「なんっ……だよ!」
床を蹴り飛ばし、
ズルズルと
倉庫のドアにもたれかかる。
やっちまった……。
脱力。

「あーあ……。
なんてザマだ。
無理して来るもんじゃねぇな。」
日によって、
俺は――“変わる”。
今日みたいな日は、
朔の眼差し。
後ろ姿。
骨格。
心地いい声。
シャツから覗く首筋。
朔が放つ香りにすら、
俺の意思なんて関係なく、
心が反応する。
触れたい。
抱きしめたい。
顔を埋めて、
その香りに包まれたい。
飄々とした仮面を被って
俺は、
頭の中で
数え切れないほど、
朔に触れている。
そんな奴だ。
――拭えない背徳感。
あの雨の日もそうだった。
予感はあった。
アンバランスな今を、
甘く見てたんだ。
朔を見ちゃダメだ。
近づいちゃダメだ。
なのに、
通り雨の気まぐれに
振り回された。
あんな近くで、
湿気に火照って、
あっさりと――崩れた。
「……つれぇ。」
膝に突っ伏す。
カタン……。
「……何、してんの?」
バッ!
顔を上げる。
「――快!?
お前こそ何してんの。
授業は?」
「ふぁぁ……寝てた。」
大きなあくび。
グンッと伸びをする。
「寝てた?ここで?
……倉庫だぞ?」
「マットあるし。」
もしかして――見られた?
一気に
緊張が押し寄せる。
喉の奥から声を出す。
いつもの声を。
「――いつから、居た?」
「んー……
体育終わってすぐ?」
快のあっけらかんとした顔に、
胸を撫で下ろす。
「……あのさ。」
快がしゃがみこむ。
「無理してるってのは、
聞こえたわ。――悪い。」
困ったように眉を寄せている。
俺から自然に
笑みがこぼれる。
「クスッ……。正直な奴。
快って、
そんな顔もできるんだな。」

「まぁね。」
快は眉をあげ、肩を竦めた。
一瞬、覚悟したのに、
それ以上何も
投げかけてこない。
――自分はそこに居た。
その事実だけを
快は、
俺に落としたんだ。
快なら
どう思うんだろう。
ほんの少しの興味が
頭をもたげる。
「……俺さぁ、
揺らぐんだよね。」
前を向いたまま、
口を開く。
快の目が
微かに動くのを感じる。
快は何も言わない。
遮らない。
ただ、頷いている。
構わず続ける。
「揺らいでる日は休む、って
決めてたんだけど。
――気まぐれで、
今日は、来ちゃったんだよ。」
しゃがんでいただけの快が、
俺の隣に腰を下ろす。
快の静かな呼吸が
聞こえる。
すぅっと吸い込んだ空気を
ゆっくり吐くように
快の口が開く。
「――まぁ、普通に
ときめいた、って話だよな。」
……ん?
ときめいた?
「えっ?」
「俺、見たもん。
お前、街でさ、
色付きリップ?あれ、選んでた。」
「ちょ、ちょっと待って。
――お前、何の話を?」
快がキョトンとする。
「お前って奴の話だよ。
お前こそ、何言ってんだ?」
「……俺って奴の話?」
「うん。お前、リップ選んでた。」
確かに、
俺、ちょっと前に
街で色付きリップ選んでた。
その情報、
普通に恥ずかしい。
……でも、
街に出る時は、
いつも帽子で隠してる。
「――それ、ホントに俺か?」
快が怪訝そうに
首を傾げる。
「リップ塗った顔――鏡で見てたぞ。
帽子クイってやってさ。」
帽子を上げる仕草をする。
あちゃー……
ダメだこりゃ。
何だか笑えてきた。
「そりゃ俺で間違いないわ!」
腹を抱える。
可笑しくてたまらない。
――なんだ、これ!
快も笑う。
「然、お前、
ちゃんと笑えるじゃん。
――大丈夫だぞ。」
俺の頭をくしゃっと撫でる。
そのまま、
俺の顔を覗き込む。
「俺ら、健康な高校生だもんよ。
煩悩あってこそだ。
アイツも同じだ。
安心しろ!」
「……アイツ?」
快の両手が
ワシャワシャと頭を撫でる。
「そっ。あのムッツリすけべ!
アイツ、相当拗らせてるぞ。」
「ブハッ!
ダメだ。苦しい。」
涙が出てくる。
ポロポロ、
ポロポロ、
溢れて
――落ちた。

快がタオルを差し出す。
「ちょっと臭いかも、だけど。」
「ハハッ……お前、いい男だな。」
「あ、先約あるんで。
僕に惚れてはダメですよ?」
「惚れねーよ!バカ!」
快のタオルは、
おひさまの香りがした。
「さて――と。
俺、そろそろ行くわ。」
「うん。ありがとう。」
「何がどうであれ、
ときめいたんなら
それ、大事にしろよな。」
そうだな。
その時の俺が――
男だったからとか
女だったからとか
そういう理屈じゃないよな。
真っ暗な夜空に
ひとつのきらめきを見つけると、
急にたくさんのきらめきが
見えてくる。
それに
すごく、似てる。
本当、大切にしたい。
「うん。――そうするよ。」
床を蹴り飛ばし、
ズルズルと
倉庫のドアにもたれかかる。
やっちまった……。
脱力。

