きみに会うためのデスゲーム

「やめろっ! 撃つなっ! お前ら一旦落ち着けっ!」
 桐谷嵐士が怒鳴った。連鎖していた銃声が止む。
「う、わああああああっ!」
 肩を撃たれた吉田寛太が、銀色の部品をポロポロとこぼしながら、教室を出ていった。長い絶叫が廊下に響く。
「吉田……」
 卒業試験で何をするか、なんとなくわかるの…………
 大島の手紙の内容が、雪崩のように頭の中になだれ込んでくる。
 私たちは人間じゃない。ロボットなの。でもほとんどの人が、自分がロボットだって気づいていない。
 加茂くんは人間だから、安心してね。
 文字が乱れてごめんなさい。実は目を閉じて書いてるの。私の目を通して、アースの関係者が手紙を読むかもしれないから。
 きっと他にもあるだろうけど、私が教えられるロボットと人間の見分け方はひとつだけ。
「ううっ……」
 吉田の絶叫が遠ざかると、苦悶の声が聞こえてきた。
「きゃっ、増田くんっ……」
 女子生徒が言った。
「馬鹿野郎っ……人間撃ってどうすんだっ」
 桐谷は言うと、スクールバッグに手を突っ込んだ。救護用品が入った透明なポーチを取り出す。それを持って、床に倒れた増田陸の元へ向かう。
 増田は腹から血を流していた。運悪く銃弾を受けたのだ。
「傷口見せろ。手ぇ離せ」
 桐谷は増田のワイシャツのボタンを外していく。傷口を見ると、小さく頷いた。
「よかったな。大したことねえぞ。ま、無限に撃てる空気弾じゃこんなもんか」
 桐谷は透明なポーチから包帯を取り出し、増田の腹に巻いていく。
「俺も手伝うっ!」
 三崎馨がふたりの元へ行く。
「俺もっ!」
 と向かいかけた俺の足は、桐谷の耳を見て、ぴたりと止まった。
 きっと他にもあるだろうけど、私が教えられるロボットと人間の見分け方はひとつだけ。
 ロボットには味覚がない。だから思い出して。私がクッキーを失敗したあの日、あれを「おいしい」と言った人間を。
「じゃあシャツを脱がしてくれ。包帯の上からシャツを巻いて止血する」
 桐谷が指示を出し、馨がそれに従った。
 彼らを見ながら、あの日の調理室での光景が鮮明に蘇った。
『お前ら大袈裟なんだよ』
 桐谷は不愉快げに言って、クッキーをふたくちで食べると、『うまいよ』と大島に笑いかけた。
『なんだ……うまいじゃん』
 馨は不思議そうに言った。
「き、桐谷……み、耳っ……」
 芦屋祐樹が、桐谷の右耳……もげてなくなった部分を指差した。
 芦屋はクッキーを食べるなり咳き込み、『なんだこれ……』と言って、クッキーを口から吐き出した。
「大したことない。今はこいつの手当てが先だ」
 桐谷が自身の耳を押さえた。瞬間、ギョッとしたように目を見開く。もげた耳の奥、銀色の内部が露出していた。
「どうなってやがる……」
 桐谷は消え入りそうな声でつぶやいた。
 ロボットはクラスに19体。まだこの教室には、20人以上の学生がいる。
 女子グループの中心人物……南条みのりが動いた。ロアを手に持ち、机を退かしながら、最短ルートでこちらへやってくる。
 彼女が何をするつもりか察した梶本俊介が、桐谷を庇うように前に出た。
 梶本と南条は、短い間ではあるが付き合っていた。あの日、南条は梶本と共に大島のクッキーを食べた。
『俺も……別に変な味がするとは思わなかったけどな』
 梶本が2枚目のクッキーに手を伸ばしたのを、
『やめなよっ! これっ、絶対体に悪いって!』
 南条は止めた。
 ロボットには味覚がない。だから思い出して。私がクッキーを失敗したあの日、あれを「おいしい」と言った人間を。
 手紙に書かれていたことが本当だとしたら……
「退いて。桐谷くんを撃ちたいの」
 南条がロアを構えると、「やめろっ」と梶本がその手を払った。ロアが落下し、キッと南条が目尻を吊り上げる。
「やめろよ……こんなっ……こんなの絶対おかしいって!」
「よく言うわよ。あんた、バスの中でデスゲームデスゲームってはしゃいでたじゃない。望みが叶って本当は嬉しいんじゃないの?」
「あんなの本気にするんじゃねえよっ!」
 南条の目が、桐谷の耳に移った。桐谷の目は、なおも信じられないというふうに見開いている。
「桐谷くんはロボットっ! 卒業試験はっ、ロボットを全部殺さなきゃ終わらないっ!」
 南条は叫んで、教室をギロリと見回した。ぽってりと形のいい唇を、クインと引き上げる。
「同情しちゃダメだよ、みんな。たくさん血ぃ、見たでしょ? こいつら、ロボットのくせに人間殺すんだよ。桐谷くんを生かしたら、一体何人死ぬだろうね?」
 南条の言葉に感化された数人の学生が、桐谷に向かってロアを構えた。
「やめろっ!」
 馨が叫ぶ。
「そうだよっ……みんな銃を下ろせよっ!」
 俺も桐谷を庇うように前に出た。
「退けっ!」
 ロアを構えた学生が怒鳴った。
「そいつを生かしたらっ、俺たち負けるぞっ!」
 桐谷が立ち上がると、焦った南条が、俺と梶本に構わず発砲した。
 弾丸が……説明書には「弾丸を必要としない空気銃」と書いてあったから、弾丸はないのだろうが、俺の目には、凝縮された空気の塊が弾丸のように映った。
 弾丸が、梶本の腕を撃ち抜いた。
「あっ……」
 南条が戸惑いの声を出す。
 梶本のシャツが裂け、皮膚の裂け目から、銀色の細かいものがチラチラと落下した。
 彼はハッと腕を見た。瞳が戸惑いを浮かべる。まるで、己が機械であることが信じられないというふうに。
 けれどそれも一瞬だった。自分に銃口が向けられたと気づくなり、梶本はそばにあった、他人のスクールバッグを肩にかけ、教室を出て行った。
「桐谷くんも俊介も逃がさないでっ!」 
 南条が叫んだ。
 学生が一斉にロアを持って廊下に飛び出した。カンカン、と銃声が響く。
「お前らやめろっ!」 
「馨っ!」
 俺は廊下へ出ようとした馨の腕を掴んだ。誰のものかもわからない、机に放置されたスクールバッグを肩にかける。
「俺たちも行こうっ」
「でもっ!」
「ベランダからふたりを追いかけようっ! どうせふたりはもうここには戻ってこないっ!」
「……そうだな……」
 馨は震える声で言った。桐谷と梶本がロボットという事実にまだ戸惑っている様子だ。
 混乱に乗じて、開けられたベランダから外へ出る。前を女子生徒が走っていた。南条みのりと仲の良い桜庭穂乃果だ。彼女の細い太ももから、銀色の細かなパーツがポロポロと落下していた。