あれから随分と月日が流れた今でも、走り出す決心をして良かったと思った。シンが隣にいたから、奴が背中を押してくれたから、それまで隠していたことを周囲に打ち明けることもできた。陸上部のみんなは驚いていたけれど、シンが言うようにそれまでと変わらなく接し続けてくれている。早く言ってくれよ、と言いながら先輩たちは俺の肩を小突いて「教えてくれてありがとう」と泣きながら笑った。
3年生は大学受験のため、陸上部を引退する。次期部長は部員の満場一致でシンになり、副部長は俺が担うことになった。部長であるシンを支え、時には違う意見も打診できるポジションは今までと何ら変わらない。むしろ俺でいいのなら、この部活をもっと良くしたいと思っていた。やることは増えたけど、充実した毎日を過ごしている。
リハビリがてら筋トレもこなし、現役時代とまではいかないけど走れるようにもなった。競技用の義足に履き替えると身体が軽く、どこまでも走れそうな気がする。使えば使う程身体に馴染み、俺の足になっていくのは不思議な感覚だった。
今日は生憎の雨で、部員たちは体育館の一角でストレッチと筋トレをしていた。階段の走り込みは危ないからとシンが指示を出して、今日一日身体のメンテナンスに勤しんでいる。
シンに前屈の補助をしてもらいながら、俺も強ばった足の筋を伸ばしていた。
「カナ、最近筋肉ついたよなぁ」
「そうか?そこまで自覚はないけど……」
「無自覚マッチョめ。腕相撲は毎回負けるし、いつの間にか身長も越されてるし…」
はぁ~、と溜息をつくシンのサラサラな髪が、俺の耳元を擽る。至近距離まで近づいてくると自分の知らないシャンプーの匂いがして、変に意識してしまいそうになるのを必死で誤魔化した。ボジションを変えて、今度は俺がシンの背中を押す。
「……俺よりもシンの方がモテんだろ。顔もいいし運動神経抜群だって、違う学校の女子が噂してるくらいだぜ」
「えぇ……そうなの?」
前屈姿勢で俯いている状態でも、怪訝そうな表情を浮かべたシンの顔が安易に予想できる。思わず笑ってしまい、「おまえは普通にかっこいいからな」とシンの頭を撫でてやった。
「カナ…そう言うこと言うんじゃねぇよ」
「なんで」
「…おまえ、鈍感すぎんだろ」
「は?それはこっちの台詞だっての……」
シンを見ていると、時々眩しすぎて目を背けたくなってくる。こんなにキラキラした奴が、なんで俺の隣に居てくれるのだろうとずっと疑問だった。親友以上の関係になりたいなんて、思ったらいけない筈なのに。
補助していたのにシンはそれ以上に腰を伸ばし、足の爪先へ手を伸ばした。
「これ、痛くないか?シン」
「……大丈夫」
「顔、上げろよ」
「無理」
「なんで」
「……」
顔を伏せたままのシンが少し心配になって、無理やり身を屈めて目を合わせる。
「っ、、な、に」
「…顔、真っ赤じゃん」
狼狽えるシンは急に身を起こし、立ち上がって俺の手を引いた。
「……哉明と競技倉庫行ってくる」
「っ…いきなり何で…」
「こういう日にこそメンテが必要だろ」
否応なしに歩き出して、俺も釣られて立ち上がり付いていくしかなくなった。たまにシンが何を考えているのか、分からなくなる時がある。
体育館にある陸上競技用の道具が仕舞われている倉庫に向かうと、シンが部長しか持っていない鍵で扉を解錠する。
少し埃っぽい倉庫の中にふたりで入ると、シンが内側から扉を施錠した。
「……なんだよ、急に…」
「哉明、好きな子できたのか」
唐突に言われた言葉の意味が良く分からず、無意識に首を傾げていた。
「いや…別に」
「…なら、好きな人は?」
その質問の意味を広い意味で捉えるのだとしたら、いるとしか言えない。
それも、俺の目の前に。
「いるよ」
「……そっか…」
「なんだよシン、言いたいことあるなら言えって」
「おまえが好きだ」
シンは真っ直ぐ、俺の眼を見てそう告げた。頭の中が真っ白になる。今まで彼は相棒だと、親友なんだと自分へ必死に言い聞かせて来たのに。
