サッカー部の1軍男子に、めっちゃ睨まれて困ってます

 最近の俺はおかしい。
 授業中も休み時間も、気がつけば藤ケ瀬君のことを目で追っている。
 今日だって、そうだ。
 学校が休みの日曜日。サッカー部の練習試合を見たくて、こうして学校まで来てしまうぐらい。

「あれ、諏訪じゃん。日曜日にどうしたの?」

 校門を通り抜けようとしたら、まさかの藤ケ瀬君ご本人がこっちに向かって歩いてくる。
 学校名が入った青いユニフォームが、制服姿のときとはまた違う、藤ケ瀬君の精悍さを際立たせている。
 まずいって。心の準備がまったくできてない。

「お、おはよう。えっと今日は園芸部の活動で」

 一応、嘘ではない。休日に学校にくるために、事前に顧問に活動許可を取ったから。
 さすがに本人に本当のことを伝えたら、間違いなく気持ち悪がられそうだ。 

「なんだ……って、あたりまえか」

 うん?なんか残念そうな顔されたような。

「これから野辺高と試合やるから、諏訪も時間あったら見にきてよ」
「え、見に行ってもいいの?」
「『いいの?』って、こっちが誘ってんだけど。諏訪にかっこいいところ見せたいからさ」
「うん。それなら、絶対に見に行くよ。頑張って⋯⋯って、もう充分頑張ってるよね。余計なこと言って、ごめん」
「いや、いいって。諏訪に頑張れって言われると、いつもより頑張れる気がするから」

 太陽のような眩しい笑顔を向けながら、俺の頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。
 そんなことを自然とするから、藤ケ瀬君のことが気になっちゃうわけで。だから無自覚のキラキラ男子は、困る。
 恨みがましい俺の視線にも、全然気付いていない。

「ん、じゃ、そろそろ行くわ。諏訪も部活、無理すんなよ」
「わかってるよ。また、あとで」
 
 生物室でジャージに着替えてから花壇に向かう途中、体育倉庫の前で、サッカー部の試合相手の集団とすれ違った。
 黒いジャージにエナメルバックを背負った選手達と、その後ろを歩く制服姿の華やかな女子達。
 その一団が通り過ぎると、前を歩いてたサッカー部の3人が一斉に立ち止まった。振り返って、急に色めき立つ。

「なぁ、今の野辺高のマネ見た?」
「見た、見た。超絶かわいかったな。とくに1番右端にいた髪の長い子。読モか、なんかかな」
「えっ、知らねぇの? それ、藤ケ瀬の元カノだよ」

 ……元カノ。
 突然、耳に飛び込んできた言葉に、喉元に石でも詰まったように苦しくなった。
 藤ケ瀬君なら彼女がいたことがあるのは当然で、むしろ、付き合ったことがないほうが不自然だ。
 それなのに、こんな落ち着かない気分になるのは、なぜだろう。
 
「あ〜、藤ケ瀬か。なんか納得できるわ」
「でも元カノと別れてから、藤ケ瀬のやつ彼女作らないらしいじゃん。まだ未練あったりして」
「それな。あんなかわいい子と付き合ったら、彼女に対する基準値が高くなりそうだよな」
「クソ羨ましすぎるだろ。俺も、藤ケ瀬の顔と体になりてぇわ」

 ひとりが叫ぶと、ほかのふたり人がげらげらと笑って、楽しそうにグラウンドのほうに行ってしまった。
 体育倉庫の前にひとり立ち尽くす俺の頭の中は、さっきの話でいっぱいだった。
 藤ケ瀬くんは、まだ元カノに未練があるのかな?
 いや、なんで、そんなことを気にしているんだろ。
 足元がぐらりと揺れた気がした。
 なんなんだろ、この感情は。
 初めていだく気持ちに戸惑いながら、ふらふらと歩きだした。

 グラウンドに行くと休日というのに結構な人たちが応援にきていた。
 その人垣の隙間からサッカーコートを眺めると、もう試合は始まっていて藤ケ瀬君が走り回っていた。
 コートには他にも選手がいるのに、まるで藤ケ瀬君にだけスポットライトをあてたように、浮き立って見える。
 どの動作も切れがあって、かっこいい。
 視線が吸い寄せられる。
 サイドから出たパスを藤ケ瀬君が受けると、コートを取り囲む女子達の歓声がひと際大きくなった。
 そのままコートを一気に駆けあがると、相手チームのディフェンスを躱してゴールネットを揺らした。また歓声が大きくなる。
 チームメイトにもみくちゃにされている藤ケ瀬君と、目が合った。
 クールな表情が一瞬くずれて、整った口元の端っこが得意げに上がった。俺だけに向けた笑顔だ。
 息が止まるかと思った。心臓がうるさい。
 
