サッカー部の1軍男子に、めっちゃ睨まれて困ってます

 「ひぃぃぃ……」

 小さな悲鳴を、喉元で必死に飲みこんだ。
 ここは、放課後のグラウンド。
 視線を感じて振りかえると、サッカーコートを取り囲むように集まっている女子達の後ろ姿。その人垣のむこう側に立つ、異様に見た目がいい男子を見て、俺は固まった。

 俺のこと、めっちゃ(にら)んでるじゃん!!

「ねぇ、藤ケ瀬君が、こっち見てるよ。やっば。かっこいいわ〜」
「顔面偏差値、エグすぎでしょ。見てるだけで幸せ」
「あのニコリともしないクールなとこが、いいよね」
 
 興奮ぎみにしゃべる女子の視線の先にいるのは、間違いなく俺のことを睨みつけているヤツ。
 180cmは余裕であると思われる高身長。
 猫っぽい綺麗なアーモンド型の目。すっきりと筋の通った高い鼻。一言でまとめれば、超のつくイケメンだ。
 俺はこのイケメンを知っている。だって、同じクラスだし。
 なんなら、同じクラスになる前から知っていた。入学式の当初からかなりの注目を集めていたから。
 サッカー部のエースで、2年1組の藤ケ瀬 翔馬(ふじがせ しょうま)だ。
 ----そして、なぜか俺のことを、もの凄く睨んでくる人物。
 藤ケ瀬君の黒い瞳と視線がぶつかると、眉間に皺を寄せて、勢いよく顔を背けられた。
 そのまま、ぐるりと背中を向けた藤ケ瀬君は、グラウンドの中央へ走っていった。

「あ〜、行っちゃたね」
「もっと、ファンサしてくれないかな」
 
 残念がる女子の声が、耳を通り過ぎる。
 堂々たる1軍男子の藤ケ瀬君は、やはり同じように顔面偏差値が高めの陽キャな連中にいつも囲まれていて、陰キャの俺とは、住む世界が違う。
 恐れ多くて近寄れない。ぶっちゃけ、怖い。だから、同じクラスでも、一言も話をしたことすらない。
 多分、俺の名前が「諏訪 遥斗(すわ はると)」だってことも知らないだろう。
 それなのに、だ。
 今日だって、休み時間や授業中、何回も藤ケ瀬君の鋭い視線に射すくめられて、息が止まりそうになった。
 
「あ----」 
 
 思わず、天を仰ぐ。
 今は4月。まだ、同じクラスになって1ヶ月もたってない。俺は、藤ケ瀬君に一体、何をやらかしたんだろう。

「⋯⋯やっぱり、これって、嫌われてるってことだよな?」
 
 胸のあたりがモヤモヤする。
 もちろん、藤ケ瀬君本人に直接、聞けるわけがないけど。
 いや、聞いてしまって『嫌いだ』って言われたら 、きっと立ち直れない。
 
「おっつ。⋯⋯てか、なに、ぼーと突っ立ってんの?」

 そう言いながら、背中を叩いてきたのは佐伯(さえき)だ。同中で、誰とでも仲良くできる才能の持ち主。
 佐伯と同じクラスじゃなかったら、人見知りな俺は、今ごろ、クラスでぼっちだったに違いない。

「ちょっと考えごとしてた。佐伯は、これから部活?」
「そう。おまえは?」
「俺も。この格好じゃ、帰れないでしょ」
 
 学校指定の野暮ったいジャージの胸元を引っ張って、ヘラっと笑いながら答える。
 ついでに手に持っていたスコップとジョウロを、小柄な俺より拳1個ぶん上にある、佐伯の目の前に突き出してみせた。

「あぁ、園芸部ね。そう言えば、新入生だれか入った?」
「ううん。今のところ、見学すら来てないよ」

 そりゃそうだろう、と自分でも思う。
 地味な男子がひとり。花壇でちまちまと土いじりしてるのを見て、興味を持つ人のほうが奇跡だ。
 ちなみに園芸部の部員は、俺ただ一人。

「あーそれで、死んだ魚の目してたのか。遥斗、どんまい」

 哀れみのこもった目をした佐伯が、俺の肩に腕をまわしてくる。

「死んだ魚じゃないし。それに部活のことで、悩んでるわけじゃないから」
「そうなの? 悩みごとあるなら聞くけど。あっ、ちょっと待って。気軽に聞いちゃって、平気なやつ?」
「うん、重たいやつじゃないから、大丈夫だよ」