「……でも、諦める」
「その必要はない」
「…え?」
今度はシンが素っ頓狂な声を漏らした。
「本当に鈍い奴だな…。俺が好きな人、シンだから」
自分でその答えを言うのに、此処まで緊張するとは思わなかった。
震えている手を握り締めると、その手にシンの手が伸びてくる。
「……じゃあ、両想いってこと?」
「まぁ…そうなる……っ」
自分で言って恥ずかしくなってしまう。両想い、って……。
「…なっ…なんだそれ…!恥ずかしすぎんだろ」
「ふふっ、知るかよ。シンの顔、超真っ赤だな」
シンの後頭部に腕を回して、顔を近づかせるとシンは狼狽えるような声を漏らした。多分、相手を好きになったのは俺の方が早かったと思う。
鼻先がくっつくくらいまで近づくと、シンが足元から崩れ落ちたので慌てて支えてやる。腰を抜かしたのか、力が入らないようで思わず笑ってしまう。
「哉明…なんでそんなに余裕なんだよ。なんかむかつく…」
「余裕なワケあるか。…心臓、口から飛び出てきそう」
心臓どころかこめかみも脈打つように熱くなり、時間が止まっているかのように思えた。
「…じゃあ、その飛び出た心臓はオレが元に戻してやるよ」
シンの顔が一気に近づき、唇に柔らかい感触が触れる。口で呼吸ができなくて、シンが鼻から息を吐き出すと途端にいやらしく聞こえた。
「はぁっ…やば…こんな柔らかいの?」
「知るかよ。…おまえが初めての相手なんだから」
「っ⁉」
今度は俺の方からシンの顔を両手で固定して、鼻先から頬から額から所狭しとキスしてやった。最後に唇に噛みついて、シンの喘ぐような吐息に頭がクラクラしてくる。
「…もう、カナとはチームってことだけじゃなくて…コイビトでいいの?」
「その代わり、卒業するまで皆には内緒だからな」
「えぇっ…!」
「逆に考えろよ。土日はずっと一緒に居られるから」
「っ…馬鹿……そんなの、今までと同じじゃん」
とうとう涙目になったシンを強く抱きしめて、少しだけ身長が伸びた分身体を庇ませてやる。
「でも、友達とはキスしないだろ」
「…ん」
この上なく距離が近づいたシンは、どこもかしこも柔らかくていい匂いがする。
誰かとゴールを迎えるなら、やっぱりシンとふたりきりがいい。
3年生は大学受験のため、陸上部を引退する。次期部長は部員の満場一致でシンになり、副部長は俺が担うことになった。部長であるシンを支え、時には違う意見も打診できるポジションは今までと何ら変わらない。むしろ俺でいいのなら、この部活をもっと良くしたいと思っていた。やることは増えたけど、充実した毎日を過ごしている。
リハビリがてら筋トレもこなし、現役時代とまではいかないけど走れるようにもなった。競技用の義足に履き替えると身体が軽く、どこまでも走れそうな気がする。使えば使う程身体に馴染み、俺の足になっていくのは不思議な感覚だった。
今日は生憎の雨で、部員たちは体育館の一角でストレッチと筋トレをしていた。階段の走り込みは危ないからとシンが指示を出して、今日一日身体のメンテナンスに勤しんでいる。
シンに前屈の補助をしてもらいながら、俺も強ばった足の筋を伸ばしていた。
「カナ、最近筋肉ついたよなぁ」
「そうか?そこまで自覚はないけど……」
「無自覚マッチョめ。腕相撲は毎回負けるし、いつの間にか身長も越されてるし…」
はぁ~、と溜息をつくシンのサラサラな髪が、俺の耳元を擽る。至近距離まで近づいてくると自分の知らないシャンプーの匂いがして、変に意識してしまいそうになるのを必死で誤魔化した。ボジションを変えて、今度は俺がシンの背中を押す。
「……俺よりもシンの方がモテんだろ。顔もいいし運動神経抜群だって、違う学校の女子が噂してるくらいだぜ」
「えぇ……そうなの?」
前屈姿勢で俯いている状態でも、怪訝そうな表情を浮かべたシンの顔が安易に予想できる。思わず笑ってしまい、「おまえは普通にかっこいいからな」とシンの頭を撫でてやった。
「カナ…そう言うこと言うんじゃねぇよ」
「なんで」
