きみに会うためのデスゲーム

 階段を駆け下りる中、踊り場に桜庭穂乃果が倒れていて、俺たちの足はぴたりと止まった。
「ひっ」
 踊り場には銀色のパーツが散らばっていて、それに足を取られた馨が足を滑らせた。床に腰をつく。
「たす……けて……」
 うつ伏せに倒れた桜庭穂乃果の背中には、5個の穴があった。
「お願い……助けて……」
 と彼女が言う。でも、どうしたらいいのかわからない。ボストンバッグにはガーゼや消毒液が入っていたが、ロボットを修理する部品は見当たらなかった。それにボストンバッグは屋上に置いてきてしまった。
「こ、このまま……ここにいたら、狙われる。その格好じゃ……」
 馨が、震える声で言い、俺を見上げた。
「調理室に……連れて行く。あそこなら安全だ」
 調理室にはロボットが集まっている。ロボットにとっては安全な場所のはずだ。
 ただ、芦屋の行動が引っかかる。芦屋は人間の可能性がある。でも彼の行動は全てロボットを勝利に導くものに思えた。俺を狙ったのも、俺を人間だと疑っているからだとしたら納得がいく。
 俺は行けない、と思った。
 調理室に行けば、必ず芦屋が来る。そして俺に向かって発砲する。少しでも掠ったら終わりだ。人間だとバレて殺される。味方だと訴えても、ロボットを偽っている時点で弁明は難しい。
 それに、俺は味方だろうか。
 踊り場には銀色のパーツが散らばっている。
 俺はまだ、彼らのために死ぬ覚悟がない……
「仁、お前は来るな。彼女は俺が連れて行く」
 馨が言って、うつ伏せに倒れる彼女の体を起こした。
「うん……」
 ここで馨と離れて、また会えるだろうか。
「どこか別の場所で落ち合おう」
「体育館は……どうかな?」
「校舎にいるよりは安全かもな。でも、危険だったらすぐに移動してくれ。体育館がダメだったら、グラウンド奥の森の中だ」
「わかった。待ってる」
「必ず行く」
 馨はそう言って、桜庭の腕を肩に回すと、慎重に階段を降りていった。
 俺は階段を上がった。ボストンバッグを手に入れたかった。ロボットが一階の調理室に集まっているなら、教室は安全なはずだ。
 3階へ引き返す。5組の教室は廊下の先だ。
 耳を澄ませる。校内からは銃声が聞こえた。でもこの階じゃない。この階に人の気配はしない。
 足早に廊下を進んで、5組の教室へ行く。
 カン
 5階の教室に入った瞬間、教室の前方から音がした。弾は俺には当たらず、壁に穴を開けた。
 俺の真正面、ベランダから、教室に入ろうとしていた桐谷嵐士と目が合った。
 弾は俺を狙ったものではなく、桐谷を狙ったものだった。
「南条?」
 桐谷が言った。
 教室の前方、座り込んで、こちらにロアを構えていたのは、南条みのりだった。肩からも、腹からも、足からも血を流していた。
「おいっ……大丈夫かっ」
 桐谷が駆け寄る。
「大丈夫に……見える?」
 南条が恨めしげに言った。
「どういうつもり……?」
 包帯を取り出した桐谷に、南条が怪訝に言う。
「こりゃ……痛いだろ。加茂、ここ押さえてやってくれ」
「……」 
 桐谷はロボットだ。それなのに……
「早く!」
「あ、ああ……」
 桐谷の指示に従って、俺は南条の腹部を包帯で押さえた。血がドクドクと溢れてくる。彼女の下には大きな血溜まりができていた。
「そういうの……良いから……死んでよっ」
 南条は振り絞るように言った。
「あんたたちが死ねば終わるんだよっ!」
「あんまり声出すな。苦しいだろ」
 桐谷があやすように優しい声音で言った。俺はさりげなく、南条の手からロアを遠ざけた。この女は、手当て中でも、平気で発砲すると思った。
「心配しなくても、俺たちは人間を勝たせる」
 俺は驚いて、思わず桐谷に聞いた。
「人間を勝たせる?」
「人間が勝つ以外にないだろ、こんなの」
「でも……」
「俺はロボットだって言うんだろ。この試験は、ロボットと人間の殺し合いだって言うんだろ。まったく反吐が出るね。こんなこと考える運営には」
 桐谷は苛立たしげに言って、包帯を南条の腹部に巻きつける。その手つきが柔らかかった。
「だったら死ねよ」
 手当を受けながら、南条が低い声で言った。
「俺たち、自分がロボットだって、今日知ったんだぜ? もう少し時間をくれよ」
「うるさいっ……うるさいっ……」
 南条はブンブンと首を振った。
「気持ち悪いんだよっ! ロボットが喋んなっ!」
 なんだ、この女。
「試験が長引けばそれだけ死人が増えるんだよっ! さっさと死ねよっ! 死ねっ!」
 南条の口から血が溢れた。
「桐谷」
 もう、この女は助からない。
「桐谷」
 なのに桐谷は手を止めない。
「ロボットのくせに……」
 カン
 桐谷が驚いたように俺を見た。手当てを受けていた南条の体が、力を失って前のめりに倒れる。
 もう助からない。だから撃った。それだけだ。俺は、何も間違っていない。
「どうせもう、助からない……楽にしてやった方がいい……」
 なのに、自分の言葉はひどく言い訳めいて聞こえた。
「それを決めるのは、お前じゃねえだろ」
 桐谷は眉を吊り上げた。
「あのまま暴言を吐かれながら、どうせ死ぬ人間を手当てして何になるんだよっ!」
 声が裏返った。
「だからって殺すことねえだろっ!」
「そういう試験だろっ……これはっ……」
 言った後、胸がギュッと締め付けられた。言ってしまった、と思った。
 俺は、馨や桐谷とは一緒に生きられない。
「そんな顔するんだったら、言うんじゃねえよ」
 桐谷は子供に言い聞かせるような、優しい口調で言った。それが余計に切なかった。
「俺も……ロボットだ」
「そうか」
「俺は死にたくない」
 俺は馨のために。
 南条にトドメをさしたことで、覚悟が決まりつつあった。
 馨は自分を人間だと思いながら、俺を勝たせようとしてくれた。
「今はそうだろうな」
「俺は、人間のために死ぬつもりはない」
「でも、生き残ったら後悔する」
「後悔……」
 その時、ベランダの方から、カン、と銃声が響いた。桐谷に押し倒される。
「行くぞっ!」
 腕を引かれ、廊下に出た。
「階段から足音が聞こえた。鉢合わせしたらまずい」
 桐谷が向かったのはトイレだった。ふたりで男子トイレに駆け込む。
「っ……」
 個室は3つ。全てのドアに穴が空いていた。特に真ん中が悲惨だった。床には乾いた血溜まりがあった。ここで誰かが殺されたのは明らかだった。
「この中に入ろう」
 桐谷が言い、ドアを開けた。
 ふたりで個室に入る。狭いが、向かい合ってしゃがんでも膝は当たらない。
「お前は気づいてたか?」
 桐谷が言った。
「えっ……?」
「自分がロボットだって」
「あ……いや……ぜんぜん」
「そうか」
「……桐谷は……知ってたの?」
「わかるか」
 桐谷は薄く笑った。
「……だよな」
「馨は、どっちかわかるか?」
「俺たちと一緒だよ」
「……まあ、そうだよな。俺たち、ずっと一緒にいたからな」
「ずっと一緒……」
「ああ。小学6年生のときからな」
 それからずっと一緒。
 ならふたりは、どこでロボットに……
 それともそういうプログラム……彼らの記憶や性格は、すべて創作物だというのか……
「俺たちってなんなんだろうな」
 桐谷がぽつりと言った。
「……考えなくていいんじゃないかな。まずはこの試験を乗り切らないと」
「言ったろ。俺は人間を勝たせるつもりだ。でもその前に、自分が何者なのか知りたい」
「……」
 思い出したのは、両親が死んだ時に見つけたサイトだ。突然両親を失った俺は、幽霊でもいいからふたりに会いたかった。輪廻転生、イタコ、シャーマン…………非科学的なサイトが並ぶ中、いかにも現代らしい『AI転生』という文字を見つけた。

