不安げな君の顔に恋をした

「なぁ、俺今日から——」
「あ、会いにいくの? いってらっしゃい」

 おい湊、まだ言い切ってないぞ。
 昼休みになったので、神白に会いに行ってそこで一緒に飯食う、と伝えるつもりだったんだけど。
 ヒラヒラと手を振られ、既に送り出しが完了している。話さなくていいよってことか?

「え! どこ行くんだ! オレも行く!」
「僕と二人っきりは嫌なの?」
「そんなわけない!」
「そうだよね。じゃあそういうことだから」
「おう??」

 湊が甚鉄を上手くあしらって引き止めてくれたのをありがたく思いながら、約束した場所へ向かう。屋上手前の踊り場。
 神白は俺と二人だけの方がいいのか? 
 そういえばあいつが誰かと話しているところを見たことがないな。俺がぶっ倒れたときに妹と話しているのは見た。でも身内じゃよくわからないしな。
 女子に囲まれていたのは話していたにカウントできるか。でもすぐに引き返しちゃったからな。何もわからずだ。
 二人もそのうち紹介できたらいいんだけど。
 階段を上っていくとすでに床に座り込んでいる姿が見えた。

「待たせて悪い。何してるんだ?」
「及木」

 俺に気づいてふわりと微笑む。こうやって微笑まれる瞬間ってなんか、時間が引き伸ばされるというか、ゆったり流れる気がする。
 この顔を向けられるとやっぱり自己肯定感が上がる。心の中の幸せの水嵩がじわじわと上がっていく感じがする。
 口角が上がってニヤニヤしてたら嫌だから手で押さえておくか……。

「ゲームだよ」
「ゲーム? 意外だな。なんのゲーム?」
「これ。パズルゲーム。延々とできちゃうんだよね」

 聞きながら隣に腰をかけると、スマホの画面を見せてくれる。
 画面には、絶妙に可愛くない魚のキャラクターがパズルの前でプルプルと怯えている姿が映し出されていた。

「海外の絶妙に可愛くないキャラデザのやつか。広告で見かけたことあるぞ。これと、王様のやつとかも」
「いろんな種類あるよね。そのうちの1つだよ」
「あ」

 魚がデカい鮫にバクリと食われた。バシャバシャと暴れた後、沈んていった。俺に画面を見せていたせいでゲームオーバーになったらしい。
 なんかすまん、可愛くない魚よ……。

「すまん、ゲームオーバーになったぞ」
「いいよ。何度でも挑戦できるからね」
「へぇ。ならよかった」

 たぶん後で神白がサメをやっつけて、俺のせいで鮫に食われた恨みを晴らしてくれるだろ。よかったな、魚よ。

「及木はゲームやらないの?」
「やらないなぁ」

 流行りのものも定番のものもノータッチだな。禁止されてたとかじゃないのに全然やった記憶がない。
 スマホを持たせてもらってからアプリゲームも気になったけど結局やってないな。
 ランキングを上から全部見ていって、気になったやつはさらに詳細を見て。で、そこで終わりだったな。まぁいっか、でやらなかった。ランキング眺めるだけでも面白くはあったしそれで満足してた。

「それなんてやつ?」

 ゲームに興味がないわけじゃないから、神白がやってるなら俺もやってみたいな。

「これ? パニックフィッシュだよ」
「ネーミングが、そのままだな……」

 捻りがない。わかりやすくていいのか。
 頭の中で単純なゲームのタイトルを反芻していると、魚の最期がフラッシュバックした。待ってろ、俺も救ってやるから。
 ストアで名前を検索してダウンロードを押す。

「あ、同じのやってくれるの? 時間溶けるから気をつけてね。及木忙しいでしょ?」

 操作を見ていた神白からけったいな忠告が入った。
 溶かしてるんだな、時間を。そんなにお前はパズルゲームやってるのか。俺はそこまでハマれる自信がないぞ。

「言ってなかったっけ? 母さん退院したんだ。それでお見舞いに行ってた時間が空いたからちょっと暇なんだよ」
「そうだったんだ? 良かった。退院おめでとう」
「あぁ。ありがと。母さんに言っておく」

