校舎のあちこちで銃声が鳴っていた。試験開始直後から降り出した雨は、一向に止む気配がない。
俺と馨は手を繋いで、貯水タンクの下で並んで座っていた。
「先生」
馨が先生に問いかける。
「人間の数は?」
『10時、4分現在、人間、の、数は、10、8人、です』
人間が減った。
人間がひとり減っただけで、動揺している自分がいる。
「誰だろう……」
「考えない方がいい」
馨は「どうせ全員死ぬんだ」と付け足した。
俺は横目に馨を見た。
彼は、自分は人間だと確信している。でも俺の知る限り、彼はそれを確かめてはいない。
桐谷も梶本も、「まさか自分が」という反応だった。ロボットには自覚がない。だから馨も、わざわざ確かめようとは思わないのかもしれない。
俺は、それが歯痒かった。馨が人間なら、人間である証拠を見せてほしい。そうすれば俺も人間である証拠を見せる。
ロボットなら、このままロボットを偽るだけだ。最後の時まで同じロボットとして一緒に過ごしたい。
今、こうして敵同士という認識でいるのが辛い。馨が死を覚悟しているのが辛い。
「俺は、嵐士にも仁にも死んでほしくない」
その時、重たい屋上扉がガチャっと開く音がした。
俺と馨は腰を浮かせた。ここは扉の反対側で、回り込まれなければ鉢合わせすることはない。
このまま、動かないでいるべきか、今来た人間の動きを予想して、入れ違いになるように扉へ向かうか……
ガチャっと、勢いよく扉が開いて、また誰かがやってきた。
カン
「うあっ……」
銃声とうめき声。俺たちは顔を見合わせた。
馨が俺の手を取った。行こうとするのを、俺は腕を引いて拒んだ。
「どうせ見つかるなら挟み撃ちにした方がいい。ふたてに別れよう」
俺は言った。
「そうだな」
馨が言い、手を離した。ふたてに別れて、壁際を歩いて扉を目指す。
「やめろっ……」
男の声……
「あと1分くらいか」
あと1分、ロアは使えない。
思い切って、俺は壁の影から外へ出た。扉の前に男が倒れていた。その彼に向けられていた銃口が、俺に向けられた。
「なんだ、仁か」
梶本だった。
教室で腕を負傷した彼は、誰かからシャツを借りたのか、見た目ではロボットとわからない。
「銃を下せ」
梶本の後ろから、ロアを構えた馨が現れた。
「三崎か」
梶本は振り向かずに言った。
「お前らは教室にいたから、俺がなんなのかわかるよな?」
「ああ」
馨が言った。
「で、お前らは?」
「ロボットだ」
俺は、馨に見せたように、ガラス片で指を切り付けた。
「俺は人間だ」
馨が言った。
「でも、ロボットを勝たせるつもりでいる。俺は別に死んでも構わない」
「なら証明してみろ」
梶本は俺に銃口を向けたまま、ゆっくりと歩いて馨を向いた。馨と梶本の間には、足から血を流した男子生徒が倒れている。
「そいつを殺せ」
「っ……」
「ロボットを勝たせてくれるんだろ? だったら殺せよ」
馨の喉仏が上下に動いた。
「わかった」
と言って、馨は銃口を倒れる彼に向けた。
「ふざっ……けんなっ……ロボットがっ……人間殺すなんてっ……間違ってるっ!」
「なんだよ。できないのかよ」
「できるさ……」
馨は一歩、標的に近づいた。
ガチャ
扉が開いた。その姿が見えるより先に、カン、と銃声が鳴った。男子生徒の体がビクンと跳ねた。背中に浮かんが小さな穴が、じわじわと広がっていく。
「何やってんだよ」
と言って現れたのは、芦屋祐樹だった。彼の手にはロアが握られている。たった今使ったことが、側面の赤いランプでわかる。
「さっさと殺せよ」
「違うって。三崎にやらせようとしたんだよ」
梶本が弁明するように言った。ふたりは一緒に行動していたらしい。
「なんで」
芦屋は倒れた学生を容赦なく蹴った。仰向けにひっくり返った彼の顔は、生きた人間の顔ではなかった。
「人間だって言うから」
