ボニー・バタフライ・エフェクト

 放課後。
 昼間のことで怒りがおさまらない愛斗は、喜逸を待たずにさっさと帰ることにした。

(あのバカ喜逸! 今日は一緒に帰ってやんないから!)

 むしゃくしゃした感情をそのまま足取りに乗せて、床をガツガツ踏み鳴らす。
 喜逸が愛斗をからかうのはいつものことだし、普段ならここまで引きずることはないのだが。

(怖がって損した!)

 あの見たこともない喜逸の顔や態度も含めてだ。
 あれも愛斗をからかうための演技だったのかもしれないと思うと、どうにも腹立たしさがおさまらない。

 とにかく、今日はさっさと帰ってしまうことに決めた。喜逸はいつも家まで送り届けてもくれるのだが、愛斗は行き帰りに引率が必要な幼稚園児ではないのだ。

 そんな思いで下駄箱までやって来た愛斗は、そこであるものを目にして足を止めると首を傾げた。

(あれ? ボクの靴箱に誰かいる?)

 ちょうど愛斗の靴が入っている場所に、一人の女子生徒が立ち尽くす背中が見えた。

 柔らかそうなピンクブラウンの髪を腰に届くほど長く伸ばし、白いリボンでハーフアップにまとめている、ブレザー姿の華奢な女。

 愛斗はその少女の背に向かって声をかけた。

「ねぇ君、そこでなにしてるの?」
「きゃ……!?」

 小さな声で悲鳴をあげて、少女が振り返る。ぱっちりと見開かれた大きな瞳と、右の目尻に泣きぼくろがあるのが一瞬見えた。

 彼女はすぐに顔を背けると、一目散に外へ向かって走りだしてしまった。

「あ、ちょっと待って!」

 伸ばしかけた手が、空中で静止する。その背はやがて見えなくなったが、艶めく髪と白いリボンが鮮やかに揺れる光景が、瞼の裏に焼きついた。

 一体なんだったんだろう、と首をひねりつつ下駄箱に手を伸ばすと、そこに白い封筒が入っていることに気がついた。

「手紙? これ、あの子が入れてったのかな?」

 靴箱に手紙といえば、喜逸がよくもらっているアレしか思い浮かばない。が、なんにしろ愛斗は腹を立てていたのも忘れて、ちょっぴりワクワクとした気分になった。

 手紙をもらうということ自体が珍しい経験だったし、普段どんなに喜逸に手紙を見せてとせがんでも、彼は絶対に見せてくれないのだ。

 そりゃあ人の手紙を他人が勝手に見るのはいけないことだが、愛斗はそれがなんとなく面白くない。

 だけどこの手紙は愛斗に宛てられたものだ。つまり、自分だけが見ることを許された『秘密』なのだと思う。それがやけに嬉しかった。

「えへへ~、なにが書いてあるんだろ?」

 ウキウキとしながら封を開けてみる。まだ中身を読んでもいないのに、なんてお返事しようかなぁ、なんて考えながら。

 綺麗に折り畳まれた手紙は、淡い桜の便箋だった。

 その可愛らしさに、いっそう胸を踊らせながら文字を追う。
 けれどそこには、不思議な文章が書き綴られていた。