ファミレスを出た俺は、高校の正門の前までやってきた。
碧さんは自宅にいないと言っていた。もし怪異に攫われたと仮定すると、考えられるのはここしかない。
当たり前だが鍵は閉まっている。俺はぐるりと裏手にまわった。
勢いよく助走をつけて裏門の塀を乗り越えて、学校の敷地内へ侵入すると、真っ先に旧校舎へと向かう。
あれから一度も近付かないようにしていた旧校舎と久しぶりに対峙すれば、やっぱり禍々しい雰囲気を感じた。
正直めちゃくちゃ怖い……。足はガクガク震えているし、何度唾を呑み込んでも落ち着かない。
だけどきっと金光はここにいる。
俺は覚悟を決めると、一階の扉に手を掛けた。
案の定鍵は開いていた。一歩足を踏み入れると、身震いするほどの冷気が身体を包む。
スマホのライトを照らしながら、記憶を頼りに階段を上る。
少しずつ足が重くなるのを感じる。それでもここで引き返すわけにはいかない。その一心で歩を進めた。
「金光……っ!」
三階の廊下の一番奥、以前怪異に連れてこられた教室の扉を勢いよく開け放つ。
相変わらず室内には、教室後方の壁に取り付けられた大きな鏡以外何もない。
金光はいないみたいだ。一体どこにいるんだろう……。
室内は不気味なほどに静まり返っている。俺は意を決して教室の中に入り、鏡の正面に立った。
しかしそこには俺の姿は映らなかった。鏡の表面は呼吸をするみたいに波打っていて、暗い水の底を覗き込んでいるみたいだ。
「……ここにいるのか?」
俺は鏡の中に向かって問い掛けた。何故かはわからないが、そんな予感がしたのだ。
ゆっくりと手を近づけ、鏡に触れようとしたそのとき、バチッと電流が走ったように手が弾かれる。
この感覚には覚えがある。以前金光が黒い手に触れたときと同じだ。
俺は首元に下げられたネックレスに視線を落とした。きっとこれが守ってくれているのだろう。
そう悟って、静かにそれを首から外した。
「ごめんな、絶対あとで金光に返すから」
着ていた上着を脱いで、その上にネックレスをそっと置く。
金光のじいちゃんが強い念を込めて作ったというそのネックレスを外すということは、丸腰のまま怪異に立ち向かうということだ。
無事で帰れるとは言い切れない。
だけど行かなきゃいけないと俺を急き立てるのは、もう一度金光に会いたいという、ただその一心だった。
「…………」
俺は再び鏡の正面に立った。
ふうと息を深く吸って、吐き出す。何度か深呼吸を繰り返してから、覚悟を決めて鏡に向かって手を伸ばした。
さっきとは違い、とぷりと音を立てて手首ごと鏡の中に飲み込まれていく。
すると突然無数の黒い手が鏡の中から伸びてきて、俺の身体に巻き着いた。
物凄い力で鏡の中に引きずり込まれていく。視界が真っ暗になったその瞬間に、俺は意識を手放した。
*
次に目を覚ましたときには、俺は見渡す限り真っ白な空間で仰向けで倒れていた。
身体全体をどこかに打ち付けたような鈍い痛みを感じながら、ゆっくりと上体を起こす。
なんだここは……。
俺は確かに鏡の中に取り込まれたはずだ。これが鏡の中の世界なのか?
周囲には俺以外に人や物は見当たらない。何か違和感を感じると思ったら、壁がないんだ。
果てしなく続く白い世界。その中にぽつんと存在している自分が、酷くちっぽけに思える。
「おーい金光ー……! いるんだろ?」
あてもないけど、俺はとりあえず金光を探すために歩き出した。
しかし歩いても歩いても景色は変わらない。
本当に進んでいるのだろうか?
