各席にはスクールバッグが置かれていた。すでにほとんどの学生がカバンを開けていた。
泣き声、先生に問い合わせる声、「嫌だ」とか「怖い」とか、帰る場所もないのに「帰りたい」とか、教室は騒がしい。
僕は一番後ろの自分の席につくなり、カバンを開けた。
500ミリリットルのペットボトル、スティックバータイプの栄養食品、救護用品、拳銃のような白いもの、その説明書と思われる白い紙……
紙にはこう書かれていた。
『ロア。弾丸を必要としない空気銃。90秒に1回発砲可能』
9時を知らせるチャイムが鳴った。騒がしかった教室が、空気が張り詰めたように静まり返る。
『卒業、試験、を、開始、します』
みんなの手首に巻かれた先生が、一斉に言った。
『敵を、一人残らず、殺して、ください』
敵。
『ロボットと、人間、どちらかが、ゼロ、に、なったら、終わりです。制限時間は、ありません』
静寂。説明は、これだけか?
「ロボット……?」
蓮が静寂を破った。
ロボットと人間どちらかがゼロになったら終わりです。
僕は先生の言葉を頭の中で反芻した。
ロボット。
ポケットに手を突っ込んだ。ネジを握り締め、カバンの中に突っ込む。そしてじっと見つめた。
これは……機械の部品?
「ロボットって……マージか……? マージが俺たちを襲いに来るのか……?」
「な、なんだ……じゃあ、1体だけ倒せばいい……ってこと?」
「そんな簡単だったら、こんなに血だらけにはならねえよ……」
「何体もマージが潜んでるってことっ!?」
「いやっ! こわいっ……」
「ねえ男子っ……防火シャッター閉めてきてよっ!」
「バリケードを作ろうっ!」
「ロボットを殺さなきゃ試験は終わらないんだろっ!? 閉じこもってたってしょうがねーよっ!」
「だったらアンタが殺してきてよっ!」
教室がまた、騒がしくなった。僕は廊下側の前方に座る桐谷嵐士を見た。一目置かれている彼の発言が気になったのだ。でも彼は会話には加わらず、ロアを手に取って眺めている。
「先生っ」
女子生徒が叫ぶように言った。
「機械は何体?」
みんなが口を閉じて、先生の返答を待った。細い雨が降り出した。
『9時、1分現在、ロボット、の、数は、10、9体、です』
19体。
「19体もいんのかよっ!」
「か、数なら私たちの方が上じゃん! 武器だってあるし……みんなで力を合わせれば勝てるよっ!」
「学校中、血だらけなのに……?」
ロボットの数は19体。5組の学生は38人。
「相手はロボットでしょ……私たちが束になっても敵わないかもよ……」
「先生」
桐谷嵐士が言った。けして大きな声ではないのに、その声は教室に響いて、みんなの口を塞いだ。
「人間は、何人いる?」
彼が質問した瞬間、血が付着した靴箱を思い出した。
まさか……
血が付着した靴箱は、パッと見ただけでも10個以上。どれも同じ血のつき方で、何かのサインのようだと思った。あれは……
『9時、4分現在、人間、の、数は、10、9人、です』
先生が答えた。
靴箱のサイン。あれは、人間に紛れたロボットを示すもの……
「えっ……」
教室の空気が、ぎこちなく滞る。
「おかしいって…………だって……俺たち38人クラスじゃん……」
「ロボットって、まさか……」
みんな、疑心暗鬼に教室を見回す。
僕はみんなの表情を伺った。不安げな表情、強張った表情、涙で歪んだ顔……
