火事で両親を失い、頼れる親戚もなかった俺は、児童養護施設で暮らすことになった。
施設を運営するのは、家電から介護用ロボット、ロケット開発まで幅広く行う「アース」という企業で、全国に児童養護施設を持っていた。
アースは高校も運営していて、施設の子どもたちは、高校3年生になると、強制的にその学校へ集められる。
「皆様、入学おめでとうございます」
今日はその、3年生限定の学校の入学式だった。
全国の児童養護施設の子どもたちが、体育館に集められている。入学式といっても、ここにいるのは天涯孤独の子どもたちだ。保護者はいない。
廃校をそのまま活用しているため、体育館は古い。至る所に修繕の痕跡があり、天井は全て張り替えられている。
椅子はなく、百人ほどの学生は立って男の言葉を聞いている。
男……でも、そこにいるのは銀色の人型ロボットだ。ロボットを通して、男が話しているのだ。
「この一年、皆様には、我が社の商品開発に協力していただきます。情報漏洩を防ぐため、あらゆる通信、外出を禁止させていただきます」
あちこちで不満げな声が上がった。
「はあ? 一年も外出できないとか刑務所かよ……」
「これって監禁じゃねえの?」
「スマホくらい使わせろよっ!」
「ぐだぐだうるせえんだよ」
低く、よく通る声が言った。
騒がしかった体育館が静まり返る。声の主は俺の斜め前に立つ大柄な男だった。肩幅が広く、グレーの制服が一際似合う。
「俺たちはアースのおかげで普通の暮らしができたんだ。一年くらい、協力すんのが筋じゃねえのか」
俺は、そう言った彼から、目が離せなかった。斜め後方のこの場所からは、彼の通った鼻筋と、無駄な肉のない顎のラインだけが見える。
「皆様の学校生活は、今、皆様が装着しているリストバンドがサポートいたします」
学生は皆、銀色のリストバンドを装着している。
「『先生』と呼びかけてください」
男の指示に従って、皆が「先生」と呼びかける。
銀色のリストバンドには、米粒大のライトがあり、「先生」と呼びかけると緑色に点滅した。
「ライトが緑色に点滅している時、質問をすると、『先生』が答えます。では次に、自分の名前と、『クラスは?』とお聞きください」
言葉の意味を理解するより先に、隣に立つ男の声が耳に入った。
「桐谷嵐士、クラスは?」
『キリタニ、アラシ、は、5組、です』
隣の男のリストバンドから、女の無機質な声が言った。
そういうことかと、俺も「加茂仁、クラスは?」と真似をしたが、リストバンドは答えない。
「あれ?」
「点滅消えてる。もう一回『先生』って言ってみな」
桐谷嵐士と名乗った男が俺に言った。癖の強い茶髪。目鼻立ちのハッキリとした、都会的な青年だ。
俺はもう一度、「先生」と問いかけ、「加茂仁、クラスは?」と聞いた。
『カモ、ジン、は、5組、です』
女の無機質な声が言った。
あ、一緒だ。
「一緒だね。よろしく、桐谷くん」
と彼に言うと、彼はゆるゆると首を振った。
「桐谷はアイツだよ」
彼が顎で示した先には、さっき、「ぐだぐだうるせえんだよ」と言った大柄な男がいる。
「え?」
「先生」
彼がリストバンドに向かって言った。
「三崎馨のクラスは?」
『ミサキ、カオル、は、5組、です』
「おっ、俺も5組だ。よろしくな」
彼が微笑む。
「三崎くん……?」
「三崎でいいよ。俺も加茂って呼ぶからさ」
サラリと言われ、鼓動が速くなった。
期待が胸に膨らむ。俺のことを知るものは、ここにはいない。ここでなら、普通の学校生活を送ることができるかもしれない。やり直せるかもしれない。
もう絶対に、男が好きであることを、打ち明けたりしない。