同じ場所で足踏みしているだけのような錯覚に陥って、背中に冷や汗が滲む。
大丈夫だ、絶対に見つけ出してみせる。
呼吸を整え、決意を固め直したそのとき、背後に何かの気配を感じた。
弾かれたように振り向くと、俺が今一番会いたかった人物が立っていた。
「金光……! 無事だったのか!」
その姿を見た瞬間に、心の底からほっとする自分がいた。
それと同時に俺は、自分の金光への気持ちをはっきりと自覚する。
怪異がどうとか関係ない。
俺は金光にそばにいてほしいんだ。
「よかった……。おまえ、あんなに大事なネックレスを俺なんかに寄越すなんて、なに考えてんだよ。じいちゃんが泣くぞ」
金光のもとに駆け寄り、正面から彼を見上げた。
言いたいことはたくさんある。だけどうまくまとまらなくて、いつもみたいに憎まれ口を叩くことしかできない。
「ずっとここにいたのかよ。……とにかく、一緒に元の世界に帰る方法を探そうぜ」
声を掛けても、金光はなにも言葉を返してこない。
確かに目の前にいるのに、まるでそこにいないみたいな違和感を感じる。
「金光? なにずっと黙って……」
俺が彼に触れようとしたそのとき、ずっと固まっていた金光が突然腕を俺の方に伸ばしてきた。
その両手は俺の首を捉え、指先が肌に巻きつく。喉仏を押し潰すように親指に力が込められた。
「……っ、か、みつ……?」
すぐに息が苦しくなって、呼吸がままならなくなる。
金光に首を絞められている。
酸素の足りない脳みそでそれだけは理解できたが、到底信じられることではなかった。
なにも知らずに一方的に言葉を投げつけた俺のことを怒っているのだろうか。
はくはくと口を動かしながら、必死に目を開いて金光の表情を窺う。
その瞳は不気味に赤く染まっていて、ニタリと口元が歪に弧を描いた。
【ツカマエタ】
金光の口から、金光のものじゃない声が響く。
それはこれまでに何度も耳にしたおどろおどろしい声だった。
「なっ、んで……かね、みつは……」
体育祭のときの上原と同じだ。
今の金光は金光であって金光ではない。
怪異に憑依されている。現に俺の首を絞める手の力は、遠慮を知らない。
頭の中が真っ白になった。金光を救うためにここまで来たのに、間に合わなかったのだ。
なにをしているんだ俺は……。
自分に激しい憤りを感じてやりきれない。
自分の素行のせいで怪異を寄せ付けて、守ってくれていた金光を疑って突き放して、金光をこんな目に遭わせて……。
以前上原のときにしたのと同じように、股間を蹴り上げようと足を動かす。
しかし怪異も学んだのだろう。真っ赤な瞳が俺の足に向けられると、俺は急に足が地面に縫い留められたように動かせなくなってしまった。
「……っ」
呼吸が浅くなる。目の前が霞んできた。
走馬灯というやつだろうか。脳内に映像が流れ込んできた。
入学してから金光と同じクラスになって、いけ好かないヤツだと真っ先に敵認定したこと。
できれば関わりたくなかったのに、度々俺の前に現れては、怒らせるようなことばかり言ってきたこと。
嫌々一緒に過ごすようになって、俺に向ける優しい眼差しに、そんな顔もできるんだと驚いたこと。
俺が怖がらないように、どんなに無茶を言っても、いつもそばにいてくれたこと。
いつも聞き分けのいいような顔をして笑っているくせに、肝心な本音はなにひとつ話してくれなかった。
思えば時々、金光はなにかを考え込むような素振りをしていた。
あのときに気付いてやればよかった。金光がどんなにしんどくても無理して笑うことぐらい、気付いていたはずなのに。
「……ご、め……」
俺は震える手をなんとか持ち上げて、掴まれている手に自分の手を重ねた。
「……なん、も……わかって、なくて……」
もう声も掠れていて、発しようとしてもかすかに音が漏れるだけだった。
視界が揺れている。もうすぐ意識が飛ぶのだとわかった。
そのときだった。一瞬、俺の首を絞め上げる手の力が、ふっと緩んだのだ。
朦朧とする意識の中でも、生存本能なのか、俺はその隙を見逃さなかった。
どんっと力任せに金光の身体を押して、怪異を突き飛ばす。
ゴホゴホと咳き込みながらも、ようやく新鮮な空気を取り込んだ。まだ息は苦しいが、油断はしていられない。
素早く呼吸を整えて、よろめきながら体勢を立て直し、怪異の方に顔を向ける。
金光に憑依した怪異の手は、奇妙な動き方をしている。まるで制御のできていないロボットのようだ。
それを確認した俺の頭に、ひとつの仮説が浮かぶ。
「……金光、聞こえてんのか?」
俺が声を掛けると、大袈裟にその身体が跳ねた。
