「ボク、キミのことキライ」
一瞬、なにを言われたのか分からず呆然とした。
自分より一回りも小さな少年の口から放たれた、濁りのない拒絶の言葉。
それは喜逸が短い人生で築き上げてきたささやかな平穏を、あまりにも容易く粉砕した。
なんで? どうして?
初めて会ったばかりの知らない子に、そんなことを言われなくてはいけないのだろう?
喜逸は呼吸の仕方を忘れたかのように固まっていた。
初夏の生温い風が、芝生の香りを乗せながら二人の間を通り過ぎていく。
周囲ではブランコを漕ぐ子供たちの笑い声や、プラスチックのスコップが砂場を叩く音が響いていたが、喜逸の耳にはそれらすべてが耳鳴りのように遠く、くぐもって聞こえた。
それは『いつも通り』の日であるはずだった。
下は幼稚園から、上は小学校低学年までの子供たちが集まって、いつものように公園で遊んでいた。そのときだ。
「こんにちは」
そこへ、一組の母子がやってきた。
動きを止めた子供たちの視線が、一斉にその親子へと向けられる。
日傘を差した品の良い母親に連れられたその子は、初めて見るタイプの輝きを放っていた。
透き通るような白い肌と、栗色の柔らかそうな髪。そして濡れたように光る大きな瞳。
女の子かと思うほどに可憐で、まるで天使のような子供だった。
「愛斗っていうのよ。こないだ引っ越してきたばかりなの。よかったら、この子ともお友達になってくれない?」
少年は母親の太ももあたりにしがみつき、恥ずかしそうにモジモジとうつむいていた。見知らぬ子供たちの視線を集めていることに、どうしたらいいか分からない様子だった。
なんて可愛い子だろうと思った。
ぷくぷくの赤いほっぺたも、柔らかそうな髪も。
胸がキュッと締めつけられるような気持ちになりながら、喜逸はコクンとうなずいていた。もちろん、その場にいる全員が「いいよ!」と言って賛成した。
母親に背中を押され、愛斗は子供たちの輪に加わった。
かけっこをしたり、砂場やブランコで遊んだり。恥ずかしがっていたのは最初のうちだけで、明るく活発な愛斗はすぐに子供たちと仲良くなった。
けれどどうしてか、愛斗は喜逸とだけは目も合わせてくれなかった。
声をかけてもプイっとそっぽを向き、逃げるように背中を向けて走り去る。他の子とは分け隔てなく楽しそうにはしゃぐのに、なぜか喜逸が近づくと強張った顔で避けられる。
喜逸はまだ7歳だったが、同学年の子供たちより頭一つ分は背が高く、大人びていた。
そのため、自然とみんなの保護者のような存在になっており、特に下の子達の面倒をよく見ていた。
もしかしたら、身体が大きい自分のことが怖いのかもしれない。愛斗は他の子達よりも、ずっと小さかったから。
喜逸はそう結論づけて、なるべく警戒されないよう注意を払いながら、愛斗と接する努力をした。
「マナトくん、すべり台でいっしょにあそばない? オレが下で受けとめてあげるから」
そして冒頭のセリフに繋がる。
向けられたのは、ムッとしたような眼差しだった。
愛斗は喜逸が差し出した手を、力いっぱい振り払った。そして子猫みたいに甲高い声で、はっきりと拒絶を口にしたのだ。
「ボク、キミのことキライ」
「え……?」
「だから、あそばない! あそんであげない!」
頭が真っ白になった。弾かれた手を下げることもできないまま、遠ざかっていく小さな背中を呆然と見つめた。
ショックだった。背中がヒヤっとするような、嫌な感じがする。
何かしてしまったんだろうか。
さっき初めて会ったばかりなのに、よほど嫌われてしまうような何か、悪いことを。
一人残された広場の真ん中で、喜逸は自分の右手を呆然と見つめた。
払いのけられた感触だけが、火傷をしたように熱く、いつまでもこびりついていた。
一瞬、なにを言われたのか分からず呆然とした。
自分より一回りも小さな少年の口から放たれた、濁りのない拒絶の言葉。
それは喜逸が短い人生で築き上げてきたささやかな平穏を、あまりにも容易く粉砕した。
なんで? どうして?