 妹と一緒で神白の姿見たら喜ぶんじゃないかな。
 他人の母親に対してまですぐにそういう言葉が出るなんて良いやつだな。

「母さんも今暇らしくてな。スムージーに手を出したんだよ。わざわざ専用の家庭用ミキサーも買って。で、気合い入れてやってたからみんなで飲んだらまぁ、不味かったんだよな」

 思い出したら舌が苦い。
 体力も食欲も完全には戻ってない。でも腹に入れたいし活動時間も増やしたいということで、スムージーに白羽の矢が立った。

「今の流れで不味かったんだ……?」

 母さんが初めて作ったスムージーを母さんと俺と妹で飲んでみて見事に『不味い!』って揃った。

「サラダは美味いと思うのに、スムージーは全然なんだよな。不思議だ。どっちも野菜なのに。ドロドロしてんのがいけないのかな」
「ドロドロしてるのがダメなら何しても厳しいけど、フルーツとか、ちょっとだけ蜂蜜入れるといいよ」
「さすが青果担当?」
「ちょっと違うかな……?」

 違ったか。でも笑ってくれたので良し。





 フワ……と欠伸が出る。もう3回目だ。手で口を覆い隠しても欠伸は止まってくれない。
 屋上手前の踊り場から階段は日陰になっていて適度に暗いから、それが瞼の重さに拍車をかけていく。

「眠いの? 珍しいね」
「んー、うん。眠いかも」

 時間溶けるから、と言われていた通りに時間をとかして睡眠時間が削られた。

「お前の言った通りにダラダラとゲーム続けちゃったんだよ」
「本当にやってくれたんだ? 嬉しい。面白かった?」
「なんというか……脳死で続けちゃう中毒性はあったな」
「うん。だから好きなんだよね」
「なるほど……?」

 俺が惰性でSNSを眺めたり、ショート動画を眺めたり、そういうことをするのと似た感じか……?
 最近は猫の動画ばかり見ていたから、ほとんどそれしか流れなくなってきた。可愛いから全然良いんだけど。

「それで眠いの? 寝不足になるくらいやったんだ?」

 フイッと顔を背ける。
 序盤は簡単だった。だから1回でクリアできなくなるところまで到達したらやめよう、と決めて続けたら苦戦せず。ダラダラと続けて気づいたら夜も更けて。じゃあレベルがキリのいいところで終えようとさらに続けた。

「レベル100になった。神白は?」
「これは2900くらいかな」
「これは、か」

 微笑みで返された。でもこれはわざとらしい笑顔だな。わかるぞ。図星を突かれてその顔を使って流そうとしてるんだな。それでも眩しいんだけどな。

「だから言ったのに。他のは教えない方がいいかな」
「そうだな……」

 教えられるほどいろいろやってるのか。他のもやっぱりとてつもなくレベルが高くなってるんだろうか。

「ちなみにこれってレベルどこまであるか知ってるか?」
「1万だったかな」
「……多過ぎるな」

 100ですげえやり過ぎたと思っていたのが小さく見えてきた。途方もない距離を感じて、返事しながらフワ……とまた大きな欠伸が出た。

「膝貸そうか?」
「膝?」

 ポンポンと膝、というか太ももを叩く仕草を見て膝枕のことかと理解した。

「いらねえよ……」

 なんでお前の膝に寝かしつけられるんだ……。ジト……と見てしまった。寝るならこのまま雑魚寝するって。

「じゃあもう少し眠くなるように他のゲームも教えようかな」
「目が覚めるんじゃなくて?」

 寝かしつけたいのか俺を。子供だと思われてんのかな。
 ゲームってどちらかというと興奮して眠れなくなるイメージだ。俺が今ちょっと眠いのは夜遅くまでやりすぎたせいでゲーム性のせいではない。

