桐谷と一緒に階段を駆け降り、1階にきた。
カン
正面玄関から発砲され、行きかけた足が止まった。
「桐谷っ! 加茂っ! こっちだっ!」
廊下の先、調理室から吉田寛太が「早くっ!」と手招きした。
それに誘われるように、桐谷が俺の手を引いて調理室へと走った。
「桐谷っ、俺はっ……」
「大丈夫だっ! お前の傷は返り血でわからないっ! ロボットのフリをしろっ!」
背後からは俺たちを狙った銃声が続く。
調理室にはロボットが集まっている。みんなで集まれば大丈夫と梶本は言った。本当にそうだろうか。
本当に、あそこは安全なんだろうか。
「早く早くっ!」
吉田が大きく手を振って、中に入るよう俺たちを促す。
「桐谷っ! 加茂っ! 急げっ! ここは安全だっ!」
梶本が調理室から顔を出した。
なら、芦屋は?
俺を殺そうとした芦屋は……?
本当に俺は、こっちでいいんだろうか。迷いながらも、銃声から少しでも遠ざかろうと、俺は走り続けた。
調理室まで、もう少し。
でもふと気になって、背後を振り返った。俺の体は吉田と梶本によって、今まさに調理室へと引き入れられようとしていた。
廊下の先、複数人の学生が、こちらにロアを向けていた。
「っ……」
その中に芦屋を見つけた。頭から血を流している。
芦屋は、やっぱり人間……
彼はロアを構えてはいなかった。代わりにサッカーボールを抱えている。
なんで……サッカーボールなんか……
「早くっ!」
調理室に引き入れられた瞬間、異臭が鼻腔をついた。
これは……
ハッとして調理台を見た。ガスの元栓が、全て開かれてた。
調理室には10人以上の学生が集まっていた。みんな、俺の顔の血を返り血だと思っているらしい。桐谷と一緒に入ってきた俺を、人間だと疑う者はいなかった。
「ここにいたらダメだっ!」
俺は声を張り上げた。
「え?」
「みんな早く出ろっ! ガスが充満してるっ!」
「ガス?」
「本当だっ! な、なんでっ!」
ボールを蹴る音に、廊下を振り返った。炎をまとったサッカーボールが、うまい具合にカーブを描いて、調理室に入ってきた。
ああ、そうか……
芦屋は、俺を人間だと見抜いていた。ロボットに嗅覚がないことにも気づいていた。ガスの臭いに気づかれたらまずいから、なんとしても俺を人間だと暴いて、調理室に近づけないようにしたかったのだ。
「加茂っ!」
みんなが窓へと逃げる中、桐谷が、俺の体に覆い被さった。
ドゥオオオオオン
空気を割るような爆音と、爆風。一瞬にして、視界が暗闇に包まれた。
ゴホゴホと咳き込む自分の声で目が覚めた。
「よかった、仁」
目を開けると、暗闇の中に馨がいた。
「っ……」
馨は、顔の半分が銀色だった。驚く俺に、馨は微笑んだ。
「怖がるんじゃねえよ」
「怖がってなんか……っ」
体を起こすと、背中にズキンと鋭い痛みが走った。
「動くなよ。お前、爆発に巻き込まれたんだから」
「爆発……」
ここが森の中だということに、ようやく気づいた。
木々の隙間に校舎が見えた。
1階から黒煙と炎がゴウゴウと立ち上り、校舎全体を覆い隠している。
「あそこから、俺を救い出してくれたのか?」
「ああ」
それで皮膚がただれたのか……?