やっぱりそうだ。
金光はまだ、怪異の中に残っている。
俺は金光のそばに寄ると、その身体に手を伸ばした。
「信じてあげられなくてごめん。勝手に決めつけて、ひどいこと言ってごめんな」
広い背中に腕を回すと、氷のように冷たかった。
自分の熱を分けるように、抱き締める腕に力を込める。
「……ずっと、俺は誰かの好意に甘えて生きてきた。今が楽しければそれでいいやって、相手の気持ちも考えずに好き勝手して、たぶん、嫌な思いもたくさんさせてきた」
自分のしてきたことが、今更なかったことにできるわけじゃない。
誰かにつけてしまった傷は、そうして一生自分の中に残り続ける。
「わからなかったんだ。……好きって気持ちが、こんなに切実なものだってこと」
きっと金光に出会わなければ、一生知る由もなかったと思う。
空っぽだった心の器に、たくさんの感情を注いでくれた。
「誰かのことを考えると苦しくて夜も眠れなくて、ずっと頭の中はその人のことばっかりで離れてくれなくて、今何してるかなとか考えちゃったりなんかして」
人を好きになることは、誰かに自分の心を預けるようなものだ。
手放そうとしたって、簡単には手放せない。
「俺を好きになってくれた子たちも、多分そんなふうに思ってくれてたんだと思う。俺はその好意を大事にするどころか、馬鹿にして踏みにじるようなことしかしてこなかった。今はすごく後悔してる」
俺は少しの間口を噤んでから、再び言葉を続ける。
「……なあ金光、また一緒にゲームして、風呂上がりにアイス食べよう。ムカつくぐらいいい笑顔で、俺のことからかってよ。そんときは絶対ブチギレてやるから」
相変わらず反応はない。だけど抱き締めた身体の奥に、かすかに鼓動を感じたような気がした。
そっと身体を離してみる。金光の顔を見上げるが、相変わらず目元は赤く染まったままだし、肌は青白く血色がない。
「金光……」
名前を呼んでもリアクションはない。
だけどどうしてもこのままでは嫌だった。
失いたくない。
衝動のように気持ちが込み上げてきて、俺は血の気を失っている金光の頬に手を伸ばした。
背伸びをして顔を近づけた瞬間に肩を掴まれて、乱暴に身体が引き剥がされる。
また首を絞められることを警戒して距離をとろうとするが、それより先にぐっと腕を引かれてしまった。
「っ、やめろ、離せ……っ!」
腕の中にきつく閉じ込められて、咄嗟に離れようともがく。
だけど俺は気づいた。
さっきまでは氷のように冷たかった金光の身体に、体温が戻っていることに。
「……南場」
耳元で金光の声が響く。久しぶりに聞こえた懐かしい声に、胸が熱くなった。
すぐに顔を確認したかったのに、強く抱き締められているせいでそれが叶わない。
「なんで来たの。怖がりのくせに、こんな所まで」
「うっせー、怖がりって言うな。おまえこそ、勝手に俺の財布触ってんじゃねえ」
「だって南場に何かあったらって思ったら、それぐらいしかできることなくて……」
金光の声は弱々しく、珍しくしおらしい。
だけどまるで離さないと言わんばかりに、俺を抱き締める腕だけは力強い。
彼の気持ちが痛いほど伝わってくるような気がした。
「ずっと守ってくれてたんだな。旧校舎について調べてたの、ぜんぶ怪異から俺を遠ざけるためだったんだろ? なんであんな嘘ついたんだよ」
俺が問いかけると、金光はゆっくりと身体を離した。だけどやっぱり不安なのか、片手はしっかりと握られたままだ。
血色の戻った肌といつも通りの瞳を見て、改めて金光が戻ってきたことを認識できた。
「……結局守れなかったし、あれはあれで半分ぐらいは本音だよ」
金光は呆れたように笑うと、俺から視線を逸らした。
「半年ぐらい前かな。たまたま旧校舎の近くを通りかかったら、何かが南場の名前を呼んでるのが聞こえたんだ。旧校舎に招かれた人間が行方不明になるっていうのは噂で聞いてたから、このままじゃ南場が危ないって焦った」
「……」
「だからなんとか情報を集めて、南場が捕まる前に除霊する方法を探ったり、南場が旧校舎に近付かないように見張ったり誘導したりしてたんだけど……」
なかなか俺と視線を合わせようとしない金光からは、どことなく後ろめたさを感じる。
俺は金光の言葉を聞き漏らさないように、静かに耳を傾けた。
「俺がたまたま他の子に声をかけられて捕まってる隙をついて、怪異に先を越された。南場が旧校舎に入っていったのが見えたときは、心臓が止まるかと思ったよ」
「やっぱり。あのときおまえが旧校舎にいたのは、偶然じゃなかったんだな」
