サッカー部の1軍男子に、めっちゃ睨まれて困ってます

 それから1時間ぐらいたった頃。
 花壇の手入れを終えた俺は、シャベルとジョウロを持って校舎の脇を歩いていた。
 なんだか身体が鉛みたいに重い。

「おっ、遥斗、もう部活終わり?」
 
 校舎でできた日陰で汗を拭っていた佐伯が、声をかけてきた。その隣には、藤ケ瀬君。
 ちょうど、サッカー部は休憩時間のようだ。

「うん。暑くてバテちゃったから」
 
 そう答えたときだった。
 突然、視界がぐゃりと歪んだ。地面に引っ張られるように、前のめりに身体が倒れていく。
 両手がふさがっていて、受け身もとれない。
 
「⋯⋯うっ、わぁぁ」

 痛みを覚悟して、目をぎゅっとつぶった。
 その瞬間。
 腰をしっかり支えられて、ぐいっと引き戻される。そのまま背中が抱きかかえられる。
 驚いて振りかえると、藤ケ瀬君がいた。たくましい腕が、俺の腰に巻きついている。
 さすがの瞬発力。王子様みたいじゃん。

「あ、ありがとう」
 
 思った以上に近い位置にある整った顔は、眉根をひそめていた。黒い瞳が不機嫌そうに俺を見下ろしている。
 藤ケ瀬君の腕が、ぱっと離れる。

「チッ⋯⋯」

 舌打ちされた。
 嫌われてるかもって思ってたけど、ショックだった。お礼を言っただけなのに。

「ごめ⋯⋯」
「諏訪、おまえ、具合が悪いんじゃない?」
「まぁ、ちょっとダルいけど。大丈夫だよ」
「多分、それ大丈夫じゃないから」

 決して大きな声ではないのに、怒気を含んだ藤ケ瀬君の声。

「どんだけ顔色悪いか、自分でわかってんの? 身体もバカ熱いし、水分補給もしてないんだろ?」
「⋯⋯」

 言われたことが、身に覚えがあり過ぎて反論できない。
 花壇で肥料をやったり、水遣りをすることに気を取られて、水も飲んでいなかった。4月だからって油断してた。
 鈍臭さいうえに、体調管理もできない自分が情けなくなる。そりゃ、怒りたくもなるか。
 
「遥斗、マジ顔色悪いじゃん。保健室に行ったほうがよくねぇ? 」

 佐伯も駆け寄ってきた。
 これ以上、迷惑をかけたくない。

「そうだね。保健室に行ってくるよ」
「そんなら俺が、ついてってやるから」

 佐伯の優しい申し出に「ありがとう」と口をひらくその前に、藤ケ瀬君がぴしゃりと言った。

「いや、いい。俺が、諏訪を連れてくから」

 えっ、どうして?
 舌打ちするほど、俺のことが嫌いなんじゃないの?
 なんなら、話しをするのも初めてなのに。
 イケメンは、目の前に困ってる人がいたら反射的に助けたくなる生き物なのか。
 藤ケ瀬君の有無を言わせない雰囲気に、佐伯も驚いたように目をパチパチとさせている。

「えっ、でも⋯⋯」
「部長に練習抜けるって伝えといて。ほら、そろそろ休憩終わるから佐伯は戻れよ」

 タイミングをはかったように、サッカーコートのほうからホイッスルが鳴る。
 藤ケ瀬君の圧に負けてオロオロする佐伯は、「あっそう?じゃ、頼むわ」って言ってコートに向かって走って行く。
 なに、この状況!?
 なぜか俺のことを睨みつけてくる、1軍男子の藤ケ瀬君と2人きり。
 めちゃめちゃ、気まずいじゃん。
 
「諏訪、歩ける?」
「うん」

 ふらふらと歩き出した途端、隣から「チッ⋯⋯」と音がした。また、舌打ちされてるし。
 恐るおそる横を見る。
 不機嫌そうに口元を歪めたイケメンが、くしゃくしゃと茶色がかった髪をかき混ぜていた。
 小さく息を吐き出すと、俺の前に背中をむけてしゃがみ込んだ。

「背中のって」
「⋯⋯え?」 
「おんぶする、って言ってんだよ」
「⋯⋯」

 それは無理だ。
 いくらなんでも申し訳なさすぎる。
 しかも藤ケ瀬君、めちゃくちゃ怖い顔してるし。

「ほら、早くしろよ。目のまえで倒れられたら、困る」

 -----困る。
 そう言われて納得した。
 人に迷惑をかけて、本当に俺って情けない。

「⋯⋯そうだよね。ありがとう」

 覚悟を決めて、藤ケ瀬君の背中に身体を預けた。
 広い背中だ。服のうえからでも、しっかりと鍛えられた筋肉がわかる。俺の薄っぺらい身体とは大違いだ。
 
「行くぞ。しっかり掴まってて」

 藤ケ瀬君が歩き出した。
 意外にも、乗り心地は悪くなかった。
 藤ケ瀬君の首元からは、汗の匂いと混ざって若葉のような匂いがした。きっと、藤ケ瀬君の本来の匂いなんだろう。
 イケメンは匂いまでイケメンなんだ。そんな場違いなことを考えながら、黙って藤ケ瀬君の背中にしがみついた。
 
 保健室にいくと、ちょうど先生がいなかった。
 藤ケ瀬君は俺をベッドの横に降ろすと、ご丁寧に掛けてあった布団までめくってくれる。

 「先生、呼んでくるから。大人しくて寝てろよ」

 そう言い残して、保健室を出て行った。
 やっと一人になれた。って思うのは、さすがに失礼か。
 でも話したこともない1軍男子と2人きり。
 しかも、おんぶまてしてもらってる状況で、緊張するなってほうが無理だ。
 重たい身体をベッドに滑りこませると、シーツがひんやりとして気持ちいい。
 そのままウトウトまどろみかけた時、がらっと扉が開く音がした。

「すいません、ベッド借りてます⋯⋯」
 
 起き上がろうとしたら、くらくらと目眩がした。まずい。そのまま、ベッドの脇にしゃがみ込んだ。
 仕切りのカーテンが開くと、藤ケ瀬君が顔を覗かせている。

「諏訪、なんで大人しく寝てないんだよ」

 あー、また怒られちゃった。
 立ちあがって、ベッドにふらふらと戻る。
 藤ケ瀬君の言う通り、大人しく寝てればよかった。後悔しても、もう遅いけど。

「ごめん」
「⋯⋯悪い。俺の言い方がキツかったわ。それより、水分取れよ」

 藤ケ瀬君がペットボトルを差し出す。

「あ、ありがとう」
「それ飲んだら、今度こそ、ちゃんと寝てろよ。もうすぐ先生も来るから」

 そう言って藤ケ瀬君はカーテンの外に出て行くと、すぐに氷嚢とタオルを持って戻ってきた。
 おでこと脇の下を冷やしたり、汗を拭いてくれたり。正直、びっくりするぐらい甲斐甲斐(かいがい)しい。
 1軍のキラキラ男子で、俺のこと睨んでくるのに、こうして世話を焼いてくれる。
 ひょっとして藤ケ瀬君って、恐い人じゃないのかも。むしろいい人だ。
 
 「多少、顔色も良くなってきたか?」

 藤ケ瀬の手が、ひたいに置かれた。
 骨ばった大きな手。
 その感触に、なぜだかホッとする。あんなに気まずいって思ってたのに。
 もう色々と考えることが面倒になって、ゆっくりと目をつぶった。
 ひたいに置かれた手は、保健の先生が来るまで、ずっとそのままだった。