シンカスル悪夢⑧
…例の患者は、この病棟内でも…特別に隔離されている病室の中にいる。
病室の前にまで歩みを進める…その少しの合間に色々と思い返していた。
ふぅ…と呼吸を整えてから右拳の裏で…コン!コン!と高く響く音で何度かノックをしてから、ゆっくりドアをガラガラと横にスライドさせて開く。
案の定…返事は無い。
『はじめまして…今日から君の担当医となりました二階堂です。』
明るく挨拶をした二階堂だったが…そこで彼の目に飛び込んできた光景。
そこには骨の形がハッキリと分かるくらいに痩せこけた頬と…目元に墨でも塗ったかのような、くっきりとした大きな黒い隈を作っている顔があった。
瞳には…死んだ魚のように…まるで生気が無く、肌も血色が悪く灰色がかっていて乾燥して粉をふいたようにザラついているでは無いか。
原因不明な難病と戦う患者に対して…大変失礼な言い方ではあるが第一印象のパッとした見た目で、私の脳裏を過ったのは、かの有名な絵画ムンクの叫びか…はたまた…それでなければ墓場のシャレコウベだった…
そんな中で苦しそうに…患者が蚊細い声でボソリと口を動かす。
「せ、せんせい……
ぉぉ…俺は…助かるのか?
助か…ら…ない…の…か?
なぁ…教えて…くれよ…」
二階堂は突き放すような在り来たりだが…こう答えるしか無かった。
第一声で患者が嘘だと気付くような事を言えば治療に協力的ではなくなってしまうからだ…。
「それは…まだ詳しく診察してみないと何とも言えないよ。
ただ患者を救いたいという使命感は誰よりも強いさ…」
彼は…藁にも縋り付く思いから悲愴感を滲ませて懇願する。
「な…何でもイイんだッ!
早く…夢の中のアイツをォォ…アイツを何とかしてくれ!
お願いだァぁぁッ!
で、でないと俺は殺されるんだァ!」
私の両肩をがっちりと鷲掴む患者の腕には…すでに弱々しい握力しか無い様子で体力の消耗が激しく、すでに著しく疲労の色が見える。
その腕には包帯がグルグルと巻かれているのが…パジャマの裾が起き上がる際に捲り上げられる事で確認できた。
まずは患者を落ち着かせようと鎮静剤の注射をする。
その時に腕に巻かれている包帯について…なるべく刺激しないよう穏やかに何気なく聞いてみた。
「君の左腕には…包帯がグルグルと巻かれているみたいだが…一体、何があったんだい?」
少し落ち着きを取り戻した彼が深く息をしてから、こう語りだした。
「……あ、あぁ、これは、これは…夢に現われる、あ、アイツにナイフで切り付けられたんですよ。」
いまいち状況を理解できない二階堂は、オウム返しになるばかりで。
「ゆ、夢に現われたアイツとやらに…君は切り付けられた?…と……」
「…はい。
アイツは俺に…ゆっくりと恐怖を味わせ…楽しみながら殺すつもりなんだ。」
それから…一仕切り、話を終えるとガクリと私にしなだれかかるようにして意識を失ってしまった。
見た目通り…彼の体重は軽かった餓死寸前のようにも感じられた。
そして…いまだに信じられない事ながらも彼の夢の話を聞いて得られた情報を要約するとこうなるのだ。
どうやら…三ヵ月程も前からアイツは彼の夢に現われ出したらしい。
初めは一週間に一度くらいの間隔で…アイツは現われるものの、その頃は彼に危害を加える事は一切無かったと言う。
しかし…不気味に遠くから執拗に、彼をニタニタと不吉な笑みを浮かべながら、楽しげに眺めていたそうだ。
まるで品定めでもするようにだったと言うのだ。
最近になり…少しずつ、少しずつ、彼の傍に近付き、いつの頃からか…アイツは不可思議なゲームをしようと彼に言いだした。
「オニゴッコシヨウヨ!
キミハニゲルダケデイイカラ。」
地の底から響いてくるような生気を感じさせない声でアイツが語りかけてくる。
「えぇ…なんだって?
言ってる意味がわからないよ。
そもそも…君は誰なんだい?」
口元だけが…異様に…そう鮮血のように赤く頬骨の辺りまで深く切れ上がっていた。
そんな奇妙で不気味な真っ黒い影の塊に勇気を振り絞り…話かけると…………
「イイカラ…ハジメルヨ。
ツカマルト…バツゲームダカラネ」
「ち…ちょっと待てよ!」
「フフ…十」
アイツが不気味なくらいマイペースにカウントし始める。
「九………八……」
アイツが…たんたんと数えているだけで異様な空気になる。
「ちょ…な、なんだよ!
コレは!」
「アハハ…ハヤクニゲナイト、シ…ヌ…ヨ!