「……助けにきたなんて、気味悪がられると思って言えなかった」
金光はそう言って苦笑した。
「でもなんだかんだ南場と一緒にいる口実ができて、正直ラッキーって思っちゃう自分がいたんだ。あわよくばこのままずっと一緒にいたいなって」
「……それは」
「最低だろ? 俺は南場が思ってるような善人じゃない。だから南場に責められても、否定することができなかった」
金光がぎこちなく笑う。
確かに笑っているのに、俺にはその顔が悲しげに映った。
金光の秘めていた執着を知ったとき、確かに俺は一瞬怯んでしまった。
だけど嫌悪感はひとつもなかった。最低な金光でもいいとすら思えた。
それぐらい、俺もとっくに強く金光に惹かれていた。
「……おまえは、なんでそんなに、俺のこと」
言葉を続けようとしたそのときだった。
背筋にぞくぞくと冷たいものが走った。全身に鳥肌が立ち、おもわず身震いしてしまう。
反射的に後ろを振り返ると、少し離れたところにぽつんと誰かが立っていた。
「南場」
金光は硬直する俺の腕を引っ張ると、庇うように俺の前に出た。金光の背中で視界が覆われて何も見えなくなる。
一瞬見えたその姿は、最初に旧校舎で見た女の子の形をしていた。その身体はぼうっと暗い影で覆われている。
「南場には手を出すな。恨むなら俺にしろ」
「は!? お、おまえ何言って……」
「俺が代わりになるから、南場のことは許してくれないか」
困惑する俺をよそに、金光は勝手に交渉をし始めた。
「ダメだ金光っ! 俺はそんなこと望んでないっ!」
慌てた俺は金光の背中を掴む。金光はやんわりとその手を外しながら、俺の方を振り向いた。
彼はこんな状況にあるのが嘘みたいに、穏やかに微笑んでいた。
「ごめんね、南場。俺が守り切れなかったせいで、たくさん怖い思いさせた」
「そんな……っ、もとはといえば俺のせいで……」
「今の俺が言っても信じてもらえないかもしれないけど、南場には笑っていてほしいんだ」
金光が俺の方に身体を向けて、俺の両手をそっと包んだ。その瞳はまっすぐに俺を映している。
慈しむような眼差しに、ぎゅっと胸が締め付けられた。
「……嫌だね」
はいそうですか、なんて頷いてやる気はなかった。
睨み付けるみたいにきつく金光の目を見つめ返す。
「まだおまえの気持ちも、その理由も、なにひとつ聞けてねえんだよ。かっこつけてんじゃねえ。本当は俺と離れたくないくせに」
俺がそう言うと、図星を突かれたみたいに金光は瞳を揺らした。
ほらな、やっぱり俺と一緒にいたいんだろ。
そんなの俺だって一緒だ。
「つーかおまえがいないと笑えねーし、バーカ」
俺は一度手を離すと、自分から金光の右手を握り直した。
呆気にとられる金光の隣に並んで、その目を覗き込んで笑いかける。
「まだおまえに言ってないことがたくさんあるんだ。だからぜんぶ終わったら言わせろよ」
二度も金光を失うわけにはいかない。
絶対に二人で元の世界に帰るんだ。
そんな覚悟を込めて見つめれば、金光は困ったように小さく息を吐いた。
「……絶対に守るから」
言葉と共に、確かめるように手を握り返される。
俺達は頷き合うと、正面に顔を向けた。
その視線の先には、黒い影を纏った少女が立っている。相変わらず目を背けたくなるような容貌をしている。
だけど俺はもう逃げない。
次はなにをしてくるのかと警戒しながら、怪異を見つめ続ける。
互いの腹の内を探り合うような静かな時間は、唐突に終わりを迎えた。
突然どこからともなく強い風が吹いてきたかと思えば、少女が纏っていた黒い影がすうっと消えていく。
白目の赤色は吸収され、元の透き通った色に戻り、歪に吊り上がっていた口元は縮まり、何かを堪えるようなへの字口に変わる。
恐ろしい見た目をしていた怪異は、あっという間にあどけない少女の姿へと変化した。
「……ずっと悲しかった。きみみたいな最悪な男に騙されて、わたしの人生はめちゃくちゃになったの」
何度も耳にしてきたおぞましい声ではない、本来の少女の高く澄んだ声が耳に届く。
悲しそうな顔をして少女は俺を指さした。
「同じような男を誘き出して、全員絶望に陥れるつもりだった」
俺が予想していた通りだった。
返す言葉もなく、俺は口を一文字に引き結ぶ。
少女はそんな俺を観察するように、まっすぐに俺に視線を送り続けている。
「もう一度聞かせて。きみにとって『好き』ってなに?」
最初に遭遇したときと同じ質問を口にする彼女に、思わず息を呑んだ。
あのときの自分がなにを答えたのかは今でも正確に覚えている。
「俺にとっての好きは……」
言いかけた俺は、隣に視線を向けた。
