サッカー部の1軍男子に、めっちゃ睨まれて困ってます

「遥斗、一生のお願いだ。助けてくれ!」

 目の前に立つ佐伯が、勢いよく頭を下げた。おでこが机にぶつかりそうで、見てるこっちがヒヤりとする。
 そう、今日は定期テストの1週間前。佐伯の「一生のお願い」は、決まってテスト前に発動される。
 机の中の教科書をリュックに入れる手を止めて、一応、聞いてみた。

「えっ、なになに⋯⋯って、聞かなくても、だいたい想像はつくんだけさ。とりあえず頭をあげてよ」

 SHR《ショートホームルーム》の終わったばかりの教室には結構な人が残っていて、何事かとチラチラこっちを伺う視線が痛い。
 
「さっすが、遥斗。話が早いから助かる。頼む、古典と英語のノートを貸してくれ」
「いいけど、明日、絶対に返してね」

 さっきリュックにしまったばっかりのノートを取り出して、差し出した。

「サンキュー、恩にきるぜ。あと、お願いついでにもう一つ」
「いいよ。なんのノート? 」
「いや、ノートじゃなくて数学を教えて欲しいんだけど。教科書の例題すら、全然わかんないんだよ」

 佐伯が再び、がばっと頭を下げる。

「えっ、無理だよ。俺、人に教えるの絶対に向いてないから」
「そこをなんとか。テストで1教科でも赤点取ったら、今度の練習試合に出してもらえないんだよ。なっ?」

 垂れ目がちの佐伯の目尻がさらに下がって、情けない顔になっている。こうされると俺は弱い。
 
「わ、わかったから。でも、1時間だけだからね」
「おぅ、遥斗、さすが我が友。それで充分だ。すぐ教科書取ってくるから、ちょっと待ってて」

 廊下側の1番前の席に小走りで向かう佐伯を眺めていると、「ねぇ、諏訪くん。ちょっといいかな?」と女子ふたり組に話かけられた。
 ポニーテールをしてるのが佐藤さんで、ショートカットの方が塩田さんだ。もちろん、話したことはないけど。
 
「な、なに?」
「佐伯くんに数学を教えるなら、私達も一緒に聞きたいなって思って」
「そうそう、うちらもガチめに数学まずいんだよね。って、やっぱり、うちらに話かけらて迷惑だった?」

 緊張で身構えている俺を見て、彼女たちの表情がみるみる心配そうに曇っていく。

「ううん。違う、違う。急に話かけられて、ちょっと驚いただけ。ごめんね」

 あわてて手を横に横にふると、佐藤さんたちはほっとしたように笑顔になった。

「謝んないでよ。むしろ驚ろかせたのは、こっちなんだし。席も隣だから、前から話してみかったんだよね」
「そうそう。だけど諏訪くんって普段、佐伯くん以外と話さないから、話しかけられるのが嫌なのかなって遠慮してたの。でも、最近は藤ケ瀬君ともよく絡んでるから、大丈夫なのかなって思って。それに、雰囲気も柔らかくなったし」

 どうやら俺の態度が、知らないうちに周囲と壁を作っていたらしい。今までの自分の態度を思い出して、申し訳なくなる。

「あ、やっぱり嫌だった?」
「ううん、全然、そんなことないよ。むしろ気を遣わせちゃってたみたいで、ごめんね。あと話かけてくれて、ありがとう」

 素直に気持ちを伝えると、ふたりの表情がぱっと明るくなった。

「勉強を教えてもらおうとしたら、お礼言われちゃって、なんか得した気分なんだけど」
「迷惑だったら、ちゃんと断っていいんだからね」

 彼女たちの予想外に柔らかい眼差しに戸惑っていると、教科書を持って戻ってきた佐伯が「いいよ。まとめて諏訪に教えてもらおうぜ」と返事をした。

 「そんなら、俺も混ぜて欲しいんだけど」

 背後から、耳に良く馴染んだ声がした。いつの間にか現れた藤ケ瀬君が、会話に入ってきた。
 うん、なんか久ぶりに睨まれてる気がするけど、なんで?
 そんな疑問をよそに、藤ケ瀬君が隣の空いてる椅子を引き寄せて、俺の横にぴたりと座る。
 それを見た佐伯が口元をニヤりとさせて、もっともな指摘をした。

