今夜、カーテンの中で

東条祭まであと5日(月曜日)

 土日は、塾の補習に一日費やした。母親からは「平日だって遅くまで遊んでるわけじゃないんだから、そんなに根を詰めなくても」と言われたが、俺がそうしたかった。
 平日は東条祭の準備のおかげで、沢野のことを忘れられる。しかし、土日に何か没頭できるものがないと、どうしても思い出してしまう。塾で勉強のことだけを考えられる時間はありがたかった。
 
 この日は朝から、吉川が慌ただしかった。休み時間になるたび、色々なクラスメイトに声をかけていた。
 そして昼休み、廊下で二人の女子生徒に頭を下げる吉川を見かける。頭を下げた吉川を困惑した顔で見た二人は、吉川の肩に手を置いて何か言った後、足早にその場を去った。
(また揉め事か?)
 俺は不安になって、走り去った二人の後ろ姿を見る吉川に声をかける。
「何かあった?」
 吉川が俺を見て、バツが悪そうに眉をハの字にして笑う。
「いや、むしろ好調」

「はたから見てて、好調とは思えなかったけど」
 吉川は廊下の壁に背をもたれさせて腕を組んだ。俺も隣に立つ。
「田中ちゃんの件さ。最初はジュリエット役を降りられたら困るし、普通に田中ちゃんって顔は地味だけど、パーツの形はいいし、肌は色白で綺麗だし、この子に私のメイクしたいって気持ちもあった。で、実際やってみたら予想以上に綺麗になって、彼女も自信持てて、ジュリエット役にもやる気になってくれて、丸く収まってよかったねーって思ってたんだけど。それと、もう一つ思ったことがあって」
 俺は話を聞く体勢でいたのだが、吉川が口ごもるので、「それで?」と促した。
「うーん、それで……今までの私って間違ってたのかなって」
 吉川は少し視線を落とした。
「田中ちゃんを綺麗にできたことも嬉しかったけど、それより、田中ちゃんに喜んでもらえて、自信持ってもらえたことの方が嬉しかったんだよね。自分のやったこととか、作ったものとか、それに自分が満足するっていうのも大事だけどさ、それよりも、それが誰かに喜んでもらえたり、人生をより良くするような出会いになることの方が、もっと大切なのかなって」
 吉川は廊下の窓の外を見る。
「それで言ったら、今回の舞台セットや衣装ってさ、劇の一部でしかないわけ。その一部に対する私のこだわりより、すごい劇をやって、みんなに『すごかった!』『この劇を観られてよかった!』って言われる方が大事じゃん?
 だから、私のせいで喧嘩別れみたいになって、放課後来なくなった裏方のみんなに謝って、また来てもらおうと思って。セットや衣装はあるけど、やっぱり古いから直さないといけない部分もあるし、人手も欲しいから」
 ここ数日で吉川にも心境の変化があったということか。
 クラスメイトたちが、この二週間ほどでどんどん変わっていくのを見ていると、まるで何かの魔法をかけられているようだった。それくらい、東条祭というのはこの学校にとって特別なものなのかもしれない。
「黒崎、気持ちわるっ」

「何が?」

「なんかニヤニヤしてる」
 俺は口元を隠した。
「黒崎って最近、雰囲気変わったよね」

「そうかな?」

「なんか表情が柔らかくなったっていうか」

「それは褒め言葉?」

「いや、なんかふと見るとニヤニヤしてたりしてキモい」

「えっ!?」
 俺はそんなにニヤニヤしてるのか? 全く気づかなかった。
 口元を隠したままショックを受けて固まる俺を見て、吉川はぎゃははと笑う。
「でも、黒崎はキモいくらいがスキがあってちょうどいい。他が完璧すぎるから」
 そう言って、吉川は行ってしまった。
 俺もどうやら、東条祭の魔法にかかっていたようだ。