サッカー部の1軍男子に、めっちゃ睨まれて困ってます

「おーい、遥斗、こっち戻ってこい」

 佐伯が目の前で、手をひらひらと振っている。
 そう言えば、教卓に立っていた先生もいないし、教室も賑やかだ。いつの間にか授業が終わったらしい。

「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
「大丈夫かよ?最近、変だぞおまえ。藤ヶ瀬とも妙にぎこちねぇしさ」
「そんなこと、ないよ」
 
 いや、本当はそんなことある。
 ぼんやりとしてて、なんにも集中できない日が続いている。
 藤ケ瀬君への気持ちを自覚して、一瞬で失恋して、どう接していいかわからなくなった。

「そうか? それならいいけど。これ、明後日の体育祭のプリント。遥斗、出場種目の希望票でてなかったら、俺が勝手に出しておいたから。文句は言うなよ」
「うん、助かった。ありがとう」

 うちの学校の場合、運動部のガチ勢が出場するクラス対抗リレー以外は、基本的にレクだ。だから、運動が苦手な俺だって、どの種目だろうが問題はない。
 手渡されたプリントに目を落とす。

「ねぇ、借り物競争はわかるんだけど、なんで二人三脚に藤ケ瀬君と出ることになってるの?」
「あ~、それな。藤ヶ瀬のワガママ。クラス対抗リレーのアンカー引き受ける代わりに、遥斗と二人三脚やらせろって言ったから。あいつクールなわりには、意外とむっつりだよな。まずかった?」

 まさか、藤ケ瀬君のことが好きだから、やりずらいなんて言えるわけがない。しかも勝手に失恋済みだし。

「まずくはないけど……ほら、藤ヶ瀬君とは足の長さが違いすぎるから、バランスが悪いっていうか」
「それなら大丈夫だろ、あいつのほうが合わせるよ。不安なら、練習しとく?」
「いや、それは困るっていうか⋯」
「あ〜面倒くせぇな。ちょっと待ってろ」

 教室の後でたむろする1軍集団に向かって突進した佐伯は、輪の中心にいた藤ケ瀬君の腕を引っ張って戻ってきた。

「諏訪が呼んでるって聞いたんだけど。どうした?」
 
 キラキラ1軍男子の名に相応しい、爽やかさで尋ねられた。
 日曜日以来、いろんな理由をつけて藤ケ瀬君から逃げている。本人を前に緊張しないわけがない。

「いや…えっと…用はないんだけど」

 あれ、この前までどうやって話してたんだっけ?
 話し方まで忘れてる。
 そんな俺を見かねたのか、佐伯が口をはさむ。

「遥斗が二人三脚の練習をしたいんだってさ」
「なんだ、そんなこと。いいよ。諏訪、今からでも大丈夫?」

 おずおずと頷くと、そのまま生物室に連れて行かれた。
 3日ぶりの、ふたりきり。
 廊下から聞こえれくる笑い声が、やけに大きい。
 
「もうちょっと近くに寄って。足首を結ぶから⋯⋯よっし。きつかったら言って」

 足元にしゃがんでいた藤ケ瀬君が立ちあがって、整った顔が目の前にせまる。
 それだけで血液が沸騰したみたいに、ぶわっと顔が熱くなる。
 もちろん、視線なんか合わせられるはずがない。

「どうした?諏訪、具合でも悪い?」
「だ、大丈夫だから。げ、元気だし」
「そうか、じゃ始めよっか」

 藤ケ瀬君の男らしい腕が伸びてきて、ぐっと引き寄せられた肩がびくっと跳ねる。
 心臓が口から飛び出るかと思った。

「悪い。諏訪、こうして触られるの、ひょっとして嫌だった?」
「そ、そんなことないよ」

 悪いのは、俺のほうだ。
 好きなことを隠して、こうしているんだから。
 罪悪感でいっぱいだ。

「それならいいけど。諏訪も、俺の腰のところに手まわして。そのほうが、くっついて歩きやすいだろ?」
「うん、わかった」
 
 おずおずと、藤ケ瀬君のほうに腕を伸ばした。
 腰をつかんだ指先から伝わるゴツゴツとした骨の感触。制服越しでもわかる筋肉の動き。もう息が止まりそうだ。
 
「それじゃ、右足からでいい?いくよ?」

 真っ赤な顔して俺はこくこくと頷いたけど、本当は聞いてなんかいなかった。
 歩くたびに触れる脇腹から伝わる熱に気を取られて、それどころじゃない。
 だから、バランスを崩して前に倒れる俺を、藤ケ瀬君がさっと手を伸ばして支える、という情けない流れを、さっきから何度も繰り返している。

