ボニー・バタフライ・エフェクト

 その日は、子供たちみんなでかくれんぼをすることになった。

 鬼になった少年が、公園の中央にある木の幹に顔を伏せ、1から10まで数え始める。その単調なカウントダウンが、夕暮れ近くの静かな住宅街に響いていた。

 子供たちは甲高い声ではしゃぎながら、植え込みや遊具の影へと散っていく。

 そのとき、隠れ場所を探す喜逸の目に、公園から飛び出していく愛斗の背中が映った。
 公園内に隠れるという暗黙のルールを、あの子は理解していないらしい。

 もし何かあれば、大人に叱られるのは一番大きな自分かもしれない──そう考えた喜逸は、嫌々ながらもその背中を追いかけた。

「マナトくん! そっちはダメだよ!」

 喜逸の呼びかけも、愛斗の耳には届いていないらしい。彼は公園から少し離れた場所にある、鬱蒼とした木々に囲まれた廃神社の方へと走っていった。
 吸い込まれるように古びた拝殿の扉を開け、その暗がりの奥へと消えていく。

 そんなところにいたら、誰にも見つけてもらえないよ──

 そう言いかけて、なぜか言葉が出なかった。
 喜逸は足音を立てないように、腰を低くして拝殿に近づいていく。上部が格子状になっている扉の前で足を止めると、無意識に息を震わせた。

 ドクン、ドクン、と高鳴る心臓。
 胸の奥底で、どす黒い何かがブクブクと泡立っているのを感じる。

 すると喜逸の中にいる真っ黒な色をした『何か』が、甘く囁きかけてきた。

 いいじゃないか。誰にも見つけてもらえなくても。
 愛斗なんかいなくなればいい。死ぬまでずっとここにいて、消えてしまえばいいんだ。
 そうすれば、外の世界に喜逸を嫌う人間はいなくなる。

 そんな醜い思いがヘドロのように溢れて、噴きだし、止まらなくなってしまった。
 ダメだダメだと思うのに、喜逸はそれに抗えない。

 ごくん、と一つ、喉を鳴らした。
 手を伸ばし、朽ちた木製の(かんぬき)を掴む。絶対に音を立てないように、気づかれないように、それをゆっくりと、確実な力で滑らせ、フックに押し込んでいく。

 カタン、という小さな音がして、一瞬ヒヤリとした。
 けれど中で身を潜めているであろう愛斗が、その音に反応することはなかった。ホッと安堵の息が漏れる。

 ああ、よかった──。

 これで全部が元通り。愛斗と出会う前の、心が傷つく前の、平穏な日常が戻ってきた。
 だからこれでいい。これでいいんだ。自分の身を守るためには、仕方のないことだったんだ──。

 そう自身に言い聞かせ、喜逸は来たときと同じく忍び足でその場を離れ、公園に戻った。