きみに会うためのデスゲーム

「あっ、加茂っ!」
「来いよっ! 佐久間が白瀬さんに告られてるっ!」 
 朝食後、寮の廊下を歩いていると、吉田寛太と芦屋祐樹に両脇を掴まれた。
「白瀬さんって……4組の?」
「他に誰がいるんだよっ! 早く早くっ!」
 と、連れられたのは、突き当たりの給湯室だ。窓を開けると、ちょうど佐久間蓮と4組の女子生徒の姿が見えた。
 女子生徒が制服を着ているのは、4組はこれから卒業試験だからだ。
 卒業試験はクラスごとに行われる。試験中、他のクラスは寮待機。5組の俺たちはもう2週間以上、この寮で順番が来るのを待っている。
「マジ……びっくりだよな。白瀬さんが佐久間に告白するなんてさ」
 吉田が言った。
「よりにもよって佐久間に告るなんて……なあ、なんでだよ? なんで俺じゃねーんだよっ!?」
 芦屋が俺の肩を乱暴に揺すった。
「あいつ、顔はいいからな」
 吉田がぼやいた。
「顔は、なっ!」
 女子寮と男子寮の間には、送迎バスが停まっていて、制服を着た4組の学生が次々と乗り込んでいく。
 顔を赤くした女子生徒が、くるりと佐久間に背を向けて、バスへと駆けていく。
「ふったな、アレは」
 吉田が言った。興味を失ったように窓から離れ、電気ケトルを手に取る。
「白瀬さーんっ! もっといい男がここにいますよーっ!」
 芦屋が大きく手を振った。その声に、佐久間がこちらを振り仰ぐ。太陽が眩しいのか、彼は切れ長の目をスッと眇めた。
「4組の卒業試験、どのくらいかかるんだろうな」
 電気ケトルに水を入れながら、吉田が言った。
「3組、やけに長かったよね」
 俺が言う。
「長かった。9日だろ? 2組は3日で終わったのに」
 卒業試験で何をするのかは誰も知らない。ここで、『先生』が教えてくれないことを知るのは不可能だ。
「やっぱりデスゲームじゃねえの」
 芦屋がニヤリと笑った。
「冗談でもやめろよ。そういうの」
 吉田が芦屋を睨みつけた。
「じゃあ他になにがあるんだよ? 1組は5日、2組は3日、3組は9日、一体、俺たちはなにをさせられるんだ? こんな陸の孤島でさ」
「だからって、デスゲームはないだろ。絶対ない」
 吉田が怒ったように言った。
 最初は盛り上がっていたこの話題も、日が経つにつれて空気を乱すものとなっていた。
 もしかしたら、と不安になる者と、そんなのありえない、と冷やかす者がいるからだ。
 最初はみんな冗談を楽しめていた。でもクラスによって卒業試験の日数が異なったり、情報が全く入らないことで、荒唐無稽な「デスゲーム」が真実味を帯びてきた。
 俺たちには親がいない。俺たちの生活はアースのおかげで成り立っている。アースが俺たちをどうしようが、俺たちに文句を言う権利はない。俺たちの所有者はアースだ。
「ないよ。デスゲームなんて」
 言った直後、「ないと言い切れるのか」と頭の中で自分の声がした。
 1組は5日、2組は3日、3組は9日……
 どうしてクラスによって、これほどの差が生じるのか……
「なんだ、みんなここにいたんだ」
 馨がやってきた。
「なあ、お前はなんだと思う? 卒業試験」
 芦屋が言い、「もうその話いいって」と吉田が顔をしかめた。
 ケトルの注ぎ口から湯気が立ち昇り、オレンジ色のランプが消えた。
「睡眠耐久試験じゃないかな」
 馨は言った。
「睡眠耐久試験?」
「寝たら脱落。最後まで起きていられた学生が合格」
「3組は9日だぜ? 9日も起きていられるかあ?」
 ドリップコーヒーに湯を注ぎいれながら、芦屋が言った。
「確か……世界記録は11日間だったよな?」
 と吉田。
「つまんねえつまんねえ。だったら俺は速攻寝る」
 芦屋が言った。
「寝たら失格。リストバンドが爆発する」
 馨が言って、一瞬、空気が凍りついた。
「お前、怖いこと言うんじゃねえよ……」
「いや、マジでありそうで怖いわ……」
 吉田も芦屋も……俺も、手首に巻かれたリストバンド……先生に視線を落とした。
 入学してからずっと、俺たちの手首には先生が巻き付けられている。目覚まし時計にも音楽プレイヤーにもなる便利アイテムだが、自分で取り外すことはできない。なんなら、便利な機能はそれを意識させないための目眩しにさえ思えた。
 俺たちは陸の孤島に集められ、得体の知れないチタン製のリストバンドを24時間、強制的に装着させられている。
 俺たち以外に人間はいない。いるのはクラスに1体の人型ロボット。複雑な地形を移動するバスすらも無人だ。
 商品開発とか、情報漏洩とか、それっぽい口実で俺たちはこの生活を受け入れている。
 おかしいことに、気づかないフリをしている。
 意識したら、手首に巻きつけられた「先生」が、手枷に思えて怖くなる。卒業試験はデスゲームじゃないかと疑ってしまう。
「マジで……そういうこと言うなよ……」
 吉田が青い顔で言った。
「あ、わかった! セックスしないと出られない部屋!」
 芦屋が指を鳴らして言った。
 シン、と静まったのち、
「それ! 絶対それっしょ!」
 吉田が明るい声で言った。
「いやいや、お前は厳しいだろ」
 芦屋が揶揄う。
「はっ? どういう意味だよっ」
「うまくできない」
「できるわっ!」
「マジで最長記録更新するんじゃね? 吉田が足引っ張って」
「お前、俺をなんだと思ってんだよ」
「童貞」
「いや童貞ではあるけどもっ!」
 芦屋が笑った。面白くはなかった。でも俺も一緒に笑った。