「単調で段々と眠くなってくるやつもあるんだよ。睡眠導入にいいよ」
「それはゲームとしてどうなんだ?」

 睡眠用に開発されたゲームじゃないんだよな? 楽しみ方が間違ってはいないだろうか。
 パズルゲームで睡眠なんてできないだろ。

「ね、これとか」

 神白がこっちにスマホの画面を向けてきたので、近寄って覗き込む。
 スイっと操作してスタートさせる。俺を寝かしつけるために紹介がてらゲームをプレイしてるところを見せてくれるみたいだ。軽快に動く指と、連動して動くスマホの中のパズルのキー。
 俺より当然のようにパズルを解いていくのが早いし、操作も慣れてるんだろう、淀みがない。
 自分がするより、人がプレイしてるのを見る方が好きかも。してなくても楽しいぞ。
 なるほど、だからYouTuberとかライブ配信が流行ってんだな。やっと俺の思考が時代に追いついたかもしれない。遅い。

「これは指示通りに順番に並び替えていくやつ。同じ色で揃えるやつもあるよ」
「へぇ」

 操作としては単調なはずなのに見続けられる。
 1つのことだけを続けるって中毒性があるものなのか。ゲームで時間制限があるのも必死さが増していいんだろうな。

「そういやパズルって言えばジグソーパズルが定番な気がするけど、やらないのか?」
「デジタルでやるジグソーパズルは楽しくないんだよね。画面が狭いし、ピースの嵌った感じもないから。おれは楽しめなかったんだ」

 へぇ。
 机いっぱいの大きいジグソーパズルをする神白が簡単に想像できた。似合う。
 1つ1つ丁寧にピーズを埋めていく神白なんて永遠に見てられそう。

「買ってみようかな? ほどほどのサイズからね。見てるだけじゃなくて一緒に——」

 フッと意識が浮上すると目の前に神白の顔が。前というか上か?
 そのさらに向こうにグレーの天井が見えるということは……。
 待ってくれ。これはまた寝てたってことか。そしてお前はずっとゲームをしてたのか? スマホ置くのが見えたぞ。

「俺お前といると寝ちゃうんだけど……なんか出てんのか?」
「おはよ」

 微笑みが上から降ってきた。はらはらと花が舞ってきそうだぞ……。目が潰れる……。
 マジで膝枕されてるし。膝枕なんて初めてされた。柔らかくは、ないな。安定感はバッチリだ。
 寝落ちした瞬間の記憶がない。俺から神白の膝にダイブしたなんてことはないよな?
 でも神白がわざわざ俺を横になるように姿勢を変えたっているのもそれはそれで落ち着かない……。
 ……俺のこと運べるんだもんな。余裕でそのくらいはするか……。

「今予鈴鳴ったよ。このままサボる?」
「ダメ。お前もうサボれる単位ないだろ……」

 ふわふわした気持ちがサッと覚めた。留年も退学もしてほしくないから間髪入れずに返したが、言い終わってからヤバいと気づきパッと自分の手で口を塞ぐ。
 余計なこと言った。頭の中をグルグルと回転させ、どう言い訳したものかと考える。
 勝手に出席日数とか単位とか把握してるって気持ち悪いし、余計だって怒られる……。

「いや、あのだな……」
「残念」

 目を細めて本当に残念そうに肩をすくめられた。
 サボるのを諦めて教室に向かってくれるかと思いきや、手がスッと伸びてきて俺の頭に着地。デコの辺りから後ろに向かってするりと撫でられた。その手を止める様子はない。

「??」

 纏まらなかった言い訳がボロボロとそのまま崩れて消えていく。
 甚鉄たちと一緒にいるときの空気感や時間の流れと違すぎてどうしていいかわかんねえ……。
 猫に懐かれた感覚だったのに。なんだ、これ? 今は虎に撫でられてるみたいだ。
 髪を梳かれながら撫でられる感覚が心地よくて、また寝ちゃいそうなんだけど。眠りこける前に体を起こさなければと思うのに。
 いつ起きればいいんだこれ。時間ヤバ……。