本当に、いるのか? この中に、19体もロボットが。いるとしたら、ロボットはロボットである自覚がない。だってロボットなら、敵だらけの教室から逃げようとするはずだ。
「機械なら、血が出ないはずだろ」
蓮が言った。みんなの視線が一斉に蓮に向かう。
「みんな、人間である証拠を見せ合おう。ガラス片で腕を切るんだ」
蓮は言って、スクールバッグから「ロア」を取り出した。見た目は白い拳銃だ。側面に米粒ほどのライトがあり、今は緑色に点灯している。
蓮はそれを窓ガラスに向けた。
ふと、隣の飯島慎平に目がいった。
みんなが窓ガラスに注目する中で、彼は机に置かれたスクールバッグの中を漁っていた。
額には汗をかいていて、青い唇は震えている。
……違う。
中を漁っているのではなく、中で、手首を切りつけている。
「っ……」
さっくりと割れた皮膚の下は、銀色だった。
「あ…………」
視線に気づいて、飯島が僕を見た。
目が合った。飯島の目が恐怖に怯えていたのは一瞬だった。すぐさま彼は目尻を吊り上げ、スクールバッグからロアを取り出した。
「見てんじゃねぇええっ!」
カン
空き缶が落下するような銃声が、僕に向けられた銃口から響く。
肩を引っ張られたように、僕の体は後方へ下がった。足がもつれ、床に腰をつく。痛む肩に手を置いた。
カン
カン
カン
3発の銃声は飯島を狙ったものだった。けれど当たったのは一発だけ。それは眉間を貫いた。ぽっかりと空いた穴から、銀色のパーツがふきこぼしながら、飯島は僕の前で、前のめりに倒れた。
「っ……」
吐き気が込み上げた。
冷たい。
僕の撃たれた肩口。血が通っているはずのそこが、手が触れている部分が、ひんやりと冷たい。
見るのが怖い。けれど衝動には逆らえなかった。僕は撃たれた肩に目をやった。
そんな、バカな。
ガタガタと体が震えた。
僕の肩口。制服と皮膚の裂け目から覗くのは、精密機械を思わせる、銀色だった。
カン、カン、と教室のあちこちで銃声が響く。事態を把握した者から、ロアを手にし始めたのだ。
「綾人っ!」
グッと腕を掴まれた。蓮だった。
ベランダに続く窓が開いていた。僕たちはベランダに出て、直線を全速力で駆け抜けた。
泣き声、先生に問い合わせる声、「嫌だ」とか「怖い」とか、帰る場所もないのに「帰りたい」とか、教室は騒がしい。
僕は一番後ろの自分の席につくなり、カバンを開けた。
500ミリリットルのペットボトル、スティックバータイプの栄養食品、救護用品、拳銃のような白いもの、その説明書と思われる白い紙……
紙にはこう書かれていた。
『ロア。弾丸を必要としない空気銃。90秒に1回発砲可能』
9時を知らせるチャイムが鳴った。騒がしかった教室が、空気が張り詰めたように静まり返る。
『卒業、試験、を、開始、します』
みんなの手首に巻かれた先生が、一斉に言った。
『敵を、一人残らず、殺して、ください』
敵。
『ロボットと、人間、どちらかが、ゼロ、に、なったら、終わりです。制限時間は、ありません』
静寂。説明は、これだけか?
「ロボット……?」
蓮が静寂を破った。
ロボットと人間どちらかがゼロになったら終わりです。
僕は先生の言葉を頭の中で反芻した。
ロボット。
ポケットに手を突っ込んだ。ネジを握り締め、カバンの中に突っ込む。そしてじっと見つめた。
これは……機械の部品?
