サッカー部の1軍男子に、めっちゃ睨まれて困ってます

 廊下から聞こえる足音がだんだんと近づいてくる。それが突然止まったかと思ったら、背後でガラリと扉が開く音がした。

「諏訪、お待たせ。そっちも終わった?」

 最近ではすっかり聞き慣れたイケボが、放課後の生物室に響く。
 シャーペンを持つ手を止めて振りかえれば、藤ケ瀬君が入口に立っていた。
 さっきまでグラウンドでサッカーをしていたはずなのに、もう制服に着替えている。部活の後片付けも早々に、どうやら急いで俺を迎えに来てくれたようだ。

「ごめん、ちょっとだけ待って。もうすぐ部誌、書き終わるから」
「うん。ゆっくりでいいよ。 そのほうが、じっくり諏訪を眺めてられるから」

 後ろ手でドアをしめて、藤ケ瀬君が教室に入ってきた。
 肩にかけていたリュックを机に置くと、俺のうしろに椅子を引っ張ってきて腰をおろす。
 俺が視線を手元に戻すと、肩の上に藤ケ瀬君の顎がこつりと落ちてきた。
 どうやら人間は、簡単に慣れる生き物らしい。
 一緒に帰るようになってから1週間。
 毎日のように顎ドンされていると、それが普通になりつつあるのが、恐ろしい。
 でも慣れてはダメな気がする。一応、抵抗はしておこう。

「ねえ距離、近過ぎない? それに、じっくり眺めるって、藤ケ瀬君、俺のこと珍獣かなにかみたいに思ってるでしょ?」
「そんなことないよ。 諏訪がかわいいから、ゆっくり堪能したいだけだし」
「かわいいって⋯⋯」

 藤ケ瀬君が今日も、おかしなことを言っている。
 顎ドンをしているイケメンは、俺を目新しいペットかなにかと勘違いしているに違いない。
 うん、きっとそうだ。俺に向ける熱い視線。『かわいい』を連呼しながら、隙あらば仕掛けてくるスキンシップ。
 そりゃキラキラ1軍男子から見たら、陰キャぼっちは珍しい生き物かもしれないけど。

「どうしたの? 諏訪、手が止まってる」
「そりゃ、止まるよ。 藤ケ瀬君がおかしなこと言うから」
「えっ、俺、おかしなこと言った? まぁ、今日はちょっと浮かれてるかもけだど」

 まさかの無自覚。
 びっくりして視線だけ横に動かすと、藤ケ瀬君と目があってフワりと優しく笑いかけられた。
 ドキりと心臓が飛び跳ねた。
 それを誤魔化そうとして、俺はあわてて口を開いた。

「う、浮かれるほど何かいいことが、あったんだ?」
「うん。だって初めて諏訪と放課後でかけるんだよ。浮かれないワケないじゃん」
「えっつ⋯⋯!?」

 なんで?
 佐伯以外、友達がほぼゼロの俺と違って、藤ケ瀬君は放課後にクラスメートと出かけるのなんて、珍しいことじゃないはずだ。
 昨日だって陽キャ連中にカラオケに誘われて、面倒くせぇって断っているのを見たし。
 ちなみに今日の行き先は本屋だ。1軍男子の浮かれポイントが、わからな過ぎる。
 
「どうした? ぽかんとした顔して。そんな表情(かお)の諏訪もかわいいんだけど」
「ひぃっえ!?ほ、っ本当なんでもないから」
「でもその薄く開く口、閉じれる? 無防備過ぎて心配になるから」
「う、うん」

 これ以上、藤ケ瀬君がおかしなことを言い出さないうちに、あわてて部誌を書きあげた。
 外に出ると、心地よい初夏の風が吹いていた。
 ほんのりオレンジ色に染まった駅に続く道。隣を歩く藤ケ瀬君をちらりと見る。夕日に照らされて輝く横顔は、やっぱりかっこいい。

「ひょっとして、今、俺、諏訪に見つめられるてる?」

 視線に気づいた藤ケ瀬君が、足を止めて俺を見る。

「ごめん。キモかったよね。 つい見惚れちゃった」
「キモくないって。てか、うれしい。もっと見惚れてよ。諏訪にかっこよく見られるように頑張るから」
「いや、頑張らないでよ。それ以上、藤ケ瀬君がかっこよくなったら、そのキラキラに一生かかっても、慣れる気がしないから」
「うーん、それは困るな。諏訪と早く2人でいっぱい遊びたいから、とりあえず俺の顔、もっと見て慣れとく?」

 ちょっとだけ意地悪そうな顔をして笑う、藤ケ瀬君が眩しいい。

「だ、大丈夫だから!!」

 そう言って、俺は慌てて顔を(そむ)けて歩き出した。
 なんだか不思議な気持ちになる。
 ほんの1ヶ月前までは、話したことすらなかったのに。睨まれて、嫌われてると思ってた。怖いとすら思ってた。
 それなのに今は、ぜんぜん違う。
 こうして2人で一緒に帰るぐらい仲良くなった。無理に話さなくても気詰まりじゃない。
 なんだか胸のあたりが、ムズムズする。