「他にも質問があれば、リストバンドの『先生』にお聞きください。『先生』に聞いてもわからないことは、各教室にいます、こちらのロボット、マージにお聞きください」
ステージ上にいる銀色のロボットが、胸に手を当て、言った。まるで人間のような滑らかな動作で、周囲から「おおっ」と驚きの声があがる。
「こちらのロボット、マージは、24時間、遠隔でスタッフが操作しています。では、私からの説明は以上となります」
『入学式が、終了、しました。教室へ、移動、してください』
皆のリストバンド……『先生』が一斉に、同じ言葉を発した。
学生らは次々と体育館を出ていく。
「加茂、一緒に行こうぜ」
人懐っこく三崎馨が言った。
「うん」
久々に自然と笑みが溢れた。ふたりで体育館を出て、屋根付きの外廊下を前の学生に続いて歩く。
前の方には、あの大柄な男の姿があった。確か名前は……
「嵐士ーっ!」
三崎馨がいきなり大きな声を出し、前を歩く学生が一斉にこちらを振り向いた。女子生徒は三崎馨を見て、その端正な顔立ちにパッと顔を赤らめる。
俺の視線は、振り返った桐谷嵐士に釘付けとなった。キリリとした眉、意志の強そうな切長の目、形の良い鼻、笑った薄い唇から、綺麗に並んだ白い歯が美しかった。
言動から、もっとイカつい風貌を想像していたから、品すら感じさせる精悍な男前で驚いた。
「俺も5組っ! 一緒だなっ!」
三崎馨が声を張り上げた。
「またお前のお守りかよっ!」
桐谷嵐士が言った。言葉には笑いが含まれていて、爽やかな笑顔はいかにも嬉しそうだ。
「友達?」
俺は三崎馨に聞いた。
「埼玉の施設で一緒だったんだ」
「そうなんだ」
俺がいた施設の入居者は30人で、同い年はいなかった。自分を知る人間がいないのは俺にとっては都合がいいが、彼らのような関係性は素直に羨ましい。
「一緒のクラスになれて良かったね」
俺が言うと、三崎馨は「うーん?」と妙な反応をした。
施設を運営するのは、家電から介護用ロボット、ロケット開発まで幅広く行う「アース」という企業で、全国に児童養護施設を持っていた。
アースは高校も運営していて、施設の子どもたちは、高校3年生になると、強制的にその学校へ集められる。
「皆様、入学おめでとうございます」
今日はその、3年生限定の学校の入学式だった。
全国の児童養護施設の子どもたちが、体育館に集められている。入学式といっても、ここにいるのは天涯孤独の子どもたちだ。保護者はいない。
廃校をそのまま活用しているため、体育館は古い。至る所に修繕の痕跡があり、天井は全て張り替えられている。
椅子はなく、百人ほどの学生は立って男の言葉を聞いている。
男……でも、そこにいるのは銀色の人型ロボットだ。ロボットを通して、男が話しているのだ。
「この一年、皆様には、我が社の商品開発に協力していただきます。情報漏洩を防ぐため、あらゆる通信、外出を禁止させていただきます」
あちこちで不満げな声が上がった。
「はあ? 一年も外出できないとか刑務所かよ……」
「これって監禁じゃねえの?」
「スマホくらい使わせろよっ!」
「ぐだぐだうるせえんだよ」
低く、よく通る声が言った。
騒がしかった体育館が静まり返る。声の主は俺の斜め前に立つ大柄な男だった。肩幅が広く、グレーの制服が一際似合う。
「俺たちはアースのおかげで普通の暮らしができたんだ。一年くらい、協力すんのが筋じゃねえのか」
俺は、そう言った彼から、目が離せなかった。斜め後方のこの場所からは、彼の通った鼻筋と、無駄な肉のない顎のラインだけが見える。
「皆様の学校生活は、今、皆様が装着しているリストバンドがサポートいたします」
学生は皆、銀色のリストバンドを装着している。
「『先生』と呼びかけてください」