「なんで藤ケ瀬が、諏訪の隣に座るんだよ。しかも距離、近くない? ってか、おまえ、諏訪に教えてもらう必要ねぇだろ、成績いいんだし」
「あるんだよ。俺も諏訪と一緒に勉強したいから。ねぇ、諏訪いいだろ?」

 上目遣いのイケメンの破壊力は抜群で、反射的に頷いてしまう。きっと俺は、そのうち藤ケ瀬君に心臓を爆発されるに違いない。

「うん。俺も藤ケ瀬君と一緒に勉強したかったから、うれしいよ。それに問題集でわからないのあって、聞きたかったんだよね。あとで聞いてもいい?」
「もちろん。先に教えるよ。諏訪、どの問題?」
「おい、2人とも俺を無視すんな。お願いだから、教科書の例題からやってくれ」

 俺たちのやり取りを見てた佐藤さんと塩田さんが、顔を見合わせてすくすと笑う。

「なんか、三人とも仲いいね」
「いや、仲良いいのは俺と諏訪だけだから」

 藤ケ瀬君が澄ました顔でさらっと言うと、こらえ切れないとばかりに女子たちがプッと吹き出した。

「藤ケ瀬くんも、なんか変わったよね。もちろん良い意味でね」
「そう?ありがとう。それなら、きっと諏訪のおかげだよ」

 女子ふたりは目配せを交わしてうなずき合うと、何かいいたげな目つきで俺と藤ケ瀬君を交互に見遣っている。

「ほら、もういいだろ。 そろそろ勉強始めようぜ」

 藤ケ瀬君の一言で、みんな現実に引戻される。一斉に教科書を開き始めた。



「やっと終わった!!」

 定期テスト最終日。
 最後の試験が終わって先生が出て行いった途端、教室のいたるところから歓喜の声が湧き上がる。
 解放感に浸りながら帰る準備をしていると、佐伯に引き止められた。

「このあとクラスでカラオケ行くんだけど、諏訪も参加でいいよな?」
「えっ、どうしよう? 俺、家族としかカラオケ行ったことないんだけど。 歌は下手だしノリよくないから、行って雰囲気悪くしない?」
「はっ、気にし過ぎだって。 基本、みんな他のやつの歌なんて聞いてねぇから大丈夫だよ。 それに、諏訪が参加しないと『面倒くせぇ』って言って帰り出すやついるからさっ」

 そう言うと、佐伯が教室の後ろで固まっている1軍集団を指差した。
 藤ケ瀬君も気にしてくれていたようで、俺のほうをチラチラと見ている。それなら心強い。
 それにクラス替えしたばかりの頃とは違う。ちょっとだけ、話す人も増えた。参加して、胃がちくちくすることもないだろう。

「それなら参加するよ」
「おう。駅前のカラオケ店に集合だから、一緒に行こうぜ」

 佐伯に引っ張られてカラオケ店のパーティルームに入ると、後ろからやってきた藤ケ瀬君の長い腕が延びてきて、俺の肩を抱き寄せた。

「諏訪は俺の隣でいいよね?」
「うん、そのほうが安心する」

 藤ケ瀬君に連れられて、部屋の奥にあるソファーの端に並んで座ると、佐藤さんと塩田さんが「藤ケ瀬くんと諏訪くんて、本当に仲良しだね」ってケラケラ笑い出した。
 カラオケが始まって1時間ぐらい経った頃。
 ようやく肩の力が抜けて、なんとなく場の雰囲気を楽しめるようになった俺は、空になったドリンクを取りに行くことにした。
 ドリンクバーは真っ直ぐのびた廊下の突き当たりを、左に曲がったところにある。空っぽのグラスを持って、その角を曲がろうとした時だった。

「なあ、諏訪って最近、調子のってるって感じでムカつくんだけどさ」

 聞こえてきた話し声に、咄嗟に身体を壁の影にひそめた。
 ずらっと並ぶドアから漏れる歌声や音楽が遠のいて、その声だけが、やけにはっきりと耳に届く。
 
「あー、わかるわ。ほら藤ケ瀬が構うから、なんか勘違いしてんじゃね? 陰キャなくせに、自分も1軍みたいな?」
「それな。 藤ケ瀬だって、ちょっと顔が良くて、サッカーが上手いってだけでエラそうだよな」

