「あの女……多分、二年の先輩だと思う」
青ざめて足をすくませる愛斗に、メガネくんが遠慮がちな上目遣いをしながら言った。
「知ってるの!?」
「僕も噂で知ってるだけだから、ハッキリとは言えないけど」
「お願い! 知ってることは教えて!」
愛斗はメガネくんに駆け寄って、その肩に両手をやるとぎゅうと掴んだ。
間近に目が合った瞬間、彼はビクンと身を震わせながら顔を真っ赤にする。汗をかきながら口をまごまごとさせていたが、やがて喉を鳴らすとやっとのことで口を開いた。
「名前までは知らない。けど、白いリボンの女子の話は有名だよ。なんたって、あの菊川先輩の彼女だって話だし」
「……え?」
「妊娠、してるって噂だよ。そのせいか知らないけど、最近は学校に来てないみたいだ」
足元に向かって、さぁっと血が引いていくのを感じた。両手から力が抜けて、だらりと腕が垂れ下がる。
(喜逸とあの子が、付き合ってた……?)
――だって私のお腹には、貴方との子供が宿ってる。
「し、知らないの? だって君、いつも菊川先輩と一緒にいるのに……」
「……知らない」
「え、でも」
「知らない!!」
なにも知らない。知らされてない。彼女がいるなんてことも、ましてや子供ができたなんて。そんな話、なにも。
地面が崩れ落ちていくようだった。身じろぎひとつするだけで、真っ逆さまに落ちてしまいそうな。そんな場所に、立たされているような気がする。
そんなのありえないなんて、否定できるだけの材料は一つもなかった。
去年まで愛斗は中学生だったし、喜逸がどんな高校生活を送っていたかなんて分からない。
朝には迎えに来てくれて、中学校まで送ってくれて、帰りはタイミングが合えばどこかで落ち合い、一緒に帰る。そんな日常が当たり前だった。
愛斗は喜逸のことを、本当はなにも知らないのだ。
「ご、ごめん、あ、あの、その……」
ショックを受けている愛斗を見て、メガネくんが焦ったような声をだす。
まごつく彼に、愛斗は力なく視線を向けると「怒鳴ってごめん」と謝った。
「教えてくれて、ありがと」
「ま、待って」
おぼつかない足取りで背を向けようとした愛斗を、メガネくんが引き止める。
「……なに?」
「あの先輩、君のこと付け回してたの……気づいてた?」
「え……?」
「僕が言うのも変な話だけど、君のことストーカーしてたから知ってるんだ。手紙ももらってただろ?」
なにも言えない愛斗におずおずと上目遣いを向けながら、彼は「余計なお節介かもしれないけど」とさらに続けた。
「菊川先輩とは、もう一緒にいないほうがいいと思う」
無意識に、肩が震えた。
愛斗は下唇を噛み締めて、視線だけを地面にうつむけた。
「ほら、先輩ってモテるだろ? 他にもけっこう聞くんだ。女の子をとっかえひっかえして遊んでるって噂……だから、色んな人から恨みを買っててもおかしくないよ」
「……」
「だから君だって目をつけられたんだと思う。その、言いにくいけどさ……ベッタリだろ? 君らって」
――基本ベッタリなんだからさ。
早苗にも、同じことを言われたっけ。
「なんていうか、勘違いされてもおかしくない距離感っていうか……。だから、その、一緒にいるのをやめれば、これ以上は狙われる心配もないかもしれない」
「……それは、ボクが刺されて死ぬかもしれないってこと?」
愛斗の言葉に、男子生徒が声を詰まらせる。
消えてしまえ──と、真っ赤な文字で一言だけ書かれていた綺麗な便箋。
欲しいもののためなら、人を傷つけることも厭わない。そんなことができる人間が、今この瞬間もその刃の切っ先を愛斗に向けている。
(ぼくが喜逸を独り占めしてたから……ボクのことが、邪魔なんだ……)
青ざめて足をすくませる愛斗に、メガネくんが遠慮がちな上目遣いをしながら言った。
「知ってるの!?」
「僕も噂で知ってるだけだから、ハッキリとは言えないけど」
「お願い! 知ってることは教えて!」
愛斗はメガネくんに駆け寄って、その肩に両手をやるとぎゅうと掴んだ。
間近に目が合った瞬間、彼はビクンと身を震わせながら顔を真っ赤にする。汗をかきながら口をまごまごとさせていたが、やがて喉を鳴らすとやっとのことで口を開いた。
「名前までは知らない。けど、白いリボンの女子の話は有名だよ。なんたって、あの菊川先輩の彼女だって話だし」
「……え?」
「妊娠、してるって噂だよ。そのせいか知らないけど、最近は学校に来てないみたいだ」
足元に向かって、さぁっと血が引いていくのを感じた。両手から力が抜けて、だらりと腕が垂れ下がる。
(喜逸とあの子が、付き合ってた……?)
