シンカスル悪夢⑥
「おはようございます。
………中山医師(せんせい)あまり深く悩んでちゃいけませんよ。」
どこかの病院のナースステーションで…朝のミーティング時に消し忘れたテレビから…とあるニュースが流れてきた。
そのニュースに意識を奪われて…ポカンとして、何かブツブツと呟き続けている当直明けで疲れ気味の中山医師の肩を軽く叩いて、朝礼の挨拶を促す看護婦長の小林。
彼女の囁く様な声にハッとして…今日の指示などをするが、やはり、昨日の事が気掛かりであった。
それは少しの眠気と疲労感だけが…もたらすものではなかった。
久しぶりの当直勤務となって少し憂鬱な昨夜の事だ。
彼は…日本でも、かなり有数な大学病院に勤務している。
その為…地方の医療の現状を鑑みれば、楽な方だとは言える。
それでも…やはり大変なのである。
三十六時間勤務の当直医とは。
ベテラン内科医の中山には多い時で三日に一度…少ない時には週に一度くらいの割合で当直医の担当が回ってくる。
確かに…とても過酷な仕事ではあるのだが、研修医時代の新鮮な気持ちに立ち返る事が出来るような気がして、肉体的な疲労感はあるが、それほど苦痛では無かった。
さて…頑張るぞ!と頬を両手でサンドイッチみたいにパンパンと叩いて力士みたいに気合いを入れると救急救命病棟へと向かった。
いつの間にか…時間は経過していた。
気付いた時には…すでに深夜二時を迎えようとしていた。
つい…さっきまで、ひっきりなしに診察やら応急措置やオペの連続だった。
モラルハザードが叫ばれる副都心とは言え…救急救命をコンビニみたいに開いてて良かったね的に考えている輩が増えた事に呆れ果てて、少々うんざりしていた。
そんな猫の手も借りたい忙しさが…まるで嘘みたいにポッカリと空いた時間が出来た。
同じく、当直勤務の後輩外科医の堀川に促され…少しだけでも休もうと休憩室兼仮眠室へ移動する。
その中で院内のコンビニから仕事前に購入しておいた好物の明太子のおむすびとインスタントの豚汁で…適当に腹を満たした。
おもむろにソファーベッドまで移動する。
目の前にはテレビもある。
そうして…いつの間にか腰掛けていたソファーでうとうと転た寝をしかけていた。
そんな舟を漕いでいる所に急患を知らせる…けたたましく耳に突き刺さるようなコール音が鳴り響いた。
中山は…パッと条件反射的に鉛の様に重たいまぶたを強引に持ち上げて目を覚ます。
…ごしごしと眠たい目を擦りながら受話器に手を伸ばした。
「ハイ…こちら帝都大学附属病院の当直医の中山です。
患者の容態と状況は……………!?」
中山の顔が…引き締まる。
どうやら…かなり危ない状態のようだ。
一刻一秒を争う危篤に近い状況らしい。
そんな…やりとりから、しばらくすると地鳴りのようなサイレンと共に救急車が到着したのであった。
患者の小学二年生の男の子は…やはり…すでに危篤状態だった。
ベテラン看護婦の高橋と研修医の松田が手早くストレッチャーに移し替え…丁寧だが素早く押して急患搬入口から集中治療室(ICU)へと運び込まれた。
中山は…慎重だが適切に出来る限りのスピードで診察していく。
彼の見立てでは…インフルエンザ脳症、またの名を急性壊死性脳症と言う。
その初期症状に思えた。
しかし、蓄積した経験の限りにおいては…まったく未知の症状にも思えた。
タミフルやアスピリンなど一部の薬で見受けられていた副作用的な症状は薬を服用してない点から考えられなかった。
…だとすれば、ウィルスによる粘膜の炎症などが確認出来るハズだが…それも無いのだ。
それなのに…患者の男の子は四十度を超す大変に危険な高熱と筋肉の痙攣、さらには意識の混濁が見受けられていた。
一刻を争う病状だ…
それが誰よりも理解出来る中山は焦っていた。
すると…男の子は視点の定まらぬ様子で天井をぐるぐると見つめるように眼球だけ動かし、発狂しだした。
『うわぁァァァ~ッ!!
ピエロが来るよ。
………ぼくと…お兄ちゃんを殺すつもりなんだ。
………嫌ァァァァァァァァァッ!』
叫びながら…バタバタと手足を動かすと、ピタリと動かなくなった。
何事か?…と思うや否や、心停止を知らせる《ツーーー………………………》と機械的な甲高い音が部屋中に響き渡った!!
中山は…心を落ち着かせてから蘇生法を試みる。
《バン!!…バン!!》
男の子の身体に電流が流される度にビクン!!…ビクン!!と診療台の上で瞬間的にはねあがる。
「戻ってこいッ!…戻ってこーいッ!!