「あーあ……。
なんてザマだ。
無理して来るもんじゃねぇな。」
日によって、
俺は――“変わる”。
今日みたいな日は、
朔の眼差し。
後ろ姿。
骨格。
心地いい声。
シャツから覗く首筋。
朔が放つ香りにすら、
俺の意思なんて関係なく、
心が反応する。
触れたい。
抱きしめたい。
顔を埋めて、
その香りに包まれたい。
飄々とした仮面を被って
俺は、
頭の中で
数え切れないほど、
朔に触れている。
そんな奴だ。
――拭えない背徳感。
あの雨の日もそうだった。
予感はあった。
アンバランスな今を、
甘く見てたんだ。
朔を見ちゃダメだ。
近づいちゃダメだ。
なのに、
通り雨の気まぐれに
振り回された。
あんな近くで、
湿気に火照って、
あっさりと――崩れた。
「……つれぇ。」
膝に突っ伏す。
カタン……。
「……何、してんの?」
バッ!
顔を上げる。
「――快!?
お前こそ何してんの。
授業は?」
「ふぁぁ……寝てた。」
大きなあくび。
グンッと伸びをする。
「寝てた?ここで?
……倉庫だぞ?」
「マットあるし。」
もしかして――見られた?
一気に
緊張が押し寄せる。
喉の奥から声を出す。
いつもの声を。
「――いつから、居た?」
「んー……
体育終わってすぐ?」
快のあっけらかんとした顔に、
胸を撫で下ろす。
「……あのさ。」
快がしゃがみこむ。
「無理してるってのは、
聞こえたわ。――悪い。」
困ったように眉を寄せている。
俺から自然に
笑みがこぼれる。
「クスッ……。正直な奴。
快って、
そんな顔もできるんだな。」

「まぁね。」
快は眉をあげ、肩を竦めた。
一瞬、覚悟したのに、
それ以上何も
投げかけてこない。
――自分はそこに居た。
その事実だけを
快は、
俺に落としたんだ。
快なら
どう思うんだろう。
ほんの少しの興味が
頭をもたげる。
「……俺さぁ、
揺らぐんだよね。」
前を向いたまま、
口を開く。
快の目が
微かに動くのを感じる。
快は何も言わない。
遮らない。
ただ、頷いている。
構わず続ける。
「揺らいでる日は休む、って
決めてたんだけど。
――気まぐれで、
今日は、来ちゃったんだよ。」
しゃがんでいただけの快が、
俺の隣に腰を下ろす。
快の静かな呼吸が
聞こえる。
すぅっと吸い込んだ空気を
ゆっくり吐くように
快の口が開く。
「――まぁ、普通に
ときめいた、って話だよな。」
……ん?
ときめいた?
「えっ?」
「俺、見たもん。
お前、街でさ、
色付きリップ?あれ、選んでた。」
「ちょ、ちょっと待って。
――お前、何の話を?」
快がキョトンとする。
「お前って奴の話だよ。
お前こそ、何言ってんだ?」
「……俺って奴の話?」
「うん。お前、リップ選んでた。」
確かに、
俺、ちょっと前に
街で色付きリップ選んでた。
その情報、
普通に恥ずかしい。
……でも、
街に出る時は、
いつも帽子で隠してる。
「――それ、ホントに俺か?」
快が怪訝そうに
首を傾げる。
「リップ塗った顔――鏡で見てたぞ。
帽子クイってやってさ。」
帽子を上げる仕草をする。
あちゃー……
ダメだこりゃ。
何だか笑えてきた。
「そりゃ俺で間違いないわ!」
腹を抱える。
可笑しくてたまらない。
――なんだ、これ!
快も笑う。
「然、お前、
ちゃんと笑えるじゃん。
――大丈夫だぞ。」
俺の頭をくしゃっと撫でる。
そのまま、
俺の顔を覗き込む。
「俺ら、健康な高校生だもんよ。
煩悩あってこそだ。
アイツも同じだ。
安心しろ!」
「……アイツ?」
快の両手が
ワシャワシャと頭を撫でる。
「そっ。あのムッツリすけべ!
アイツ、相当拗らせてるぞ。」
「ブハッ!
ダメだ。苦しい。」
涙が出てくる。
ポロポロ、
ポロポロ、
溢れて
――落ちた。

快がタオルを差し出す。
「ちょっと臭いかも、だけど。」
「ハハッ……お前、いい男だな。」
「あ、先約あるんで。
僕に惚れてはダメですよ?」
「惚れねーよ!バカ!」
快のタオルは、
おひさまの香りがした。
「さて――と。
俺、そろそろ行くわ。」
「うん。ありがとう。」
「何がどうであれ、
ときめいたんなら
それ、大事にしろよな。」
そうだな。
その時の俺が――
男だったからとか
女だったからとか
そういう理屈じゃないよな。
真っ暗な夜空に
ひとつのきらめきを見つけると、
急にたくさんのきらめきが
見えてくる。
それに
すごく、似てる。
本当、大切にしたい。
「うん。――そうするよ。」