「諏訪、ちょっと休憩しよっか?」
「そうだね。疲れたから、ちょっと座りたい」

 足元の紐ほどいて、机の向こう側にまわりこんだ。
 今、顎ドンなんてされたら無理だ。心臓が爆発する。

「ねぇ、諏訪。こっち向いてよ」
「⋯⋯うん」

 顔をあげれば、眉と口元がほんの少し下がった、困ったような表情をした藤ケ瀬君がいた。

「よかった。やっと目があった。諏訪、なんかあった?」
「⋯いや、何もないよ」
「本当に?」
「本当だよ」
「でも、試合のあとから諏訪に避けられてる気がすんだけど」
「そ、そんなことないよ」
「そんなことある、って。もし、俺に触られるのが嫌だったり、なんか傷つけるようなことをしてたら、ちゃんと教えて。俺は、諏訪のこと⋯⋯大切に思ってるから」

 目の前にある澄んだ瞳はとっても穏やかなのに、その奥では何かが揺れている気がした。
 藤ケ瀬君は、俺のことを大切な友達だと思ってくれている。こんなにも心配してくれている。
 それなのに。
 好きっていう気持ちを隠してここに座っている俺は、ずるい。

「ありがとう。藤ケ瀬君は、俺が嫌がることは全然してないよ。だから心配しないで。でも、俺は藤ケ瀬君にちゃんと伝えなきゃいけないことがあるんだ。だから体育祭のあとに聞いて欲しいんだけど、いい?」
 
 決心がついた。
 これ以上、藤ケ瀬君に心配をかけたくない。ちゃんと俺の気持ちを伝えて、振ってもらおう。
 俺の緊張が伝わったのか、藤ケ瀬君の喉仏が上下にごくりと動く。

「うん、わかった。俺も諏訪に伝えたいことがあるから、その時に聞いてくれる?」
「もちろんだよ」

 『彼女ができた』でも『好きな人がいる』でも、もう聞く覚悟はできているから。

「あっ、悪い。そろそろ、部活行かないと。諏訪、先に教室に戻ってるよ」

 そう言うと、藤ケ瀬君は立ち上がって出て行った。
 一人取り残された生物室で見た、窓の向こう側には、雲ひとつない真っ青な空が広がっていた。


 体育祭の日は、快晴だった。
 クラスごとに指定された応援席の1番後ろに陣取った俺と佐伯は、のんびり観戦ムードだ。
 藤ケ瀬君と出た二人三脚は、練習の時と同じで、前に倒れ込みそうになる俺を、王子様のごとく藤ケ瀬君が助けるの繰り返しで、結果はビリから2番目だった。
 午前中のメインのクラス対抗リレーは、みんなの期待どおり、2位で渡されたバトンをアンカーの藤ケ瀬君が逆転して優勝した。
 そのせいか前方に座る藤ケ瀬君のところには、ひっきりなしに女子が訪れては、どこかに連れていかれている。

「あそこまでモテると、うらやましいを通りこして気の毒になるな」
 
 そうつぶやいた佐伯の視線の先では、さっきまで1年生の女子達に囲まれて写真に応じていた藤ケ瀬君が、また別の女子に声をかけられていた。
 やっぱり藤ケ瀬君は、俺とは違う世界に住む人だ。
 そう思うと、逆にすっきりとした気分だ。きっと(いさぎよ)く散れる⋯⋯と思う。

「おい、遙斗。ぼーっとしてんなよ。借り物競争の呼び出しかかってんぞ」
「本当だ。それじゃ行ってくるね」
「おう。眼鏡でもジャージでも、お玉でも全部用意しておくからさ。この佐伯百貨店を頼っていいんだぜ」
「ありがとう。期待してるよ」

