「加茂っ!」
鋭いボールが飛んできた。俺は走りながらそれを受け、一目散にゴールを目指す。
標高の高い山々に囲まれた江場村は、冬は大量の積雪がある一方で、夏は熱がこもってひどく暑い。
この暑さは東京以上だ。遮るものがないせいか、日差しが余計に強く感じる。
ゴールには吉田寛太が立っていた。腰を低くして、両手を広げて待ち構えている。
ボールを奪おうと横から伸びてきた足を身をひねってかわし、ゴールに向かってシュートを放つ。ボールは吉田の体をすり抜けて、ゴールに吸い込まれていった。
「ナイシューっ!」
「ナイスっ!」
「やるじゃん」
みんなが俺の背中を叩いていく。
馨と仲直りした俺は、放課後はサッカーやバスケに誘われるようになった。こんなに大人数で遊ぶのは小学生以来で、まだ夢心地だ。
ボールを追いかけながら、チラリと校舎を見る。
3年生限定の学校だから、校舎の間取りは普通の学校とは違う。
この学校は3階建てで、1階と2階には調理室や化学室、図書室や美術室といった特別教室が並ぶ。1組から5組の教室は3階だ。
2階の美術室には人影があった。馨が男と向かい合っている。
男に……告白されているのか……
鼓動が早くなった。
「加茂っ」
馨に気を取られていて、ボールを取りこぼす。芦屋祐樹にボールを奪われた。サッカー強豪校で活躍していた彼がボールを運べば、1点は確実に入る。
「ごめんっ」
窓を見る。ふたりの姿は消えていた。
どうなったんだろう……
どうしようもなく気になって、試合が終わるなり、俺は「腹が痛い」と言って校舎へ向かった。
空いていた窓から中へ入る。そこは調理室で、香ばしい甘い香りが鼻腔をついた。
なんだろうと部屋を見回すと、オーブン前に女子が立っていた。
彼女は俺と目が合うとにっこり笑って、
「もうちょっとでクッキーできるけど、食べる?」
「クッキー?」
「うん。チョコチップクッキー。先生に欲しい材料を言うとね、週末に届けてくれるんだ」
「そうなの?」
この学校の設備は授業以外でも自由に使うことができるが、調理室も使って良いとは知らなかった。ましてや、欲しい材料が手に入るなんて。
「うん。まだあまり知られてないから、ここは私の貸切状態」
彼女は両手を広げた。
オーブンがピピピと鳴った。
「あ、できた」
彼女はオーブンを開けて、鉄板ごと焼きたてのクッキーを取り出した。
「うわっ、すごいっ! 大きいっ!」
調理台に置かれた鉄板には、手のひらサイズの大きなクッキーが10枚乗っていた。
「どうぞ」
「これ……いいの? 誰かにあげるんじゃないの?」
「食べきれなかったらカラスにあげるだけ。だからたくさん食べて」
「か、カラスっ!?」
「だって他に食べてくれる人、いないんだもん」
「だからってカラスにあげるのは……」
「だめ?」
「よくないと思う」
「どうして?」
意味がわからないというよりは、「あなたの意見を聞かせて?」というような聞き方だった。
「俺たち……一年しかいないだろ? 俺たちがいなくなった後、期待して待ってたら可哀想……じゃない?」
彼女は驚いたような顔で俺を見た。
「あなたって優しいんだね」
「そうかな?」
「うん。普通は『カラスだから』で終わるもん。野生の生き物だから、生命体が崩れるからって、それっぽく言う人もいるけど、結局は自分が気に入らないだけなの」
彼女はクッキーを一枚手に取って、パクッと食べた。
「あなたも食べて」
「……もらうね」
出来立ての熱いクッキーを手に取る。しっとりとした、甘いクッキーだった。
「おいしい……」
「ふふっ、よかった」
「お店出せるよ」
「そのつもり」
彼女はにっこり微笑んだ。
「私、パティシエになりたいんだ」
「おーい!」
窓の外から声がした。
「なあにが『腹が痛い』だっ! 女子とイチャイチャしやがって!」
芦屋祐樹だった。他のみんなも、ニヤニヤとこちらを見ていた。