男の指示に従って、皆が「先生」と呼びかける。
銀色のリストバンドには、米粒大のライトがあり、「先生」と呼びかけると緑色に点滅した。
「ライトが緑色に点滅している時、質問をすると、『先生』が答えます。では次に、自分の名前と、『クラスは?』とお聞きください」
言葉の意味を理解するより先に、隣に立つ男の声が耳に入った。
「桐谷嵐士、クラスは?」
『キリタニ、アラシ、は、5組、です』
隣の男のリストバンドから、女の無機質な声が言った。
そういうことかと、俺も「加茂仁、クラスは?」と真似をしたが、リストバンドは答えない。
「あれ?」
「点滅消えてる。もう一回『先生』って言ってみな」
桐谷嵐士と名乗った男が俺に言った。癖の強い茶髪。目鼻立ちのハッキリとした、都会的な青年だ。
俺はもう一度、「先生」と問いかけ、「加茂仁、クラスは?」と聞いた。
『カモ、ジン、は、5組、です』
女の無機質な声が言った。
あ、一緒だ。
「一緒だね。よろしく、桐谷くん」
と彼に言うと、彼はゆるゆると首を振った。
「桐谷はアイツだよ」
彼が顎で示した先には、さっき、「ぐだぐだうるせえんだよ」と言った大柄な男がいる。
「え?」
「先生」
彼がリストバンドに向かって言った。
「三崎馨のクラスは?」
『ミサキ、カオル、は、5組、です』
「おっ、俺も5組だ。よろしくな」
彼が微笑む。
「三崎くん……?」
「三崎でいいよ。俺も加茂って呼ぶからさ」
サラリと言われ、鼓動が速くなった。
期待が胸に膨らむ。俺のことを知るものは、ここにはいない。ここでなら、普通の学校生活を送ることができるかもしれない。やり直せるかもしれない。
もう絶対に、男が好きであることを、打ち明けたりしない。
「他にも質問があれば、リストバンドの『先生』にお聞きください。『先生』に聞いてもわからないことは、各教室にいます、こちらのロボット、マージにお聞きください」
ステージ上にいる銀色のロボットが、胸に手を当て、言った。まるで人間のような滑らかな動作で、周囲から「おおっ」と驚きの声があがる。
「こちらのロボット、マージは、24時間、遠隔でスタッフが操作しています。では、私からの説明は以上となります」
『入学式が、終了、しました。教室へ、移動、してください』
皆のリストバンド……『先生』が一斉に、同じ言葉を発した。
学生らは次々と体育館を出ていく。
「加茂、一緒に行こうぜ」
人懐っこく三崎馨が言った。
「うん」
久々に自然と笑みが溢れた。ふたりで体育館を出て、屋根付きの外廊下を前の学生に続いて歩く。
前の方には、あの大柄な男の姿があった。確か名前は……
「嵐士ーっ!」
三崎馨がいきなり大きな声を出し、前を歩く学生が一斉にこちらを振り向いた。女子生徒は三崎馨を見て、その端正な顔立ちにパッと顔を赤らめる。
俺の視線は、振り返った桐谷嵐士に釘付けとなった。キリリとした眉、意志の強そうな切長の目、形の良い鼻、笑った薄い唇から、綺麗に並んだ白い歯が美しかった。
言動から、もっとイカつい風貌を想像していたから、品すら感じさせる精悍な男前で驚いた。
「俺も5組っ! 一緒だなっ!」
三崎馨が声を張り上げた。
「またお前のお守りかよっ!」
桐谷嵐士が言った。言葉には笑いが含まれていて、爽やかな笑顔はいかにも嬉しそうだ。
「友達?」
俺は三崎馨に聞いた。
「埼玉の施設で一緒だったんだ」
「そうなんだ」
俺がいた施設の入居者は30人で、同い年はいなかった。自分を知る人間がいないのは俺にとっては都合がいいが、彼らのような関係性は素直に羨ましい。
「一緒のクラスになれて良かったね」
俺が言うと、三崎馨は「うーん?」と妙な反応をした。