金光と目が合うと、自然と笑みがこぼれる。
「ごめん。俺語彙力ないから、あんまりうまく自分の気持ち表現できねえんだ。だけど……」
真っ先に頭に浮かんだものがある。
少し悩んでから、少女の方を向き直った。
「チョコミント味のアイスかな。その人が俺のために行動してくれたっていう気持ちがめいっぱい伝わってきて、なんか自然と笑顔になんの」
誰かを好きだという感情は、一言では表し切れない。金光と過ごすにつれてそれを知った。
隣で金光がかすかに笑う気配がある。照れ臭くなって、俺は肩を竦めた。
「……そう、わかった」
声が聞こえてハッと視線を向けると、少女の身体が徐々に透けていくのを見た。
目を見張る俺に、少女が視線を向ける。
消えかかる直前に、かすかにその口元が動いたように見えた。
「うわっ、なんだ……!?」
少女がいなくなると、途端にふわっと身体が浮かび上がった。再び強い風が吹いてきて、上空に向かって身体が吹き飛ばされていく。
身体をどこかへ引きずり上げられるような感覚を覚えながら、金光の手を離さないように必死に握り続けた。
碧さんは自宅にいないと言っていた。もし怪異に攫われたと仮定すると、考えられるのはここしかない。
当たり前だが鍵は閉まっている。俺はぐるりと裏手にまわった。
勢いよく助走をつけて裏門の塀を乗り越えて、学校の敷地内へ侵入すると、真っ先に旧校舎へと向かう。
あれから一度も近付かないようにしていた旧校舎と久しぶりに対峙すれば、やっぱり禍々しい雰囲気を感じた。
正直めちゃくちゃ怖い……。足はガクガク震えているし、何度唾を呑み込んでも落ち着かない。
だけどきっと金光はここにいる。
俺は覚悟を決めると、一階の扉に手を掛けた。
案の定鍵は開いていた。一歩足を踏み入れると、身震いするほどの冷気が身体を包む。
スマホのライトを照らしながら、記憶を頼りに階段を上る。
少しずつ足が重くなるのを感じる。それでもここで引き返すわけにはいかない。その一心で歩を進めた。
「金光……っ!」
三階の廊下の一番奥、以前怪異に連れてこられた教室の扉を勢いよく開け放つ。
相変わらず室内には、教室後方の壁に取り付けられた大きな鏡以外何もない。
金光はいないみたいだ。一体どこにいるんだろう……。
室内は不気味なほどに静まり返っている。俺は意を決して教室の中に入り、鏡の正面に立った。
しかしそこには俺の姿は映らなかった。鏡の表面は呼吸をするみたいに波打っていて、暗い水の底を覗き込んでいるみたいだ。
「……ここにいるのか?」
俺は鏡の中に向かって問い掛けた。何故かはわからないが、そんな予感がしたのだ。
ゆっくりと手を近づけ、鏡に触れようとしたそのとき、バチッと電流が走ったように手が弾かれる。
この感覚には覚えがある。以前金光が黒い手に触れたときと同じだ。
俺は首元に下げられたネックレスに視線を落とした。きっとこれが守ってくれているのだろう。
そう悟って、静かにそれを首から外した。
「ごめんな、絶対あとで金光に返すから」
着ていた上着を脱いで、その上にネックレスをそっと置く。
金光のじいちゃんが強い念を込めて作ったというそのネックレスを外すということは、丸腰のまま怪異に立ち向かうということだ。
無事で帰れるとは言い切れない。
だけど行かなきゃいけないと俺を急き立てるのは、もう一度金光に会いたいという、ただその一心だった。
「…………」
俺は再び鏡の正面に立った。
ふうと息を深く吸って、吐き出す。何度か深呼吸を繰り返してから、覚悟を決めて鏡に向かって手を伸ばした。
さっきとは違い、とぷりと音を立てて手首ごと鏡の中に飲み込まれていく。
すると突然無数の黒い手が鏡の中から伸びてきて、俺の身体に巻き着いた。
物凄い力で鏡の中に引きずり込まれていく。視界が真っ暗になったその瞬間に、俺は意識を手放した。
*
次に目を覚ましたときには、俺は見渡す限り真っ白な空間で仰向けで倒れていた。
身体全体をどこかに打ち付けたような鈍い痛みを感じながら、ゆっくりと上体を起こす。
なんだここは……。
俺は確かに鏡の中に取り込まれたはずだ。これが鏡の中の世界なのか?
周囲には俺以外に人や物は見当たらない。何か違和感を感じると思ったら、壁がないんだ。
果てしなく続く白い世界。その中にぽつんと存在している自分が、酷くちっぽけに思える。
「おーい金光ー……! いるんだろ?」
あてもないけど、俺はとりあえず金光を探すために歩き出した。
しかし歩いても歩いても景色は変わらない。
本当に進んでいるのだろうか?