グッと胸が詰まった。声にならない声が、喉の奥から押し出される。
「桐谷……はっ……?」
「先生」
馨は、先生に問いかけた。
「ロボットの数は?」
『1時、20、9分現在、ロボット、の、数は、2体、です』
「っ……」
たったの、2体……
じゃあ、あそこにいたみんなは逃げ遅れて、桐谷に守られた俺だけが生き残った……
「なあ、仁……」
馨は腕も皮膚がただれていた。彼の銀色の手が、俺の頬にそっと触れた。無機質な見た目に反して、その手は温かかった。
「お前、人間だったんだな」
「っ……」
「血が出てる」
「お、俺はっ……」
馨は苦しそうに目を細めた。
「人間だって言ったら、俺に殺されるとでも思ったのか?」
俺は激しく首を横に振った。
「俺は……」
ただ、馨と一緒にいたかった。敵だと認識されたくなかった。でもそれは、彼を信用できなかったということかもしれない……
「ごめん……俺っ……」
思い出す。まだ自分を人間だと思い込んでいた馨が、「俺、死ねるよ」と言ったこと。「仁のためなら死んでもいい」と言ったこと。
「俺はっ……俺はっ……死ぬ勇気がなかったんだ……」
はあっと大きく息を吸った。
「馨は……死ねるって言ってくれたのに……俺はっ……まだその覚悟が持てなくて……だからっ……」
彼と一緒にいるために、ロボットだと嘘をついた。死ぬ勇気がなかったから、そうするしかなかった。
「本当……バカだな……」
馨はそう言って、俺の頭をガシガシと撫でる。半分銀色の顔と、銀色の手。その笑顔と手が温かくて、優しくて、涙が出た。
「バカすぎて、本当可愛い」
「なんだよそ」
それ、と言おうとした唇を、馨に唇で封じられた。突然のことにびっくりして、心臓が止まるかと思った。唇の半分が硬かった。でも馨とキスしていることに変わりはなかった。
「俺が怖いか?」
俺の頭を撫でながら、馨は言った。
「……馨と別れることが怖い」
馨の目には涙が浮かんでいた。
「それ以外は怖くない」
「そっか」
また唇にキスされた。胸に多幸感が膨らんだ。彼の背中に両手を回す。破れた制服の下が硬かった。ロボットの体だ。彼がこうなった理由を思うと胸が苦しい。
幸せな現実逃避は長くは続かなかった。
ガサっと音がした。馨の反応は早かった。素早くロアを手に取って、腰を浮かせる。
暗闇に、ふたつの影が現れた。
ロボットは残り2体。ふたりで行動しているということは、人間だ。
「馨……俺が行くよ」
俺は立ち上がって、馨の前に出た。
大丈夫、この暗闇なら、馨をロボットとは認識できないはずだ。
「こっちにロボットは」
ロボットはいない、と言いかけた俺は、月明かりに照らされた芦屋祐樹の顔に、言葉を失った。
ふたりで行動していたわけじゃない。芦屋は死んでいた。喉から、銀色の棒が生えていた。
「あ…………っ……」
芦屋の喉から、銀色の棒が勢いよく引き抜かれ、俺はその背後に立つ佐久間蓮の姿を、はっきりと認識した。
銀色の棒が、俺の脳天に振り下ろされる。恐怖で俺は動けなかった。
「仁っ!」
馨に押し倒された。
「っ……」
カン
銃声がどちらのものかもわからない。
顔を上げた目の前で、佐久間は馨に馬乗りになっていた。銀色の棒を馨の胸に突き刺そうとしている。その距離は5センチもないように見えた。馨の銀色の両手が、それをかろうじて食い止めている。
俺は落ち葉ばかりの地面を両手で探った。手が、硬いロアの感触に当たって、急いで銃口を佐久間に向ける。
「いいのか」
落ち着いた声音で、佐久間が言った。
「俺は人間かもしれないぞ」
「っ……」
躊躇った次の瞬間、もの凄い速さで銀色の棒が俺の顔面に向かって伸びてきた。
「はっ……」
眼球を貫く直前で、棒が止まった。馨の銀色の手が、棒を握っていた。
「っ……はっ……はっ……」
「人間だったら躊躇うんだな。ロボットの命は人間に劣るか」
「ち、違うっ……」
「だったら死ね。ロボットに勝利を譲れ」
「っ……俺っ……」
俺、死ねるよ。
馨は言ってくれた。
仁のためなら死んでもいい。
生き残ったら、俺は一生後悔するんじゃないか。あの時、馨のために死ななかったことを。自分の命を選んだことを。
「俺……っ」
「何迷ってんだっ! これは人間が勝つべき試験だっ!」
馨が怒鳴った。佐久間の体に体当たりして、銀色の棒が佐久間の手から落下する。
佐久間よりも早く、馨が銀色の棒を掴んだ。佐久間の切り替えは速かった。ベルトに挟んでいたロアを取り出し、馨に向かって引き金を引く。
カン
「うあっ……」
銃弾は馨の手の甲に当たって、馨の手から銀色の棒が落下した。
「くそっ……」
銀色の棒に佐久間が手を伸ばす。