七………六………」
「し…死ぬって…俺が…かよッ!」
「バツゲーム…ダカラ…
…五………四………」
彼は…何だか理解は出来ないが殺されるかも知れないのだという空恐ろしさを感じ、強迫観念に駆られて…その場から全力で駆け出した。
「ウフフフ、タノシイナ。
三……二……一……」
アイツが急にカウントするペースを早めた。
極度の恐怖感から…彼は、パニくって、ウワァァッ!と言う怒号のような叫び声をあげながら、放たれた野犬のように逃げるだけだった。
「零……」
もう…とっくにアイツの姿は自分の視界から見えなくなっている。
…例の患者は、この病棟内でも…特別に隔離されている病室の中にいる。
病室の前にまで歩みを進める…その少しの合間に色々と思い返していた。
ふぅ…と呼吸を整えてから右拳の裏で…コン!コン!と高く響く音で何度かノックをしてから、ゆっくりドアをガラガラと横にスライドさせて開く。
案の定…返事は無い。
『はじめまして…今日から君の担当医となりました二階堂です。』
明るく挨拶をした二階堂だったが…そこで彼の目に飛び込んできた光景。
そこには骨の形がハッキリと分かるくらいに痩せこけた頬と…目元に墨でも塗ったかのような、くっきりとした大きな黒い隈を作っている顔があった。
瞳には…死んだ魚のように…まるで生気が無く、肌も血色が悪く灰色がかっていて乾燥して粉をふいたようにザラついているでは無いか。
原因不明な難病と戦う患者に対して…大変失礼な言い方ではあるが第一印象のパッとした見た目で、私の脳裏を過ったのは、かの有名な絵画ムンクの叫びか…はたまた…それでなければ墓場のシャレコウベだった…
そんな中で苦しそうに…患者が蚊細い声でボソリと口を動かす。
「せ、せんせい……
ぉぉ…俺は…助かるのか?
助か…ら…ない…の…か?
なぁ…教えて…くれよ…」
二階堂は突き放すような在り来たりだが…こう答えるしか無かった。
第一声で患者が嘘だと気付くような事を言えば治療に協力的ではなくなってしまうからだ…。
「それは…まだ詳しく診察してみないと何とも言えないよ。
ただ患者を救いたいという使命感は誰よりも強いさ…」
彼は…藁にも縋り付く思いから悲愴感を滲ませて懇願する。
「な…何でもイイんだッ!
早く…夢の中のアイツをォォ…アイツを何とかしてくれ!
お願いだァぁぁッ!
で、でないと俺は殺されるんだァ!」
私の両肩をがっちりと鷲掴む患者の腕には…すでに弱々しい握力しか無い様子で体力の消耗が激しく、すでに著しく疲労の色が見える。
その腕には包帯がグルグルと巻かれているのが…パジャマの裾が起き上がる際に捲り上げられる事で確認できた。
まずは患者を落ち着かせようと鎮静剤の注射をする。
その時に腕に巻かれている包帯について…なるべく刺激しないよう穏やかに何気なく聞いてみた。
「君の左腕には…包帯がグルグルと巻かれているみたいだが…一体、何があったんだい?」
少し落ち着きを取り戻した彼が深く息をしてから、こう語りだした。
「……あ、あぁ、これは、これは…夢に現われる、あ、アイツにナイフで切り付けられたんですよ。」
いまいち状況を理解できない二階堂は、オウム返しになるばかりで。
「ゆ、夢に現われたアイツとやらに…君は切り付けられた?…と……」
「…はい。
アイツは俺に…ゆっくりと恐怖を味わせ…楽しみながら殺すつもりなんだ。」
それから…一仕切り、話を終えるとガクリと私にしなだれかかるようにして意識を失ってしまった。
見た目通り…彼の体重は軽かった餓死寸前のようにも感じられた。
そして…いまだに信じられない事ながらも彼の夢の話を聞いて得られた情報を要約するとこうなるのだ。
どうやら…三ヵ月程も前からアイツは彼の夢に現われ出したらしい。
初めは一週間に一度くらいの間隔で…アイツは現われるものの、その頃は彼に危害を加える事は一切無かったと言う。
しかし…不気味に遠くから執拗に、彼をニタニタと不吉な笑みを浮かべながら、楽しげに眺めていたそうだ。
まるで品定めでもするようにだったと言うのだ。
最近になり…少しずつ、少しずつ、彼の傍に近付き、いつの頃からか…アイツは不可思議なゲームをしようと彼に言いだした。
「オニゴッコシヨウヨ!
キミハニゲルダケデイイカラ。」
地の底から響いてくるような生気を感じさせない声でアイツが語りかけてくる。
「えぇ…なんだって?
言ってる意味がわからないよ。
そもそも…君は誰なんだい?」
口元だけが…異様に…そう鮮血のように赤く頬骨の辺りまで深く切れ上がっていた。
そんな奇妙で不気味な真っ黒い影の塊に勇気を振り絞り…話かけると…………
「イイカラ…ハジメルヨ。
ツカマルト…バツゲームダカラネ」
「ち…ちょっと待てよ!」
「フフ…十」
アイツが不気味なくらいマイペースにカウントし始める。
「九………八……」
アイツが…たんたんと数えているだけで異様な空気になる。
「ちょ…な、なんだよ!
コレは!」
「アハハ…ハヤクニゲナイト、シ…ヌ…ヨ!
七………六………」
「し…死ぬって…俺が…かよッ!」
「バツゲーム…ダカラ…
…五………四………」
彼は…何だか理解は出来ないが殺されるかも知れないのだという空恐ろしさを感じ、強迫観念に駆られて…その場から全力で駆け出した。
「ウフフフ、タノシイナ。
三……二……一……」
アイツが急にカウントするペースを早めた。
極度の恐怖感から…彼は、パニくって、ウワァァッ!と言う怒号のような叫び声をあげながら、放たれた野犬のように逃げるだけだった。
「零……」
もう…とっくにアイツの姿は自分の視界から見えなくなっている。