初めて会ったばかりの知らない子に、そんなことを言われなくてはいけないのだろう?
喜逸は呼吸の仕方を忘れたかのように固まっていた。
初夏の生温い風が、芝生の香りを乗せながら二人の間を通り過ぎていく。
周囲ではブランコを漕ぐ子供たちの笑い声や、プラスチックのスコップが砂場を叩く音が響いていたが、喜逸の耳にはそれらすべてが耳鳴りのように遠く、くぐもって聞こえた。
それは『いつも通り』の日であるはずだった。
下は幼稚園から、上は小学校低学年までの子供たちが集まって、いつものように公園で遊んでいた。そのときだ。
「こんにちは」
そこへ、一組の母子がやってきた。
動きを止めた子供たちの視線が、一斉にその親子へと向けられる。
日傘を差した品の良い母親に連れられたその子は、初めて見るタイプの輝きを放っていた。
透き通るような白い肌と、栗色の柔らかそうな髪。そして濡れたように光る大きな瞳。
女の子かと思うほどに可憐で、まるで天使のような子供だった。
「愛斗っていうのよ。こないだ引っ越してきたばかりなの。よかったら、この子ともお友達になってくれない?」
少年は母親の太ももあたりにしがみつき、恥ずかしそうにモジモジとうつむいていた。見知らぬ子供たちの視線を集めていることに、どうしたらいいか分からない様子だった。
なんて可愛い子だろうと思った。
ぷくぷくの赤いほっぺたも、柔らかそうな髪も。
胸がキュッと締めつけられるような気持ちになりながら、喜逸はコクンとうなずいていた。もちろん、その場にいる全員が「いいよ!」と言って賛成した。
母親に背中を押され、愛斗は子供たちの輪に加わった。
かけっこをしたり、砂場やブランコで遊んだり。恥ずかしがっていたのは最初のうちだけで、明るく活発な愛斗はすぐに子供たちと仲良くなった。
けれどどうしてか、愛斗は喜逸とだけは目も合わせてくれなかった。
声をかけてもプイっとそっぽを向き、逃げるように背中を向けて走り去る。他の子とは分け隔てなく楽しそうにはしゃぐのに、なぜか喜逸が近づくと強張った顔で避けられる。
喜逸はまだ7歳だったが、同学年の子供たちより頭一つ分は背が高く、大人びていた。
そのため、自然とみんなの保護者のような存在になっており、特に下の子達の面倒をよく見ていた。
もしかしたら、身体が大きい自分のことが怖いのかもしれない。愛斗は他の子達よりも、ずっと小さかったから。
喜逸はそう結論づけて、なるべく警戒されないよう注意を払いながら、愛斗と接する努力をした。
「マナトくん、すべり台でいっしょにあそばない? オレが下で受けとめてあげるから」
そして冒頭のセリフに繋がる。
向けられたのは、ムッとしたような眼差しだった。
愛斗は喜逸が差し出した手を、力いっぱい振り払った。そして子猫みたいに甲高い声で、はっきりと拒絶を口にしたのだ。
「ボク、キミのことキライ」
「え……?」
「だから、あそばない! あそんであげない!」
頭が真っ白になった。弾かれた手を下げることもできないまま、遠ざかっていく小さな背中を呆然と見つめた。
ショックだった。背中がヒヤっとするような、嫌な感じがする。
何かしてしまったんだろうか。
さっき初めて会ったばかりなのに、よほど嫌われてしまうような何か、悪いことを。
一人残された広場の真ん中で、喜逸は自分の右手を呆然と見つめた。
払いのけられた感触だけが、火傷をしたように熱く、いつまでもこびりついていた。