『AI転生』
 亡くなった人にもう一度会いたい。そんなあなたの願いを叶えます。
 必要なのは、亡くなった方が使用していたスマホです。検索履歴、使用アプリ、返信内容をAIが解析し、亡くなった方の思考を文章化します。あなたは亡くなった方の思考、返答、助言を、永遠に受け取ることができるのです。
 一致率はスマホで97パーセント。専用のリストバンドを装着して1年間過ごせば、99・8パーセントの思考を獲得することができます。

「俺の記憶はプログラムされたものなのか、オリジナルのコピーなのか、オリジナルがあるとしたらそいつは今、どこにいるのか……」
 桐谷の言葉に、俺はつい反応してしまった。
「オリジナルの……コピーじゃないかな」
 桐谷が顔をあげ、俺を見た。
 俺は、『AI転生』の話をした。
「AI……そうか。ありえるな…………いや、それしか考えられねえ……俺たちにロボットの自覚がないのも、人間として生きてきたと思えば納得がいく……」
 桐谷は瞳を素早く左右に動かした。考え事をするときの彼の癖だ。
「なら……オリジナルは……俺は……死んだってことか? ……それは、いつだ?」
 素早く動いていた彼の瞳が、手首に巻かれた先生に移った。
 彼の視線を追った俺の目は、その向こう、白く塗られたドアに吸い寄せられた。
 返り血で汚れた、弾痕だらけのドア。
 でも、銃弾を免れた場所…………俺が昔、蹴りつけた部分は綺麗だった。
『破損状態を、確認後、マージと、面談が、あります』
 あの日、俺が報告した直後、そこはすぐにマージによって修復された。
 暴力行為は校則で堅く禁止されていた。
 今ならわかる。人間そっくりなロボットも、中身は銀色のパーツでできている。それが試験前に発覚しないよう、禁止されていたのだ。
 じゃあ、校内は。
 校内も、傷つけられたらまずいものが出てくるから……だからすぐに修復した。
 俺は、ロアの銃口で白く塗られたドアを傷つけた。
「加茂?」
 ガッと、ロアの角がドアに食い込む。パラパラとペンキが剥がれ落ち、元の茶色が露わになった。
「なんだ……血……か?」
 桐谷が言った。
「この試験が始まるより前についた血だ……」
 きっとこの試験は、毎年行われている。
「文字……?」
「なんだろう……」
 俺たちは無意識にドアに顔を近づけた。
 やっぱり、ただの返り血じゃない。何か文字が書かれている。
 ロアの銃口でペンキを剥ぎ落としていく。