 駅前のショッピングセンターに着くと、真っ直ぐに本屋に向かう。俺がお目当ての本を手に持ってレジで並んでいると、後ろから藤ケ瀬君がやってきた。

「あれ、藤ケ瀬君も本買うの?」
「あぁ。本ていうか参考書だけど。定期テストが近いから」

 藤ケ瀬君の手元を見ると、難しそうな参考書を2冊も持っている。
 そうだった。藤ケ瀬君は成績もトップクラスだった。

「藤ケ瀬君ってイケメンだし、サッカーも上手いし、頭もいいってスゴすぎない?」
「全然、すごくないって。むしろ逆だよ。もとが器用じゃないから勉強だってサッカーの練習だって、他の人よりもかなりやらないといけないし。かっこ悪いけど」
「えっつ、そうなの?」

 意外だった。なんでも簡単にできちゃう、要領のいい人なんだって思ってたから。

「そうだよ。努力でどうにかしてる感じだよ。本当は、かっこいいところだけ、諏訪に見せてたいんだけど」
「いや、むしろ、かっこ良すぎるんだけど!!」

 藤ケ瀬君の綺麗なアーモンド型の目が、(またた)く。
 頭ひとつ分、高い位置にある藤ケ瀬君の顔を、俺はしっかり見上げて言った。

「それって、コツコツ努力して、ちゃんと結果を出してるってことでしょ? ただ器用でなんでも出来ちゃう人より、全然、かっこいいから」
「⋯⋯っっう」

 片手で顔を覆った藤ケ瀬君の耳の端が、みるみる赤く染まっていく。

「ごめん。なんか俺、変なこと言った?」
「違うって。やっぱり諏訪は、すげぇなって思って」
「えっ、どこが!?俺なんか、勉強は頑張ってるけど藤ケ瀬君みたいに出来ないし、運動は苦手だし、陰キャだし⋯⋯」
「なんで諏訪は、自分のすごさを全然わかってないんだよ」

 藤ケ瀬君が困ったように笑うと、大きな手が延びてきた。それは俺の頭にそっと置かれて、くしゃりと優しく髪を撫でる。
 藤ケ瀬君の黒い瞳は、真っすぐ俺を捕らえていた。

「そうやって人を素直に褒められるところとか、花を見て喜んだり悲しんだりできるところとか、人見知りなのに俺にちゃんと向きあおうとしてくれるところとか、 全部すごいから。もっと自信持ってよ、な?」

 心の柔らかいところを撫でられた気分だ。
 こんなふうに見つめられて、そんなことを言われたら、なんだか勘違いをしてしまいそうだ。
 俺が女の子だったら、間違いなく恋に落ちてる。
 心臓を打つ音がやけに早い。なんだか急に落ち着かなくって、目を伏せた。

「⋯⋯うん。ありがとう」

 頭の上で、ふはっと笑う声がした。

「どういたしまして。ほら、レジあいたぞ。進まないと」
「う、うん」

 真っ赤な顔した俺は、レジカウンターへ突進した。
 本屋を出てから、レコードショップでお互いの好きな曲を試聴しあったり、ゲームセンターでUFOキャッチをした。
 学校で友達に囲まれている、普段のクールな藤ケ瀬君もかっこいいけど、こうして無邪気に笑う藤ケ瀬君も最高にかっこいい。
 楽し時間はあっという間で、お腹が減ってフードコートに向かって歩いてる時だった。
 
「おーい、遥斗と藤ケ瀬じゃん。」

 呼び止められて振りかえれば、佐伯が手を振りながら近寄ってくる。その隣には他校の制服を着たかわいい女子。
 ふたりの手はしっかり握られていて、なんなら指も絡みあっている。

「最近、よく2人で絡んでるよな。買い物?」
「そう、藤ケ瀬君と本屋に寄ってたんだ。佐伯は⋯⋯どう見てもデートだよね?」
「当ったり。羨ましいだろ? んじゃ、また明日な」
「うん、明日ね」

 そう言いながら、なんとも言えない気持ちで、俺は胸のあたりで小さく手を振った。
 「行こっか」と彼女の耳元で囁く佐伯の顔があまりにもデレデレで、見ているこっちが恥ずかしくなる。なんか気まずい。
 仲良く手をつないで歩く2人の背中を、真っ赤な顔して見送る俺に、藤ケ瀬君が心配そうに聞いてきた。

「諏訪、どうした?なんか固まってるけど」
「えっと、なんて言うか、俺、恋愛経験ゼロだから、親友のデートしてるとことか見てるだけでも、なんかドキドキして、気恥ずかしくって」
「諏訪って、デートしたことないの?」
「あるわけ、ないだろっ!」

 1軍キラキラ男子と一緒にしないでもらいたい。ただでさえ人見知りで、友達ですら少ないんだから。

「ふーん、そっか。残念。俺のなかでは、今日はデートのつもりだったのに」

 藤ケ瀬君の「デート」の定義が謎に広すぎる。

「まぁ、いいや。今度は『デート』って諏訪にわかってもらえるように、ちゃんとドキドキさせるから。また今度、デートしてくれる?」

 近づいてきた藤ケ瀬君の澄んだ瞳に、目の奥のほうを覗き込まれる。俺は無言でコクコク頷いた。
 これ以上、ドキドキさせるのは止めて欲しい。これだから1軍キラキラ男子は困る。
 俺の心臓が爆発したら、どうするつもりだ。