「…おまえ、鈍感すぎんだろ」
「は?それはこっちの台詞だっての……」
シンを見ていると、時々眩しすぎて目を背けたくなってくる。こんなにキラキラした奴が、なんで俺の隣に居てくれるのだろうとずっと疑問だった。親友以上の関係になりたいなんて、思ったらいけない筈なのに。
補助していたのにシンはそれ以上に腰を伸ばし、足の爪先へ手を伸ばした。
「これ、痛くないか?シン」
「……大丈夫」
「顔、上げろよ」
「無理」
「なんで」
「……」
顔を伏せたままのシンが少し心配になって、無理やり身を屈めて目を合わせる。
「っ、、な、に」
「…顔、真っ赤じゃん」
狼狽えるシンは急に身を起こし、立ち上がって俺の手を引いた。
「……哉明と競技倉庫行ってくる」
「っ…いきなり何で…」
「こういう日にこそメンテが必要だろ」
否応なしに歩き出して、俺も釣られて立ち上がり付いていくしかなくなった。たまにシンが何を考えているのか、分からなくなる時がある。
体育館にある陸上競技用の道具が仕舞われている倉庫に向かうと、シンが部長しか持っていない鍵で扉を解錠する。
少し埃っぽい倉庫の中にふたりで入ると、シンが内側から扉を施錠した。
「……なんだよ、急に…」
「哉明、好きな子できたのか」
唐突に言われた言葉の意味が良く分からず、無意識に首を傾げていた。
「いや…別に」
「…なら、好きな人は?」
その質問の意味を広い意味で捉えるのだとしたら、いるとしか言えない。
それも、俺の目の前に。
「いるよ」
「……そっか…」
「なんだよシン、言いたいことあるなら言えって」
「おまえが好きだ」
シンは真っ直ぐ、俺の眼を見てそう告げた。頭の中が真っ白になる。今まで彼は相棒だと、親友なんだと自分へ必死に言い聞かせて来たのに。
「……でも、諦める」
「その必要はない」
「…え?」
今度はシンが素っ頓狂な声を漏らした。
「本当に鈍い奴だな…。俺が好きな人、シンだから」
自分でその答えを言うのに、此処まで緊張するとは思わなかった。
震えている手を握り締めると、その手にシンの手が伸びてくる。
「……じゃあ、両想いってこと?」
「まぁ…そうなる……っ」
自分で言って恥ずかしくなってしまう。両想い、って……。
「…なっ…なんだそれ…!恥ずかしすぎんだろ」
「ふふっ、知るかよ。シンの顔、超真っ赤だな」
シンの後頭部に腕を回して、顔を近づかせるとシンは狼狽えるような声を漏らした。多分、相手を好きになったのは俺の方が早かったと思う。
鼻先がくっつくくらいまで近づくと、シンが足元から崩れ落ちたので慌てて支えてやる。腰を抜かしたのか、力が入らないようで思わず笑ってしまう。
「哉明…なんでそんなに余裕なんだよ。なんかむかつく…」
「余裕なワケあるか。…心臓、口から飛び出てきそう」
心臓どころかこめかみも脈打つように熱くなり、時間が止まっているかのように思えた。
「…じゃあ、その飛び出た心臓はオレが元に戻してやるよ」
シンの顔が一気に近づき、唇に柔らかい感触が触れる。口で呼吸ができなくて、シンが鼻から息を吐き出すと途端にいやらしく聞こえた。
「はぁっ…やば…こんな柔らかいの?」
「知るかよ。…おまえが初めての相手なんだから」
「っ⁉」
今度は俺の方からシンの顔を両手で固定して、鼻先から頬から額から所狭しとキスしてやった。最後に唇に噛みついて、シンの喘ぐような吐息に頭がクラクラしてくる。
「…もう、カナとはチームってことだけじゃなくて…コイビトでいいの?」
「その代わり、卒業するまで皆には内緒だからな」
「えぇっ…!」
「逆に考えろよ。土日はずっと一緒に居られるから」
「っ…馬鹿……そんなの、今までと同じじゃん」
とうとう涙目になったシンを強く抱きしめて、少しだけ身長が伸びた分身体を庇ませてやる。
「でも、友達とはキスしないだろ」
「…ん」
この上なく距離が近づいたシンは、どこもかしこも柔らかくていい匂いがする。
誰かとゴールを迎えるなら、やっぱりシンとふたりきりがいい。

