放課後の生物室。ここは園芸部の活動場所だ。
花壇のデザイン画を描く、俺の正面には藤ケ瀬君。ただ頬杖をついて座っているだけなのに、なぜかカッコイイ。
「せっかく園芸部の見学に来たんだから、ちゃんと説明してよ」
「いいけど、おもしろくないと思うよ」
「そんなことないし。諏訪の興味があることなら、おもしろいし。隣でその絵、見てもいい?」
俺がコクリと首を縦にふると、藤ケ瀬君が立ちあがった。
資料室の掃除の日から2週間。
あの日から藤ケ瀬君は目があえば、ちょこっとだけ唇の端を上げてくれるようなった。
体育のストレッチや、美術のデッサンとか2人組をつくるときは、必ず俺を指名してくる。
それでも常にクラスメートに囲まれている藤ケ瀬君とは、なかなか2人で話す機会は無かった。
こんな感じできっと1年間終わるんだろうなって、ぼんやりと思っていた。
それなのに、顧問の都合でサッカー部の練習が中止になった藤ケ瀬君は、今日あろうことか園芸部の見学にやってきたのだ。
「これなに?」
不意にこつりと肩に重みが落ちてきた。俺の肩の窪みには、綺麗なカーブを描く藤ケ瀬君の顎。まさかの顎ドン。
距離が近い。男同士といえどドキドキする近さだ。
1軍男子のあいだでは、これが日常の距離感なのか?
そんな疑問は一旦無視して、ここは藤ケ瀬君の質問に答えなければ。せっかく興味を持ってくれたんだし。
「来月の花壇のデザインっていうか、設計図。どんな花を、どこに植えようか決めてるんだよ」
「へぇ、適当に草とか花を植えてるんだと思ってた」
「ふつう、そう思うよね。今回は花で絵を描いてみようと思ってさ」
「なんか楽しそうだな。その絵よく見せてよ」
体が引き寄せられる。
藤ケ瀬君の男らしい腕が、腰にがしっと巻きついている。
「⋯⋯なんか、おかしくない?この体勢」
「おかしくないよ。それより動かないで。絵が見えない」
「そ、そう?」
首にかかる息がくすぐったいとか、距離が近すぎるとか。
そんな雑念に苛まれてることを知ってか知らずか、腰にまわされた藤ケ瀬君の腕がぎゅっときつくなる。
俺を抱いてない方のあいてる手で、机の上のデザイン画を引き寄せながら藤ケ瀬君が尋ねてくる。
「学校の花壇にハート作んの?」
「ううん、今回はハート型を4つ組み合わせて、四葉のクローバーにするつもり。本当はもっとスゴイのに挑戦してみたいんだけどね」
「諏訪の『もっとスゴイの』ってどんなの?気になるんだけど」
密着した背中ごしに、藤ケ瀬君が楽しそうに笑ってるのが伝わってくる。
「ほら、ユニバーサルランドの入口の大きな花壇わかる?マウス君の顔になっているやつ。目指してるのはあんな感じ」
ユニバーサルランドは、となりの県にある有名なテーマパークだ。人気キャラクターのネズミのマウス君を花で描いた花壇は、SNSで人気の写真スポットになっている。
「うーん、そんなのあった?春休みに行ったんだけどな」
「えっ、そうなの? 藤ケ瀬君なら、絶対にそこで撮った写真をSNSにあげてそうなのに」
「どんなんだよ、諏訪のなかの俺のイメージは?」
「キラキラ、かな」
カッコよくて、いつも堂々としてて、みんなの憧れの存在。
そんな藤ケ瀬君だから、地味で人見知りの俺のことなんて、バカにしてるんじゃないかって勝手に怖がってた。
でも、全くそんなことはなかった。
誰に対してもフラットで、最初に誤解していたことを申し訳なく思ってしまう。
「全然、キラキラしてないけどな」
藤ケ瀬君がボソッと困ったように言った。
「そんなことないよ。俺からしたら、眩しいくらいだよ」
「⋯⋯まっ、諏訪にそう見えてるんならいいか。うれしいし」
ひょっとして、照れてる?
