リィンが暴き出した「禁忌記録」には、ハルの出生に関する整合性が一行も存在しなかった。
ハルは確信した。自分は世界の理の外側にいる「何か」の最高傑作であり、愛し子なのだと。
「……そうか。ならば、僕が何をしようと、この世界は僕を拒絶できない」
学院を卒業する頃、ハルはかつての謙虚な解析者の面影を失っていた。
彼は軍を掌握し、隣国を蹂躙し、逆らう者を「数式」で物理的に分解した。どれほど無茶な特攻を仕掛けても、飛来する矢は不自然な突風で逸れ、暗殺者の毒は成分が変質して無害化した。
「ゼクス、リィン。君たちも僕に従え。僕がいれば、この世界に不可能はない」
玉座に座るハルの瞳は、もはや人間を見ていなかった。彼は常に、自分の背後にいる「見えない視線」に向かって、自分の万能さを誇示するように笑いかけていた。
ゼクスは恐怖に震え、リィンは悲しげに首を振った。
「ハル……あなたはもう、私たちの知っているハルじゃない。あなたはただ、目に見えない飼い主に踊らされているだけの、哀れな操り人形よ」
「人形だと? 違う。僕こそが、この世界の脚本を書き換える唯一の存在だ!」
は、自分を否定するかつての友らをも処刑台へと送ろうとした。
大陸全土を支配下に置き、彼はついに自らを「現人神」と称した。
私は、その様子を退屈そうに眺めていた。
最初は面白かった。システムの穴を突く泥臭い足掻き。神に反旗を翻そうとするまでの鋭い殺意。だが、今の彼はどうだ?
「死なない」と確信した瞬間から、彼の行動には緊張感が消えた。葛藤も、工夫も、予期せぬ奇跡への驚きもない。
「……もう、つまらなくなったな」
「ハル」という名の物語のページが、パタンと閉じた。
彼に注いでいた熱狂的な視線を外し、隣のチャンネル……別の次元で産声を上げたばかりの、もっと「不運で、もっと面白い」少女の方へと意識を向けた。
その瞬間、彼の背後から、過保護なまでの「温もり」が消失した。
こいつは気づかなかった。
彼は、自分を裏切って決起した反乱軍の包囲網の真ん中へ、たった一人で歩み出していった。
「来るがいい。僕を殺せるものなら、殺してみろ!」
こいつは傲岸不遜に笑い、指を鳴らして「爆発」の数式を編もうとした。
だが、大気中のマナは、もう奴の期待に応えてはくれない。
これまでは私の介入で無理やり「正解」に導かれていた奴の拙い魔力操作が、本来の、非効率で脆弱な「無能」の姿を露呈させる。
「……魔法が、発動しない?」
奴の顔から血の気が引いた。
その時、名もなき兵士が放った、なんてことのない一本の錆びた矢が、放物線を描いて飛んできた。
これまでの彼なら、風が吹くか、彼が躓くかして、必ず回避できていたはずの凶刃。
だが、世界はもう、奴のために物理法則を捻じ曲げたりはしない。
ドスッ、という鈍い音。
「……あ」
喉元を、矢が深く貫いた。
奴は信じられないという表情で、自分の喉から溢れ出す赤い液体を見つめた。
熱い。苦しい。そして、視界が急速に暗転していく。
「……待て。まだだ。僕は……僕は選ばれた……」
地面に這いつくばる奴の耳に、誰の声も届かない。
ただ、どこか遠い、世界の層を超えた高い場所から、
「お疲れ様。次はもっと、工夫のある生き方をしてね」
という、冷徹で、慈愛に満ちた「観客の退場」の足音だけが聞こえた気がした。
奴は、自分がただの「空白」に過ぎなかったことを、死の直前にようやく理解した。
奴が手に入れたと思っていた帝国も、力も、すべては観客を楽しませるための小道具に過ぎず、観客が席を立てば、舞台はただの暗い箱に戻るのだ。
奴の瞳から光が消える。
その亡骸を、反乱軍の歓声が包み込んでいった。
私は、新しい物語の主人公である少女が、泥水をすすりながらも前を向くその姿に、早くも心を奪われていた。