「はあ?」
芦屋が馨を見た。馨の握ったロアの銃口が、倒れた学生に向けられているとわかると、「なるほど」と芦屋は言った。
「で、殺せなかったと」
「お前が来たからな」
馨が言うと、芦屋は肩をすくめて笑った。
「内心ホッとしてるくせに」
「でも三崎は信用して良いんじゃないか?」
梶本が言った。
「人間も殺せないし、俺たちのことも殺せないだろ、三崎は」
芦屋は疑うような目で三崎を見ていたが、やがて「まあそうだな」と納得した。
「俺たち、調理室に集まろうと思ってるんだ」
梶本が言った。
「集まる?」
「ああ。みんなで集まって作戦会議だ。大丈夫、こっちには桐谷がいるんだ。それに、2組と4組はロボットが勝った。俺たちにも勝ち目はある」
梶本が言う間、俺は密かに芦屋の様子を見ていた。
芦屋はクッキーを食べるなり咳き込み、『なんだこれ……』と言って、クッキーを口から吐き出した。
大島の理屈で言えば、彼は人間だ。
でも彼は躊躇なく人間を殺害し、馨には疑いの目を向けた。
本当に彼はロボットなのか……それとも、俺と同じようにロボットを偽っているのか……
俺の視線に気づいた芦屋が、俺を見た。疑うような目だった。
「ロボットだって言うんなら、調理室に来れるよな?」
芦屋が、俺と馨を交互に見て言った。
「でも……いいのか? みんなで集まっている方が危険じゃないか?」
馨が言った。
「逆だよ。この試験は集まったもん勝ちだ。10人以上で固まっていれば、襲われることはない。10人以上で行動なんてできないからな」
梶本が言った。
たしかに、10人も敵がいるところを襲うのは難しい。
「三崎、お前、本気でロボットを勝たせるつもりなのか?」
芦屋が言った。
「ああ」
「なら調理室に行け」
芦屋は扉を開けて、俺たちを先へ行くよう促した。
「行こう、仁」
馨が言った。
俺は頷いて、扉へ向かった。
その時、芦屋の扉を持たない方の手……ロアを握った手が、ロアを握り直したのが見えた。
カン
視界がグルンと回った。
「なっ」
梶本が驚きの声を発した。
俺は地面に突っ伏した。血と水の混ざった地面に体が浸かる。背中に重みを感じ、見ると馨が乗っていた。苦しそうに目を閉じている。
「なっ、何やってんだよっ!」
梶本が怒鳴った。
「馨っ……」
ようやく事態を把握した。
芦屋が俺を狙って撃ったのだ。弾丸は俺には当たらず、俺を庇った馨に当たった……
「馨っ! 馨っ!」
馨の下から這い出た俺は、その背中に空いた穴から見える銀色に、ハッと息をのんだ。
馨はロボット……
俺たちは、一緒には生き残れない。
「な、なんだよ……お前もロボットじゃん……」
梶本が言うと、馨は俺の上から飛び退いた。
背中に触れ、ギョッと目を見開く。わずかにあいた唇がブルブルと震え出した。
「ははっ……なんだお前、確認してなかったのか」
芦屋が笑った。
「なんで加茂を撃ったんだ」
梶本が責めるように言った。
「本当にロボットを勝たせるつもりなら、身を挺してでも守ると思ったんだよ。その隙は与えただろ?」
もっともな理由だった。
でも……でも……引っかかる。馨はロボットだった。大島の手紙を信じれば、芦屋は人間だ。
「これで三崎を信用できる」
そう言った芦屋の目が、チラリとロアに向かったのを、俺は見逃さなかった。
まだロアのランプは赤色だ。あれが緑色に変わらなければ発砲はできない。芦屋はそれを待っている。あのランプが変わった瞬間、俺を撃つ気だ。
「馨っ!」
俺は馨の腕を取った。馨は放心状態だった。俺に引かれるまま中へと入る。
「あ、おいっ! どこ行くんだよっ!」
梶本の声には構わず、俺は階段を駆け降りた。吹き抜けの階段上から、銃口を向けられる気配があった。
カン
銃弾は当たらなかった。振り返らなかった。
結局、芦屋がどちらなのかわからない。ただ、あいつは信用できないということだけがわかった。