一瞬そう思ったけど、すぐにその考えを打ち消した。
きっと称賛の言葉なんて、浴び慣れてるだろう。そんな藤ケ瀬君が、俺の言葉に影響を受けるはずがない。
自意識過剰すぎる。
「そうそう、春休みはサッカー部のやつらと行ったんだけど、アトラクションに乗るのに必死過ぎて、昼メシもロクに食わせてもらえなかったんだよな。チュロスとかワッフル、楽しみにしてだったんだけど。あ〜、なんか思い出したら腹立ってきた」
「藤ケ瀬君って、ひょっとしてスイーツ好き?」
「うん、すきだよ。コンビニでもよく買うし」
大人な雰囲気を醸し出す藤ケ瀬君は、スイーツよりもブラックコーヒーを飲んでるほうが似合ってる。
それに普段のクールな態度からは、アトラクションに乗るのに必死な様子も想像できない。きっと死んだ魚の目をして、陽キャな友達に連れ回されていたんだろうけど。
「なんか意外かも」
「そう?」
「イメージと違うから」
「 そっか。諏訪には俺をイメージで見るんじゃなくて、本物の俺を見て欲しいんだけどな」
耳元で囁かれた。
それも高校生とは思えない、妙に色気のある声で。
衝撃で心臓が口から飛び出るかと思った。だから真っ赤な顔して、何回もバカみたいに首を縦にふってしまった。
「⋯⋯うっ、うん」
「やっば。かわいい」
なんか、おかしなことを言われた気がするけど。
藤ケ瀬君がコホンと小さく咳払いをした。
「と言うわけで、デー⋯⋯じゃなくって、2人でユニバーサルランドに行かない?」
「へっえ!?なんで?」
一体、どう言うわけというのか。
全然理解できない。イケメン構文、難し過ぎ。
「だって諏訪は、ユニバーサルランドの花壇を目指してるんだろ?」
「うん」
「それなら実物を見にいった方が参考になるんじゃない?」
「うん」
「だったら一緒に行こうよ。俺は諏訪が興味あるものなら、なんでも知りたいから。教えてよ。それに俺と一緒だと楽しいよ、きっと」
もっともらしい説明に、あやうく頷きかけた。たしかに藤ケ瀬君と一緒にお出掛けするのは、楽しそうなんだけど。
「いいけど、行くの夏休みとか、もっと先でもいい?」
「かまわないけど、なんで?」
「⋯⋯藤ケ瀬君がキラキラして眩し過ぎるから。慣れるまで待って」
俺は高校生になっても人見知りな自分を、カッコ悪いと思ってる。だから、みんなの中心にいる藤ケ瀬君が眩しくって、そばにいるだけで緊張してしまう。
少しの沈黙のあと、ふはって背後で息が漏れる気配がした。
「うん、待つよ。って、かわい過ぎんだけど」
「⋯⋯かわいい?」
「そんじゃ、慣れるために毎日一緒に帰ったりするのはどう?」
「別にいいけど」
「それなら早速、今日からってことで。部活、あとどんくらいかかる?」
「あと、購入する花のリスト作れば終わりだけど」
そう冷静に答えてから、正気に戻った。
顎ドン、バックハグ。
こんな状況でリストを作れるわけがない。
藤ケ瀬君の腕から逃れようと体を捩った。
「えっ、この体勢はだめなの?」
あたりまえだ。
俺が無言で頷くと、ゆっくりと肩から重みが消える。腰に巻きついていた腕も離れていく。
なんだか遠ざかる温もりが名残り惜しいのは、きっと気のせいだ。
「いずれは、これにも慣れて欲しいんだけど」
ふてくされた子供のように、藤ケ瀬君が呟いた。
どうやら1軍男子の距離感は普通じゃないらしい。
花壇のデザイン画を描く、俺の正面には藤ケ瀬君。ただ頬杖をついて座っているだけなのに、なぜかカッコイイ。
