ライバルの俺らには知られてはいけない秘密があります



 予定がない休日は神城とデートを重ねていた。神城は俺の行きたい場所に出かけたいらしく、総合スポーツセンターに連れて行く。
「ほんと運動が好きだな……」
 表情は変わらないけどうんざりしているように聞こえる。違う場所のほうがよかったか。先週は寮でのおうちデートでスポーツ観戦をした。先々週は食べ歩きをしてからのんびりショッピングをした。違うところって何かあるっけ。
「カラオケ行く?」
「いや、いい」
「水族館か動物園?」
「そこに行きたいのか?」
「別に」
「じゃあ、いいや。何のスポーツする?」
 神城は逃げられないように俺の肩に手を回して、スポーツセンターの出入り口に向かって歩き出す。
「先に十周したほうが勝ちな」
 二人は陸上競技場に出てくる。卓球にバドミントンにテニスをした。今のところは俺の勝ち。かといっても、柄にもなく俺が最大限手加減しているけど。神城に「水泳以外は得意じゃないからちょっとは手加減しろ」と言われてすんなり従う俺はなんなんだ……。
「今度は走り込みか……。勝ち負けなしで走らないか?」
「嫌だ。勝負したい」
「はいはい」
 五周目あたりまでは並んで走っていた。そこから二回くらいは神城を追い抜いたのに、もうゴールしたみたいにトラックの端で(くつろ)いでいる。
「ズルするなよ。まだ十周してないだろ」
「走ってる白土を見てようと思ってさ、休んでたんだよ」
「勝負を放棄するのか?」
「そうだな。白土の勝ちでいいよ」
 水泳のときとは打って変わって勝負欲がない。全くもって張り合いがない。
「俺、あと一周だから走ってくる」
 身を翻しあと一周走ってこようとすると、神城が俺の腕を掴んで引き寄せる。バランスを崩し後ろに倒れて神城の足の間に座る。
「ここにいろ。たまにはこうやってぼーっと空を眺めてろ。のんびりするのも悪くないだろ?」
「どうだろ。まあ、悪くはないかも……」
 澄み渡る青空に飛行機雲が一直線にどこまでも伸びている。時間を気にせず、二人して空を見上げる。


 部活中、肩を動かす度に痛みが生じコーチと病院へ行く。完治一年の重症で目の前が真っ暗になる。一年のブランクは耐えられない。俺の夢はどうなるのだろう。コーチが励ましの言葉をかけてくれるけど、全く耳に入ってこなかった。
 コーチに寮まで付き添われて部屋に戻ってくると、心配して神城が駆け寄ってくる。
「どうだった?」
 神城は苦悶の表情を浮かべる俺を見て察したようだ。何も話したくなくてベッドに潜り込む。無言のまま神城は俺のそばにいてくれた。ショックで食事は喉を通らなかった。


