3
あれは第一次パンデミックから少し経ってからのこと。
あの頃はまだ情報が錯綜していて、皆が疑心暗鬼になっていた。親が子供を学校へ通わせない、そんな家庭も多くあった。
海史と真叶は従兄弟同士だ。海史の母は真叶の姉であった。
家が近いこともあり、幼い頃から二人はよく遊んでいた。片方の家に預けられることも多くあった。
『感染者』のことはテレビで頻繁に取り上げられ、学校でも教師からどのような存在であるかを説明されていた。
兎に角見つけたらすぐ建物の中へ入り避難するように。
教師からはそのように注意されているだけだ。
まだ的確な対処法などは確立していなかった頃だ。
世間の空気は重かったが、小学生である二人にはまだその重さが理解出来なかった。
「アイス買いに行こうよ」
5月下旬、その日は夏日と言ってもいいくらいに暑かった。
土日は大体どちらかの家に預けられることが多く、その日は保護者会が開かれた日で二人の両親は小学校に出向いていた。
シェルターを作る話が出ているということで、それについての説明会だった。
昼食を皆で取った後、姉である海史の家に真叶を預け両親は出かけていった。
くれぐれも外に出ないように、誰が来ても出なくていい。そう釘を刺されていたにも関わらず、留守番に飽きていた海史は真叶に提案した。
「え……ダメだよ、今日はうちの中から出ちゃダメってお母さんが……」
「え〜コンビニすぐじゃん、行こうよ」
「でも……」
ダメだと言うだろうということは分かっていた。
だけど気弱な真叶は海史が強く言えば何でも言うことを聞いた。それを分かっていて海史は言ったのだ。
「じゃあ、一人で行く」
「え……」
「お前の分も買ってきてやるよ」
「海史……でも……ダメだって……」
「大丈夫だよ、パトカーの音も聞こえてないし、今は感染者はいないよ」
パンデミック以来パトカーを多く見かけるようになった。サイレンを鳴らしている時は近くに感染者がいることが多かったが、今はその音もしない。
「どうする?行くのか?行かないのか?」
「……行くよ……」
今と違いあの頃はまだ海史の方が背が高かった。細くて背の低い、気弱な性格な真叶はよく海史の影に隠れるような大人しい子供だった。
「早く行こ!!」
はしゃいだ声を出し海史が玄関へ走り出す。待ってよ、と真叶が追い掛けた。
それは忘れかけていた、いつもの日常だった。
土曜日の午後、歩道には歩行者はおらず、住宅街なので元々車の往来が少なくはあったが全く見掛けなかった。
暑く、静かな日であった。
コンビニまでは300メートルとない、子供の足でも五分と掛からないであろう。
自動ドアが開き中に入ると、涼しい冷気が迎え入れてくれた。
「すずし〜」
さっきまで不安そうな顔をしていた真叶も、コンビニの中に入ったことで幾分ホッとしていた。
軽快な音楽が流れる店内、カウンターには誰もいなかったが二人は気にならなかった。アイスの棚は一番奥にある、店内を見回しながらお菓子も買おうかなんて思っていると、右奥の飲料の棚の床にペットボトルが何本か転がっていた。
「?」
一本や二本ではなくもっと多かったから、拾うのを手伝った方がいいのか?という親切心からだ。そこに店員がいるのかも。そんな風に思った。
「海史?」
真叶の声が背中に掛かる。
それを聞きながら床に転がったスポーツドリンクのペットボトルを拾い棚の奥を見ると、コンビニの制服を着た店員らしい男性が床に膝を付き項垂れていた。
「あの……大丈夫ですか?」
具合が悪くなってしゃがんでいるのだ。咄嗟にそう思い声を掛けたのだが、棚の影にはもう一人、いた。
「……あ」
アイスや冷凍食品が入ったケースに寄りかかるようにして立っ女性の顔は土色で、虚ろな瞳、だらしなく開いたままの口。明らかに常軌を逸した雰囲気に『感染者』だと気付いた。
「かん……」
だが、体は直ぐには動かなかった。初めて間近で見た『感染者』への衝撃、恐怖が全身を硬直させる。
「海史?」
真叶はまだ気付いてない。一人ではないということが海史を動かす。
「まなか!」
「?!」
「逃げろ!」
「え……?」
くるりと真叶の方を向き、海史も逃げようとしたが、その時、腕を強く掴まれた。
