月の裏側に行ってみたい。season1



通り雨が
――俺を狂わせた。



「…おい、朔(さく)。
 今日、いいな!」

芝生に寝転ぶ俺に
上気した声が
コツンとぶつかる。

見上げた先には
天体望遠鏡にかじりつく、然(ぜん)。

「そうだな。肉眼でもいける。」

「空 × 透明度の高さ=深宇宙の極みっ。」

「よく分からんけど、なんか分かるわ。」

―――――

この丘の夜は、静かだ。

高校の裏手を抜けて、
細い階段を上る。

うっそうと茂る葉っぱ。

街の音が遠くなる。

枝をかき分けると、
目の前に
芝生の丘が広がる。

静かで、深い。

俺たちの
リズミカルな呼吸が
重なり、
消えていく。

―――――

慣れた手つきで
天体望遠鏡を設置する然。

対して、手ぶらの俺。
芝生に腰を下ろし、
脱いだ上着を
くるっと丸める。

それを枕に、
大の字になる。



全身で、空を受け止める。

――この時間が、好きだ。



黒に近い――群青。

キラリ、キラリと、
無数の光が散っている。

―――――

「なぁ、然。今、何見てる?」

「んー……月。」

「また、月か。」

迫るような月が、
俺たちを照らしている。

「……あれさ」

然が
レンズから目を離さずに言う。

「裏側、見てみたいと思わない?」

「分かる!」
起き上がる。

「――ロマンだよな。」

月を仰ぎ、
また寝転ぶ。

「だな!」
然の声が跳ねる。

湿った風が、頬を撫でる。


見えているのは、ほんの一部。

それは、表か。
――それとも、裏か。


―――――


「……まだ、夜は冷えるな。」
立ち上がる。
「飲み物、買ってくるわ。」
「……ん。」
「いつもの?」
「……ん。」
然が望遠鏡から目を離さずに、
軽く手を上げる。

返事がわりに、
体に着いた芝生を払う。

上着を掴み、
公園の端へ向かう。

屋根の下に
自販機がひとつ。

街灯に照らされて、
ぼんやりと浮かんでいる。

―――――

自販機の光が、やけに眩しい。

「んーと。然はいつもの…
 ホットココア…と。」

小銭を入れて、ボタンを押す。

ゴトン!
取り出し口に
手を伸ばした、その時。

パタッ。
――屋根に何か。

「……?」
見上げる。

パタタッ……

パタタタッ。
音が、増える。

パタパタパタパタ…!
弾ける。

重い。

ひゅっと空気が、変わる。

「……これ。」
空を見上げ、
目を凝らす。

「チッ…通り雨っ!」

ドォッという音と共に
雨が降りかかる。

あっという間に
大粒の雨が踊り跳ねる。
屋根を打つ音が、
突き抜けてくる。

「やべぇ……!!」
缶をポケットにねじ込む。

「――然っ!!」

屋根を飛び出し、
走り出す。

全身に雨が叩きつけられる。
一瞬で視界が歪む。

それでも止まらない。

坂を駆け上がる。
芝生が滑る。

足を取られそうになりながら、
然の元へ急ぐ。


然は、変わらず
天体望遠鏡をのぞいている。


「おい!然っ!」
呼んでも動かない。

肩を掴む。

「おい!何やってんだよ!!」

ハッと振り返る然。
「……あ、朔。」
 あれ?――晴れてるのに、雨?」

目を細めて、空を見上げる。

シャツが肌に張り付いて、
肌が透けている。

然の頬を大粒の雫が
伝っては、
落ちていく。

「っ……!」
考える前に、動いていた。

自分の上着を、頭から被る。
然を引き入れる。

「ほら、行くぞ!」

肩を抱く。
冷たい。

掴んだ肩。
そこだけが、温かい。

「冷えてる。」

「これくらい平気だよ。」

「平気じゃない。」

引っ張るように
屋根の下へ戻る。

―――――

休憩スペース。
屋根の雨音が、少し遠くなる。

「……ほら、ココア。飲め。」
ポケットの缶を渡す。
「さんきゅ。」
 お。あったかいな。」





――コクッ……コクッ……

ゆっくりと、然の喉が鳴る。

ほぅっ…と頬を緩める然を横目に、
俺は、胸を撫で下ろした。

ぽた…。

ぽた…。

雨音が、ペースダウンしていく。

空には、キラキラと、
星がまたたいている。

「確かに。晴れてんな。」
「うん、お天気雨だな。」
「ひっさしぶりにやられたな。」
「悪くない。」
「――あ。止んだ。」

2人、空を見上げる。

「……寒くないか?」
「まぁ、ちょっと。」
「ちょっとってレベルかよ。」

グッ…
然の肩に回した腕に
力が入る。

身体が密着する。



「朔はあったかいな。」

触れてる場所が、
ジワジワ熱い。

然の筋肉の動きすら
クリアに伝わってくる。

心臓が、
静かに鳴っている。

トクトク、と。

――なんだよ、これ。

雨を眺める、
然のまつ毛。

艶々と揺らめき、
雫が落ちる。

そのまま、目が離せない。

――なんで。
こんなの別に、
初めてじゃないのに。

緊張した体を持て余す。



然が、こちらを見る。

目が、合う。

「――朔。」

ドクンッ。

みぞおちが短く跳ねる。
――もしかして、気付かれた?

「俺の望遠鏡は無事かな…」

「…え?」

「――だから、あれ、望遠鏡…」

然が見る先。

天体望遠鏡が、切なく佇んでる。

「うわっ!やべ!取ってくるわ!」

「え?ちょ、待て!自分で行くよ!」

「いい!ココア飲んでろ!」

猛ダッシュ。



天体望遠鏡にかこつけて
俺はその空間から飛び出した。


雫の音が

俺をクスクス笑ってる。