 学校があるのに、布団にくるまり部屋から出る気も起きなかった。メッセージの着信音がしてアプリを開いてみると、部活仲間から励ましの言葉が送られていた。
『また一緒にプレーできるのを楽しみに待ってる。今は治療に専念してろよな』
『復帰するまで待ってます』
『ゆっくり休んで。無理だけはしないでね』
 ほかの部員やマネージャーからは連絡があったのに、神城からは励ましの言葉ひとつさえなかった。それが逆に今の俺にはよかった。心配してくれているだけなのに、捻くれた受け止め方をしてしまう。ライバルがひとり消えてこのままフェードアウトしてくれたっていいのにと思ってるとか、どんどんネガティブに嵌まって抜け出せない。
 神城が部屋に戻ってきて何かを勉強机に置く。
「ミルクティーを置いといたから喉が渇いたら飲めよ?」
 神城はそれだけ言ってまた部屋を出ていく。
 もし選手生命が終わったら、俺はこの先どうやって生きたらいい。まだ夢を叶えていない。理想の俺と現実の俺はあまりにも差があり過ぎて苦しむ。
 どんなに絶望のどん底にいてもお腹は空くし喉は渇く。ベッドから手を伸ばして神城が置いていったミルクティーを手に取る。ミルクティーの横にはシュークリームみたいなパンが置かれていて、貪るようにかぶりつきミルクティーで流し込む。
 部活を終えた神城が寮のご飯を手に持ち戻ってくる。なぜかトレーを二つ持っている。一つは俺の勉強机に置き、もう一つは神城自身の勉強机に置く。
「特別に許可もらった。部屋で食べていいってさ」
「なんで神城まで部屋で食べるんだよ……」
「食堂のおばちゃんがひとりだと寂しそうだから、俺も部屋で食べていいって」
 神城は怪我のことには一切触れてこなかった。今は触れてほしくない話題だったから、神城といるのは居心地がよかった。
 食べ終わって神城はトレーを下げてくれる。部屋に戻ってきた神城は俺のベッドに腰掛ける。
「明日はさ、授業は聞いてなくてもいいから出席すれば? ずっと部屋にいたら退屈だろ?」
「ほっとけよ」
「今週はデートやめとくか」
「なんで?」
 身を起こしてヘッドボードにもたれる。
「なんでって……、もしかして楽しみにしてくれてた?」
「そのほうが余計に悩まなくていい」
 神城とデートするのはささやかな楽しみになっていた。数か月前の俺に言っても、到底信じなかっただろうな。
「そっか。行きたいところあったら教えろ。俺も探しとく」
 神城の手を掴みスマホで探そうとするのを遮る。神城は俺が掴む手を見てから俺の目をじっと見つめる。
「探すな。神城の好きなアニメって何だったっけ……。おすすめのアニメでもいいから、それ見ながら過ごしたい」
 いつだって俺の喜ぶことばかりに付き合ってもらってたから、神城の好きなことを一緒にしてみたくなった。俺を一番に考えてくれる神城にもっと近づきたい。
「おすすめっていうか見れてないアニメでもいいか?」
「いい。どんなアニメ?」
「スポーツ系のアニメでさ、当初は見るつもりなかったんだ。けど、いつも人気ランキングに入ってるから気になってたんだよな。スポーツなら白土でも見れそうだろ?」
「俺に合わせてくれなくたっていいっつうの」
「白土が楽しそうじゃないと俺が嫌なんだよ。気になってるって言ったろ。見たくないアニメをわざわざ見ないって」
「あっ! 俺、午前中は病院だった。昼からでいい?」
「ああ、いいよ。キスしたくなった。していいか?」
「今のどこにスイッチが入ったんだよ……」
 神城は俺の手を優しく取り、手のひらに口づける。ものすごく大切にされているのが伝わってきて、胸の奥がじんわりと温かくなる。相変わらず唇を避けてキスしてくるけどいつかするのかな。そんな妄想をしながら無意識に唇を触る。
「認めてくれたっていいのにな」
「何を?」
「キスしても嫌がらないし、俺を好きになってるんじゃないのか?」
「それはねえよ! ライバルと恋には落ちないっての!」
 好きになったら俺の負けだ。まだ引き返せる。俺はライバルの神城を好きじゃない。それなのに、胸がときめくのが腹立たしい。


 午前中のリハビリを終えて寮に戻ってくる。俺のベッドで壁にもたれて神城とフィギュアスケートのアニメを見る。十話以上あるのを一気見してしまうほど面白くて、神城も隣で夢中になって見ていた。
「続編、放送されるかな?」
「人気あるし放送されるだろ。あのさ、水泳を辞めたりしないよな?」
 神城は俺の手にそっと手を重ねる。神城の手が震えていた。
「しない。夢を叶えないままだと後悔しそうだから。復帰できるようにリハビリを頑張る」
「なら、よかった。夢を語ってたインタビュー覚えてるか?」
 力がふっと抜けて優しく微笑む神城は俺の頭に手を回して肩にもたれかからせる。
「あれか。オリンピックで金メダルを獲ったら現役引退するって言ったっけ」
「白土なら二連覇とかを目指すと思ってた」
「それもいいけど潔く引退してコーチとして後輩を育成するのもありかなって」
 一回獲れたらいいんだ。金メダルを獲りたい奴はいっぱいいるのに、ずっと君臨してたくもないしな。欲にはキリがないからやめ時を決めて第二の人生を歩もうと考えているだけ。
「じゃあさ、夢を叶えたら俺のコーチになってよ」
 神城は俺の両手を取り、まるで告白のように真剣な眼差しを俺に向ける。
「……優秀なコーチに指導してもらえ」
「白土は優秀じゃないって?」
「そこまでは言ってないだろ!」
「早速、来週からビシバシ指導してくれたっていいからな?」
 なんでライバルの指導をしないといけない。もし神城が弟子入りしたらこいつが初弟子になるのか。まあ、悪くないかも。
「なんだよ。俺がいないと張り合いがなくて退屈でもしてるのか?」
「そうだよ。早く戻ってきてほしい」
 神城は寂しげに俯く。俺だってできるなら早く戻りたい。
「ちゃんと戻るから神城は神城で練習頑張れ」
 あまりに落ち込むものだから励ますように神城の背中を叩く。


