「じゃあなに? 俺が碧さんと仲良くたって問題なくね? 意味わかんねえ」
苛立って匙を投げようとすると、突然ぐいっと腕を引かれた。
「南場って本当に鈍感だよね」
「ドンカンってどういう……うわっ」
あっというまに体勢を崩した俺は、後ろにあったベッドに仰向けに倒れ込む。
息つく間もなく、金光が俺の上に乗り上げてきた。
なにこれ、どういう状況?
目の前で起こっている事態に訳が分からなくなって、思考がショートする。
「俺は南場に、他の誰も見てほしくないんだよ」
ギシッとベッドが揺れた。金光が上体を倒して、俺に顔を近づけたからだ。
「誰にも渡したくない。ずっと俺のことだけ考えていてほしい」
吐息が触れる距離で、視界は金光でいっぱいになった。
いつもは飄々としている瞳はゆらゆらと揺らいでいて落ち着かない。その声は掠れていて、切実な思いが滲んでいるみたいだった。
「どういう意味かは、南場が考えて」
結局答えは教えてくれないらしい。
金光はなにかを訴えるように俺の目を静かに見つめた。
思考が停止した俺が言葉を失っているうちに、金光がゆっくりと俺から離れていく。
「俺、先に風呂行ってくるね。南場はゆっくりしててよ」
扉を開けて、金光が部屋を出て行く。その後ろ姿を、俺はベッドに転がったまま見送っていた。
「……わかるわけねえだろ、バカ」
資料室からずっと、いろんなことを考えすぎて頭がパンクしそうだ。
俺は現実から目を背けるように片手で顔を覆った。
……そうだ。碧さんが来てから特に、金光の様子が変な気がする。
なにか焦っているみたいだ。いつも余裕そうなアイツらしくない。
「あ~もう、なんなんだよ一体……イライラしてきた……!」
だいたい何で俺がこんなに悩まないといけないんだ!
意味深なことばっか言いやがって!
苛立ちに任せてベッドを降りようとすると、近くにあった金光の机に腕がぶつかってしまった。
卓上収納がぐらりと傾いて、あっと思ったときにはすでに遅かった。
ドサドサと大きな音を立てて全部が床に落下してしまい、思わず頭を抱えたくなる。
やっぱり嫌なことって続くもんだな……。
はあと溜息を吐きながらしゃがみ込んだ俺は、一冊のノートが目についた。
「やべ、ちょっとシワになってる。なんのノートだこれ」
落ちたはずみで開かれてシワのついたノートを手に取る。
手のひらでシワを伸ばそうとノートの中身に目を通した俺は、みるみるうちに目を見開いた。
「…………え?」
一瞬自分の目を疑ってしまった。
ノートには古い新聞記事がいくつかスクラップしてあった。
その記事の見出しには、『高校で転落事故 自殺か──』という題がふられている。
これって、うちの高校だよな?
見出しの下には、事故の詳細と、亡くなったと思われる女子生徒の名前もしっかり載っていた。
この新聞には見覚えがある。資料室で俺が見つけた三十年前の新聞ファイルの中身と同じ新聞会社のものだ。
どうしてこれを金光が……?
この記事を俺よりも金光の方が先に見つけていた?
でもあのとき、金光はそんなこと一言だって教えてくれなかった。
見てはいけないものを見つけてしまったことはなんとなくわかって、ばくばくと自分の心臓の音がうるさい。動揺しながらノートのページをぱらぱらと捲ると、他のページにも同じような新聞記事の切り抜きがたくさん貼られていた。
ノートの余白には、箇条書きのメモがいくつか記されているみたいだが、俺が見たってよく意味がわからない文字の羅列でしかない。
だけどその中で、一際目を引く単語があった。
〈ターゲットは南場〉
これは間違いなく金光の文字だ。それを見つけた瞬間に、頭の中が真っ白になった。
「──南場?」
背後から声がして、ひゅっと喉が鳴った。振り向くと、風呂に行ったはずの金光が部屋の入口に立っている。
「大丈夫? 何かすごい音したけど……」
「あ、……ああ。ちょっとぶつかっちゃった。わりー、すぐ片付ける」
俺は素早くノートを閉じると、何事もなかったかのように卓上収納の中に戻しておいた。
「そう、よかった」と金光が返してくる。俺はその顔をまともに見ることができなかった。
当たり前だった日常が、ぐにゃりと歪んでいく。
金光は一体、なにを隠しているんだろう。