「せっかく園芸部の見学に来たんだから、ちゃんと説明してよ」
「いいけど、おもしろくないと思うよ」
「そんなことないし。諏訪の興味があることなら、おもしろいし。隣でその絵、見てもいい?」
俺がコクリと首を縦にふると、藤ケ瀬君が立ちあがった。
資料室の掃除の日から2週間。
あの日から藤ケ瀬君は目があえば、ちょこっとだけ唇の端を上げてくれるようなった。
体育のストレッチや、美術のデッサンとか2人組をつくるときは、必ず俺を指名してくる。
それでも常にクラスメートに囲まれている藤ケ瀬君とは、なかなか2人で話す機会は無かった。
こんな感じできっと1年間終わるんだろうなって、ぼんやりと思っていた。
それなのに、顧問の都合でサッカー部の練習が中止になった藤ケ瀬君は、今日あろうことか園芸部の見学にやってきたのだ。
「これなに?」
不意にこつりと肩に重みが落ちてきた。俺の肩の窪みには、綺麗なカーブを描く藤ケ瀬君の顎。まさかの顎ドン。
距離が近い。男同士といえどドキドキする近さだ。
1軍男子のあいだでは、これが日常の距離感なのか?
そんな疑問は一旦無視して、ここは藤ケ瀬君の質問に答えなければ。せっかく興味を持ってくれたんだし。
「来月の花壇のデザインっていうか、設計図。どんな花を、どこに植えようか決めてるんだよ」
「へぇ、適当に草とか花を植えてるんだと思ってた」
「ふつう、そう思うよね。今回は花で絵を描いてみようと思ってさ」
「なんか楽しそうだな。その絵よく見せてよ」
体が引き寄せられる。
藤ケ瀬君の男らしい腕が、腰にがしっと巻きついている。
「⋯⋯なんか、おかしくない?この体勢」
「おかしくないよ。それより動かないで。絵が見えない」
「そ、そう?」
首にかかる息がくすぐったいとか、距離が近すぎるとか。
そんな雑念に苛まれてることを知ってか知らずか、腰にまわされた藤ケ瀬君の腕がぎゅっときつくなる。
俺を抱いてない方のあいてる手で、机の上のデザイン画を引き寄せながら藤ケ瀬君が尋ねてくる。
「学校の花壇にハート作んの?」
「ううん、今回はハート型を4つ組み合わせて、四葉のクローバーにするつもり。本当はもっとスゴイのに挑戦してみたいんだけどね」
「諏訪の『もっとスゴイの』ってどんなの?気になるんだけど」
密着した背中ごしに、藤ケ瀬君が楽しそうに笑ってるのが伝わってくる。
「ほら、ユニバーサルランドの入口の大きな花壇わかる?マウス君の顔になっているやつ。目指してるのはあんな感じ」
ユニバーサルランドは、となりの県にある有名なテーマパークだ。人気キャラクターのネズミのマウス君を花で描いた花壇は、SNSで人気の写真スポットになっている。
「うーん、そんなのあった?春休みに行ったんだけどな」
「えっ、そうなの? 藤ケ瀬君なら、絶対にそこで撮った写真をSNSにあげてそうなのに」
「どんなんだよ、諏訪のなかの俺のイメージは?」
「キラキラ、かな」
カッコよくて、いつも堂々としてて、みんなの憧れの存在。
そんな藤ケ瀬君だから、地味で人見知りの俺のことなんて、バカにしてるんじゃないかって勝手に怖がってた。
でも、全くそんなことはなかった。
誰に対してもフラットで、最初に誤解していたことを申し訳なく思ってしまう。
「全然、キラキラしてないけどな」
藤ケ瀬君がボソッと困ったように言った。
「そんなことないよ。俺からしたら、眩しいくらいだよ」
「⋯⋯まっ、諏訪にそう見えてるんならいいか。うれしいし」
ひょっとして、照れてる?