 肩を怪我してからは部活を欠席していた。神城の様子が気になり部活に顔を出す。驚くマネージャーの隣に腰掛けて泳いでいる神城をじっと観察する。あと一本で神城の泳ぐ速度に合わせてプールサイドを歩き、プールのスタート台近くに立つ。手で壁をタッチして顔を上げた神城と目が合う。
「白土!?」
 神城は驚いて目を見開く。
「俺がいないとだめだな。常に隣にはライバルがいると思って泳げ」
「わかった。部活終わるまでいてくれるのか?」
「どうすっかな」
「最後まで見学してろよ」
 そこに飯篠と小黒が近づいてきて、俺が口を開く前に神城は泳いでいってしまう。
「見学に来たのか?」
「白土と神城のバトルはいつになったら見れるんだ。にしても、仲良さそうに何話してたんだ?」
「関係ないだろ」
 部活が終わるまで見学して神城と寮に戻る途中、待ち構えていた後輩の女子が話しかけてくる。インフルエンサーで肉食系女子の後輩は風に揺れる髪を耳にかける。
「神城先輩、少し話せますか?」
 告白だろう。残念だったな。神城が好きな奴は俺だ。
「俺は先に戻ってる」
「白土……」
 神城のほうを振り向かずさっさと立ち去る。
 俺が頑なに否定し続ければ、神城は離れていってしまうのだろうか。それは嫌だ。ずっと一緒にいたい。ライバルから恋人へと関係が変わるのが怖くて先に進めないでいた。腹を括るしかないんだろうな。
 神城が部屋に戻ってきて駆け寄り俺から神城にキスをする。神城の首に腕を回して唇が重なる。神城は不意打ちでキスされ驚きで目を見開いていた。
「そういうことだから」
 恥ずかしくて目を合わせられず視線を逸らす。
「ちゃんと言えよ。そういうことって何?」
 神城に顎をぐいっと持ち上げられて強制的に目が合う。
「言わなくたってわかるだろ」
「それでも聞きたい」
「好き。神城が好き。好きだ」
 わざと神城の耳元で囁く。神城の耳はみるみるうちに赤く染まる。片方だけ口角が上がり、してやったりと面白がる。
「っ……! 白土! わざとだろ?」
 神城は自分の耳たぶを触り照れている。無邪気に舌を少し出して揶揄う。
「俺の負けを認めるよ」
「まだ言ってたのか。恋愛は勝ち負けじゃない。白土は勝っても負けてもない」
 俺の腰を抱き寄せた神城は眉間にシワを寄せ困っている。
「負けた気分なんだよ!」
「そうかそうか」
 神城に頭をぽんぽんされて、包み込まれるように優しく抱きしめられる。心地良い体温に包まれて得も言われぬ安心感で満たされる。
 神城は俺を腕の中から解放して体を離す。
「神城は? 俺のことどう思ってんの?」
「言ってなかったか。ずっと白土が好きだった」
「もう一回言ってやろっか?」
 神城のネクタイを引っ張り顔を近づける。鼻先が触れ合ってくすぐったい。
「耳攻撃するつもりだろ。勘弁してくれ」
 俺の鼻を優しくつまみそう言ってからベッドに腰掛ける。
「遠慮すんなって」
 隣に座り神城の腕をつつくと、口の中に棒付きキャンディを咥えさせられる。すっかり手懐けられた感が半端ない。