愛斗にはもう、何にショックを受けているのかが分からなくなっていた。
喜逸には付き合っている人がいた。他にも、いろんな相手と遊んでいるなんて噂まで。
愛斗はなにも知らなくて、そんな愛斗のことを、喜逸はどんな気持ちでいつもからかっていたのだろう。
悲しかった。心の中がぐちゃぐちゃだった。なにも考えられなくなっている。
「だ、大丈夫?」
遠慮がちに、メガネくんが愛斗の肩に手を置いた。愛斗がノロノロと顔をあげると、彼はまた顔を真っ赤にしながら息をのみ、パッと手を離してしまう。
「……うん、平気。それより、メガネくんはどうしてそんなに心配してくれるの?」
「め、メガネくん? 僕のこと?」
「そう、君のこと」
他に意識を逸らしたくて、愛斗はずっと不思議に思っていたことを問いかけてみた。
見られていたことには気づいていたが、まさか家にまでついて来ていたなんて知らなかった。一体なにが目的で、そんなことをしていたのだろう。
彼は赤い頬で口をもごもごとさせていたが、やがて意を決したように愛斗を見た。
「ぼ、僕さ、隣のクラスなんだ。あんまり身体が丈夫じゃなくて、学校は休みがちなんだけど……一度だけ、体育の授業で一緒になったことがあるんだ。覚えてる?」
「知らない。まともに顔を見たのも、今日が初めてだよ」
「そ、そっか、そうだよね……存在感ないんだよね、僕って……」
ガックリと肩を落とした拍子に、眼鏡がズレる。悪いことを言ってしまったかなと思ったが、事実なのだから仕方ない。
「そ、その……入学式の日に初めて見たときから、栗坂くんのこと……いいなって、思ってて……」
「ふぅん?」
「だからその、ちょっとだけ分かるんだ。あの先輩の気持ち。菊川先輩のこと、羨ましいなって……あっ、でも、なにか酷いことしようとか、そんなことは思ってなくて、ただ……」
「ただ?」
ごくり。メガネくんの喉が鳴る。彼は愛斗から一歩退き、勢いよく頭を下げると、右手をずいっと差し出してきた。
「す、好きです! 僕と、付き合ってください!!」
愛斗はきょとんとしながら、差し出された掌を見た。面食らいながらも、ふと疑問が浮かぶ。
「それってさ、僕のお嫁さんになりたいっていう意味の好き?」
「へ? いや、なりたいっていうより、したいっていうか……でも、うん。そういう意味で、合ってます」
「ドキドキしたり、恥ずかしいって気持ちになったりする?」
差し出した手はそのままに、メガネくんが下げていた頭をあげる。頬は赤いままだ。彼は恥ずかしそうにはにかみながら、うなずいた。
「気持ち悪いよね、男にこんなこと言われても。でも、初めて見たときから好きなんだ。笑顔がすごく眩しくて、綺麗で……初恋、なんだ」
「初恋……」
確かめるようになぞった二文字に、愛斗はずっとモヤモヤと心の中に留まり続けていた疑問の答えを、見つけた気がした。
喜逸といると胸がドキドキして、恥ずかしいような気持ちになることがあった。
彼が他の女の子といると嫌な気持ちになって、できもしない『結婚』の話をされると、悲しくなった。喜逸にとっては、ただのからかいのネタでしかないことに。
その感情はここのところ大きく膨らむばかりで、愛斗にはどうしてこんな気持ちになってしまうのかが、ちっとも分かっていなかったけど。
(これが恋なんだ。ボクは喜逸に、恋してたんだ……)
ただの幼馴染。歳の近い、兄弟みたいな関係。それはあくまで下敷きでしかなかった。
いつしか愛斗は、喜逸に恋愛感情を抱くようになっていたのだ。そのことに、今になってやっと気づいた。
愛斗は差し出されたままの掌をじっと見る。よく知らない人の手だ。
喜逸の手はもっと大きくて、白くて、綺麗で、とても指が長い。
「ごめん。君とは付き合えないよ」
愛斗が取りたい手はこれじゃない。喜逸だったらよかったのにと、そう思うと泣きたくなる。愛斗の初恋は、気づいた瞬間、終わってしまった。
そっかと言って、メガネくんは手を下ろす。
「ありがとう。伝えられただけで、スッキリした」
