(どういうこと?)
一時間目の授業を受けながらも、愛斗はどうにも身が入らないでいた。
キツネに化かされたような気分、というのは、こういうときのことをいうのだろうか。
あの先輩たちからは、嘘を言ったりからかったりしている様子は感じられなかった。つまり、彼女たちは事実を述べている。
しかしあまりにも奇妙だ。こんなことがあるのだろうか。
白いリボンのあの女子生徒が、本当はどこにも存在していないなんて──。
だが思わぬ形で収穫はあった。それは喜逸についてまわる噂のことだ。
喜逸の『彼女』──ひいては女遊びについての噂は、これまでにも数えきれないほど立ってきた。けれど誰一人として、実際の現場を目撃した者はいない。
まるで影のようだと、愛斗は思った。
喜逸の後をついてまわる、姿かたちのない透明な影。それこそが噂話の正体なのだろう。
(なんでそんなの信じちゃったんだろ……喜逸、ごめん……)
今ここにはいない人物に、愛斗は涙目になりながら心の中で謝罪した。
けれど、これだって間接的に話を聞いただけに過ぎないのだ。他人からもたらされる情報にばかり、踊らされている。
だから喜逸本人に話を聞いて、その上でちゃんと謝らなければと思った。
(それにしても……変だよなぁ……)
メガネくんは、喜逸と白リボンの女が付き合っているという噂を『有名』だと言った。愛斗が知らないことに驚いてすらいた。
けれど蓋を開ければ肝心の女子生徒はいないし、そんな噂が浸透している形跡すらない。
彼もまた、出所不明の情報に踊らされていただけに過ぎないのか。
この話には、きっとまだ何かある。そんな気がして仕方ない。
(これも確かめてみれば分かる話、かな)
まったく頭に入らないまま授業を終えると、愛斗はすぐに隣の教室へ向かった。
見知った顔と手を振り合ったりしつつ、教室内を見回してみる。
すると窓際の席で頬杖をついて窓の外を眺めている、野暮ったい黒髪の男子生徒をすぐに見つけることができた。
「メガネくん、ちょっと聞きたいんだけど」
ポン、と気安く肩を叩いた。
すると少し驚いた様子で振り向いた男子生徒は──
「あ、あれ……?」
まったくの別人だった。
髪型や雰囲気は似ているものの、眼鏡をかけてすらいない。
彼は目をパチクリとさせ、愛斗の顔をポカンとしながら見上げている。
「あの……なんか用……?」
「……えっ、あ! ご、ごめん、人違いしちゃったみたいで」
「あれ? 愛斗じゃん。うちのクラスになんか用?」
するとそこに、早苗がやってきた。トンッと背中を叩かれる。
「あっ、早苗、いいところに。あのさ、メガネくんを探してるんだけど、今日来てる?」
「メガネくんって誰よ? そのあだ名、ちょっと雑すぎない?」
「ああ、えっと……」
顔をしかめながら首を傾げる早苗に、愛斗はメガネくんの特徴を話して聞かせる。
縁無しの大きなメガネに、真っ黒いワカメのようなモサモサ頭。ちょっと地味めで、気が弱そうで、学校を休みがちな男子生徒。
けれど早苗はますます顔をしかめ、腕組みをしながら首を横に振るだけだった。
「知らなーい。そんな子いたっけかな」
「いるはずだよ。存在感薄いって、自分でも言ってた」
「せめて名前を教えなさいよ。なんて名前の子なのよ?」
「……さぁ?」
心底呆れた様子で、早苗が溜息をついた。
「誰かと間違えてるんじゃない? それか幻でも見たとか」
「そ、そんなはずないって! だってつい昨日、会って話したばかりだし……」
「うーん。でも……そんな子うちらの学年にいないよねぇ……?」
愛斗が間違えて声をかけてしまった男子生徒に目を向けて、早苗が首を傾げる。成り行きを見守っていた彼は、その問いかけにこくこくと首を縦に振った。
(……嘘だろ?)