鋭いボールが飛んできた。俺は走りながらそれを受け、一目散にゴールを目指す。
標高の高い山々に囲まれた江場村は、冬は大量の積雪がある一方で、夏は熱がこもってひどく暑い。
この暑さは東京以上だ。遮るものがないせいか、日差しが余計に強く感じる。
ゴールには吉田寛太が立っていた。腰を低くして、両手を広げて待ち構えている。
ボールを奪おうと横から伸びてきた足を身をひねってかわし、ゴールに向かってシュートを放つ。ボールは吉田の体をすり抜けて、ゴールに吸い込まれていった。
「ナイシューっ!」
「ナイスっ!」
「やるじゃん」
みんなが俺の背中を叩いていく。
馨と仲直りした俺は、放課後はサッカーやバスケに誘われるようになった。こんなに大人数で遊ぶのは小学生以来で、まだ夢心地だ。
ボールを追いかけながら、チラリと校舎を見る。
3年生限定の学校だから、校舎の間取りは普通の学校とは違う。
この学校は3階建てで、1階と2階には調理室や化学室、図書室や美術室といった特別教室が並ぶ。1組から5組の教室は3階だ。
2階の美術室には人影があった。馨が男と向かい合っている。
男に……告白されているのか……
鼓動が早くなった。
「加茂っ」
馨に気を取られていて、ボールを取りこぼす。芦屋祐樹にボールを奪われた。サッカー強豪校で活躍していた彼がボールを運べば、1点は確実に入る。
「ごめんっ」
窓を見る。ふたりの姿は消えていた。
どうなったんだろう……
どうしようもなく気になって、試合が終わるなり、俺は「腹が痛い」と言って校舎へ向かった。
空いていた窓から中へ入る。そこは調理室で、香ばしい甘い香りが鼻腔をついた。
なんだろうと部屋を見回すと、オーブン前に女子が立っていた。
彼女は俺と目が合うとにっこり笑って、
「もうちょっとでクッキーできるけど、食べる?」
「クッキー?」
「うん。チョコチップクッキー。先生に欲しい材料を言うとね、週末に届けてくれるんだ」
「そうなの?」
この学校の設備は授業以外でも自由に使うことができるが、調理室も使って良いとは知らなかった。ましてや、欲しい材料が手に入るなんて。
「うん。まだあまり知られてないから、ここは私の貸切状態」
彼女は両手を広げた。
オーブンがピピピと鳴った。
「あ、できた」
彼女はオーブンを開けて、鉄板ごと焼きたてのクッキーを取り出した。
「うわっ、すごいっ! 大きいっ!」
調理台に置かれた鉄板には、手のひらサイズの大きなクッキーが10枚乗っていた。
「どうぞ」
「これ……いいの? 誰かにあげるんじゃないの?」
「食べきれなかったらカラスにあげるだけ。だからたくさん食べて」
「か、カラスっ!?」
「だって他に食べてくれる人、いないんだもん」
「だからってカラスにあげるのは……」
「だめ?」
「よくないと思う」
「どうして?」
意味がわからないというよりは、「あなたの意見を聞かせて?」というような聞き方だった。
「俺たち……一年しかいないだろ? 俺たちがいなくなった後、期待して待ってたら可哀想……じゃない?」
彼女は驚いたような顔で俺を見た。
「あなたって優しいんだね」
「そうかな?」
「うん。普通は『カラスだから』で終わるもん。野生の生き物だから、生命体が崩れるからって、それっぽく言う人もいるけど、結局は自分が気に入らないだけなの」
彼女はクッキーを一枚手に取って、パクッと食べた。
「あなたも食べて」
「……もらうね」
出来立ての熱いクッキーを手に取る。しっとりとした、甘いクッキーだった。
「おいしい……」
「ふふっ、よかった」
「お店出せるよ」
「そのつもり」
彼女はにっこり微笑んだ。
「私、パティシエになりたいんだ」
「おーい!」
窓の外から声がした。
「なあにが『腹が痛い』だっ! 女子とイチャイチャしやがって!」
芦屋祐樹だった。他のみんなも、ニヤニヤとこちらを見ていた。