俺と馨は手を繋いで、貯水タンクの下で並んで座っていた。
「先生」
馨が先生に問いかける。
「人間の数は?」
『10時、4分現在、人間、の、数は、10、8人、です』
人間が減った。
人間がひとり減っただけで、動揺している自分がいる。
「誰だろう……」
「考えない方がいい」
馨は「どうせ全員死ぬんだ」と付け足した。
俺は横目に馨を見た。
彼は、自分は人間だと確信している。でも俺の知る限り、彼はそれを確かめてはいない。
桐谷も梶本も、「まさか自分が」という反応だった。ロボットには自覚がない。だから馨も、わざわざ確かめようとは思わないのかもしれない。
俺は、それが歯痒かった。馨が人間なら、人間である証拠を見せてほしい。そうすれば俺も人間である証拠を見せる。
ロボットなら、このままロボットを偽るだけだ。最後の時まで同じロボットとして一緒に過ごしたい。
今、こうして敵同士という認識でいるのが辛い。馨が死を覚悟しているのが辛い。
「俺は、嵐士にも仁にも死んでほしくない」
その時、重たい屋上扉がガチャっと開く音がした。
俺と馨は腰を浮かせた。ここは扉の反対側で、回り込まれなければ鉢合わせすることはない。
このまま、動かないでいるべきか、今来た人間の動きを予想して、入れ違いになるように扉へ向かうか……
ガチャっと、勢いよく扉が開いて、また誰かがやってきた。
カン
「うあっ……」
銃声とうめき声。俺たちは顔を見合わせた。
馨が俺の手を取った。行こうとするのを、俺は腕を引いて拒んだ。
「どうせ見つかるなら挟み撃ちにした方がいい。ふたてに別れよう」
俺は言った。
「そうだな」
馨が言い、手を離した。ふたてに別れて、壁際を歩いて扉を目指す。
「やめろっ……」
男の声……
「あと1分くらいか」
あと1分、ロアは使えない。
思い切って、俺は壁の影から外へ出た。扉の前に男が倒れていた。その彼に向けられていた銃口が、俺に向けられた。
「なんだ、仁か」
梶本だった。
教室で腕を負傷した彼は、誰かからシャツを借りたのか、見た目ではロボットとわからない。
「銃を下せ」
梶本の後ろから、ロアを構えた馨が現れた。
「三崎か」
梶本は振り向かずに言った。
「お前らは教室にいたから、俺がなんなのかわかるよな?」
「ああ」
馨が言った。
「で、お前らは?」
「ロボットだ」
俺は、馨に見せたように、ガラス片で指を切り付けた。
「俺は人間だ」
馨が言った。
「でも、ロボットを勝たせるつもりでいる。俺は別に死んでも構わない」
「なら証明してみろ」
梶本は俺に銃口を向けたまま、ゆっくりと歩いて馨を向いた。馨と梶本の間には、足から血を流した男子生徒が倒れている。
「そいつを殺せ」
「っ……」
「ロボットを勝たせてくれるんだろ? だったら殺せよ」
馨の喉仏が上下に動いた。
「わかった」
と言って、馨は銃口を倒れる彼に向けた。
「ふざっ……けんなっ……ロボットがっ……人間殺すなんてっ……間違ってるっ!」
「なんだよ。できないのかよ」
「できるさ……」
馨は一歩、標的に近づいた。
ガチャ
扉が開いた。その姿が見えるより先に、カン、と銃声が鳴った。男子生徒の体がビクンと跳ねた。背中に浮かんが小さな穴が、じわじわと広がっていく。
「何やってんだよ」
と言って現れたのは、芦屋祐樹だった。彼の手にはロアが握られている。たった今使ったことが、側面の赤いランプでわかる。
「さっさと殺せよ」
「違うって。三崎にやらせようとしたんだよ」
梶本が弁明するように言った。ふたりは一緒に行動していたらしい。
「なんで」
芦屋は倒れた学生を容赦なく蹴った。仰向けにひっくり返った彼の顔は、生きた人間の顔ではなかった。
「人間だって言うから」
「はあ?」