 そんな軽口を佐伯と叩いてから、リラックスしてスタート地点に並んだ。
 それは他の人も同じようで、スタートの合図が鳴っても、みんなゆっくりと借り物が書いてある紙へ向かう。
 変な物が書かれてないといいけど。
 そんな希望を込めて開いた紙に書かれていた文字を見て、目を疑った。

「⋯⋯どうしよう」

 ここで嘘をついてもしょうがない。
 どうせ体育祭が終わったら、伝えなきゃいけないんだから。
 俺は覚悟を決めて、クラスの応援席に向かって走り出した。

「藤ケ瀬君、藤ケ瀬君いる?」

 ちょうど女子の呼び出しから戻ってきた藤ケ瀬君を見つけて、手を差し出した。

「お願い、ちょっと一緒に来て」

 一瞬、驚いたような顔をした藤ケ瀬君は、すぐに嬉しそうに頷くと、差し伸べた手をしっかり握り返してくれた。
 顔を見合わせて、頷きあう。

「諏訪、走れる?」
「うん、頑張る」
 
 手をしっかり握ったまま、二人でゴールのテープを切った。
 ゴールにいた審判係の佐藤さん、塩田さんコンビに借り物のが書いてある紙を見せると、にっこり笑って「OKです」と言ってわれて、1位と書かれた旗のところへ誘導された。

「ねぇ、諏訪。その紙になんて書いてあったの?」
「えっと……」

 ここまで来たら、もう逃げられない。
 誰かの丸っこい字で『すきぴ』と書かれた紙を、藤ケ瀬君に差し出した。
 怖くて顔が見れない。下を向いていたら、頭上で「ふはっ」と笑う気配がした。

「最高だよ。……俺も同じ気持ちなんだけど」
 
 えっ!?それって、まさか…… 
 その言葉の意味を確かめる前に、ぎゅっと抱き寄せられた。
 藤ケ瀬君の匂いと体温に包まれる。
 俺の肩元には、頭をぐりぐりと押し付ける藤ケ瀬君がいる。
 歓声と悲鳴が入り混じった黄色い声が、グラウンドの空気を揺らしていた。


「体育祭が終わるまで待てないんだけど」そう言った藤ケ瀬君に、生物室に連れてこられた。
 扉の鍵を閉めた藤ケ瀬君が、俺と向いあうように立つ。

「諏訪が冗談でこんなことをする人じゃないってわかってるけど、一応、確認させて。諏訪は俺のことが好きってことで、あってる?」
「ごめん。実は、そうなんだ」
「なんで謝るの? 俺は最高にうれしいんだけど。なんなら体育祭のあと、俺から言うつもりだったし」

 少しだけ唇を尖らせて見せる藤ケ瀬君は、いつもと違って、なんだか拗ねた子供のようにかわいらしい。

「だって、藤ケ瀬君のことを好きって気づいてから、どきどきしっぱなしで、どうしていいかわからなかった。だから、藤ケ瀬君のことを避けてたり、おかしな態度をとって心配かけたから」
「俺のことを意識し過ぎて避けるなんて、かわい過ぎるだけだから」

 片手で顔を覆った藤ケ瀬君の耳は、すごく真っ赤になっている。

「そ、そう?」
「そうだよ。かわい過ぎて我慢できないから、抱きしめてもいい?」

 おずおずと頷くと、藤ケ瀬君の長い手が伸びてきて胸の中に引き寄せられる。
 制服越しに伝わってくる熱に、もう身体が溶けそうになっている。

「あと、俺からもちゃんと伝えさせて。俺は、諏訪のことが好きだから」

 さっきまで潔く振られることを覚悟していたはずなのに。
 はちみつのように甘い藤ケ瀬君の声に、頭がくらくらする。
 耳元で追い打ちをかけるように、ささやかれる。

「ねえ、諏訪は俺のこと、いつから気になっていた?」

 それから俺たちは、4月からの今日までの出来事を一つ一つ答え合わせをしていった。
 嫌われてると思ってたこと、うれしかったこと、惹かれてしまったこと、失恋したと思っていたこと。
 たった3か月の間のことだけど、そのどれもが大切なことだった。

「やばい。このままだと、諏訪のこと解放できなくなる」

 そんな言葉の通り、結局、体育祭の終わるぎりぎりの時間まで、藤ケ瀬君の腕の中にいた。