蓮に連れられ、1階まで来た。蓮は「とりあえず校舎から出よう」と言って、靴箱の間を通って出入り口へと向かう。
僕は全部彼に委ねていた。思考が停止していて、まともに考えることができない。
「きゃああああああっ!」
校舎を出た瞬間だった。
長い長い絶叫が聞こえた。僕の影が広がる。蓮が僕の体を庇うように突き飛ばした。
直後、ガチャン、と何かが壊れる音がした。
「っ……」
すぐ横に女子生徒が倒れていた。
壊れたマリオネット人形のような格好。彼女の周りには、銀色のパーツが散らばっている。もげた脚の断面は銀色だ。
「あ……ぁあ……」
僕も……こうなのか?
停止していた思考が、ゆっくりと動き出す。
「ああ…………はっ……あ、ああ……」
「綾人っ!」
蓮が僕の体を引き上げた。
カン、カン
2発の銃声はベランダから僕を狙ったものだった。
蓮は僕の手を引いて体育館の方へと走った。
「蓮っ……」
君はどっちなんだ……
どちらにせよ、僕たちは兄弟じゃない。
途端に、蓮と一緒にいることが恐ろしくなった。いや、恥ずかしくなった。自分がロボットであることすら知らず、彼の兄を気取っていたことが。
もう、彼と一緒にはいられない。
腕を振るが、蓮の手は離れない。
「蓮っ……離してくれっ!」
「離さない」
言われて、安堵してしまう。本当は離さないで欲しいのだと気づく。
ダメだ。僕はブンブンとかぶりを振った。
「離してくれっ!」
「離すもんか」
「離せっ!」
強く、腕を振った。手が離れ、頭が真っ白になった。
すぐさま蓮に抱きしめられる。強い抱擁に涙が込み上げた。ここを離れたくない。
「綾人は俺が死なせない」
落ち着いた、いつもより低い声で蓮は言った。
スピーカーから流れた言葉を思い出す。
敵を、一人残らず殺してください。
ロボットと人間、どちらかがゼロになったら終わりです。
僕が生き残るには、人間が死ななければならない。そんなの間違ってる。僕は死を受け入れないと……
「でも……僕はっ……」
「絶対に死なせない。綾人には家族がいるだろう……っ」
「いないっ! 僕はろっ……」
言葉が、蓮の唇によって塞がれた。
舌先が唇を割って入り込んできて、心臓がドッと跳ねた。
驚いて目を見開く。瞼を閉じた彼のまつ毛が長かった。
『兄弟じゃないんでしょ? だったら良いよね、こういうことしても』
ずっと前、蓮と交わした会話を思い出す。
『嫌なら拒めばいい。『兄弟でこんなことしちゃいけない』って』
『おかしいっ……こんなのっ……お、男同士でっ……』
『三崎だって男が好きって言ってたろ? 男同士は、こういうことを拒む理由にはならないんだよ。理由になるのは、血縁がある場合のみだ』
あれはなんだったんだ。
僕はロボットで、血縁も何も、血液すら通っていない。
どうしてあんな嘘を……ただ、やりたかったから?
『ろくに躾もできない、途中で投げ出すような親に育てられるくらいなら、最初から施設に預けられた方がいい。ああいうみっともない奴を見ると、自分の親は正しかったんだって安心する』
僕の発言に腹が立ったから? 嫌がらせ……?