俺は、佐久間の頭を狙って、ロアの引き金を絞った。
カン
佐久間の耳が吹っ飛んだ。その一瞬、耳についたピアスが光って、彼がいつもピアスをつけていたことを思い出した。
馨が佐久間に飛びかかる。
「っ……」
銀色の棒が、佐久間の肩を貫いた。
「見ろっ……俺をっ……この不気味な顔をっ!」
馨は言って、銀色の棒を佐久間から引き抜いた。そして勢いよく、佐久間の胸に振り下ろす。けれどそれは、佐久間の両手によって寸前で阻まれた。
「こんな体でっ、本当に生きたいかっ!?」
「こんな……体?」
佐久間が薄く笑った。耳がもげ、内部の銀色が月明かりに光っている。
「こんなのバケモンじゃないかっ!」
馨の両目から涙が落ちた。
「バケモノ? ……違うな。俺たちは、アースの技術者が試行錯誤して辿り着いた叡智の結晶だ。人間なんて、まんこに精子ぶちこめば簡単にできるじゃないか」
その端正な顔から出た言葉とは思えなかった。
「俺には昔の記憶がある。絶対に忘れるもんか。あの女、やることやって俺のこと作っておきながら、お前なんていらねぇっつって、ポカポカ殴ってきやがった…………俺の扱い、あの家じゃ家電以下だった……」
佐久間の闇の深さに、馨が怯んだ。
「でも今は違う。今の俺には価値がある。家電以上の価値がっ……」
佐久間の胸に迫っていた銀色の棒が、佐久間の手に渡った。
「本当よくできてるよな。涙まで出るなんて」
佐久間は馨の肩に銀色の棒を突き刺し、長い足で、馨の体をロックした。体を回転させ、馨と上下が入れ替わる。
ロアのランプが、赤から緑に変わった。
狙いを定めている余裕はなかった。佐久間は馨の肩から銀色の棒を引き抜くと、馨の喉に向かって、勢いよく振り下ろした。
カン
カン
カン、カン、カン
複数の銃声。佐久間は馨の上から、ゴロンと地面に倒れた。
暗闇に、俺たちを囲うように、ロアの赤いランプが浮いていた。
「馨っ!」
俺は馨に飛びついた。大丈夫、銃弾は、馨には当たっていない。
でも馨はボロボロだった。あの爆発現場から俺を救い出した時すでに、彼の体は深く損傷していた。
「馨っ……」
「先生」
暗闇から、女の声がした。
「ロボットの数は?」
『1時、30、3分現在、ロボット、の、数は、1体、です』
先生の声に、胸が張り裂けそうになる。
「あとは、俺だけ……か」
馨が苦しげに言った。覆い隠すように、俺は彼を抱きしめた。
「馨……馨っ……俺が一緒だ。死ぬ時は俺も一緒だ!」
これなら怖くない。
そうか、俺は、1人で死ぬのが嫌だっただけだ。気づいたら、スッと胸が軽くなった。
「馨っ……俺、死ねるよ……馨と一緒ならっ……」
「どうする? 加茂も一緒にやるか?」
暗闇から、男の声がした。
「もうなんでもいいから終わらせてよっ! 何人死んだと思ってんのよっ!」
「もう終わるさ」
「ダメだ仁、お前は生きろ」
馨が言い、俺は首を横に振った。
「俺はたぶん、卒業試験の死亡者だ。調理室で、ロボットのみんなでそういう話になった」
「卒業試験の……死亡者……」
「仁、それが、どういうことかわかるか? お前が死んだら、お前もロボットにされるんだ。この体は呪いだよ。幽霊よりもタチの悪い呪いだよ。俺は、お前にロボットなんかになってほしくない。この体そっくりの作り物を用意されたくない」
馨はそう言って、俺の頬に手を添えた。
体の奥から怒りの感情が込み上げた。馨は卒業試験で誰かに殺された。その誰かは卒業して、この世のどこかに存在しているかもしれない。そう思っただけで叫び出したいほどの怒りに駆られた。
馨だけじゃない。桐谷や吉田や梶本……佐久間も……
俺たちを囲うロアのランプが、赤から緑に変わった。
瞬間、俺の体は馨によって突き飛ばされた。
カン
緑から赤に変わる。
カンカンカン
「馨っ……」
一体誰が。どんな奴が。
桐谷と馨が死んだ卒業試験を生き残ったんだろうか。
カン
正面玄関から発砲され、行きかけた足が止まった。
「桐谷っ! 加茂っ! こっちだっ!」
廊下の先、調理室から吉田寛太が「早くっ!」と手招きした。
それに誘われるように、桐谷が俺の手を引いて調理室へと走った。
「桐谷っ、俺はっ……」
「大丈夫だっ! お前の傷は返り血でわからないっ! ロボットのフリをしろっ!」
背後からは俺たちを狙った銃声が続く。
調理室にはロボットが集まっている。みんなで集まれば大丈夫と梶本は言った。本当にそうだろうか。
本当に、あそこは安全なんだろうか。
「早く早くっ!」
吉田が大きく手を振って、中に入るよう俺たちを促す。
「桐谷っ! 加茂っ! 急げっ! ここは安全だっ!」
梶本が調理室から顔を出した。
なら、芦屋は?
