サッカー部の1軍男子に、めっちゃ睨まれて困ってます

「おまえらで掃除場所を決めさせると、仲良いもん同士で組んでサボるだろ」

 そう断言した担任が、前の席からプリントを配り始めた。
 今日のHRは奉仕活動だ。平たく言えば、全校あげての大掃除。5月は学校公開や運動会で外部の人達が大勢くるから、そのまえに校内をきれいにしましょうね的なやつ。

「あっ、最悪。俺、校庭の草むしりだわ。遥斗、どこだった?」

 前の席に座る佐伯が、振りむきながらたずねてくる。

「えっと、俺は⋯⋯」

 手元のプリントに視線を落としたまま、固まった。
 なにこれ!?俺のほうが最悪だ。

 『3階 進路資料室:藤ケ瀬 翔馬、諏訪 遥斗』

 保健室に運ばれた日から1週間。
 その日を堺に、藤ケ瀬が俺を睨む回数が増えた気がする。まえは目があえば顔を背けられたのに、今ではずっと睨まれたまま。

「んー、どうした? 見つかんねぇーの?」

 俺が指差したところを見て、佐伯が困ったように笑う。

「おまえ、いい加減、人見知り治せよ。藤ケ瀬、いい奴じゃん。このまえだって、おんぶで運んでくれただろ?」
「そうだけどさ⋯⋯」

 睨まれて平気でいられるほど、メンタルは強くない。
 そもそもキラキラ1軍男子とは人種が違い過ぎて、接し方がわからない。だから怖い。

「しょうがねぇな。草むしりでいいなら、掃除場所を代わってやろうか?」
「ありがとう」

 と言ったその時。

「嫌だ。断わる。俺は、諏訪と一緒がいいんだけど」

 突然、頭上から、ぴしゃりと言い放つ声が降ってきた。いつの間にか、無表情の藤ケ瀬君が横に立っている。
 絶対に『諏訪と一緒がいい』って思ってなさそうな顔。なんなら、パシリにしようとしているのかも。

「そうか。んじゃ、今の話はナシってことで」

 やけにあっさりと引き下がった佐伯は、にやにや笑いながら別のグループのところへ行ってしまった。
 なんか、おもしろがってない?
 
「時間がもったいない。諏訪、俺達も行こうぜ」

 俺の腕を掴んだ藤ケ瀬君に、廊下に連れ出された。
 キラキライケメンの藤ケ瀬君と、腕を掴まれて一緒に歩く地味な俺。その組み合わせが不自然過ぎるのはわかる。
 だけど廊下を歩くあいだ、ずっと好奇な視線にさらされて俺は既に逃げ出したくなっていた。

 資料室の入口を開けると、紙の匂いがした。
 壁際をぐるりと囲むように本棚が置かれていて、その中心には閲覧用の4人掛けの机が2つ。
 藤ケ瀬君が窓を開けると、新鮮な空気が流れ込んできて、白いカーテンがぶわっと膨らむ。

 「俺が机と椅子を隅に運ぶから、諏訪は床を掃いてもらってもいい?」

 そうたずねながらも、藤ケ瀬君はもう机を運び始めている。 
 どうやら藤ケ瀬君は、ストイックそうな見た目どおり、1軍男子なのに真面目な性格のようだ。
 まあ、キラキラしてるから不真面目に決まってるって思うのは、俺の偏見だけど。

「うん。俺も一緒に机を運ぶよ」
「サンキュ。でも結構これ重いからいいよ」

 重いならなおさら2人で持ったほうがいい。
 それなのにひとりで運ぶって、やっぱり俺と2人で作業は避けたいってことなのか。
 少しばかり胸がズキっと痛む。
 でも気のせいだ。俺だって藤ケ瀬君と2人は気まずいって思ってたんだから。

「わかった。それじゃ、床を掃くね」
「あぁ、頼む」

 それだけの会話を交わしたあとは、お互い無言で掃除を続けた。まるで一人で掃除しているみたいだ。
 そのせいか手狭な資料室の掃除は、あっという間に終わった。壁にかかった時計を見ると、まだ40分も残っている。
 どうしようかな。
 藤ケ瀬君のほうに視線をやると、椅子を引いてどかりと腰を下ろした。
 てっきり1軍メンバーのところにでも行くかと思ったのに。

「諏訪も突っ立ってないで、こっちきて座れば?」

 手招きされて、藤ケ瀬君の斜め前の椅子に腰をおろす。

「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」

 沈黙。めっちゃ気まずい。
 なんか話しをしようとしても、話題が見つからない。
 キラキラ男子は絶対にリア充なわけで、俺みたいにゲームや読書とか興味ないだろうし。逆にファッションとか、トレンドの話題は全くわからない。
 どうしよう。同じDKなのに共通項が全然、見当たらない。
 早々に会話をすることを諦めかけてた時だった。藤ケ瀬君が不意に口を開く。

「諏訪って、草とか花とか好きなの?いつも花壇いるけど」
 
 意外だった。俺のことを知ってたなんて。

「好きっていうか、まぁ、好きだけど。俺、園芸部なんだよ」
「うん、知ってる」
「えっつ!?」
「そんな驚くことかよ。1年のときから 、部活しながら諏訪のこと見てたし。って、言葉に出すとなんかキモいな。悪い」

 なぜか藤ケ瀬君の耳朶(みみたぶ)のふちが、ほんのり赤くなる。

「いや、全然、キモくないし。むしろ、俺の存在に気付いてたほうが驚きなんだけど。ほら、俺、地味だし、陰キャだし」

 藤ケ瀬君がアーモンド型の目をくしゃりと細めて「なにそれ。 諏訪って、自己肯定力が低すぎだろ」って、呆れたように笑ってから、いつものスンとした表情に戻って口を開いた。