かつての寵児のことなど、もう一文字も思い出さないまま、、、
ハルは確信した。自分は世界の理の外側にいる「何か」の最高傑作であり、愛し子なのだと。
「……そうか。ならば、僕が何をしようと、この世界は僕を拒絶できない」
学院を卒業する頃、ハルはかつての謙虚な解析者の面影を失っていた。
彼は軍を掌握し、隣国を蹂躙し、逆らう者を「数式」で物理的に分解した。どれほど無茶な特攻を仕掛けても、飛来する矢は不自然な突風で逸れ、暗殺者の毒は成分が変質して無害化した。
「ゼクス、リィン。君たちも僕に従え。僕がいれば、この世界に不可能はない」
玉座に座るハルの瞳は、もはや人間を見ていなかった。彼は常に、自分の背後にいる「見えない視線」に向かって、自分の万能さを誇示するように笑いかけていた。
ゼクスは恐怖に震え、リィンは悲しげに首を振った。
「ハル……あなたはもう、私たちの知っているハルじゃない。あなたはただ、目に見えない飼い主に踊らされているだけの、哀れな操り人形よ」
「人形だと? 違う。僕こそが、この世界の脚本を書き換える唯一の存在だ!」
は、自分を否定するかつての友らをも処刑台へと送ろうとした。
大陸全土を支配下に置き、彼はついに自らを「現人神」と称した。
私は、その様子を退屈そうに眺めていた。
最初は面白かった。システムの穴を突く泥臭い足掻き。神に反旗を翻そうとするまでの鋭い殺意。だが、今の彼はどうだ?
「死なない」と確信した瞬間から、彼の行動には緊張感が消えた。葛藤も、工夫も、予期せぬ奇跡への驚きもない。
「……もう、つまらなくなったな」
「ハル」という名の物語のページが、パタンと閉じた。
彼に注いでいた熱狂的な視線を外し、隣のチャンネル……別の次元で産声を上げたばかりの、もっと「不運で、もっと面白い」少女の方へと意識を向けた。
その瞬間、彼の背後から、過保護なまでの「温もり」が消失した。
こいつは気づかなかった。
彼は、自分を裏切って決起した反乱軍の包囲網の真ん中へ、たった一人で歩み出していった。
「来るがいい。僕を殺せるものなら、殺してみろ!」
こいつは傲岸不遜に笑い、指を鳴らして「爆発」の数式を編もうとした。
だが、大気中のマナは、もう奴の期待に応えてはくれない。
これまでは私の介入で無理やり「正解」に導かれていた奴の拙い魔力操作が、本来の、非効率で脆弱な「無能」の姿を露呈させる。
「……魔法が、発動しない?」
奴の顔から血の気が引いた。
その時、名もなき兵士が放った、なんてことのない一本の錆びた矢が、放物線を描いて飛んできた。
これまでの彼なら、風が吹くか、彼が躓くかして、必ず回避できていたはずの凶刃。
だが、世界はもう、奴のために物理法則を捻じ曲げたりはしない。
ドスッ、という鈍い音。
「……あ」
喉元を、矢が深く貫いた。
奴は信じられないという表情で、自分の喉から溢れ出す赤い液体を見つめた。
熱い。苦しい。そして、視界が急速に暗転していく。
「……待て。まだだ。僕は……僕は選ばれた……」
地面に這いつくばる奴の耳に、誰の声も届かない。
ただ、どこか遠い、世界の層を超えた高い場所から、
「お疲れ様。次はもっと、工夫のある生き方をしてね」
という、冷徹で、慈愛に満ちた「観客の退場」の足音だけが聞こえた気がした。
奴は、自分がただの「空白」に過ぎなかったことを、死の直前にようやく理解した。
奴が手に入れたと思っていた帝国も、力も、すべては観客を楽しませるための小道具に過ぎず、観客が席を立てば、舞台はただの暗い箱に戻るのだ。
奴の瞳から光が消える。
その亡骸を、反乱軍の歓声が包み込んでいった。
私は、新しい物語の主人公である少女が、泥水をすすりながらも前を向くその姿に、早くも心を奪われていた。
かつての寵児のことなど、もう一文字も思い出さないまま、、、