俺を殺そうとした芦屋は……?
本当に俺は、こっちでいいんだろうか。迷いながらも、銃声から少しでも遠ざかろうと、俺は走り続けた。
調理室まで、もう少し。
でもふと気になって、背後を振り返った。俺の体は吉田と梶本によって、今まさに調理室へと引き入れられようとしていた。
廊下の先、複数人の学生が、こちらにロアを向けていた。
「っ……」
その中に芦屋を見つけた。頭から血を流している。
芦屋は、やっぱり人間……
彼はロアを構えてはいなかった。代わりにサッカーボールを抱えている。
なんで……サッカーボールなんか……
「早くっ!」
調理室に引き入れられた瞬間、異臭が鼻腔をついた。
これは……
ハッとして調理台を見た。ガスの元栓が、全て開かれてた。
調理室には10人以上の学生が集まっていた。みんな、俺の顔の血を返り血だと思っているらしい。桐谷と一緒に入ってきた俺を、人間だと疑う者はいなかった。
「ここにいたらダメだっ!」
俺は声を張り上げた。
「え?」
「みんな早く出ろっ! ガスが充満してるっ!」
「ガス?」
「本当だっ! な、なんでっ!」
ボールを蹴る音に、廊下を振り返った。炎をまとったサッカーボールが、うまい具合にカーブを描いて、調理室に入ってきた。
ああ、そうか……
芦屋は、俺を人間だと見抜いていた。ロボットに嗅覚がないことにも気づいていた。ガスの臭いに気づかれたらまずいから、なんとしても俺を人間だと暴いて、調理室に近づけないようにしたかったのだ。
「加茂っ!」
みんなが窓へと逃げる中、桐谷が、俺の体に覆い被さった。
ドゥオオオオオン
空気を割るような爆音と、爆風。一瞬にして、視界が暗闇に包まれた。
ゴホゴホと咳き込む自分の声で目が覚めた。
「よかった、仁」
目を開けると、暗闇の中に馨がいた。
「っ……」
馨は、顔の半分が銀色だった。驚く俺に、馨は微笑んだ。
「怖がるんじゃねえよ」
「怖がってなんか……っ」
体を起こすと、背中にズキンと鋭い痛みが走った。
「動くなよ。お前、爆発に巻き込まれたんだから」
「爆発……」
ここが森の中だということに、ようやく気づいた。
木々の隙間に校舎が見えた。
1階から黒煙と炎がゴウゴウと立ち上り、校舎全体を覆い隠している。
「あそこから、俺を救い出してくれたのか?」
「ああ」
それで皮膚がただれたのか……?
