月の裏側に行ってみたい。season1



「あの雨の日、
お前、俺に恋してた。」

ぐはっ。
――終わった。


――いや、
まだ挽回の余地あり!


「お前、身体弱いし。

 ……多分。

 熱出て休むじゃん。

 ……多分。」


然の目が俺を見てる。


大丈夫だ。

迷わず、
綺麗に、

降下すればいい。

「親友の心配しただけだ。」

よし。
着地成功。


然が首を傾ける。

「――熱?
 高校入ってから
 出たことないけどな。」


「…っ、そうだけどっ!」


――それ以上、やめてくれ。




俺だって、
……よく分からないんだ。


俺の足が
半歩、後ずさりする。

「どうした?朔。」

「いっ……いや、別に、なんも。」

ぶわっ……!

服の中、
湿度が上がる。


――焦るな。

心を
フラットにするんだ。


くいっ……

然が俺のシャツを、
小さく引っ張る。


「座れよ。」


視線が刺さる。



「お前、何を悩んでる?」

「……。」

「話してみろよ。
 ――俺、大丈夫だから。」



俺の口から、
思いが
こぼれ落ちる。

「――自分が分からないんだ。


 俺、然のことは好きだ。

 
 ……ずっと友達でいたいし、


 一緒に空を眺めてたい。」


「うん。」


「――でもさ。
 ――でも……さ。」


「うん。」


言ってもいいんだろうか。
「正直、――戸惑ってるよ。」

然を傷つけないだろうか。
「……俺が、
 一緒に居たいのは……」

溢れては、
こぼれていく。


「……どっちの然?……なのか。」


言ってしまった。

ギュッと唇を噛む。


然の肩が
ゆっくり上下する。

深呼吸の音が、
空に舞い上がる。


「――“俺”、じゃね?」

「へ?」

「あの雨の日――って言ったぞ。」


「――それがなんだよ?」


「あの、雨の日まで
 
 お前は“俺”にしか会ってないんだよ。
 
 どっちの?とか以前に
 
 お前は“俺”しか知らない。ってこと。」



――あ。


バッ、と口元を押さえる。


俺、逃げてた。


親友にドキドキして、
恥じてる自分がいた。


勝手な理屈を並べて、

賢者モードになって、


――馬鹿みたいだ。


然は然なのに。



俺の好きな

――然なのに。



「……っ」
然の肩を掴む。
「――悪い。」

揺らいでた視線が
定まる。

「本当に、ごめん。」

よくある謝罪の言葉。

俺の誠心誠意を込め、

真正面から伝える。


然が、俺を見てる。

俺の瞳の、
ずっと奥を。

月を、見てる時みたいに。


どうかな。
俺の気持ち、見えるかな?

伝わったかな?



――グンッ。

指で、額を押される。

「素直でよろしい。」

然が、
ふっと笑う。



あぁ……
いつもの……

『今日の空、いいな。』って。

俺だけに向けられる
この笑顔。

たまらない気持ちが
押し寄せる。



然の眼差し。
艶やかなまつ毛。


少しだけ歯が見える、
その口元。


もっと、

見たい。


見ていたい。


1mmの誤差もないように。


覚えるまで。

ずっと――。



気づけば、

互いの呼吸が
触れる位置にいる。



あと、もう少し。



――やめろ、俺。

ギュッと目を閉じる。


ゆっくりと、
離れる。


然の口から

小さくこぼれる。


「……やらないのか?」


「やらない。



 ――まだ。やらない。」



⋯◇⋯⋯◇⋯⋯◇⋯

――然の部屋。

天体望遠鏡を拭きながら、
俺は思い出していた。

家の近くの丘。

望遠鏡を買う前から、
あの丘の星空は、
俺のものだった。

見上げている時
俺は『俺』でいられる。

この世の中、
スタンダードじゃなければ
やたら漢字の多い、
長い名前がつく。


提出書類の疾患名。

書いた途端に、
俺は立派な

――なんちゃら障害。


俺は俺なのに。


スタンダードってなんだ?


人のしがらみは、

ウザくて
めんどくさい。


親しくなればなるほど
相手を知りたがる。

ぼやかせば
友達だと思ってたのに、だの
あと少しが縮まらない、だの

めんどくせぇ。


付かず離れず
浅い関係が丁度いい。


いつものように、
丘へ足を運ぶ。

「……ん?」

芝生の真ん中。

あそこは――俺の特等席。


そこに、
ひとりの男子生徒が、
大の字に寝転がっている。

「同じ制服だ……。」

あれは、上着か?
丸めて枕にしてる。



「チッ……お前の部屋かよ。

 当分帰るつもりナシだな。」


ふてくされながら、

すぐそばで
天体望遠鏡を設置する。



空を見たまま、

そいつが俺に

話しかけてきた。

「なぁ、上着くらい着ろよ。
 寒くね?」


なんだコイツ。

初対面だろ。

他に何かないのかよ。


「要らない。
 荷物増えるの嫌だし。」

ぶっきらぼうに答える。


「――そうか。」
そいつは、また空を見上げる。

また俺に
話しかけてくる。
「なぁ、お前ん家ここの近くなの?」


うるさいヤツだ。

レンズに目をつけたまま
適当に返事する。
「うん。まぁ。」


「ふーん。――恵まれてるな。

 俺、ここ好きだわ。


 この空、

 全部俺のもんって感じ。」


変なやつ。

この空は俺のもんだし。

お前のもんじゃない。


「全部、どうでも良くなる。

 俺は俺が好きだなって、

 思えてくる。

 ――最高だな。」


レンズから目を離し、
そいつに視線を落とす。


ふーん……。

それ、分かる。
そこは俺も同意する。


「――だな。」
俺の頬が
わずかに緩む。


別に話が弾んだわけじゃない。

だけど、何となく
帰る準備は2人で……
みたいな空気?

いや、流れ?

何だか分からないけど、
一緒になってしまった。

別れ際、

そいつが
缶を一本放ってよこした。

「ほれ。」


キャッチ。

あ。

ほんのり温かい。


「――ホットココア?」


「エネルギーになるからな。
 
 まだ少し温かいだろ?

 やるよ、それ。
 ――じゃな。」

ヒラヒラと手を振り
足早に去っていく。


手のひらに、
ほんのりと
ぬくもりが滲む。


咄嗟に
声を張っていた。


「おい!俺、――然だ。」


そいつが立ち止まり、
振り返る。

「なんてー?」



缶を高く持ち上げる。

「これ!サンキュ!
 俺の名前、然!――然だ!」


「然か。いい名前だな!

 俺、朔!

 またなーー!!」


朔は、背中を向け
暗闇に消えていった。

コクッ……
口に含む。

あたたかい。

「……うまっ。」


トクン……

トクン、トクン……


俺の心臓も
温まったらしい。

―――――

あの瞬間から、

俺は、
いつも、
ホットココア。


口に含むたび、

あの時の温かさ、

芝生の香り、

星がまたたく音、

全てが
フラッシュバックする。

とても、
気持ちがいいんだ。


放課後になると、
ソワソワする。

足取り軽く、
自宅へ走る。


今日も朔が、
丘の入口で待ってる。

あの細い階段を
二人して息を切らす。


思うだけで、
――毎日ワクワクするんだ。


……そのうち、話す日が来る。


朔は、きっと大丈夫――。



―――――



「――うん。
 俺の直感は嘘じゃない。」

コトッ。
窓際には、天体望遠鏡。

月明かりが反射している。