「ほら、たまに俺達サッカー部とか野球部のやつが花壇にボールとばしちゃって、花とか潰しちゃうことあるだろう?」

 無言で、こくこくと頷いた。

「それなのに諏訪は全然怒らないし、文句も言わないしさ。それで見てて、最初ちょっとイラっとしてた。大切なもの壊されたんだから、怒れよって」
「ごめん、イライラさせて。俺、どん臭いから⋯⋯」

 どうやら、俺には居るだけで人をイラつかせる才能があったらしい。
 申し訳なさ過ぎて、余計におどおどしてしまう。視線が机の上を彷徨(さまよ)う。

「そこちっとも、謝るところじゃないし。そもそも、諏訪はなにも悪いことしてないじゃん」
「そうだけど」

 おずおずと顔をあげれば、納得いかなさそうな顔をした藤ケ瀬君と目があってしまった。
 その途端、藤ケ瀬の薄い唇がほころんで、うれしそうに眼を細めた。

「あ、諏訪がやっと目をあわせくれた」

 窓から差し込む日差しを受けて、キラキラと輝く笑顔がまぶしすぎる。男なのに心臓がキュンと変な音を立てた気がする。

「最初は見てて怒らない諏訪のことを心配したっていうか、まあちょっとイラっとしてたかもしれない。でもすぐに、花壇の世話しながら表情がコロコロ変わるなって気づいたから、面白くってずっと見てた」
「えっ!? そんなに俺、変な顔してた? 気づかなかったよ。 恥ずかしいよ。教えてくれたらよかったのに」

 キラキラ一軍男子にそんなことを突然、教えられても、結局は落ち込んでいたとは思うけど。

「なんで恥ずかしがるんだよ。花を見てうれしそうにしたり、さみしそうにする諏訪のそういう感性っていうの? 俺には絶対無いものだし、すごいなって思ってるんだけど」
「ありがとう。でも、全然すごくなんてないし……」

 だって俺は、ただの陰キャの人見知りだから。
 それでも藤ケ瀬君に『すごい』って言われて、胸のあたりがじんわりと温かくなってこそばゆい。

「そんなことあるよ。しょっちゅう諏訪を眺めていたら、どんなことがうれしいのか、どんなことが悲しいのか、知りたいって思うようになった。 だから同じクラスになって話しかけたかったんだけど、なかなか機会がなくてさ」
「えっつ!俺のこと嫌いなんじゃないの?」

 やばい。テンパった挙げ句にストレートに聞き過ぎたかも。
 あたふたしている俺を見て、藤ケ瀬君の目がぱちぱちと瞬く。

「え!?なんでそう思うんだよ?」
「だって俺のこと、よく睨んでるから」

 藤ケ瀬君が片手で顔を覆うと、はぁっと息を吐いた。

「悪い。睨んでない。ひょっとして怖がらせてた?俺、表情薄過ぎってよく言われるから。諏訪と話す機会を狙って、見てただけなんだけど」
「そ、っそうなの!?」
「なんか諏訪ってオドオドしてるっていうか、目あわせてくれないし。話かけるなオーラ出してるから、いつだったらいけるのかチャンス探してた」
「え、だって、保健室に連れていってくれたときだって怒ってなかった?」
「違うって。 諏訪のことが心配過ぎて怖い顔になってたんだったら、謝る」

 予想してない返事に心臓が飛び跳ねる。と同時に反省した。
 
「ごめん。俺、人見知りだから、慣れてない人と話すのが苦手だし、空気も読めないとこあるみたい。気をつけるよ」
「いや、いいんだって。人には苦手なことがあって、あたり前なんだから。それより諏訪に話しかけたいんだけど、迷惑じゃない?」
「もちろん。でも、俺と話しても楽しくないと思うけど」
「そんなことないって。まずは、諏訪の友達を目指して頑張から」

 「まずは」ってなに?1軍男子には友達の先にも、なにか段階があるんだろうか?
 首をかしげていると、藤ケ瀬君がにっこりと笑って俺の前に手を差し出した。

「諏訪、よろしくな」
「⋯⋯うん」

 イケメンの眩しい笑顔にドキドキしながら頷く。ぎこちなく自分の手も差し出したら、藤ケ瀬君の両手で包み込まれた。
 え、どういうこと!?

「ふじがせ〜、はると〜、掃除終わった?手伝いにきてやったよ」

 廊下をバタバタと走る音がしたと思ったら、扉が開いて佐伯が顔を覗かせた。その後ろには、藤ケ瀬君といつも一緒にいる1軍男子達。
 みんな、ぎょっとした顔をしている。

「え、なんで見つ目あって手を握てんの?」

 と佐伯が、俺の思っていることを代弁する。

「うっせぇ。今、諏訪と友情を深めようとしてるんだよ」

 さっきまでのにこやかだった藤ケ瀬君が、いつものクールなスンとした表情に戻っている。
 
「え、藤ケ瀬が諏訪にセクハラしてるって?」
「それ一方通行な思い込みじゃなくて?」
「諏訪、嫌なら逃げていいんだぞ」

 ドカドカと資料室に入ってきた1軍男子に好き放題言われるのを、藤ケ瀬君は涼しい顔で聞き流している。
 しかも、なぜか俺の手を握ったまま。
 お願いだから早く手を放して下さい。
 恥ずかしさで顔を逸らせながら、そう祈らずにはいられなかった。
 どうやらキラキライケメンの藤ケ瀬君と友達になるには、心臓が強くないといけないらしい。