背筋がゾッと寒くなった。キスを拒もうとしても、きつく抱きしめられているせいで動けない。だから彼の唇に噛みついた。それでも彼は離れない。
彼は、自分のタイミングのような落ち着きで、ゆっくりと僕から顔を離した。
顔を見て驚いた。血の味はしなかったのに、彼は唇から血を流していた。
蓮は人間…………唇から血を流す彼を見ていたら、口の中に血の味が広がった。
彼を傷つけたことに罪悪感は感じなかった。傷ついたのは僕だ。
「なんでっ……」
騙されていた。騙されていた。騙されていた……っ
僕たちは兄弟なんかじゃない。
「なんでっ……僕を騙したっ……兄弟なんてっ……全くのデタラメじゃないかっ……」
「ああ」
彼の唇の動きに合わせて、ぽたりと血液が落下した。
「全部嘘だ」
「っ……」
まるで開き直ったように、彼はすんなりと認めた。体から力が抜けて、彼の支えなしには立っているのもままならない。でも、一刻も早く彼から離れたい。
「離せ……離せっ!」
「綾人、俺のことみっともないって馬鹿にしたよな」
「っ……だから……嫌がらせ……したのかっ……」
「犯して、耳を噛みちぎるつもりだった」
「っ……」
耳……そういえば彼は、僕と同じピアスをつけている。だから僕は「兄弟」という彼の言葉を信じたのだ。
「昔、ドキュメンタリーを見た。生活に困窮して、我が子を施設に預けた母親が、その行為を悔やむ内容だった。早く息子を迎えに行きたい、息子には自分と揃いのピアスをつけたと彼女は言っていた」
「っ……」
「優しそうな人だった。こんな人が自分の母親だったらどんなに幸せだろう。俺の母親は男好きで、ヒステリックなあの女じゃなくて、この人だったら……」
「……」
「息子を偽って、彼女に会いに行こうと思ったわけじゃない。ただの気休めさ。このピアスが拠り所だった。俺の母親はあの人だって、思い込みたかったんだ」
蓮の手が、僕のピアスに触れた。
「綾人が俺に突っかかってきた時、『こいつがあの人の息子なんだ』って確信した。猛烈に憎しみが湧いた」
蓮は鼻で笑うと、続けた。
「笑えるだろ。俺はあの人とはなんの関係もない。ただテレビを見て、『こんな母親だったら』って勝手に拠り所にしていただけだ。なのに綾人に嫉妬した。無性に、猛烈に、殺意すら芽生えた」
僕もピアスを拠り所にしていた。顔も知らない、どんな人かもわからない親からもらったギフトとして、親子の繋がりとして、大切にしていた。
でも蓮はどうだ。蓮は、血のつながりはないとわかった上で、自らピアスを調達してまで、それを大事につけていた。
そこへ僕が現れた。あの時僕は……ああ、なんて酷いことを思っただろう。
「綾人は案の定、俺との血縁を否定した。でも俺の体を見て…………受け入れてくれた。兄弟だと言ったくせに、俺はあの瞬間、君を好きになった」
「っ……」
「綾人……嘘をついていて、ごめん」
「僕の……母親は……蓮に暴力を振るった」
「違う」
ショックを受けている自分に気づく。騙されていたからでも、憎まれていたからでもない。
僕は、彼と血縁がないことにショックを受けている。
「綾人の母親は、素敵な人だったよ」
僕は激しく首を振った。
カン
どこかから銃声が聞こえ、抱擁が解かれた。膝から崩れ落ちそうになった僕の腕を掴んで、蓮はグイグイと僕を体育館へと引っ張る。
ガラッと扉を開け、体育館に入る。舞台袖の影に僕たちは隠れた。ここなら2階に上がる階段も近い。
「綾人、俺は君を勝たせる。絶対に死なせない」
それは、ロボットを勝たせるということ。
敵を一人残さず殺すということ。
蓮が死ぬということ。
「あの人は綾人に会いたがっている」
「……僕は」
その人が僕の母親だというのなら。
「僕は、蓮…………君が会いに行ってほしい」
それまで冷静に見えた彼が、驚いたように僕を見た。僕は彼の頬に手を添えた。
「その方が……その人も喜ぶ。蓮……君はすごくかっこいいから」
口にしたら、すごく良い考えだと思った。その人も、蓮も喜ぶ。そのために僕が死ななければならないのなら、むしろ喜んで受け入れる。
「……かっこよくなんかないよ、俺は……」
蓮は泣きそうな顔で言った。
僕の顔色を窺って、食事も食べようとしなかった、あの頃の彼に、今の彼は似ていた。
「かっこいいよ」
「かっこよくなんかないっ……俺はっ……みに」
醜い、と言いかけた唇を、僕は彼がさっきしたように、唇で塞いだ。
彼の体がビクッと跳ねる。今度は僕から舌を入れた。何度も角度を変えて、唇を舐め合って、兄弟から恋人に生まれ変わろうとするかのように、僕たちはそれを続けた。
僕は全部彼に委ねていた。思考が停止していて、まともに考えることができない。
「きゃああああああっ!」
校舎を出た瞬間だった。
長い長い絶叫が聞こえた。僕の影が広がる。蓮が僕の体を庇うように突き飛ばした。
直後、ガチャン、と何かが壊れる音がした。
「っ……」
すぐ横に女子生徒が倒れていた。
壊れたマリオネット人形のような格好。彼女の周りには、銀色のパーツが散らばっている。もげた脚の断面は銀色だ。
「あ……ぁあ……」
僕も……こうなのか?
