きみの呼ぶ声がする

 金光の存在によって、一時的に怪異からの接触は遮断できてはいるものの、この状況が長くは続かないことをひしひしと感じ始めた。
 上原が憑依されてから数日経ったが、未だに俺は金光にあのときの話をすることができていない。
 ──南場? なにかあった?
 ──……なんでもない。
 なんで俺はあのとき、咄嗟に誤魔化したんだろ……。
 憑依された上原が呟いていた「カネミツ」という言葉が引っかかったのは確かだ。
 アイツはどうして俺じゃなくて、金光の名前を口にしたんだ?
「あ、おかえり」
 考えごとをしながら帰宅した俺は、リビングで見知らぬ男に声を掛けられて固まってしまった。
 鮮やかなライトグリーンの髪をした、シュッとした感じのイケメン。金光の家にもう一ヶ月以上はお邪魔しているが、初めての遭遇だった。
 男は自分から俺に声を掛けたくせに、人違いだったようで、これでもかというほど目を丸くしている。
「……ダレ?」
「おまえこそ。ここ俺ん家なんだけど」
「は? ここは金光ん家だけど」
「俺が金光なんだけど」
「はあ?? いや、金光はこっちの……」
 俺が後ろを振り向くと、ちょうど靴を履き替えた金光がやってきたところだった。
「あ、金光。なんか知らん人が勝手に寛いでんだけど」
「……ああ、帰ってたんだ」
「おー涼矢、久しぶり。そこの失礼なガキ、おまえのダチ?」
「クラスメイトの南場。……南場、この人俺の兄貴」
「兄貴……?」
 金光に紹介された俺は、その瞬間に点と点が線で繋がる。
 そういえば兄がいるって言ってたっけ。
 寺を継ぐのは金光じゃなくて、この兄貴の方だって話をしたことがあるような……。
 俺はどう見ても寺を継ぐようには見えない金光の兄貴に、ぶっきらぼうに会釈をしておいた。
「俺は涼矢の兄貴の(あおい)。よろしくな」
「よろしくッス、南場眞絃ッス」
「敬語じゃなくていいぜ。おまえ敬語苦手だろ?」
「なんでわかんの?」
「顔に出まくってるからな!」
 俺が見知らぬ他人じゃないとわかったからか、さっきまでとは態度が別人のようだ。
 にかっと白い歯を見せて笑う姿からは、金光とは正反対のオーラを感じる。
「なんか金光と似てないね、碧さん」
「え、そう? 顔とか結構似てるって言われるぜ?」
「顔はまあ面影あるけど、中身全然違うよ。金光はもっと落ち着いてるから」
「俺が落ち着きないって言いたいのかよ」
 碧さんはそう言うと苦笑した。
 表情がコロコロ変わるところも金光とは真逆だ。金光は不気味なぐらいずっと微笑んでるし。
「南場は諸事情でしばらくうちに泊まってるんだ。兄貴も泊まってくの?」
「おー、そのつもり。つーか事情ってなんだよ。ここはひとつ、先輩が聞いてやろうか」
 途端にわくわくした様子の碧さんが、俺達を無理やり座布団の上に座らせた。
 金光と並んで腰を下ろしてから、向かい側で胡坐を掻いている碧さんに向かって声を掛ける。
「てかもしかして、碧さんも金光と同じように見えたりすんの?」
「見える? なにが?」
「その、オバ……オ、オバ……」
「オバ?」
「オババ……オ……」
 あんなに怖い目に遭ってきたのに、相変わらずその名を声に出すのは怖い。
 言い淀んでいると、横から金光が、「オバケのこと」と助け舟を出してくれた。
「南場は怖がりだから、オバケって口に出せないんだよ」
「怖がりってなんだよ。ムカつくから言いたくないだけだし!」
「ふふ、そうだよね。決して怖いわけじゃないもんね?」
「そうだってば! あーもうっ、ニヤニヤすんな!」
 俺をいじりたくてたまらないという顔をする金光を睨み付けていると、向かい側からギャハハという品のない笑い声が聞こえた。