同じ場所で足踏みしているだけのような錯覚に陥って、背中に冷や汗が滲む。
大丈夫だ、絶対に見つけ出してみせる。
呼吸を整え、決意を固め直したそのとき、背後に何かの気配を感じた。
弾かれたように振り向くと、俺が今一番会いたかった人物が立っていた。
「金光……! 無事だったのか!」
その姿を見た瞬間に、心の底からほっとする自分がいた。
それと同時に俺は、自分の金光への気持ちをはっきりと自覚する。
怪異がどうとか関係ない。
俺は金光にそばにいてほしいんだ。
「よかった……。おまえ、あんなに大事なネックレスを俺なんかに寄越すなんて、なに考えてんだよ。じいちゃんが泣くぞ」
金光のもとに駆け寄り、正面から彼を見上げた。
言いたいことはたくさんある。だけどうまくまとまらなくて、いつもみたいに憎まれ口を叩くことしかできない。
「ずっとここにいたのかよ。……とにかく、一緒に元の世界に帰る方法を探そうぜ」
声を掛けても、金光はなにも言葉を返してこない。
確かに目の前にいるのに、まるでそこにいないみたいな違和感を感じる。
「金光? なにずっと黙って……」
俺が彼に触れようとしたそのとき、ずっと固まっていた金光が突然腕を俺の方に伸ばしてきた。
その両手は俺の首を捉え、指先が肌に巻きつく。喉仏を押し潰すように親指に力が込められた。
「……っ、か、みつ……?」
すぐに息が苦しくなって、呼吸がままならなくなる。
金光に首を絞められている。
酸素の足りない脳みそでそれだけは理解できたが、到底信じられることではなかった。
なにも知らずに一方的に言葉を投げつけた俺のことを怒っているのだろうか。
はくはくと口を動かしながら、必死に目を開いて金光の表情を窺う。
その瞳は不気味に赤く染まっていて、ニタリと口元が歪に弧を描いた。
【ツカマエタ】
金光の口から、金光のものじゃない声が響く。
それはこれまでに何度も耳にしたおどろおどろしい声だった。
「なっ、んで……かね、みつは……」
体育祭のときの上原と同じだ。
今の金光は金光であって金光ではない。
怪異に憑依されている。現に俺の首を絞める手の力は、遠慮を知らない。
頭の中が真っ白になった。金光を救うためにここまで来たのに、間に合わなかったのだ。
なにをしているんだ俺は……。
自分に激しい憤りを感じてやりきれない。
自分の素行のせいで怪異を寄せ付けて、守ってくれていた金光を疑って突き放して、金光をこんな目に遭わせて……。
以前上原のときにしたのと同じように、股間を蹴り上げようと足を動かす。
しかし怪異も学んだのだろう。真っ赤な瞳が俺の足に向けられると、俺は急に足が地面に縫い留められたように動かせなくなってしまった。
「……っ」
呼吸が浅くなる。目の前が霞んできた。
走馬灯というやつだろうか。脳内に映像が流れ込んできた。
入学してから金光と同じクラスになって、いけ好かないヤツだと真っ先に敵認定したこと。
できれば関わりたくなかったのに、度々俺の前に現れては、怒らせるようなことばかり言ってきたこと。
嫌々一緒に過ごすようになって、俺に向ける優しい眼差しに、そんな顔もできるんだと驚いたこと。
俺が怖がらないように、どんなに無茶を言っても、いつもそばにいてくれたこと。
いつも聞き分けのいいような顔をして笑っているくせに、肝心な本音はなにひとつ話してくれなかった。
思えば時々、金光はなにかを考え込むような素振りをしていた。
あのときに気付いてやればよかった。金光がどんなにしんどくても無理して笑うことぐらい、気付いていたはずなのに。
「……ご、め……」
俺は震える手をなんとか持ち上げて、掴まれている手に自分の手を重ねた。
「……なん、も……わかって、なくて……」
もう声も掠れていて、発しようとしてもかすかに音が漏れるだけだった。
視界が揺れている。もうすぐ意識が飛ぶのだとわかった。
そのときだった。一瞬、俺の首を絞め上げる手の力が、ふっと緩んだのだ。
朦朧とする意識の中でも、生存本能なのか、俺はその隙を見逃さなかった。
どんっと力任せに金光の身体を押して、怪異を突き飛ばす。
ゴホゴホと咳き込みながらも、ようやく新鮮な空気を取り込んだ。まだ息は苦しいが、油断はしていられない。
素早く呼吸を整えて、よろめきながら体勢を立て直し、怪異の方に顔を向ける。
金光に憑依した怪異の手は、奇妙な動き方をしている。まるで制御のできていないロボットのようだ。
それを確認した俺の頭に、ひとつの仮説が浮かぶ。
「……金光、聞こえてんのか?」
俺が声を掛けると、大袈裟にその身体が跳ねた。
やっぱりそうだ。
金光はまだ、怪異の中に残っている。
俺は金光のそばに寄ると、その身体に手を伸ばした。
「信じてあげられなくてごめん。勝手に決めつけて、ひどいこと言ってごめんな」
広い背中に腕を回すと、氷のように冷たかった。
自分の熱を分けるように、抱き締める腕に力を込める。