背筋がゾッとした。
白いリボンの女子生徒だけでなく、あのメガネの男子生徒もまた、どこにも存在していなかったのだ。
一時間目の授業を受けながらも、愛斗はどうにも身が入らないでいた。
キツネに化かされたような気分、というのは、こういうときのことをいうのだろうか。
あの先輩たちからは、嘘を言ったりからかったりしている様子は感じられなかった。つまり、彼女たちは事実を述べている。
しかしあまりにも奇妙だ。こんなことがあるのだろうか。
白いリボンのあの女子生徒が、本当はどこにも存在していないなんて──。
だが思わぬ形で収穫はあった。それは喜逸についてまわる噂のことだ。
喜逸の『彼女』──ひいては女遊びについての噂は、これまでにも数えきれないほど立ってきた。けれど誰一人として、実際の現場を目撃した者はいない。
まるで影のようだと、愛斗は思った。
喜逸の後をついてまわる、姿かたちのない透明な影。それこそが噂話の正体なのだろう。
(なんでそんなの信じちゃったんだろ……喜逸、ごめん……)
今ここにはいない人物に、愛斗は涙目になりながら心の中で謝罪した。
けれど、これだって間接的に話を聞いただけに過ぎないのだ。他人からもたらされる情報にばかり、踊らされている。
だから喜逸本人に話を聞いて、その上でちゃんと謝らなければと思った。
(それにしても……変だよなぁ……)
メガネくんは、喜逸と白リボンの女が付き合っているという噂を『有名』だと言った。愛斗が知らないことに驚いてすらいた。
けれど蓋を開ければ肝心の女子生徒はいないし、そんな噂が浸透している形跡すらない。
彼もまた、出所不明の情報に踊らされていただけに過ぎないのか。
この話には、きっとまだ何かある。そんな気がして仕方ない。
(これも確かめてみれば分かる話、かな)
まったく頭に入らないまま授業を終えると、愛斗はすぐに隣の教室へ向かった。
見知った顔と手を振り合ったりしつつ、教室内を見回してみる。
すると窓際の席で頬杖をついて窓の外を眺めている、野暮ったい黒髪の男子生徒をすぐに見つけることができた。
「メガネくん、ちょっと聞きたいんだけど」
ポン、と気安く肩を叩いた。
すると少し驚いた様子で振り向いた男子生徒は──
「あ、あれ……?」
まったくの別人だった。
髪型や雰囲気は似ているものの、眼鏡をかけてすらいない。
彼は目をパチクリとさせ、愛斗の顔をポカンとしながら見上げている。
「あの……なんか用……?」
「……えっ、あ! ご、ごめん、人違いしちゃったみたいで」
「あれ? 愛斗じゃん。うちのクラスになんか用?」
するとそこに、早苗がやってきた。トンッと背中を叩かれる。
「あっ、早苗、いいところに。あのさ、メガネくんを探してるんだけど、今日来てる?」
「メガネくんって誰よ? そのあだ名、ちょっと雑すぎない?」
「ああ、えっと……」
顔をしかめながら首を傾げる早苗に、愛斗はメガネくんの特徴を話して聞かせる。
縁無しの大きなメガネに、真っ黒いワカメのようなモサモサ頭。ちょっと地味めで、気が弱そうで、学校を休みがちな男子生徒。
けれど早苗はますます顔をしかめ、腕組みをしながら首を横に振るだけだった。
「知らなーい。そんな子いたっけかな」
「いるはずだよ。存在感薄いって、自分でも言ってた」
「せめて名前を教えなさいよ。なんて名前の子なのよ?」
「……さぁ?」
心底呆れた様子で、早苗が溜息をついた。
「誰かと間違えてるんじゃない? それか幻でも見たとか」
「そ、そんなはずないって! だってつい昨日、会って話したばかりだし……」
「うーん。でも……そんな子うちらの学年にいないよねぇ……?」
愛斗が間違えて声をかけてしまった男子生徒に目を向けて、早苗が首を傾げる。成り行きを見守っていた彼は、その問いかけにこくこくと首を縦に振った。
(……嘘だろ?)
背筋がゾッとした。
白いリボンの女子生徒だけでなく、あのメガネの男子生徒もまた、どこにも存在していなかったのだ。