「?!」
見ればしゃがんでいた店員が膝立ちで海史の腕を掴んだのだ。
「……ぁ……」
逃げなければと分かっているのに身体が言うことを聞かない。掴まれた手は冷たく、爪が食い込むほど強く握られた。
心臓がバクバクと音を立て、身体から血の気が引く。
店員の顔が腕に近付いた所で、ようやく我に返る。噛まれる!そう思えば何とか足が動いた。
掴まれた手から逃れようと両手で引き離しに掛かるが、子供と大人の力の差はどうにも出来ない。まして、感染者は筋力が増加し人よりも何倍も強い力を発揮出来る。
「真叶……!」
真叶に助けを求めたが、従兄弟も海史の様に恐怖からか小刻みに震え固まっていた。
振り払って逃げたいのに、もう一人の感染者までもが近付いてきた。
手近な棚から商品であるチョコ菓子の箱を投げつけると、その感染者は怯んだ。
だが、店員の手はまだ海史の腕を掴んだままだ。
「……かい……」
「真叶……!……やめっ……うっ……!!」
腕に痛みが走る、チョコ菓子の箱の角を手当たり次第投げるが感染者は痛みを感じないのか、角が右目にぶつかろうが掴む力は弱まらない。
「真叶……たすけて……」
「あ……かい……」
震えるだけで真叶は動かない。アイスケーキの側にいた感染者が真叶を見て、一歩足を踏み出した。
「!!」
涙をポロポロ流しながら、真叶は後退する。
それを追うように、感染者がまた一歩と近付く。
とうとう真叶は後退りながら、逃げ出してしまった。棚にぶつかりながら、コンビニの出口を目指す。
「まな……」
絶望が海史を襲う。噛まれたことよりも、置いて行かれたことが悲しかった。
不意に腕の力が緩むと、コンビニ店員は立ち上がった、ふらふらと上体を揺らし菓子棚にぶつかる。その拍子に、小さな箱がバラバラと床に転がったが店員は気にせず歩き出した。
「……?」
海史は二人の後姿を呆然と見ていた。
感染者たちはそのままコンビニの出口に向かっていく、棚の角を曲がりその後姿が完全に見えなくなると海史はガクリと床に膝を付いた。
膝丈のズボンと靴下の間の足首にひやりとした床の冷たさが伝わってくる。
「……」
噛まれてしまった。これで自分も感染者になってしまうのか、絶望と恐怖が入り混じり無意識に両腕を抱きしめた。頬を伝わる涙の温かさにまだ自分は生きているのだと実感出来た。
ガタガタと震える体を抱きしめていた時間はそう長くはなかった。だが、小学生が味わう絶望感は何時間分にも感じられた。
「……!!」
コンビニの外で銃声が聞こえた。そして直に人が倒れるような音と、怒号も。
感染者が斃されたのだろう、失意の中でそれを理解するとじわじわと心の中には恐怖が広がる。
銃を向けられる対象になったのだ。
逃げないと、そう思うのに体が動かない。
「どこだ?!」
コンビニの自動ドアが開く音と足音が同時にする。それから続いて知った声が。
「まってください……!海史は……」
「いたぞ!」
感染者が去った場所に今度は知らない大人が二人立っていた。肩からはアサルトライフルを提げているが、警察官や自衛隊の制服は着ていない。半袖のティーシャツにジーパン姿で二人共二十代後半に見える。
「……噛まれている」
「……あぁ……」
二人は棚二つ分離れた場所から海史に銃口を向けた。
その時、二人の後から転がるように真叶が飛び出てきて、海史の前で両手を広げた。
「ま、まって……だめ……こ、ころさないで……」
「危ないからそこから退きなさい、彼は噛まれているんだ」
「……だめ……」
泣きながら訴える真叶は震えながらも、大人たちを見上げ懇願する。
「だめ……おねがい……」
「……おい……今何分経っている……?」
一人がもう一人に尋ねる。さっきまでの殺気は消えて、戸惑いが浮かぶ。
「……子供の方が感染は早いと聞くが……この子は……」
「あぁ……」
「あ、来ないで……」
二人が近付くと真叶は海史に抱きつき、必死の形相で大人たちを睨みつけた。まるで子犬が威嚇しているような姿だ。
「……大丈夫、彼を病院に連れて行こう、手当をしなくては」
「……本当に?」
「本当だ」
一人が海史と真叶の目線に合うようにしゃがみこみ、殊更優しい声を出す。