グッと胸が詰まった。声にならない声が、喉の奥から押し出される。
「桐谷……はっ……?」
「先生」
馨は、先生に問いかけた。
「ロボットの数は?」
『1時、20、9分現在、ロボット、の、数は、2体、です』
「っ……」
たったの、2体……
じゃあ、あそこにいたみんなは逃げ遅れて、桐谷に守られた俺だけが生き残った……
「なあ、仁……」
馨は腕も皮膚がただれていた。彼の銀色の手が、俺の頬にそっと触れた。無機質な見た目に反して、その手は温かかった。
「お前、人間だったんだな」
「っ……」
「血が出てる」
「お、俺はっ……」
馨は苦しそうに目を細めた。
「人間だって言ったら、俺に殺されるとでも思ったのか?」
俺は激しく首を横に振った。
「俺は……」
ただ、馨と一緒にいたかった。敵だと認識されたくなかった。でもそれは、彼を信用できなかったということかもしれない……
「ごめん……俺っ……」
思い出す。まだ自分を人間だと思い込んでいた馨が、「俺、死ねるよ」と言ったこと。「仁のためなら死んでもいい」と言ったこと。
「俺はっ……俺はっ……死ぬ勇気がなかったんだ……」
はあっと大きく息を吸った。
「馨は……死ねるって言ってくれたのに……俺はっ……まだその覚悟が持てなくて……だからっ……」
彼と一緒にいるために、ロボットだと嘘をついた。死ぬ勇気がなかったから、そうするしかなかった。
「本当……バカだな……」
馨はそう言って、俺の頭をガシガシと撫でる。半分銀色の顔と、銀色の手。その笑顔と手が温かくて、優しくて、涙が出た。
「バカすぎて、本当可愛い」
「なんだよそ」
それ、と言おうとした唇を、馨に唇で封じられた。突然のことにびっくりして、心臓が止まるかと思った。唇の半分が硬かった。でも馨とキスしていることに変わりはなかった。
「俺が怖いか?」
俺の頭を撫でながら、馨は言った。
「……馨と別れることが怖い」
馨の目には涙が浮かんでいた。
「それ以外は怖くない」
「そっか」
また唇にキスされた。胸に多幸感が膨らんだ。彼の背中に両手を回す。破れた制服の下が硬かった。ロボットの体だ。彼がこうなった理由を思うと胸が苦しい。
幸せな現実逃避は長くは続かなかった。
ガサっと音がした。馨の反応は早かった。素早くロアを手に取って、腰を浮かせる。
暗闇に、ふたつの影が現れた。
ロボットは残り2体。ふたりで行動しているということは、人間だ。
「馨……俺が行くよ」
俺は立ち上がって、馨の前に出た。
大丈夫、この暗闇なら、馨をロボットとは認識できないはずだ。
「こっちにロボットは」
ロボットはいない、と言いかけた俺は、月明かりに照らされた芦屋祐樹の顔に、言葉を失った。
ふたりで行動していたわけじゃない。芦屋は死んでいた。喉から、銀色の棒が生えていた。
「あ…………っ……」
芦屋の喉から、銀色の棒が勢いよく引き抜かれ、俺はその背後に立つ佐久間蓮の姿を、はっきりと認識した。
銀色の棒が、俺の脳天に振り下ろされる。恐怖で俺は動けなかった。
「仁っ!」
馨に押し倒された。
「っ……」
カン
銃声がどちらのものかもわからない。
顔を上げた目の前で、佐久間は馨に馬乗りになっていた。銀色の棒を馨の胸に突き刺そうとしている。その距離は5センチもないように見えた。馨の銀色の両手が、それをかろうじて食い止めている。
俺は落ち葉ばかりの地面を両手で探った。手が、硬いロアの感触に当たって、急いで銃口を佐久間に向ける。
「いいのか」
落ち着いた声音で、佐久間が言った。
「俺は人間かもしれないぞ」
「っ……」
躊躇った次の瞬間、もの凄い速さで銀色の棒が俺の顔面に向かって伸びてきた。
「はっ……」
眼球を貫く直前で、棒が止まった。馨の銀色の手が、棒を握っていた。
「っ……はっ……はっ……」
「人間だったら躊躇うんだな。ロボットの命は人間に劣るか」
「ち、違うっ……」
「だったら死ね。ロボットに勝利を譲れ」
「っ……俺っ……」
俺、死ねるよ。
馨は言ってくれた。
仁のためなら死んでもいい。
生き残ったら、俺は一生後悔するんじゃないか。あの時、馨のために死ななかったことを。自分の命を選んだことを。
「俺……っ」
「何迷ってんだっ! これは人間が勝つべき試験だっ!」