 そう言ってみたものの、俺のなかでは結構、重たい。

「そう、ならよかった。じゃ、言ってみろよ」
「うん。藤ケ瀬君のことなんだけどさ」

 グラウンドの中央に顔を向ければ、何本も置かれたカラーコーンの間を、藤ケ瀬君が器用にドリブルですり抜けていく。
 バランスのとれた体躯。そこからスラりと伸びた長い手脚。しなやかに動く筋肉。それにあの顔だ。
 こうして眺めていれば、かっこ良さについ見惚れてしまう。
 そんな俺の視線の先をたどったと思われる佐伯が、ぽつりとおかしなことを言った。

「えっと。 遥斗が藤ケ瀬に、恋煩いってことでいい?」
「なんで、そうなるんだよ! とび過ぎだろ」

 とんでもない勘違いをする親友の腹を、軽く肘で押し返した。

「だって、藤ケ瀬ってイケメンだし、サッカーだってバカ上手(うま)だろ?女子だけじゃなくって、野郎のあいだでも憧れてるやつ多いからさ。てっきり、遥斗もかなって思って」
「違うし。⋯⋯なんか、俺、藤ケ瀬君に嫌われてるっぽいんだよね」
「え、気のせいじゃね? あいつ、愛想はよくないけど意外と誰にでもやさしいし」
「気のせいじゃないと思う。最近、授業中とか休み時間とか、一日に何回も、藤ケ瀬君に睨まれてるから」
「えっと⋯⋯」

 佐伯の目が泳ぐ。
 必死にフォローの言葉を探してるのが伝わってくるから、居たたまれない。

「ほら、あれだ。藤ケ瀬のやつ、遥斗のことを見惚(みと)れてたんだよ。うん、そうだ、間違いない」
「あのさ悪いけど、見惚れられる要素が、俺のなかに1ミリも見つからないんだけど」
「いやいや、意外なとこにあったんだよ。これが。ほら、この前、クラスでカラオケ行っただろ?」
「あぁ、あったね」

 陽キャ軍団がクラスラインで、出欠をとってたことを思い出す。もちろん、俺は行ってない。
 クラス替えしたばかりで、名前もあやふやな人達と何を話せばいいのかわからない。想像しただけで胃がちくちくした。だから、不参加のボタンを迷わず押したやつだ。

「そん時の調査によると、諏訪の印象は『話しかけづらい』『目をあわせない』って言うのが大半。 おまえ、へんに成績もいいから絡みづらいしな」
「⋯⋯本当にスミマセン。 クラスに馴染めるように努力します」

 恥ずかしいのと、申し訳わけなさで土下座したい気分だ。
 
「でも安心しろ。へこむのはまだ早い。 『諏訪君のうるうるした瞳が、子鹿みたいで萌える』とか、『男子校なら姫ポジになれそう』って、一部の女子達からは高評価を集めてたぞ」
「えっと、それって褒められてるのかな?」
「もちろん。だから、自信もてよ。藤ケ瀬は、遥斗に見惚れていた。そういうことに、しとこうぜ」

 はっはっと笑った佐伯が、俺の肩に腕をまわしたまま、もう一方の手でもにもにと俺の脇腹あたりを揉んできた。
 くすぐったい。
 スキンシップ過多な親友の手を、軽くいなしながら突っ込みを入れる。

「なに、その雑な結論は。藤ケ瀬君は腐女子でもないし、うちの学校は共学なんだけど」
「細かいところは気にすんなって。⋯⋯あっ、待て」
「うん?」

 佐伯の手が止まった。
 かと思ったら、俺に肩にまわされていた腕もぱっと離れた。

「⋯⋯遥斗、睨まれてんの俺かも」

 横を見たら、佐伯が直立した石像のように固まっている。
 その目が向いている先を追うと、女子達の頭越しに怖い顔をした藤ケ瀬君が見える。
 
 そう言えば、佐伯もサッカー部だった。

「えっと、佐伯が嫌われてるかどうかは、わかんないけど、藤ケ瀬君、怒ってそうだね。早く部活いったほうがいいかも」

 そりゃ、藤ケ瀬君からしたら、練習に参加しないでふざけてるチームメイトを見たら気分悪いよな。
 なんか、ストイックそうだし。

「やっばり? とりあえず、部活に行ってくるわ」
「ん、がんばって」
 
 サッカーコートに向かって「ふじがせぇ〜」と叫びながら、弾かれたように走り出した男の背中を、苦笑いをうかべて見送ってやった。 
 それにしても、なんで藤ケ瀬君は俺のことを睨んでくるんだろう?
 いくら考えても、すぐには答えはでなそうだ。
 あきらめた俺は、小さく息を吐き出すと花壇に向かって歩きだした。