「……ずっと、俺は誰かの好意に甘えて生きてきた。今が楽しければそれでいいやって、相手の気持ちも考えずに好き勝手して、たぶん、嫌な思いもたくさんさせてきた」
自分のしてきたことが、今更なかったことにできるわけじゃない。
誰かにつけてしまった傷は、そうして一生自分の中に残り続ける。
「わからなかったんだ。……好きって気持ちが、こんなに切実なものだってこと」
きっと金光に出会わなければ、一生知る由もなかったと思う。
空っぽだった心の器に、たくさんの感情を注いでくれた。
「誰かのことを考えると苦しくて夜も眠れなくて、ずっと頭の中はその人のことばっかりで離れてくれなくて、今何してるかなとか考えちゃったりなんかして」
人を好きになることは、誰かに自分の心を預けるようなものだ。
手放そうとしたって、簡単には手放せない。
「俺を好きになってくれた子たちも、多分そんなふうに思ってくれてたんだと思う。俺はその好意を大事にするどころか、馬鹿にして踏みにじるようなことしかしてこなかった。今はすごく後悔してる」
俺は少しの間口を噤んでから、再び言葉を続ける。
「……なあ金光、また一緒にゲームして、風呂上がりにアイス食べよう。ムカつくぐらいいい笑顔で、俺のことからかってよ。そんときは絶対ブチギレてやるから」
相変わらず反応はない。だけど抱き締めた身体の奥に、かすかに鼓動を感じたような気がした。
そっと身体を離してみる。金光の顔を見上げるが、相変わらず目元は赤く染まったままだし、肌は青白く血色がない。
「金光……」
名前を呼んでもリアクションはない。
だけどどうしてもこのままでは嫌だった。
失いたくない。
衝動のように気持ちが込み上げてきて、俺は血の気を失っている金光の頬に手を伸ばした。
背伸びをして顔を近づけた瞬間に肩を掴まれて、乱暴に身体が引き剥がされる。
また首を絞められることを警戒して距離をとろうとするが、それより先にぐっと腕を引かれてしまった。
「っ、やめろ、離せ……っ!」
腕の中にきつく閉じ込められて、咄嗟に離れようともがく。
だけど俺は気づいた。
さっきまでは氷のように冷たかった金光の身体に、体温が戻っていることに。
「……南場」
耳元で金光の声が響く。久しぶりに聞こえた懐かしい声に、胸が熱くなった。
すぐに顔を確認したかったのに、強く抱き締められているせいでそれが叶わない。
「なんで来たの。怖がりのくせに、こんな所まで」
「うっせー、怖がりって言うな。おまえこそ、勝手に俺の財布触ってんじゃねえ」
「だって南場に何かあったらって思ったら、それぐらいしかできることなくて……」
金光の声は弱々しく、珍しくしおらしい。
だけどまるで離さないと言わんばかりに、俺を抱き締める腕だけは力強い。
彼の気持ちが痛いほど伝わってくるような気がした。
「ずっと守ってくれてたんだな。旧校舎について調べてたの、ぜんぶ怪異から俺を遠ざけるためだったんだろ? なんであんな嘘ついたんだよ」
俺が問いかけると、金光はゆっくりと身体を離した。だけどやっぱり不安なのか、片手はしっかりと握られたままだ。
血色の戻った肌といつも通りの瞳を見て、改めて金光が戻ってきたことを認識できた。
「……結局守れなかったし、あれはあれで半分ぐらいは本音だよ」
金光は呆れたように笑うと、俺から視線を逸らした。
「半年ぐらい前かな。たまたま旧校舎の近くを通りかかったら、何かが南場の名前を呼んでるのが聞こえたんだ。旧校舎に招かれた人間が行方不明になるっていうのは噂で聞いてたから、このままじゃ南場が危ないって焦った」
「……」
「だからなんとか情報を集めて、南場が捕まる前に除霊する方法を探ったり、南場が旧校舎に近付かないように見張ったり誘導したりしてたんだけど……」
なかなか俺と視線を合わせようとしない金光からは、どことなく後ろめたさを感じる。
俺は金光の言葉を聞き漏らさないように、静かに耳を傾けた。
「俺がたまたま他の子に声をかけられて捕まってる隙をついて、怪異に先を越された。南場が旧校舎に入っていったのが見えたときは、心臓が止まるかと思ったよ」
「やっぱり。あのときおまえが旧校舎にいたのは、偶然じゃなかったんだな」
「……助けにきたなんて、気味悪がられると思って言えなかった」
金光はそう言って苦笑した。
「でもなんだかんだ南場と一緒にいる口実ができて、正直ラッキーって思っちゃう自分がいたんだ。あわよくばこのままずっと一緒にいたいなって」
「……それは」
「最低だろ? 俺は南場が思ってるような善人じゃない。だから南場に責められても、否定することができなかった」
金光がぎこちなく笑う。
確かに笑っているのに、俺にはその顔が悲しげに映った。
金光の秘めていた執着を知ったとき、確かに俺は一瞬怯んでしまった。
だけど嫌悪感はひとつもなかった。最低な金光でもいいとすら思えた。
それぐらい、俺もとっくに強く金光に惹かれていた。
「……おまえは、なんでそんなに、俺のこと」