停止していた思考が、ゆっくりと動き出す。
「ああ…………はっ……あ、ああ……」
「綾人っ!」
蓮が僕の体を引き上げた。
カン、カン
2発の銃声はベランダから僕を狙ったものだった。
蓮は僕の手を引いて体育館の方へと走った。
「蓮っ……」
君はどっちなんだ……
どちらにせよ、僕たちは兄弟じゃない。
途端に、蓮と一緒にいることが恐ろしくなった。いや、恥ずかしくなった。自分がロボットであることすら知らず、彼の兄を気取っていたことが。
もう、彼と一緒にはいられない。
腕を振るが、蓮の手は離れない。
「蓮っ……離してくれっ!」
「離さない」
言われて、安堵してしまう。本当は離さないで欲しいのだと気づく。
ダメだ。僕はブンブンとかぶりを振った。
「離してくれっ!」
「離すもんか」
「離せっ!」
強く、腕を振った。手が離れ、頭が真っ白になった。
すぐさま蓮に抱きしめられる。強い抱擁に涙が込み上げた。ここを離れたくない。
「綾人は俺が死なせない」
落ち着いた、いつもより低い声で蓮は言った。
スピーカーから流れた言葉を思い出す。
敵を、一人残らず殺してください。
ロボットと人間、どちらかがゼロになったら終わりです。
僕が生き残るには、人間が死ななければならない。そんなの間違ってる。僕は死を受け入れないと……
「でも……僕はっ……」
「絶対に死なせない。綾人には家族がいるだろう……っ」
「いないっ! 僕はろっ……」
言葉が、蓮の唇によって塞がれた。
舌先が唇を割って入り込んできて、心臓がドッと跳ねた。
驚いて目を見開く。瞼を閉じた彼のまつ毛が長かった。
『兄弟じゃないんでしょ? だったら良いよね、こういうことしても』
ずっと前、蓮と交わした会話を思い出す。
『嫌なら拒めばいい。『兄弟でこんなことしちゃいけない』って』
『おかしいっ……こんなのっ……お、男同士でっ……』
『三崎だって男が好きって言ってたろ? 男同士は、こういうことを拒む理由にはならないんだよ。理由になるのは、血縁がある場合のみだ』
あれはなんだったんだ。
僕はロボットで、血縁も何も、血液すら通っていない。
どうしてあんな嘘を……ただ、やりたかったから?
『ろくに躾もできない、途中で投げ出すような親に育てられるくらいなら、最初から施設に預けられた方がいい。ああいうみっともない奴を見ると、自分の親は正しかったんだって安心する』
僕の発言に腹が立ったから? 嫌がらせ……?