「眞絃ウケるな、気に入ったわ。……で、質問の答えだけど、俺にはコイツと違って霊感はないぞ」
「え、そうなの?」
「おう。もうさっぱりだ! オカルト好きだし、むしろ見えてくれた方が嬉しかったのにな!」
 兄弟だからって、体質が同じというわけでもないのか。
 金光の父さんも見えないって言ってたし、この家では金光だけなんだな……。
 つい最近見えるようになった俺と違って、金光はずっと日常的にあんなものを目にしてきたんだ。そう思うと、金光が他の同級生と比べて落ち着き払っているところにも納得がいくような気がする。

「──なるほどなぁ。まさか眞絃がそんな危険な目に遭ってるとは……」
 事情を知りたくてしょうがないという碧さんに事の顛末を話すと、彼は「おっしゃ」と言いながらすくっと立ち上がった。
「旧校舎の事件なら俺も知ってるよ。俺らの代でも度々話題に上がってたんだ。事故があってから、怪奇現象が起きるようになったって」
 一度その場を離れると、碧さんはノートパソコンを手にして再び戻ってきた。
「ただ、詳しいことはよくわかんなかった。つか転落事故って結構な大事件だし、ネットとかに転がってねえのかな」
 碧さんがノートパソコンを開き、【旧校舎 転落事故】と入力して検索する。
 しばらく読み込んだ後に、画面に表示されたのは【検索結果:0件】という残念な結果だった。
 その後もキーワードを変えながら何度か検索してみたが、ひとつもヒットしない。碧さんは頭を掻きむしりながら、「なんでだよ~~」と愚痴をこぼしている。
「だーめだ。なに検索してもひとつも出てこねえ……」
「おかしくね? 人が死んでるんだから、ぜってえ報道とかされてたはずじゃん」
「隠蔽されてるのかもな。学校の印象にも関わるし、もみ消されたとか?」
「マジかー……結局手掛かり見つかんないのかよ……」
 少しだけ希望が見えたと思ったのに、結局再び振り出しに戻ってしまった。
 天を仰ぐ俺の隣で、金光は難しい顔をしたまま黙り込んでいる。
「でもさぁ、もう一ヶ月もそんな状態なんだろ? いい加減なにか手を打たないと、こっちが消耗するだけじゃねえの?」
「どういう意味?」
「俺はいっそ対話してみるのもひとつの手だと思うぜ。例えばもう一度旧校舎に行ってみるとか」
「うげー……ムリムリ、絶対ムリ! あんなこえー思いもうしたくねえもん!」
 俺もその案は一瞬だけ考えたことがあるが、すぐに無理だと却下してしまった。
 ビビリな性格ということは自負しているし、自ら怪異の腹の中に飛び込むみたいなことはできればしたくない。
「でも放っておいたらこの先もっと怖い思いするかもしれねえだろ。本当にそれでいいのかよ、眞絃」
「だけどさぁ……」
「それに行けばなにかわかるかも。どうして怪異が眞絃を執拗に狙うのか、とか」
 碧さんが真剣な目で俺を見た。
 確かに彼の言う通り、俺が今一番知りたいことはその理由だ。
 何度か怪異に遭遇したことがあるが、あっちは一方的に俺のことを知っているようだった。
 ただ頓珍漢なことばかり言っていたし、人違いの可能性もある気がするんだよな……。
「とにかく、俺のダチに生徒会やってたヤツいるから、何か知ってるか聞いてみるわ」
「ありがと碧さん。頼りにしてる」
「おう、任しとけ」
 碧さんはにかっと笑うと、俺の頭をぽんぽんと撫でた。
 しかしすぐにその手は払い除けられてしまう。横を見ると、金光が碧さんの手首を掴んだまま微笑んでいた。
「兄貴。こういうの俺の友達にするのやめてくれない? 南場は子どもじゃないんだし」
 心なしか、いつもより金光の圧が強いような気がする。
 兄貴相手だとこういう感じなのか……?
 感心しながら傍観する俺のそばで、手首を掴まれた碧さんは困惑した表情を浮かべていた。