馨が怒鳴った。佐久間の体に体当たりして、銀色の棒が佐久間の手から落下する。
佐久間よりも早く、馨が銀色の棒を掴んだ。佐久間の切り替えは速かった。ベルトに挟んでいたロアを取り出し、馨に向かって引き金を引く。
カン
「うあっ……」
銃弾は馨の手の甲に当たって、馨の手から銀色の棒が落下した。
「くそっ……」
銀色の棒に佐久間が手を伸ばす。
俺は、佐久間の頭を狙って、ロアの引き金を絞った。
カン
佐久間の耳が吹っ飛んだ。その一瞬、耳についたピアスが光って、彼がいつもピアスをつけていたことを思い出した。
馨が佐久間に飛びかかる。
「っ……」
銀色の棒が、佐久間の肩を貫いた。
「見ろっ……俺をっ……この不気味な顔をっ!」
馨は言って、銀色の棒を佐久間から引き抜いた。そして勢いよく、佐久間の胸に振り下ろす。けれどそれは、佐久間の両手によって寸前で阻まれた。
「こんな体でっ、本当に生きたいかっ!?」
「こんな……体?」
佐久間が薄く笑った。耳がもげ、内部の銀色が月明かりに光っている。
「こんなのバケモンじゃないかっ!」
馨の両目から涙が落ちた。
「バケモノ? ……違うな。俺たちは、アースの技術者が試行錯誤して辿り着いた叡智の結晶だ。人間なんて、まんこに精子ぶちこめば簡単にできるじゃないか」
その端正な顔から出た言葉とは思えなかった。
「俺には昔の記憶がある。絶対に忘れるもんか。あの女、やることやって俺のこと作っておきながら、お前なんていらねぇっつって、ポカポカ殴ってきやがった…………俺の扱い、あの家じゃ家電以下だった……」
佐久間の闇の深さに、馨が怯んだ。
「でも今は違う。今の俺には価値がある。家電以上の価値がっ……」
佐久間の胸に迫っていた銀色の棒が、佐久間の手に渡った。
「本当よくできてるよな。涙まで出るなんて」
佐久間は馨の肩に銀色の棒を突き刺し、長い足で、馨の体をロックした。体を回転させ、馨と上下が入れ替わる。
ロアのランプが、赤から緑に変わった。
狙いを定めている余裕はなかった。佐久間は馨の肩から銀色の棒を引き抜くと、馨の喉に向かって、勢いよく振り下ろした。
カン
カン
カン、カン、カン
複数の銃声。佐久間は馨の上から、ゴロンと地面に倒れた。
暗闇に、俺たちを囲うように、ロアの赤いランプが浮いていた。
「馨っ!」
俺は馨に飛びついた。大丈夫、銃弾は、馨には当たっていない。
でも馨はボロボロだった。あの爆発現場から俺を救い出した時すでに、彼の体は深く損傷していた。
「馨っ……」
「先生」
暗闇から、女の声がした。
「ロボットの数は?」
『1時、30、3分現在、ロボット、の、数は、1体、です』
先生の声に、胸が張り裂けそうになる。
「あとは、俺だけ……か」
馨が苦しげに言った。覆い隠すように、俺は彼を抱きしめた。
「馨……馨っ……俺が一緒だ。死ぬ時は俺も一緒だ!」
これなら怖くない。
そうか、俺は、1人で死ぬのが嫌だっただけだ。気づいたら、スッと胸が軽くなった。
「馨っ……俺、死ねるよ……馨と一緒ならっ……」
「どうする? 加茂も一緒にやるか?」
暗闇から、男の声がした。
「もうなんでもいいから終わらせてよっ! 何人死んだと思ってんのよっ!」
「もう終わるさ」
「ダメだ仁、お前は生きろ」
馨が言い、俺は首を横に振った。
「俺はたぶん、卒業試験の死亡者だ。調理室で、ロボットのみんなでそういう話になった」
「卒業試験の……死亡者……」
「仁、それが、どういうことかわかるか? お前が死んだら、お前もロボットにされるんだ。この体は呪いだよ。幽霊よりもタチの悪い呪いだよ。俺は、お前にロボットなんかになってほしくない。この体そっくりの作り物を用意されたくない」
馨はそう言って、俺の頬に手を添えた。
体の奥から怒りの感情が込み上げた。馨は卒業試験で誰かに殺された。その誰かは卒業して、この世のどこかに存在しているかもしれない。そう思っただけで叫び出したいほどの怒りに駆られた。
馨だけじゃない。桐谷や吉田や梶本……佐久間も……
俺たちを囲うロアのランプが、赤から緑に変わった。
瞬間、俺の体は馨によって突き飛ばされた。
カン
緑から赤に変わる。
カンカンカン
「馨っ……」
一体誰が。どんな奴が。
桐谷と馨が死んだ卒業試験を生き残ったんだろうか。