背筋がゾッと寒くなった。キスを拒もうとしても、きつく抱きしめられているせいで動けない。だから彼の唇に噛みついた。それでも彼は離れない。
彼は、自分のタイミングのような落ち着きで、ゆっくりと僕から顔を離した。
顔を見て驚いた。血の味はしなかったのに、彼は唇から血を流していた。
蓮は人間…………唇から血を流す彼を見ていたら、口の中に血の味が広がった。
彼を傷つけたことに罪悪感は感じなかった。傷ついたのは僕だ。
「なんでっ……」
騙されていた。騙されていた。騙されていた……っ
僕たちは兄弟なんかじゃない。
「なんでっ……僕を騙したっ……兄弟なんてっ……全くのデタラメじゃないかっ……」
「ああ」
彼の唇の動きに合わせて、ぽたりと血液が落下した。
「全部嘘だ」
「っ……」
まるで開き直ったように、彼はすんなりと認めた。体から力が抜けて、彼の支えなしには立っているのもままならない。でも、一刻も早く彼から離れたい。
「離せ……離せっ!」
「綾人、俺のことみっともないって馬鹿にしたよな」
「っ……だから……嫌がらせ……したのかっ……」
「犯して、耳を噛みちぎるつもりだった」
「っ……」
耳……そういえば彼は、僕と同じピアスをつけている。だから僕は「兄弟」という彼の言葉を信じたのだ。
「昔、ドキュメンタリーを見た。生活に困窮して、我が子を施設に預けた母親が、その行為を悔やむ内容だった。早く息子を迎えに行きたい、息子には自分と揃いのピアスをつけたと彼女は言っていた」
「っ……」
「優しそうな人だった。こんな人が自分の母親だったらどんなに幸せだろう。俺の母親は男好きで、ヒステリックなあの女じゃなくて、この人だったら……」
「……」
「息子を偽って、彼女に会いに行こうと思ったわけじゃない。ただの気休めさ。このピアスが拠り所だった。俺の母親はあの人だって、思い込みたかったんだ」
蓮の手が、僕のピアスに触れた。
「綾人が俺に突っかかってきた時、『こいつがあの人の息子なんだ』って確信した。猛烈に憎しみが湧いた」
蓮は鼻で笑うと、続けた。
「笑えるだろ。俺はあの人とはなんの関係もない。ただテレビを見て、『こんな母親だったら』って勝手に拠り所にしていただけだ。なのに綾人に嫉妬した。無性に、猛烈に、殺意すら芽生えた」
僕もピアスを拠り所にしていた。顔も知らない、どんな人かもわからない親からもらったギフトとして、親子の繋がりとして、大切にしていた。
でも蓮はどうだ。蓮は、血のつながりはないとわかった上で、自らピアスを調達してまで、それを大事につけていた。
そこへ僕が現れた。あの時僕は……ああ、なんて酷いことを思っただろう。
「綾人は案の定、俺との血縁を否定した。でも俺の体を見て…………受け入れてくれた。兄弟だと言ったくせに、俺はあの瞬間、君を好きになった」
「っ……」
「綾人……嘘をついていて、ごめん」
「僕の……母親は……蓮に暴力を振るった」
「違う」
ショックを受けている自分に気づく。騙されていたからでも、憎まれていたからでもない。
僕は、彼と血縁がないことにショックを受けている。
「綾人の母親は、素敵な人だったよ」
僕は激しく首を振った。
カン
どこかから銃声が聞こえ、抱擁が解かれた。膝から崩れ落ちそうになった僕の腕を掴んで、蓮はグイグイと僕を体育館へと引っ張る。
ガラッと扉を開け、体育館に入る。舞台袖の影に僕たちは隠れた。ここなら2階に上がる階段も近い。
「綾人、俺は君を勝たせる。絶対に死なせない」
それは、ロボットを勝たせるということ。
敵を一人残さず殺すということ。
蓮が死ぬということ。
「あの人は綾人に会いたがっている」
「……僕は」
その人が僕の母親だというのなら。
「僕は、蓮…………君が会いに行ってほしい」
それまで冷静に見えた彼が、驚いたように僕を見た。僕は彼の頬に手を添えた。
「その方が……その人も喜ぶ。蓮……君はすごくかっこいいから」
口にしたら、すごく良い考えだと思った。その人も、蓮も喜ぶ。そのために僕が死ななければならないのなら、むしろ喜んで受け入れる。
「……かっこよくなんかないよ、俺は……」
蓮は泣きそうな顔で言った。
僕の顔色を窺って、食事も食べようとしなかった、あの頃の彼に、今の彼は似ていた。
「かっこいいよ」
「かっこよくなんかないっ……俺はっ……みに」
醜い、と言いかけた唇を、僕は彼がさっきしたように、唇で塞いだ。
彼の体がビクッと跳ねる。今度は僕から舌を入れた。何度も角度を変えて、唇を舐め合って、兄弟から恋人に生まれ変わろうとするかのように、僕たちはそれを続けた。