――だって私のお腹には、貴方との子供が宿ってる。
「し、知らないの? だって君、いつも菊川先輩と一緒にいるのに……」
「……知らない」
「え、でも」
「知らない!!」
なにも知らない。知らされてない。彼女がいるなんてことも、ましてや子供ができたなんて。そんな話、なにも。
地面が崩れ落ちていくようだった。身じろぎひとつするだけで、真っ逆さまに落ちてしまいそうな。そんな場所に、立たされているような気がする。
そんなのありえないなんて、否定できるだけの材料は一つもなかった。
去年まで愛斗は中学生だったし、喜逸がどんな高校生活を送っていたかなんて分からない。
朝には迎えに来てくれて、中学校まで送ってくれて、帰りはタイミングが合えばどこかで落ち合い、一緒に帰る。そんな日常が当たり前だった。
愛斗は喜逸のことを、本当はなにも知らないのだ。
「ご、ごめん、あ、あの、その……」
ショックを受けている愛斗を見て、メガネくんが焦ったような声をだす。
まごつく彼に、愛斗は力なく視線を向けると「怒鳴ってごめん」と謝った。
「教えてくれて、ありがと」
「ま、待って」
おぼつかない足取りで背を向けようとした愛斗を、メガネくんが引き止める。
「……なに?」
「あの先輩、君のこと付け回してたの……気づいてた?」
「え……?」
「僕が言うのも変な話だけど、君のことストーカーしてたから知ってるんだ。手紙ももらってただろ?」
なにも言えない愛斗におずおずと上目遣いを向けながら、彼は「余計なお節介かもしれないけど」とさらに続けた。
「菊川先輩とは、もう一緒にいないほうがいいと思う」
無意識に、肩が震えた。
愛斗は下唇を噛み締めて、視線だけを地面にうつむけた。
「ほら、先輩ってモテるだろ? 他にもけっこう聞くんだ。女の子をとっかえひっかえして遊んでるって噂……だから、色んな人から恨みを買っててもおかしくないよ」
「……」
「だから君だって目をつけられたんだと思う。その、言いにくいけどさ……ベッタリだろ? 君らって」
――基本ベッタリなんだからさ。
早苗にも、同じことを言われたっけ。
「なんていうか、勘違いされてもおかしくない距離感っていうか……。だから、その、一緒にいるのをやめれば、これ以上は狙われる心配もないかもしれない」
「……それは、ボクが刺されて死ぬかもしれないってこと?」
愛斗の言葉に、男子生徒が声を詰まらせる。
消えてしまえ──と、真っ赤な文字で一言だけ書かれていた綺麗な便箋。
欲しいもののためなら、人を傷つけることも厭わない。そんなことができる人間が、今この瞬間もその刃の切っ先を愛斗に向けている。
(ぼくが喜逸を独り占めしてたから……ボクのことが、邪魔なんだ……)
