月の裏側に行ってみたい。season1



――既読が、つかない。

朝、送ったメッセージ。


『おはよう。
 風邪ひいてないか?』


画面の中、
ぽつんと浮いている。

主が来ない、
然の席。

スマホに目を落とす。

『未読』。

画面を閉じ、
ポケットに突っ込む。


「……アイツ、
 たまに急に休むし。」

意味もなく
ペンケースをいじる。

「ほら、次の日には来てるし。
 大したことじゃないんだ。」

シャーペンの芯を
出したり
引っ込めたり。

「体弱いとか
 聞いてないしな。」


昨夜の
然の姿を思い出す。


頬を伝う雫。

濡れたまつ毛。

『空は晴れてる。』

って笑ってた。


――目が離せなかった。


「はぁぁ……俺、キモイな。
 何なんだろ……もう嫌だ。」

教室のざわめき。

主のいない、
然の席。

「――つまんね。」


「なーにが、つまんねーの?」

脳天気な声が、
頭の上から落ちてくる。


のそっと顔を上げる。

そこには、
クラスメイトの快。

コイツ……
いつも楽しそうだな。

しらっと目を逸らす。


「なんだよ。
 さっきから百面相だな。」


快がカラカラと笑う。


「いや、まぁ……?」

言葉を濁す。

快が目線で、
然の席を指す。

「気になるんだろ?
 様子見に、
 行きゃいいじゃんか。」


「お前はいいな。単純で。
 さっさと玉蹴りしてこいよ。」


バシッ。
快からの一撃を受けた。


―――――


放課後、

俺は
然ん家の最寄り駅にいた。


『近くまで来た。家どこだ?』


相変わらず、
俺のメッセージは寂しそうだ。


「アイツ…
スマホくらい見ろよ。」


開いては、
閉じる。

かれこれ20分。


途方に暮れている。


俺もいい加減、

帰ればいいのに。


……何やってんだ、俺は。

来たはいいけど、
その先を
全く考えていなかった。

「はぁぁぁ……」

呆れてものも言えない。



スマホを見つめる目の端。

誰かの足が止まる。


――ん?

目だけで見る。



コロンとした
白いスニーカー。

細い足首。

形のいいふくらはぎ。



目を逸らす。

スマホを見る。


白のスニーカーが
俺の足をコツンとやる。
「何してんだ?」


ビクッ!

顔を上げる。

そこには、
一人の女の子。

背が高くて、
すらっとしていて……

然によく似た……

なかなかの美人で……



――え?



「……然?」

何度もまばたきする。

周りを
キョロッと見渡す。

もう一度、顔を見る。


「――あ!……妹さん?」

いや、妹がいるなんて
然からは聞いたことない。



その前にあるだろう。

――大切な違和感が。


「声が――
 然……だよな?」

そう言いながら、
俺はフリーズした。


「朔?おーい。……あちゃー。」

頭をかく仕草。

「まぁいいや。
 とりあえず、俺ん家行こ。」


「……え?」


「ほら、行くぞ。」


「……え?あ、うん。いや、え?」



―――――




――来てしまった。

なぜか正座している俺。

落ち着いた空間。
本と、機材と、
見慣れた天体望遠鏡。

然の部屋って感じだ。


「すげぇ……。」

部屋を見渡す。


「お茶、どうぞ。」

「……あ、ありがと。――ん?」

そこにいたのは、
スウェット姿の然。

そう――。
よく知ってる然の姿だ。


「ほれ。」
然がマグカップを差し出す。

黙って受け取る。

ゴクッ…

「あ。この紅茶うまいな。」
「だろ?」
「うん。色もいい。」


――違う。

こういう話がしたいんじゃない。


「ちょっと待て。」


マグカップを置く。


「待て待て待て。」


姿勢を正して座り直す。


「然。とりあえず、
 俺を引っぱたいて欲しい。」


「唐突になに。」


「元の世界に戻してくれ。」


――切に願う。



然が声を立てて笑う。

「朔、ちゃんと話そう。」

椅子に腰かけ、
適当に音楽を流す。

ゆらゆらと

気持ちよさそうに

時折フレーズを

口ずさむ。

ふっくらとした唇に
つい目がいってしまう。

相変わらず
俺は、
何だかキモイんだ。


そんな中、

然の表情は柔らかい。



「俺さ、――心が、
 男の日と女の日があるんだ。」


「――ん?」

理解ができない。


「学校での俺は
 性別・男で過ごしてる。
 
 だけど――
 女でいたい日がある。
 きょうみたいにな。」


「……女装癖。とかいうやつか?」


然が目を丸くする。

クッ……と笑う。


「それでもいいんだけど、
 ちょっと違う。」


「分かるように説明してくれ。」



然がこめかみを、
トントンとやる。

「ここがそうなんだよ。
 
 男だけど女でもある。
 
 ――どっちでもないかも。」


「……うん。」


自分の膝を見つめる。
拳をギュッと握る。


何も言葉が出てこない。


「おい、朔?」


「お前――辛くなかったか?」


「え?」

堰を切ったように
言葉がこぼれる。

「悲しい思いは?
悩んだんじゃないのか?
今まで寄り添う人はいたのか?」

違う。

こんな事を
言いたいんじゃないんだ。



だけど、
全部が押し寄せてくる。

然が微笑む。

「ないって言えば嘘になる。
 けど、これが『俺』なんだ。」


「だけど……」


「隠してたわけじゃない。
 俺はいつだって『俺』だ。

 どっちがとかじゃない。
 そういう次元では、考えてない。」


どうしても
理解が追いつかない。


Stand by meが流れてる。

歌詞と心が
シンクロする。



こういうの、
なんて言うんだっけ。

青天の霹靂?


いや、
――星天の霹靂か。


星に絡めなきゃ、
やってられん。


平常心。


平常心。