「ここは…どこだろう…」
周囲を360度…グルリと見回してみて、彼が最初に感じた事はそれであった。
例えようも無い違和感と異質な空気感だけは…ここが夢か幻で現実では無いだろうと感じさせた。
これが現実である訳が無いと思い込みたいだけかも知れないが………
「俺は…どこにいるのだろうか?」
彼は…今、立っている地面を穴が空きそうな程にまじまじと見つめてみた。
良く磨きぬかれたデパートの床みたいで有るのか無いのかが分からないくらいに綺麗で真っ白である。
「そうか、夢の中なのかも知れないな…」
改めて、そう思い…自分の頬をキュッと摘んで、グリュッと捻ってみた。
「あ…痛たたッ………って夢でも痛い事があるのか?
…そうだよ!
こんな夢をみたのは…きっとあいつらのせいだ。
まったく…卒業前だからって飲みすぎなんだよな。」
昨夜から悪友の何名かと卒業前に…皆で何気な~く卒業を祝う為にと訳の分からない理由で呼び出され合コンさせられた。
そう言えば…悪友一同が曰く、まるで自覚無いかも知れないが…お前は意外にモテているらしい。
そんな実感は…彼には無い。
確かに…酒の席では空いた皿を片付けたり、酒が切れないようにこまめにオーダーしたり…泥酔した女性を介抱してあげたりと等々の何かと気を遣っているせいで『優しいのね。』と酔った女性からベタベタ絡まれる事もあるがなんか違う気もしていた。
モテるってのとは違う気がしたと言うかモテた事が無いからわからないだけか…!?
それ以外では…女性から告白された事も迫られた事も無いからだ。
故に…彼女もいない。
もうすぐ大学卒業なのに、そういう事は卒業していないのだ…
しかし…彼は気になどしてはいなかった。
彼には…もっと大切な叶えたい『夢』があったからだ。
それは…まもなく叶えられようとしていた。
夢のスタートラインに立っているのであったからだ。
《夢とは、なんだろう?》
…誰かの声がする。
聞き覚えの無い変声期前の無垢な少年の様な澄んだ声がする。
《ねぇ…夢とは…なんだと思う?》
やはり…気のせいでは無いらしい。
思い切って声に出してみる。
「なぁ、君は…誰だ!?
…何を伝えようとしているんだ。」
《君たちが目を覚まし…起きている時にみる夢ってヤツは…とても険しく困難な試練や限りない努力や運によってみる事が出来るかも知れないモノなんだ。》
返事は無い…代わりにまた声が響いた。
《そして…目を瞑り、暖かな床の上でみる夢の中では…何が起っているのだろうか?》
彼には意味が理解らなかった。
《あなたは…どんな夢をみたい?》
特段、彼に問い掛けるでもなく…しかし、淡々と声は響いた。
《大好きな人とロマンチックなシチュエーションで…とびっきりラブラブな夢?》
《空を自由に飛び回る夢?》
《美味しい料理をたらふく食べる夢?》
やまびこの様に声が何もない空間に…ぽっかりとこだましていった。
…すると空気がガラリと変わったのが分かる。
梅雨頃の生暖かい湿った空気に…何か陰欝な重苦しい圧迫感を加えたみたいだ。
《それとも…身の毛もよだつ恐い夢、それは悪夢?》
声色が…少し変化した。
小鳥の囀りの如く…透き通った声はしゃがれた野太い重低音の男の声に変化していた。
《眠っていても何も感じていない…夢なんて近頃は、まったく覚えていないし、みていないなんて…そう思っていても…そんな時は『虚無』の夢をみているものさ。》
「なぁ…ここはどこなんだ…そろそろ答えてくれても良いじゃないか!」
彼はヒステリックに叫んでいた!
《…ああ『虚無』の夢ってどんなものなのかって?》
やはり答えてくれない。
そもそも気味の悪い声の主に彼の声が届いているのかさえ疑問に思えてくる。
《白や黒などの…何か一色を基調とした何もない広大で無限に続く夢の中だけの空間。》
《そこで現世での鬱陶しく煩わしい事を全部忘れようとするのさ。》
彼には…まるで何かのアナウンスの様にいつまでも続く声に迷子の様な不安感を覚えるのであった。
《……けれど、嫌な事を完全に忘れ去る事なんか誰にも出来やしない。》
《記憶の海の深い深~い奥底に沈めてしまうのがやっとなのさ。》
彼は緊張感を打破しようと…再び、大声で叫んでいた!
「もう、いい加減にしてくれぇェッ!!」
その声に反応するかのように世界が揺らいだ。
正確に言えば…今まで彼の全体重を支えていた地面と表現するしかない部分が時化の真っ黒な海のようにザブンザブンと激しく波打つのであった。
しばらく…揺らいだ後に階段を踏み外した時に感じられる。
あの『ハッ』とする感覚、高い所から無為に落ちる夢にも似ているかも知れない。
彼の身体中の筋肉がビクンと反応する。
「あっ…落ちる!!!?」
そう…瞬間的に思うと目を閉じて身体中にグッと力を入れて身構えてしまう!
ニュートンの林檎みたいに自由落下してしまう。
グンと身体を引き寄せる重力が彼を縛り付ける。
「あれ、大丈夫なのか?」
…否、それどころか…何も落下してしまう感覚が無い。
《寝ている間も起きている間も人のみる『夢』はすべからく『儚い』のさ。》
……あの憎々しい声がまだ聞こえる。
《ただ…千々に舞い散るだけ。》
やっぱり……聞こえる。
恐る恐る…目を細く開けてみる。
瞳に飛び込んで来た光景は意外性と言うか予想外であった。
彼は…その空間に頼りなさげにフヨフヨと浮いていた。
まぁ…夢にしたらありきたりなのかな?…とも思い直した。
《さぁ…あなたにとっておきの悪夢をみせてあげるよ。》
《夢に魅入られ…狂おしくも愛しい姿をみせておくれよ。》
《ゆめゆめ…忘れる事の無き血の雨ふるふる、闇夜の夢よ。》
《命、惜しくば…逃げてごらん。》
《命からがら逃げてごらん。》
《生かして………し……な…い………から。》
「うぁぁぁぁぁぁッッ!!」
何が起こったのか。
よく解らなかった。
彼の頭上に真っ黒い太陽みたいな圧倒的な威圧感のある大きな穴が空き…グォォォッ!!…と唸り声をあげた。
虚空に穿った…それは、まるで掃除機のように世界を凄まじい勢いで吸い込み始めたのであった。
ブラックホール現象に酷似しているが夢の中でも発生するのかは謎だった。
彼の視界はぐるぐると回転していく。
意識がスーッと遠退きながら…………
彼の意識もぐるぐると回転していく…洗濯機の洗濯物のように、水を流した水洗トイレのように…何処かにまた流されていきそうな感じがした。
………………………
…………………
……………
………
一体、どれくらいの時が経ったのであろうか?
彼は…夢から目覚めたのだろうか。
まだ、朦朧とする意識で、辺りの様子を伺ってみると………