芦屋が馨を見た。馨の握ったロアの銃口が、倒れた学生に向けられているとわかると、「なるほど」と芦屋は言った。
「で、殺せなかったと」
「お前が来たからな」
馨が言うと、芦屋は肩をすくめて笑った。
「内心ホッとしてるくせに」
「でも三崎は信用して良いんじゃないか?」
梶本が言った。
「人間も殺せないし、俺たちのことも殺せないだろ、三崎は」
芦屋は疑うような目で三崎を見ていたが、やがて「まあそうだな」と納得した。
「俺たち、調理室に集まろうと思ってるんだ」
梶本が言った。
「集まる?」
「ああ。みんなで集まって作戦会議だ。大丈夫、こっちには桐谷がいるんだ。それに、2組と4組はロボットが勝った。俺たちにも勝ち目はある」
梶本が言う間、俺は密かに芦屋の様子を見ていた。
芦屋はクッキーを食べるなり咳き込み、『なんだこれ……』と言って、クッキーを口から吐き出した。
大島の理屈で言えば、彼は人間だ。
でも彼は躊躇なく人間を殺害し、馨には疑いの目を向けた。
本当に彼はロボットなのか……それとも、俺と同じようにロボットを偽っているのか……
俺の視線に気づいた芦屋が、俺を見た。疑うような目だった。
「ロボットだって言うんなら、調理室に来れるよな?」
芦屋が、俺と馨を交互に見て言った。
「でも……いいのか? みんなで集まっている方が危険じゃないか?」
馨が言った。
「逆だよ。この試験は集まったもん勝ちだ。10人以上で固まっていれば、襲われることはない。10人以上で行動なんてできないからな」
梶本が言った。
たしかに、10人も敵がいるところを襲うのは難しい。
「三崎、お前、本気でロボットを勝たせるつもりなのか?」
芦屋が言った。
「ああ」
「なら調理室に行け」
芦屋は扉を開けて、俺たちを先へ行くよう促した。
「行こう、仁」
馨が言った。
俺は頷いて、扉へ向かった。
その時、芦屋の扉を持たない方の手……ロアを握った手が、ロアを握り直したのが見えた。
カン
視界がグルンと回った。
「なっ」
梶本が驚きの声を発した。
俺は地面に突っ伏した。血と水の混ざった地面に体が浸かる。背中に重みを感じ、見ると馨が乗っていた。苦しそうに目を閉じている。
「なっ、何やってんだよっ!」
梶本が怒鳴った。
「馨っ……」
ようやく事態を把握した。
芦屋が俺を狙って撃ったのだ。弾丸は俺には当たらず、俺を庇った馨に当たった……
「馨っ! 馨っ!」
馨の下から這い出た俺は、その背中に空いた穴から見える銀色に、ハッと息をのんだ。
馨はロボット……
俺たちは、一緒には生き残れない。
「な、なんだよ……お前もロボットじゃん……」
梶本が言うと、馨は俺の上から飛び退いた。
背中に触れ、ギョッと目を見開く。わずかにあいた唇がブルブルと震え出した。
「ははっ……なんだお前、確認してなかったのか」
芦屋が笑った。
「なんで加茂を撃ったんだ」
梶本が責めるように言った。
「本当にロボットを勝たせるつもりなら、身を挺してでも守ると思ったんだよ。その隙は与えただろ?」
もっともな理由だった。
でも……でも……引っかかる。馨はロボットだった。大島の手紙を信じれば、芦屋は人間だ。
「これで三崎を信用できる」
そう言った芦屋の目が、チラリとロアに向かったのを、俺は見逃さなかった。
まだロアのランプは赤色だ。あれが緑色に変わらなければ発砲はできない。芦屋はそれを待っている。あのランプが変わった瞬間、俺を撃つ気だ。
「馨っ!」
俺は馨の腕を取った。馨は放心状態だった。俺に引かれるまま中へと入る。
「あ、おいっ! どこ行くんだよっ!」
梶本の声には構わず、俺は階段を駆け降りた。吹き抜けの階段上から、銃口を向けられる気配があった。
カン
銃弾は当たらなかった。振り返らなかった。
結局、芦屋がどちらなのかわからない。ただ、あいつは信用できないということだけがわかった。


