ボニー・バタフライ・エフェクト

「好きな子がいたなんて、ボクはぜんぜん知らなかった! 付き合ってる子がいたのに、それなのにボクと結婚するだなんて……なんでそんなこと言えるんだよ!?」

 自分たちは結婚なんかできないのに。彼だってそれを分かっているはずなのに。どうしてこれほどまでに執着するんだろう。

 怖かった。喜逸の顔をした、喜逸じゃない誰か。
 愛斗が知っているのは、ときどきちょっぴり意地悪な、いつも優しい彼だけだ。

 だけどその喜逸が、なにも言ってくれなかった。知らないところで女の子と付き合っていた。そのくせ愛斗には隠し事をするなと言う。そんなの、あまりにも勝手すぎる。

「オレのことが信じられない?」

 喜逸の声は平坦だった。だけどとても悲しそうに聞こえた気がして、愛斗は喉を詰まらせた。

「……いいよ、それでも」

 立ち尽くしていた喜逸は、短く言うと背を向ける。

「今夜は早くおやすみ。明日の朝は来ないから。しんどかったら無理しないで、学校も休んだほうがいい」

 よく知る穏やかな声でそう言って、彼は部屋を出ていこうとした。ドアノブに手をかけ、それからふと足を止める。

「WからKへ」
「え……?」
「愛斗、その手紙は縦読みだ。ちょっとひねくれてるけどね」
「たてよみ?」
「上から下じゃなく、下から上に向かって、頭文字だけを読んでごらん」

 喜逸はそう言い残し、今度こそ部屋を出ていった。
 ひとり残された愛斗は、指先ひとつ動かせないまま呆然とする。

 結局なにも聞けなかった。喜逸を信じることが、できなかった。

 どうすればいいのか、ますます分からなくなっている。
 澱んだ胸の内側が決壊して、糸が切れたようにポロポロと涙がこぼれた。

 それを乱暴に拭うと、ベッドから抜け出して明かりをつける。部屋の中が光で満ちても、胸の中は暗く沈んだままだった。

 愛斗は手の中でクシャクシャになっていた手紙へと目を向けた。それをゆっくりと開いていく。初めにもらったほうの手紙だ。

 あのときは、自分には関係のないことだと思っていたのに。

「いつだって、私は貴方だけを、見つめているのに……」

 愛斗は無意識に、ぽつりぽつりと声に出して手紙を読み上げていた。
 最後まで読んでみてから、喜逸に言われた通り下から上に向かって頭文字を目で追ってみる。そして全身に鳥肌が立つ。

――面白いことをする女だな。

 喜逸は、見た瞬間に気づいていたのだ。

 気づいて、嘲笑っていた。まるで他人事のように。
 およそ彼らしくない、侮蔑を含んだ物言いで。付き合っていた相手に対する言葉とは、とても思えない冷たい声で。















 Wから菊川喜逸へ。そして栗坂愛斗へ──。

 それは喜逸へのラブレターであり、同時に愛斗への悪意のメッセージでもあったのだ。