それは懐柔するような声音ではなく、心から心配している声に聞こえ真叶は海史の前からそろそろと退いた。
「……君、噛まれたのは腕だけかい?」
「はい」
「……もう十分以上経っているよね?」
「……多分」
もう何時間も経っているような気もするが、時間にすればその程度のようだ。
変な気分だった。さっきまで自分に銃を向けていた大人たちは180度態度を変えたのだから当然だろう。
「病院へ連れて行く、君は感染者にはならないから安心していいよ」
「……本当に?」
「本当だ、君は特別な体をしているようだ、数は少ないが噛まれても感染しない人間もいるんだ、だけど、手当と検査が必要になる、二人だけ?親御さんはどこかな?」
「海史!」
ほっとした拍子に体が床に倒れ込む。
真叶の心配そうな声が頭の上に落ちる。
「対象者だ……噛みつかれてからの発熱……大丈夫だよ、直に病院に連れ行こう、君は家に」
「一緒に行きます」
「……分かった、病院に付いたら保護者の方に連絡を取ってもらおうか」
「はい」
薄れゆく意識の中ではっきりと真叶の声を聞いた。
それが二人が初めて感染者と狩人に遭遇した時のことだ。
あれが切っ掛けで二人は狩人の存在を知り、志願して今に至る。
この後両親からたっぷり叱られ、暫くは学校以外の外出は禁止されてしまった程だ。そして、真叶はと言えばずっと誤ってきた。泣きながら何度もごめんさないと。
だが、従兄弟は逃げたのではない。助けを呼びに行ったのだ。
それに、撃たれようとした時は勇敢にも間に入り自分を助けようとしてくれた。
謝る度に気にしなくていいと伝えたが、真叶の中ではずっとあの場から海史を連れて逃げられなかったことが後悔として残り、それは深い傷としてずっと突き刺さっている。
よく笑う方ではなかったが、塞ぎ込むようになった。海史より体が大きくなるにつれ、トレーニングを始めるようになった。
いつでも守れるようにと。
守られてばかりでは嫌なのに。自分は対象者ではあるが、ただの庇護対象ではない。
もどかしく思う。
ただ、隣に並びたいだけなのに。
あれは第一次パンデミックから少し経ってからのこと。
あの頃はまだ情報が錯綜していて、皆が疑心暗鬼になっていた。親が子供を学校へ通わせない、そんな家庭も多くあった。
海史と真叶は従兄弟同士だ。海史の母は真叶の姉であった。
家が近いこともあり、幼い頃から二人はよく遊んでいた。片方の家に預けられることも多くあった。
『感染者』のことはテレビで頻繁に取り上げられ、学校でも教師からどのような存在であるかを説明されていた。
兎に角見つけたらすぐ建物の中へ入り避難するように。
教師からはそのように注意されているだけだ。
まだ的確な対処法などは確立していなかった頃だ。
世間の空気は重かったが、小学生である二人にはまだその重さが理解出来なかった。
「アイス買いに行こうよ」
5月下旬、その日は夏日と言ってもいいくらいに暑かった。
土日は大体どちらかの家に預けられることが多く、その日は保護者会が開かれた日で二人の両親は小学校に出向いていた。
シェルターを作る話が出ているということで、それについての説明会だった。
昼食を皆で取った後、姉である海史の家に真叶を預け両親は出かけていった。
くれぐれも外に出ないように、誰が来ても出なくていい。そう釘を刺されていたにも関わらず、留守番に飽きていた海史は真叶に提案した。
「え……ダメだよ、今日はうちの中から出ちゃダメってお母さんが……」
「え〜コンビニすぐじゃん、行こうよ」
「でも……」
ダメだと言うだろうということは分かっていた。
だけど気弱な真叶は海史が強く言えば何でも言うことを聞いた。それを分かっていて海史は言ったのだ。
「じゃあ、一人で行く」
「え……」
「お前の分も買ってきてやるよ」
「海史……でも……ダメだって……」
「大丈夫だよ、パトカーの音も聞こえてないし、今は感染者はいないよ」
パンデミック以来パトカーを多く見かけるようになった。サイレンを鳴らしている時は近くに感染者がいることが多かったが、今はその音もしない。
「どうする?行くのか?行かないのか?」
「……行くよ……」