君は…まだまだ…生きてなくちゃいけないんだ!!」
中山は…とり憑かれたように何度も、何度も、必死に男の子の心臓を肋骨にヒビが入る程まで押し続けた。
しかし………彼の努力も虚しく。
男の子は天に召されていくのだった。
ガクリと…うなだれる男の子の頬を一筋の涙が伝って落ちた。
それは…線香花火の最後の輝きにも似た悲哀に満ちた美しさがあった。
集中治療室から…中山が出てくると母親がすがるように飛び付いた。
中山は医師として向き合って行かなければならない事は言え…何度、味わってもやりきれない。
まるで自分が殺してしまったかのような罪悪感に苛まれる…
特に子供は…これからの希望を全て奪ってしまった気持ちで余計に堪えた。
この後味の悪い感情に苦虫を噛み潰す思いであった。
「おはようございます。
………中山医師(せんせい)あまり深く悩んでちゃいけませんよ。」
どこかの病院のナースステーションで…朝のミーティング時に消し忘れたテレビから…とあるニュースが流れてきた。
そのニュースに意識を奪われて…ポカンとして、何かブツブツと呟き続けている当直明けで疲れ気味の中山医師の肩を軽く叩いて、朝礼の挨拶を促す看護婦長の小林。
彼女の囁く様な声にハッとして…今日の指示などをするが、やはり、昨日の事が気掛かりであった。
それは少しの眠気と疲労感だけが…もたらすものではなかった。
久しぶりの当直勤務となって少し憂鬱な昨夜の事だ。
彼は…日本でも、かなり有数な大学病院に勤務している。
その為…地方の医療の現状を鑑みれば、楽な方だとは言える。
それでも…やはり大変なのである。
三十六時間勤務の当直医とは。
ベテラン内科医の中山には多い時で三日に一度…少ない時には週に一度くらいの割合で当直医の担当が回ってくる。
確かに…とても過酷な仕事ではあるのだが、研修医時代の新鮮な気持ちに立ち返る事が出来るような気がして、肉体的な疲労感はあるが、それほど苦痛では無かった。
さて…頑張るぞ!と頬を両手でサンドイッチみたいにパンパンと叩いて力士みたいに気合いを入れると救急救命病棟へと向かった。
いつの間にか…時間は経過していた。
気付いた時には…すでに深夜二時を迎えようとしていた。
つい…さっきまで、ひっきりなしに診察やら応急措置やオペの連続だった。
モラルハザードが叫ばれる副都心とは言え…救急救命をコンビニみたいに開いてて良かったね的に考えている輩が増えた事に呆れ果てて、少々うんざりしていた。
そんな猫の手も借りたい忙しさが…まるで嘘みたいにポッカリと空いた時間が出来た。
同じく、当直勤務の後輩外科医の堀川に促され…少しだけでも休もうと休憩室兼仮眠室へ移動する。
その中で院内のコンビニから仕事前に購入しておいた好物の明太子のおむすびとインスタントの豚汁で…適当に腹を満たした。
おもむろにソファーベッドまで移動する。
目の前にはテレビもある。
そうして…いつの間にか腰掛けていたソファーでうとうと転た寝をしかけていた。
そんな舟を漕いでいる所に急患を知らせる…けたたましく耳に突き刺さるようなコール音が鳴り響いた。
中山は…パッと条件反射的に鉛の様に重たいまぶたを強引に持ち上げて目を覚ます。
…ごしごしと眠たい目を擦りながら受話器に手を伸ばした。
「ハイ…こちら帝都大学附属病院の当直医の中山です。
患者の容態と状況は……………!?」
中山の顔が…引き締まる。
どうやら…かなり危ない状態のようだ。
一刻一秒を争う危篤に近い状況らしい。
そんな…やりとりから、しばらくすると地鳴りのようなサイレンと共に救急車が到着したのであった。
患者の小学二年生の男の子は…やはり…すでに危篤状態だった。
ベテラン看護婦の高橋と研修医の松田が手早くストレッチャーに移し替え…丁寧だが素早く押して急患搬入口から集中治療室(ICU)へと運び込まれた。
中山は…慎重だが適切に出来る限りのスピードで診察していく。
彼の見立てでは…インフルエンザ脳症、またの名を急性壊死性脳症と言う。
その初期症状に思えた。
しかし、蓄積した経験の限りにおいては…まったく未知の症状にも思えた。
タミフルやアスピリンなど一部の薬で見受けられていた副作用的な症状は薬を服用してない点から考えられなかった。
…だとすれば、ウィルスによる粘膜の炎症などが確認出来るハズだが…それも無いのだ。
それなのに…患者の男の子は四十度を超す大変に危険な高熱と筋肉の痙攣、さらには意識の混濁が見受けられていた。
一刻を争う病状だ…
それが誰よりも理解出来る中山は焦っていた。
すると…男の子は視点の定まらぬ様子で天井をぐるぐると見つめるように眼球だけ動かし、発狂しだした。
『うわぁァァァ~ッ!!
ピエロが来るよ。
………ぼくと…お兄ちゃんを殺すつもりなんだ。
………嫌ァァァァァァァァァッ!』
叫びながら…バタバタと手足を動かすと、ピタリと動かなくなった。
何事か?…と思うや否や、心停止を知らせる《ツーーー………………………》と機械的な甲高い音が部屋中に響き渡った!!
中山は…心を落ち着かせてから蘇生法を試みる。
《バン!!…バン!!》
男の子の身体に電流が流される度にビクン!!…ビクン!!と診療台の上で瞬間的にはねあがる。
「戻ってこいッ!…戻ってこーいッ!!
君は…まだまだ…生きてなくちゃいけないんだ!!」
中山は…とり憑かれたように何度も、何度も、必死に男の子の心臓を肋骨にヒビが入る程まで押し続けた。
しかし………彼の努力も虚しく。
男の子は天に召されていくのだった。
ガクリと…うなだれる男の子の頬を一筋の涙が伝って落ちた。
それは…線香花火の最後の輝きにも似た悲哀に満ちた美しさがあった。
集中治療室から…中山が出てくると母親がすがるように飛び付いた。
中山は医師として向き合って行かなければならない事は言え…何度、味わってもやりきれない。
まるで自分が殺してしまったかのような罪悪感に苛まれる…
特に子供は…これからの希望を全て奪ってしまった気持ちで余計に堪えた。
この後味の悪い感情に苦虫を噛み潰す思いであった。