一瞬そう思ったけど、すぐにその考えを打ち消した。
きっと称賛の言葉なんて、浴び慣れてるだろう。そんな藤ケ瀬君が、俺の言葉に影響を受けるはずがない。
自意識過剰すぎる。
「そうそう、春休みはサッカー部のやつらと行ったんだけど、アトラクションに乗るのに必死過ぎて、昼メシもロクに食わせてもらえなかったんだよな。チュロスとかワッフル、楽しみにしてだったんだけど。あ〜、なんか思い出したら腹立ってきた」
「藤ケ瀬君って、ひょっとしてスイーツ好き?」
「うん、すきだよ。コンビニでもよく買うし」
大人な雰囲気を醸し出す藤ケ瀬君は、スイーツよりもブラックコーヒーを飲んでるほうが似合ってる。
それに普段のクールな態度からは、アトラクションに乗るのに必死な様子も想像できない。きっと死んだ魚の目をして、陽キャな友達に連れ回されていたんだろうけど。
「なんか意外かも」
「そう?」
「イメージと違うから」
「 そっか。諏訪には俺をイメージで見るんじゃなくて、本物の俺を見て欲しいんだけどな」
耳元で囁かれた。
それも高校生とは思えない、妙に色気のある声で。
衝撃で心臓が口から飛び出るかと思った。だから真っ赤な顔して、何回もバカみたいに首を縦にふってしまった。
「⋯⋯うっ、うん」
「やっば。かわいい」
なんか、おかしなことを言われた気がするけど。
藤ケ瀬君がコホンと小さく咳払いをした。
「と言うわけで、デー⋯⋯じゃなくって、2人でユニバーサルランドに行かない?」
「へっえ!?なんで?」
一体、どう言うわけというのか。
全然理解できない。イケメン構文、難し過ぎ。
「だって諏訪は、ユニバーサルランドの花壇を目指してるんだろ?」
「うん」
「それなら実物を見にいった方が参考になるんじゃない?」
「うん」
「だったら一緒に行こうよ。俺は諏訪が興味あるものなら、なんでも知りたいから。教えてよ。それに俺と一緒だと楽しいよ、きっと」
もっともらしい説明に、あやうく頷きかけた。たしかに藤ケ瀬君と一緒にお出掛けするのは、楽しそうなんだけど。
「いいけど、行くの夏休みとか、もっと先でもいい?」
「かまわないけど、なんで?」
「⋯⋯藤ケ瀬君がキラキラして眩し過ぎるから。慣れるまで待って」
俺は高校生になっても人見知りな自分を、カッコ悪いと思ってる。だから、みんなの中心にいる藤ケ瀬君が眩しくって、そばにいるだけで緊張してしまう。
少しの沈黙のあと、ふはって背後で息が漏れる気配がした。
「うん、待つよ。って、かわい過ぎんだけど」
「⋯⋯かわいい?」
「そんじゃ、慣れるために毎日一緒に帰ったりするのはどう?」
「別にいいけど」
「それなら早速、今日からってことで。部活、あとどんくらいかかる?」
「あと、購入する花のリスト作れば終わりだけど」
そう冷静に答えてから、正気に戻った。
顎ドン、バックハグ。
こんな状況でリストを作れるわけがない。
藤ケ瀬君の腕から逃れようと体を捩った。
「えっ、この体勢はだめなの?」
あたりまえだ。
俺が無言で頷くと、ゆっくりと肩から重みが消える。腰に巻きついていた腕も離れていく。
なんだか遠ざかる温もりが名残り惜しいのは、きっと気のせいだ。
「いずれは、これにも慣れて欲しいんだけど」
ふてくされた子供のように、藤ケ瀬君が呟いた。
どうやら1軍男子の距離感は普通じゃないらしい。