今と違いあの頃はまだ海史の方が背が高かった。細くて背の低い、気弱な性格な真叶はよく海史の影に隠れるような大人しい子供だった。
「早く行こ!!」
はしゃいだ声を出し海史が玄関へ走り出す。待ってよ、と真叶が追い掛けた。
それは忘れかけていた、いつもの日常だった。
土曜日の午後、歩道には歩行者はおらず、住宅街なので元々車の往来が少なくはあったが全く見掛けなかった。
暑く、静かな日であった。
コンビニまでは300メートルとない、子供の足でも五分と掛からないであろう。
自動ドアが開き中に入ると、涼しい冷気が迎え入れてくれた。
「すずし〜」
さっきまで不安そうな顔をしていた真叶も、コンビニの中に入ったことで幾分ホッとしていた。
軽快な音楽が流れる店内、カウンターには誰もいなかったが二人は気にならなかった。アイスの棚は一番奥にある、店内を見回しながらお菓子も買おうかなんて思っていると、右奥の飲料の棚の床にペットボトルが何本か転がっていた。
「?」
一本や二本ではなくもっと多かったから、拾うのを手伝った方がいいのか?という親切心からだ。そこに店員がいるのかも。そんな風に思った。
「海史?」
真叶の声が背中に掛かる。
それを聞きながら床に転がったスポーツドリンクのペットボトルを拾い棚の奥を見ると、コンビニの制服を着た店員らしい男性が床に膝を付き項垂れていた。
「あの……大丈夫ですか?」
具合が悪くなってしゃがんでいるのだ。咄嗟にそう思い声を掛けたのだが、棚の影にはもう一人、いた。
「……あ」
アイスや冷凍食品が入ったケースに寄りかかるようにして立っ女性の顔は土色で、虚ろな瞳、だらしなく開いたままの口。明らかに常軌を逸した雰囲気に『感染者』だと気付いた。
「かん……」
だが、体は直ぐには動かなかった。初めて間近で見た『感染者』への衝撃、恐怖が全身を硬直させる。
「海史?」
真叶はまだ気付いてない。一人ではないということが海史を動かす。
「まなか!」
「?!」
「逃げろ!」
「え……?」
くるりと真叶の方を向き、海史も逃げようとしたが、その時、腕を強く掴まれた。
「?!」
見ればしゃがんでいた店員が膝立ちで海史の腕を掴んだのだ。
「……ぁ……」
逃げなければと分かっているのに身体が言うことを聞かない。掴まれた手は冷たく、爪が食い込むほど強く握られた。
心臓がバクバクと音を立て、身体から血の気が引く。
店員の顔が腕に近付いた所で、ようやく我に返る。噛まれる!そう思えば何とか足が動いた。
掴まれた手から逃れようと両手で引き離しに掛かるが、子供と大人の力の差はどうにも出来ない。まして、感染者は筋力が増加し人よりも何倍も強い力を発揮出来る。
「真叶……!」
真叶に助けを求めたが、従兄弟も海史の様に恐怖からか小刻みに震え固まっていた。
振り払って逃げたいのに、もう一人の感染者までもが近付いてきた。
手近な棚から商品であるチョコ菓子の箱を投げつけると、その感染者は怯んだ。
だが、店員の手はまだ海史の腕を掴んだままだ。
「……かい……」
「真叶……!……やめっ……うっ……!!」
腕に痛みが走る、チョコ菓子の箱の角を手当たり次第投げるが感染者は痛みを感じないのか、角が右目にぶつかろうが掴む力は弱まらない。
「真叶……たすけて……」
「あ……かい……」
震えるだけで真叶は動かない。アイスケーキの側にいた感染者が真叶を見て、一歩足を踏み出した。
「!!」
涙をポロポロ流しながら、真叶は後退する。
それを追うように、感染者がまた一歩と近付く。
とうとう真叶は後退りながら、逃げ出してしまった。棚にぶつかりながら、コンビニの出口を目指す。
「まな……」
絶望が海史を襲う。噛まれたことよりも、置いて行かれたことが悲しかった。
不意に腕の力が緩むと、コンビニ店員は立ち上がった、ふらふらと上体を揺らし菓子棚にぶつかる。その拍子に、小さな箱がバラバラと床に転がったが店員は気にせず歩き出した。
「……?」
海史は二人の後姿を呆然と見ていた。
感染者たちはそのままコンビニの出口に向かっていく、棚の角を曲がりその後姿が完全に見えなくなると海史はガクリと床に膝を付いた。