 「……まずいかも」 
 
 その瞬間、気づいてしまった。俺は、きっと藤ケ瀬君のことが好きなんだ。
 だから藤ケ瀬君から目が離せなくって、触れられて笑いかけられるたびに、どきどきするし、うれしいんだ。
 その感情を自覚したら、もう冷静に試合を見てることなんてできなかった。
 余計なことを考えないように、花壇に逃げ込んで作業に没頭した。
 用務員室に置かせてもらっていた花の苗を取りに行って、グラウンドに戻ると試合は終わっていた。
 藤ケ瀬君が、俺を見つけて真っ直ぐに歩いてくる。
 さっきまでは会いたくて仕方がなかった。
 それなのに今は、逃げ出したくてしょうがない。

「試合、見ててくれてありがとう。どうだった?」
「……すっごく、藤ケ瀬君がかっこよかった」

 藤ケ瀬君のアーモンド形の目尻が、照れたようにゆるむ。
 たくさんの女子から「かっこいい」ってきゃきゃあ言われていたはずなのに、俺の一言で、そんな表情をするのはやめて欲しい。
 俺が、藤ケ瀬君にとって特別だって、勘違いしてしまいそうだから。

「ありがとう。諏訪に言われると、本当にうれしいわ」
「そ、っそう?」

 どきどきして落ち着かないでいると、藤ケ瀬君が俺の目を覗き込みながら、頬にそっと手を添えた。
 
「なんか諏訪、顔が真っ赤なんだけど。大丈夫? 」

 それは藤ケ瀬君のせいだ。
 口をぱくぱくさせていると、「翔馬、ちょっといい?」と背後から声がした。
 振り返ると、他校の制服をきた女子が立っている。
 つやつやした長い黒髪、短いスカートから延びる細い足、くりっとした瞳。それに藤ケ瀬君のことを、下の名前で呼んでいる。
 この人が藤ケ瀬君の元カノだと、嫌でもわかってしまう。

「うん? 俺、いま、忙しいんだけど」

 返事をする藤ケ瀬君の声が、いつもより固い。

「ねぇ、次の試合まで時間あるでしょ。あっちで、ちょっとだけ話せないかな」
「無理なんだけど」
「いいでしょ?ちょっとだけだから」

 元カノは、強引に藤ケ瀬君に腕を絡ませると、そのまま引っ張って中庭のほうに連れていってしまった。
 
「あれ今のって藤ケ瀬君と、野辺高のマネじゃなかった?」
「マネの子、藤ケ瀬君に告白でもするのかな」

 花壇の前を通る女子達の会話が、嫌でも耳に入ってくる。

「そんな感じじゃない? 」
「そっか遠目で見ても、すっごい美人だったもんね。私たちの藤ケ瀬君も、ついに落とされちゃうか。残念〜」
「どうだろ?なんか最近、好きな人がいるからって告白を全部、断ってるらしいし」
「どっちにしろ、うちらには望みないのは変わんないじゃん」

 ⋯⋯そっか、藤ケ瀬君、好きな人がいるんだ。いるよね、そりゃ。
 好きを自覚したと同時に、失恋してしまった。
 そもそも俺なんかが、好きになっていい相手じゃないし。
 すぐ、気づけてよかったんだよね。きっと。

 1か月まえに藤ケ瀬君に見せた花壇のデザイン画を確認しながら、色とりどりの花のポットを並べていく。
 練習試合が再開されたのか、コートの周りからは黄色い声援が聞こえてくる。
 そっちのほうを見ないようにして、花を植えていく。
 今、藤ケ瀬君の姿をちょっとだけでも見たら、泣いてしまう気がしたから。
 サッカー部の試合が終わって、グラウンドから誰もいなくなった頃。ようやく花壇が完成した。
 立ち上がって、足元を見渡す。
 沈みかけた太陽に照らされて、花で描いた四つ葉のクローバーがとても綺麗で悲しかった。
 
「諏訪、お疲れさま。すごいな、これ一人で作ったんだろ?」

 不意に後ろから優しい声がして、身体が固まってしまう。
 今、一番会いたくないのに。
 ごくりと唾を飲み込んで覚悟を決めてから、顔をあげた。

「藤ケ瀬君、まだ残っていたんだ」
「うん。諏訪があまりにも一生懸命だったから、声かけるのも悪いと思ってさ。部室から眺めてた。昼飯も食べてないだろ?」

 差し出されたコンビニの袋からは、ペットボトルやサンドイッチ、ゼリーが溢れるぐらい詰め込まれていた。

「ありがとう」
「どういたしまして。頑張った諏訪にご褒美。片づけるの手伝うから、一緒に帰ろう」

 夕日に照らされてオレンジ色に輝く藤ケ瀬君が、柔らかい笑みを浮かべていた。鼻の奥がつんとした。
 藤ケ瀬君、その優しさが苦しいって。