 心臓きゅっと締め付けられて、血が引いていくのがわかる。
 やっぱり、陰キャな俺が藤ケ瀬君と仲良くしてちゃ駄目だったんだ。
 とりあえず、ドリンクバーにいる奴らとは顔を合わせたくない。
 そのまま引き返そうとして身を翻すと、薄い水色の制服シャツが視界いっぱいに広がった。
 恐る恐る顔あげると、藤ケ瀬君が静かに立っていた。
 俺の腕を優しく掴むと、そのまま廊下を引き返した。パーティルームを通り越して連れて来られたのは、ひとけのない非常階段の踊場だった。

「⋯⋯藤ケ瀬君、ごめん」
「なんで、諏訪が謝るんだよ」
「だって俺のせいで、藤ケ瀬君まで悪口を言われたから」

 藤ケ瀬君の大きな手が俺の頬を包むと、俯いていた顔を持ち上げられた。
 近い位置にある藤ケ瀬の黒い瞳には、泣きそうな顔の俺が映っている。

「諏訪、よく聞いて。俺は悪口を言われても気にしないから、大丈夫だよ。俺の良さは、『俺のことを知って欲しい』って、自分が思う人にだけ伝わればいいから」
「⋯⋯うん」
「それで言うと『俺のことを知って欲しい』人の1番は、諏訪なんだけど。ちゃんと諏訪には、俺のいいところ伝わってる?」
「うん、ちゃんと伝わってるよ」

 あたりまえだ。
 藤ケ瀬君はカッコ良くって、サッカーが上手くて、成績がいい、要領だけがいい人じゃない。
 努力家で、「面倒くせぇ」って言いながらも親切で、人の心の柔らかい部分にも気遣えるぐらい優しくて。俺の中では、最高にキラキラ輝く人だ。

「それなら良かった。あと諏訪の良さは、ちゃんと俺が知ってるから。必要だったら10個でも20個でも、諏訪のいいところ言うよ。だから他の人に何か言われたからって、傷つかないで」
「わかった⋯⋯ありがとう」

 もう、ダメだった。
 さっきまでの張り詰めてた気持ちが、藤ケ瀬君の言葉で一気に緩む。堪えてた涙が、溢れ出しそうだ。
 
「諏訪、そんな泣きそうな顔しないでよ」
「な、泣かないし。大丈夫だから」
「本当に?」
「本当だってば」

 俺の頬に添えられていた藤ケ瀬君の手に、力が入った。
 泣きそうになるぐらい優しい笑みを浮かべると、藤ケ瀬君はむぎゅっと頬を押し潰ぶして、その手をぱっと離した。
 
「ねぇ、諏訪。これから2人で抜け出さない? 俺らの悪口言う奴と一緒にいても楽しくないし。それに、この前の約束覚えてる?」
「⋯⋯約束って、なんかしてたっけ?」
「ほら今度、デートでドキさせるって。今日、何にも考えてないからドキドキさせる自信はないけど」
「えっ----!?」
「その反応は、いいの?それともダメなの?」
「もちろん、いいほうです」

 真っ赤な顔で頷く俺を、うれそうに目を細めた藤ケ瀬君が見つめている。

「良かった。最近、諏訪と話す人が増えたから、正直、見ててちょっと嫉妬してた」
「なんで?」

 どうして藤ケ瀬君が、俺なんかを嫉妬するんだろう。
 どう考えても俺に話かけてくる人より、藤ケ瀬君に話かける人のほうが多い。
 首をコテっと傾げると、藤ケ瀬君が大人びた表情で、俺の頭をポンポンと撫でた。
 
「わかんないなら、いいよ。金払って荷物取ってくるから、ここで待ってて」
 
 そう言って、向けられた背中が頼もしい。
 こんなことされて、ドキドキしないはずがない。
 デートする前からドキドキさせるなんて、キラキラ男子恐るべし。