彼の笑顔はとても晴れやかで、そして清々しいものだった。
喜逸には付き合っている人がいた。他にも、いろんな相手と遊んでいるなんて噂まで。
愛斗はなにも知らなくて、そんな愛斗のことを、喜逸はどんな気持ちでいつもからかっていたのだろう。
悲しかった。心の中がぐちゃぐちゃだった。なにも考えられなくなっている。
「だ、大丈夫?」
遠慮がちに、メガネくんが愛斗の肩に手を置いた。愛斗がノロノロと顔をあげると、彼はまた顔を真っ赤にしながら息をのみ、パッと手を離してしまう。
「……うん、平気。それより、メガネくんはどうしてそんなに心配してくれるの?」
「め、メガネくん? 僕のこと?」
「そう、君のこと」
他に意識を逸らしたくて、愛斗はずっと不思議に思っていたことを問いかけてみた。
見られていたことには気づいていたが、まさか家にまでついて来ていたなんて知らなかった。一体なにが目的で、そんなことをしていたのだろう。
彼は赤い頬で口をもごもごとさせていたが、やがて意を決したように愛斗を見た。
「ぼ、僕さ、隣のクラスなんだ。あんまり身体が丈夫じゃなくて、学校は休みがちなんだけど……一度だけ、体育の授業で一緒になったことがあるんだ。覚えてる?」
「知らない。まともに顔を見たのも、今日が初めてだよ」
「そ、そっか、そうだよね……存在感ないんだよね、僕って……」
ガックリと肩を落とした拍子に、眼鏡がズレる。悪いことを言ってしまったかなと思ったが、事実なのだから仕方ない。
「そ、その……入学式の日に初めて見たときから、栗坂くんのこと……いいなって、思ってて……」
「ふぅん?」
「だからその、ちょっとだけ分かるんだ。あの先輩の気持ち。菊川先輩のこと、羨ましいなって……あっ、でも、なにか酷いことしようとか、そんなことは思ってなくて、ただ……」
「ただ?」
ごくり。メガネくんの喉が鳴る。彼は愛斗から一歩退き、勢いよく頭を下げると、右手をずいっと差し出してきた。
「す、好きです! 僕と、付き合ってください!!」
愛斗はきょとんとしながら、差し出された掌を見た。面食らいながらも、ふと疑問が浮かぶ。
「それってさ、僕のお嫁さんになりたいっていう意味の好き?」
「へ? いや、なりたいっていうより、したいっていうか……でも、うん。そういう意味で、合ってます」
「ドキドキしたり、恥ずかしいって気持ちになったりする?」
差し出した手はそのままに、メガネくんが下げていた頭をあげる。頬は赤いままだ。彼は恥ずかしそうにはにかみながら、うなずいた。
「気持ち悪いよね、男にこんなこと言われても。でも、初めて見たときから好きなんだ。笑顔がすごく眩しくて、綺麗で……初恋、なんだ」
「初恋……」
確かめるようになぞった二文字に、愛斗はずっとモヤモヤと心の中に留まり続けていた疑問の答えを、見つけた気がした。
喜逸といると胸がドキドキして、恥ずかしいような気持ちになることがあった。
彼が他の女の子といると嫌な気持ちになって、できもしない『結婚』の話をされると、悲しくなった。喜逸にとっては、ただのからかいのネタでしかないことに。
その感情はここのところ大きく膨らむばかりで、愛斗にはどうしてこんな気持ちになってしまうのかが、ちっとも分かっていなかったけど。
(これが恋なんだ。ボクは喜逸に、恋してたんだ……)
ただの幼馴染。歳の近い、兄弟みたいな関係。それはあくまで下敷きでしかなかった。
いつしか愛斗は、喜逸に恋愛感情を抱くようになっていたのだ。そのことに、今になってやっと気づいた。
愛斗は差し出されたままの掌をじっと見る。よく知らない人の手だ。
喜逸の手はもっと大きくて、白くて、綺麗で、とても指が長い。
「ごめん。君とは付き合えないよ」
愛斗が取りたい手はこれじゃない。喜逸だったらよかったのにと、そう思うと泣きたくなる。愛斗の初恋は、気づいた瞬間、終わってしまった。
そっかと言って、メガネくんは手を下ろす。
「ありがとう。伝えられただけで、スッキリした」
彼の笑顔はとても晴れやかで、そして清々しいものだった。
