書店員の胸が小さいことの証明 〜理系男子は恋を定義できない〜

 すっかり暖かい季節になった。昼間ならシャツで過ごせるほどだ。うっかりコートを羽織ってきた友人は、それを邪魔そうに席の横に置いている。大学の講義が終わると、俺は友人に別れを告げ、一人で講堂を去った。今日はバイトの日だ。
 一年ちょっと前までは高校生だったのに、今や大学も二年生だ。大学生活にはすっかり慣れた。二年の学科選択では、希望通りに数学科へ入ることができた。
 
 大学に入って、初めて知ったことがたくさんある。
 例えば、うちの理工学部の数学科は驚くほど人気がないこと(だから希望がすんなり通った)。卒業生の多くが、数学とは関係のない職に就いていること。理工学部の中で唯一、卒論を要求されないこと。大学数学の板書はアルファベットだらけなこと。ラテフという謎の呪文を駆使してレポートを制作することなど。
 新しいことの連続に、刺激を受ける。俺の大学生活は、とても充実していると感じる。
 
 そういえば今度、久しぶりに山口と高橋に会う。彼女と別れたという高橋を慰める会のためだ。実際には、高橋の別れ話を肴にして美味い飯を食らう会なのだが。
 残念なことに、高橋の例の彼女は、向こうの大学で別の男を作っていたらしい。昔、高橋に見せてもらった彼女の写真を思い出した。あんなブスでも二股をかけることができるなんて。大学というのは凄いところだ、と改めて感じる。
 初めての彼女だったということもあり、高橋はすっかり未練たらたらの様子だ。でも、俺もあまり人のことは言えないよな。
 
 高三の夏休み。俺は情熱的な出会いをした。果たして、あれは恋だったのだろうか。自分ではよくわからないが、あの人に対して特別な気持ちを抱いていたことは確かだろう。
 当時買った多数の数学書は、今でも本棚に綺麗に並んでいる。それらは受験に対しては毛ほども役に立たなかったが、数学科の学生となった今では、知識の糧として意味を成していると思う。
 
 俺はバイト先に着いた。レジにいる店員と挨拶を交わしてから、バックヤードへ入る。白い半袖シャツと深緑のエプロンに着替えた俺は、交代でレジに立つ。
 今のバイト先は、あの人の職場だった書店だ。バイトを選ぶ際に、俺にとって馴染みのあるこの店で働きたいと思った。
 俺が働き始めたとき、既にあの人はいなかった。決してあの人を追い求めたわけではなかったのだが、あの人がいないという事実は小さなトゲのように俺の心に突き刺さったままになっている。
 
 一人の学生がレジにやってきた。商品を受け取り、支払いの手続きを済ませる。俺がレジ端末から視線を上げると、その女の子と目が合った気がした。