翌日、愛斗は休まず学校へ行くことにした。
ズタズタの革靴は捨ててしまったので、今日は運動靴で登校するしかなかった。
母には友達と靴を飛ばして遊んでいたら、両方ともどこかにいってしまったと言って、なんとか誤魔化した。
昨夜もほとんど眠れず、体調は正直あまりよろしくない。
だけどとてもじゃないが、じっとしていられそうになかったのだ。
喜逸は愛斗の問いを否定しなかったが、肯定もしなかった。結局、肝心なことはなにも答えてくれなかった。
そのくせ、彼は傷ついていた。
それだけは分かる。愛斗が喜逸を疑ったから。信じることができなかったから。
だからつい罪悪感に駆られそうになったけど、はっきり答えてくれない喜逸だって悪いと思う。自慢じゃないが愛斗は空気が読めないし、人よりずっとニブいのだ。
喜逸のように一を聞いて十を知るような察しのよさなど、持ち合わせていないのだから。
(ボクだって信じたいよ。だけどできなかった。だってボク、本当は喜逸のことなにも分かってなかったんだもん)
ただ優しくしてくれるから。あのとき救ってくれたから。小さな頃から一緒にいるから。
まるで雛鳥の刷り込みだ。それだけですべて知った気になって、本当はなにも知ろうとしていなかった。彼自身を、ちゃんと見ようとしていなかった。
だからまるで別人のような喜逸を受け入れられずに、拒んでしまった。
だけど、あれも確かに喜逸なのだ。あるいは、あれこそが彼の素顔なのかもしれない。
(喜逸のこと信じたい。そのために、君のことが知りたいよ)
オレがどうにかすると、彼は言った。だけどそれじゃあ結局なにも変わらないし、分からないままだ。愛斗は喜逸を信じきれずに、噂話をただ鵜呑みにしてしまったけれど。
今度は自分の目で見て、聞いて、事実かどうかを確かめるべきだと思った。
もしかしたら、もう今までのような関係には戻れないかもしれない。
だけど喜逸とちゃんと向き合うためには、それが最も重要な気がしたから。
そのためにも、まずはあの白いリボンの女と直接会って、話がしたい。
喜逸に頼ってばかりじゃなく、自分だけの力で解決するためにも。
*
朝のHRが始まるまでの時間を利用して、愛斗は二年生の教室をしらみつぶしにあたってみることにした。
ピンクブラウンの長い髪に、白いリボン。右目元の泣きぼくろと、喜逸と付き合っているらしいという噂の、二年生の彼女。
おそらくすぐに特定できるだろうと踏んでいた。運がよければその場で対面することだって可能だろうと。
しかし──。
「え?」
3クラスあるうちの二年生の教室のひとつで、愛斗は目をまん丸に見開いた。
突然やってきた一年生の質問に答えてくれたのは、二人の女子生徒だった。
彼女たちは口を揃えて、そんな生徒は知らないと言う。
「泣きぼくろって目立つじゃん。でも同じ二年でそんな子、見たことないよ」
「リボンつけてる子もいないよねぇ? 人違いじゃない?」
「そ、そんなはずないです。それに有名なんでしょ? 喜逸の──じゃなくて、菊川先輩の彼女で、妊娠もしてて……」
愛斗の言葉に、先輩女子の片方が呆れたように「またぁ?」と言った。もう一人もウンザリしたような息を漏らしている。
きょとんとする愛斗に、呆れていた方の女子が言った。
「菊川先輩ってモテるでしょ? だからそれっぽい噂が後を絶たないの」
「そうそう、いちいち信じてたらキリないよぉ?」
「保健室に女子を連れ込んでたとか、学校帰りに他校の生徒とホテル通いしてるとか」
「でも、実際に見たって人は誰もいないんだよね。適当なウソばっかり!」
二人はまるで我が事のように不快感を露わにしていた。
彼女たちも喜逸のファンなのだろう。どうせ先輩と付き合いたい誰かがデマを流してるんだとか、妬んでいる男子が適当なことを言いふらしてるんだとか。
それらを早口でまくし立てられて、愛斗はただポカンとすることしかできなかった。
「あっ、でも最近、お昼休みに屋上デートしてるって噂じゃん!?」
「ウソぉ!? 誰と!? 絶対やだ! 信じないから!」
相手はボクだよと、愛斗は言いだすことができなかった。そんなことを言ったら、余計な恨みを買いそうでちょっと──いや、かなり怖い。
「とにかく、そんな特徴の子はうちらの学年にいないよ。他と間違えてるんじゃない?」
「ねぇねぇそれよりさー、君って菊川先輩が可愛がってる子だよねー?」
「それアタシもさっきから気になってたのー!」
二人がワッと色めきだった。興味津々といった様子が瞳に浮かび、愛斗はつい腰が引けてしまう。喜逸はやっぱりモテモテだ。
改めて実感しながらも、今はのんびり話している時間もない。
「あ、あの、ありがとです! いろいろ教えてくれて! じゃあ、ボクもう戻ります!」
愛斗は適当なところで、一旦その場を去ることにした。
「またおいでね~」
手を振りながら去っていく可愛い一年生に、二人の先輩たちはほっこりとした笑顔を浮かべて手を振り返してくれた。