「ロボットって……マージか……? マージが俺たちを襲いに来るのか……?」
「な、なんだ……じゃあ、1体だけ倒せばいい……ってこと?」
「そんな簡単だったら、こんなに血だらけにはならねえよ……」
「何体もマージが潜んでるってことっ!?」
「いやっ! こわいっ……」
「ねえ男子っ……防火シャッター閉めてきてよっ!」
「バリケードを作ろうっ!」
「ロボットを殺さなきゃ試験は終わらないんだろっ!? 閉じこもってたってしょうがねーよっ!」
「だったらアンタが殺してきてよっ!」
教室がまた、騒がしくなった。僕は廊下側の前方に座る桐谷嵐士を見た。一目置かれている彼の発言が気になったのだ。でも彼は会話には加わらず、ロアを手に取って眺めている。
「先生っ」
女子生徒が叫ぶように言った。
「機械は何体?」
みんなが口を閉じて、先生の返答を待った。細い雨が降り出した。
『9時、1分現在、ロボット、の、数は、10、9体、です』
19体。
「19体もいんのかよっ!」
「か、数なら私たちの方が上じゃん! 武器だってあるし……みんなで力を合わせれば勝てるよっ!」
「学校中、血だらけなのに……?」
ロボットの数は19体。5組の学生は38人。
「相手はロボットでしょ……私たちが束になっても敵わないかもよ……」
「先生」
桐谷嵐士が言った。けして大きな声ではないのに、その声は教室に響いて、みんなの口を塞いだ。
「人間は、何人いる?」
彼が質問した瞬間、血が付着した靴箱を思い出した。
まさか……
血が付着した靴箱は、パッと見ただけでも10個以上。どれも同じ血のつき方で、何かのサインのようだと思った。あれは……
『9時、4分現在、人間、の、数は、10、9人、です』
先生が答えた。
靴箱のサイン。あれは、人間に紛れたロボットを示すもの……
「えっ……」
教室の空気が、ぎこちなく滞る。
「おかしいって…………だって……俺たち38人クラスじゃん……」
「ロボットって、まさか……」
みんな、疑心暗鬼に教室を見回す。
僕はみんなの表情を伺った。不安げな表情、強張った表情、涙で歪んだ顔……
本当に、いるのか? この中に、19体もロボットが。いるとしたら、ロボットはロボットである自覚がない。だってロボットなら、敵だらけの教室から逃げようとするはずだ。
「機械なら、血が出ないはずだろ」
蓮が言った。みんなの視線が一斉に蓮に向かう。
「みんな、人間である証拠を見せ合おう。ガラス片で腕を切るんだ」
蓮は言って、スクールバッグから「ロア」を取り出した。見た目は白い拳銃だ。側面に米粒ほどのライトがあり、今は緑色に点灯している。
蓮はそれを窓ガラスに向けた。
ふと、隣の飯島慎平に目がいった。
みんなが窓ガラスに注目する中で、彼は机に置かれたスクールバッグの中を漁っていた。
額には汗をかいていて、青い唇は震えている。
……違う。
中を漁っているのではなく、中で、手首を切りつけている。
「っ……」
さっくりと割れた皮膚の下は、銀色だった。
「あ…………」
視線に気づいて、飯島が僕を見た。
目が合った。飯島の目が恐怖に怯えていたのは一瞬だった。すぐさま彼は目尻を吊り上げ、スクールバッグからロアを取り出した。
「見てんじゃねぇええっ!」
カン
空き缶が落下するような銃声が、僕に向けられた銃口から響く。
肩を引っ張られたように、僕の体は後方へ下がった。足がもつれ、床に腰をつく。痛む肩に手を置いた。
カン
カン
カン
3発の銃声は飯島を狙ったものだった。けれど当たったのは一発だけ。それは眉間を貫いた。ぽっかりと空いた穴から、銀色のパーツがふきこぼしながら、飯島は僕の前で、前のめりに倒れた。
「っ……」
吐き気が込み上げた。
冷たい。
僕の撃たれた肩口。血が通っているはずのそこが、手が触れている部分が、ひんやりと冷たい。
見るのが怖い。けれど衝動には逆らえなかった。僕は撃たれた肩に目をやった。
そんな、バカな。
ガタガタと体が震えた。
僕の肩口。制服と皮膚の裂け目から覗くのは、精密機械を思わせる、銀色だった。
カン、カン、と教室のあちこちで銃声が響く。事態を把握した者から、ロアを手にし始めたのだ。
「綾人っ!」
グッと腕を掴まれた。蓮だった。
ベランダに続く窓が開いていた。僕たちはベランダに出て、直線を全速力で駆け抜けた。