言葉を続けようとしたそのときだった。
背筋にぞくぞくと冷たいものが走った。全身に鳥肌が立ち、おもわず身震いしてしまう。
反射的に後ろを振り返ると、少し離れたところにぽつんと誰かが立っていた。
「南場」
金光は硬直する俺の腕を引っ張ると、庇うように俺の前に出た。金光の背中で視界が覆われて何も見えなくなる。
一瞬見えたその姿は、最初に旧校舎で見た女の子の形をしていた。その身体はぼうっと暗い影で覆われている。
「南場には手を出すな。恨むなら俺にしろ」
「は!? お、おまえ何言って……」
「俺が代わりになるから、南場のことは許してくれないか」
困惑する俺をよそに、金光は勝手に交渉をし始めた。
「ダメだ金光っ! 俺はそんなこと望んでないっ!」
慌てた俺は金光の背中を掴む。金光はやんわりとその手を外しながら、俺の方を振り向いた。
彼はこんな状況にあるのが嘘みたいに、穏やかに微笑んでいた。
「ごめんね、南場。俺が守り切れなかったせいで、たくさん怖い思いさせた」
「そんな……っ、もとはといえば俺のせいで……」
「今の俺が言っても信じてもらえないかもしれないけど、南場には笑っていてほしいんだ」
金光が俺の方に身体を向けて、俺の両手をそっと包んだ。その瞳はまっすぐに俺を映している。
慈しむような眼差しに、ぎゅっと胸が締め付けられた。
「……嫌だね」
はいそうですか、なんて頷いてやる気はなかった。
睨み付けるみたいにきつく金光の目を見つめ返す。
「まだおまえの気持ちも、その理由も、なにひとつ聞けてねえんだよ。かっこつけてんじゃねえ。本当は俺と離れたくないくせに」
俺がそう言うと、図星を突かれたみたいに金光は瞳を揺らした。
ほらな、やっぱり俺と一緒にいたいんだろ。
そんなの俺だって一緒だ。
「つーかおまえがいないと笑えねーし、バーカ」
俺は一度手を離すと、自分から金光の右手を握り直した。
呆気にとられる金光の隣に並んで、その目を覗き込んで笑いかける。
「まだおまえに言ってないことがたくさんあるんだ。だからぜんぶ終わったら言わせろよ」
二度も金光を失うわけにはいかない。
絶対に二人で元の世界に帰るんだ。
そんな覚悟を込めて見つめれば、金光は困ったように小さく息を吐いた。
「……絶対に守るから」
言葉と共に、確かめるように手を握り返される。
俺達は頷き合うと、正面に顔を向けた。
その視線の先には、黒い影を纏った少女が立っている。相変わらず目を背けたくなるような容貌をしている。
だけど俺はもう逃げない。
次はなにをしてくるのかと警戒しながら、怪異を見つめ続ける。
互いの腹の内を探り合うような静かな時間は、唐突に終わりを迎えた。
突然どこからともなく強い風が吹いてきたかと思えば、少女が纏っていた黒い影がすうっと消えていく。
白目の赤色は吸収され、元の透き通った色に戻り、歪に吊り上がっていた口元は縮まり、何かを堪えるようなへの字口に変わる。
恐ろしい見た目をしていた怪異は、あっという間にあどけない少女の姿へと変化した。
「……ずっと悲しかった。きみみたいな最悪な男に騙されて、わたしの人生はめちゃくちゃになったの」
何度も耳にしてきたおぞましい声ではない、本来の少女の高く澄んだ声が耳に届く。
悲しそうな顔をして少女は俺を指さした。
「同じような男を誘き出して、全員絶望に陥れるつもりだった」
俺が予想していた通りだった。
返す言葉もなく、俺は口を一文字に引き結ぶ。
少女はそんな俺を観察するように、まっすぐに俺に視線を送り続けている。
「もう一度聞かせて。きみにとって『好き』ってなに?」
最初に遭遇したときと同じ質問を口にする彼女に、思わず息を呑んだ。
あのときの自分がなにを答えたのかは今でも正確に覚えている。
「俺にとっての好きは……」
言いかけた俺は、隣に視線を向けた。
金光と目が合うと、自然と笑みがこぼれる。
「ごめん。俺語彙力ないから、あんまりうまく自分の気持ち表現できねえんだ。だけど……」
真っ先に頭に浮かんだものがある。
少し悩んでから、少女の方を向き直った。
「チョコミント味のアイスかな。その人が俺のために行動してくれたっていう気持ちがめいっぱい伝わってきて、なんか自然と笑顔になんの」
誰かを好きだという感情は、一言では表し切れない。金光と過ごすにつれてそれを知った。
隣で金光がかすかに笑う気配がある。照れ臭くなって、俺は肩を竦めた。
「……そう、わかった」
声が聞こえてハッと視線を向けると、少女の身体が徐々に透けていくのを見た。
目を見張る俺に、少女が視線を向ける。
消えかかる直前に、かすかにその口元が動いたように見えた。
「うわっ、なんだ……!?」
少女がいなくなると、途端にふわっと身体が浮かび上がった。再び強い風が吹いてきて、上空に向かって身体が吹き飛ばされていく。
身体をどこかへ引きずり上げられるような感覚を覚えながら、金光の手を離さないように必死に握り続けた。