膝丈のズボンと靴下の間の足首にひやりとした床の冷たさが伝わってくる。
「……」
噛まれてしまった。これで自分も感染者になってしまうのか、絶望と恐怖が入り混じり無意識に両腕を抱きしめた。頬を伝わる涙の温かさにまだ自分は生きているのだと実感出来た。
ガタガタと震える体を抱きしめていた時間はそう長くはなかった。だが、小学生が味わう絶望感は何時間分にも感じられた。
「……!!」
コンビニの外で銃声が聞こえた。そして直に人が倒れるような音と、怒号も。
感染者が斃されたのだろう、失意の中でそれを理解するとじわじわと心の中には恐怖が広がる。
銃を向けられる対象になったのだ。
逃げないと、そう思うのに体が動かない。
「どこだ?!」
コンビニの自動ドアが開く音と足音が同時にする。それから続いて知った声が。
「まってください……!海史は……」
「いたぞ!」
感染者が去った場所に今度は知らない大人が二人立っていた。肩からはアサルトライフルを提げているが、警察官や自衛隊の制服は着ていない。半袖のティーシャツにジーパン姿で二人共二十代後半に見える。
「……噛まれている」
「……あぁ……」
二人は棚二つ分離れた場所から海史に銃口を向けた。
その時、二人の後から転がるように真叶が飛び出てきて、海史の前で両手を広げた。
「ま、まって……だめ……こ、ころさないで……」
「危ないからそこから退きなさい、彼は噛まれているんだ」
「……だめ……」
泣きながら訴える真叶は震えながらも、大人たちを見上げ懇願する。
「だめ……おねがい……」
「……おい……今何分経っている……?」
一人がもう一人に尋ねる。さっきまでの殺気は消えて、戸惑いが浮かぶ。
「……子供の方が感染は早いと聞くが……この子は……」
「あぁ……」
「あ、来ないで……」
二人が近付くと真叶は海史に抱きつき、必死の形相で大人たちを睨みつけた。まるで子犬が威嚇しているような姿だ。
「……大丈夫、彼を病院に連れて行こう、手当をしなくては」
「……本当に?」
「本当だ」
一人が海史と真叶の目線に合うようにしゃがみこみ、殊更優しい声を出す。
それは懐柔するような声音ではなく、心から心配している声に聞こえ真叶は海史の前からそろそろと退いた。
「……君、噛まれたのは腕だけかい?」
「はい」
「……もう十分以上経っているよね?」
「……多分」
もう何時間も経っているような気もするが、時間にすればその程度のようだ。
変な気分だった。さっきまで自分に銃を向けていた大人たちは180度態度を変えたのだから当然だろう。
「病院へ連れて行く、君は感染者にはならないから安心していいよ」
「……本当に?」
「本当だ、君は特別な体をしているようだ、数は少ないが噛まれても感染しない人間もいるんだ、だけど、手当と検査が必要になる、二人だけ?親御さんはどこかな?」
「海史!」
ほっとした拍子に体が床に倒れ込む。
真叶の心配そうな声が頭の上に落ちる。
「対象者だ……噛みつかれてからの発熱……大丈夫だよ、直に病院に連れ行こう、君は家に」
「一緒に行きます」
「……分かった、病院に付いたら保護者の方に連絡を取ってもらおうか」
「はい」
薄れゆく意識の中ではっきりと真叶の声を聞いた。
それが二人が初めて感染者と狩人に遭遇した時のことだ。
あれが切っ掛けで二人は狩人の存在を知り、志願して今に至る。
この後両親からたっぷり叱られ、暫くは学校以外の外出は禁止されてしまった程だ。そして、真叶はと言えばずっと誤ってきた。泣きながら何度もごめんさないと。
だが、従兄弟は逃げたのではない。助けを呼びに行ったのだ。
それに、撃たれようとした時は勇敢にも間に入り自分を助けようとしてくれた。
謝る度に気にしなくていいと伝えたが、真叶の中ではずっとあの場から海史を連れて逃げられなかったことが後悔として残り、それは深い傷としてずっと突き刺さっている。
よく笑う方ではなかったが、塞ぎ込むようになった。海史より体が大きくなるにつれ、トレーニングを始めるようになった。
いつでも守れるようにと。
守られてばかりでは嫌なのに。自分は対象者ではあるが、ただの庇護対象ではない。
もどかしく思う。
ただ、隣に並びたいだけなのに。