ズタズタの革靴は捨ててしまったので、今日は運動靴で登校するしかなかった。
母には友達と靴を飛ばして遊んでいたら、両方ともどこかにいってしまったと言って、なんとか誤魔化した。
昨夜もほとんど眠れず、体調は正直あまりよろしくない。
だけどとてもじゃないが、じっとしていられそうになかったのだ。
喜逸は愛斗の問いを否定しなかったが、肯定もしなかった。結局、肝心なことはなにも答えてくれなかった。
そのくせ、彼は傷ついていた。
それだけは分かる。愛斗が喜逸を疑ったから。信じることができなかったから。
だからつい罪悪感に駆られそうになったけど、はっきり答えてくれない喜逸だって悪いと思う。自慢じゃないが愛斗は空気が読めないし、人よりずっとニブいのだ。
喜逸のように一を聞いて十を知るような察しのよさなど、持ち合わせていないのだから。
(ボクだって信じたいよ。だけどできなかった。だってボク、本当は喜逸のことなにも分かってなかったんだもん)
ただ優しくしてくれるから。あのとき救ってくれたから。小さな頃から一緒にいるから。
まるで雛鳥の刷り込みだ。それだけですべて知った気になって、本当はなにも知ろうとしていなかった。彼自身を、ちゃんと見ようとしていなかった。
だからまるで別人のような喜逸を受け入れられずに、拒んでしまった。
だけど、あれも確かに喜逸なのだ。あるいは、あれこそが彼の素顔なのかもしれない。
(喜逸のこと信じたい。そのために、君のことが知りたいよ)
オレがどうにかすると、彼は言った。だけどそれじゃあ結局なにも変わらないし、分からないままだ。愛斗は喜逸を信じきれずに、噂話をただ鵜呑みにしてしまったけれど。
今度は自分の目で見て、聞いて、事実かどうかを確かめるべきだと思った。
もしかしたら、もう今までのような関係には戻れないかもしれない。
だけど喜逸とちゃんと向き合うためには、それが最も重要な気がしたから。
そのためにも、まずはあの白いリボンの女と直接会って、話がしたい。
喜逸に頼ってばかりじゃなく、自分だけの力で解決するためにも。
*
朝のHRが始まるまでの時間を利用して、愛斗は二年生の教室をしらみつぶしにあたってみることにした。
ピンクブラウンの長い髪に、白いリボン。右目元の泣きぼくろと、喜逸と付き合っているらしいという噂の、二年生の彼女。
おそらくすぐに特定できるだろうと踏んでいた。運がよければその場で対面することだって可能だろうと。
しかし──。
「え?」
3クラスあるうちの二年生の教室のひとつで、愛斗は目をまん丸に見開いた。
突然やってきた一年生の質問に答えてくれたのは、二人の女子生徒だった。
彼女たちは口を揃えて、そんな生徒は知らないと言う。
「泣きぼくろって目立つじゃん。でも同じ二年でそんな子、見たことないよ」
「リボンつけてる子もいないよねぇ? 人違いじゃない?」
「そ、そんなはずないです。それに有名なんでしょ? 喜逸の──じゃなくて、菊川先輩の彼女で、妊娠もしてて……」
愛斗の言葉に、先輩女子の片方が呆れたように「またぁ?」と言った。もう一人もウンザリしたような息を漏らしている。
きょとんとする愛斗に、呆れていた方の女子が言った。
「菊川先輩ってモテるでしょ? だからそれっぽい噂が後を絶たないの」
「そうそう、いちいち信じてたらキリないよぉ?」
「保健室に女子を連れ込んでたとか、学校帰りに他校の生徒とホテル通いしてるとか」
「でも、実際に見たって人は誰もいないんだよね。適当なウソばっかり!」
二人はまるで我が事のように不快感を露わにしていた。
彼女たちも喜逸のファンなのだろう。どうせ先輩と付き合いたい誰かがデマを流してるんだとか、妬んでいる男子が適当なことを言いふらしてるんだとか。
それらを早口でまくし立てられて、愛斗はただポカンとすることしかできなかった。
「あっ、でも最近、お昼休みに屋上デートしてるって噂じゃん!?」
「ウソぉ!? 誰と!? 絶対やだ! 信じないから!」
相手はボクだよと、愛斗は言いだすことができなかった。そんなことを言ったら、余計な恨みを買いそうでちょっと──いや、かなり怖い。
「とにかく、そんな特徴の子はうちらの学年にいないよ。他と間違えてるんじゃない?」
「ねぇねぇそれよりさー、君って菊川先輩が可愛がってる子だよねー?」
「それアタシもさっきから気になってたのー!」
二人がワッと色めきだった。興味津々といった様子が瞳に浮かび、愛斗はつい腰が引けてしまう。喜逸はやっぱりモテモテだ。
改めて実感しながらも、今はのんびり話している時間もない。
「あ、あの、ありがとです! いろいろ教えてくれて! じゃあ、ボクもう戻ります!」
愛斗は適当なところで、一旦その場を去ることにした。
「またおいでね~」
手を振りながら去っていく可愛い一年生に、二人の先輩たちはほっこりとした笑顔を浮かべて手を振り返してくれた。
