不安げな君の顔に恋をした

 全快。
 頭が晴れ、体も軽く自由に動く。健康って素晴らしい。
 神白が何度かうちに様子を見に来てくれたおかげで特に問題が起こるともなく。長時間滞在することはなかったので俺の心労もなく。
 なお親父は今日帰って来られるらしい。もう治ったので遅い……!
 ベッドから起き上がりカーテンをを開ければ燦々と降り注ぐ陽射しが気持ちいい。朝から太陽を浴びて活動できるのはありがたいな。妹にもちゃんと朝ごはん作ってやれるし。
 なるほど、たしかに俺は具合が悪かったらしい。
 とはいえ、風邪引くならテストが終わった後にしてくれればいいものを。こんな直前に引くなんてな。
 神白のためにノートつくってみたりもしたけど、まず自分の分をやらないとどうにもならん。バサバサと机の上に散らかしたままのノートを、今日必要な分とそれ以外にわけていく。
 今日必要なものはこれ、こっちはいらんと仕分けして、はたと気づく。
 メモがない。
 あいつのために先生から聞いた保健室受験と保健室登校についてまとめたメモ。ノートと一緒に管理してたからこの辺に転がってるはず……。
 どこにしまったっけ? 落ちてもないな。寝込んでて机は触ってないし。夢遊病なことみたいになってない限りは。過去一で眠ってたから記憶が飛び飛びなんだよな。あいつがいるとグッスリ眠れる気がする——。いや考えるのやめよう、また熱が上がったら困る。
 まぁ、いいか。メモは覚えてるから書き直せばいい。書き直したところで渡せる気はしないけど。ノートも、まぁ、それ自体は無駄になっても勉強は無駄にならんからな。
 さっさとやることやって学校行くか。
 まずは飯作って。その前に妹起こすか。





「久しぶりだな!」
「元気そうだね、よかった」
「久しぶりだな。めっちゃくちゃ元気だぞ」

 甚鉄のハリのあるデカい声と、湊の平坦で穏やかな声が、いつも通りの日々に戻ったと教えてくれる。

「お前たちも突然の風邪には気をつけろよ」
「風邪は突然引くことないでしょ。少し前から体調崩してたのかもね。全然気づけなかったよ」
「自分でもわかってなかったし、気づく方が難しいだろ」

 そんな中で俺が具合悪いって気づいた神白は目ざといのか、ただの有能か、俺の体調が完全に限界に達していたのか。
 ただの有能だったな……。きっちり看病されたんだから……。どんどん株が上がってるように思う。

「風邪引かない仲間だと思ってたのに裏切られたなー」
「風邪引かない仲間ではいたかったよ、俺も」

 バカは風邪を引かない。ではなく。バカは風邪に気づかない。
 どっちも正しいと思うし、どっちにも当てはまってしまった俺はやっぱりバカなんだろう。
 風邪引いたから俺はバカじゃなかったと、風邪を引いてる最中に妹に愚痴ったら『夏風邪引くのはバカだけなんだよ。良いやつなだけでバカだよお兄ちゃんは』と言われた。良いやつだけでいいだろ。

「富貴と飛燕ちゃんだけだったんだよね? 大丈夫って言われたからお見舞い行かなかったけど」
「あ〜〜、その、近所の人が。気を遣ってくれて……いたので……」
「へぇ、今どき親切な人もいるんだね」
「本当に……」

 親切なやつもいるし、妹が俺以上にしっかり者かもしれないということを目の当たりにさせられた。料理さえできれば完璧だったかもしれない。いや、欠点があるくらいがちょうどいいのか……。
 思い出すとまた熱が上がりそう。もしかしてあいつが高熱の原因だったか。

「近所の人は行ったのか! オレも富貴のお見舞い行きたかったぞ!」
「その気持ちは大変嬉しいが甚鉄が来たら悪化するわ」
「……わかる!」
「わかるんじゃねえよ……」

 甚鉄が家に来る方が心臓には優しい。ぜひ悪化させないようになってほしい。そうなってくれれば、もう風邪引くつもりはないが、もし、万が一、また風邪引いたときは呼ぶから。あ、ダメだ。こいつ大人しくなったとしても、家のこと全然できないんだった。

「お見舞いの代わりにノート貸してやる!」
「あぁ、ありがとな。湊に借りるから大丈夫だ」
「受け取れよ!」

 押し付けられるので渋々受け取り、ペラペラと中を確認する。もしかして本当に俺のことを思って素晴らしいノート制作ができるようになっているかも。……うん、返却だ。

「うん、お前のノートじゃわからん。同じクラスの湊の方が進み具合とかの関係でいいんだよ。なんかこうな」
「なるほど。じゃー仕方ねーな! 富貴がノート取ったらそれオレにも教えてくれよな!」
「通常営業だなぁ」

 自分でノート取ったんだろ。使えよ自分のを。
 俺が甚鉄のノートを解読できないのはまだしも、自分自身でも解読できないのはまずいだろ。何のためのノートだ。

「そうだ。メッセージで送ったやつ。化学のテスト範囲が変わるよ」
「増やされるんだっけ」
「そう。よりにもよって化学なんて富貴ついてないね」
「本当だよ」

 俺が風邪引いてるときに嫌なことしやがって。余計に嫌いになりそうだ。もう十分すぎるくらい嫌いになってるのに。

「僕は点稼げそうでラッキーなんだ。今の範囲楽しいから」
「羨ましい限りだな」
「本当だな!」

 どこがどう変わるのか教えてもらい、メモ。
 学校来なくてもいいからテストは受けにきてくれるといいなぁ。選択肢が残るから。





「夏休みだぞ!」
「まだあと1週間ちょいあるから」

 気が早い。これからテストの返却があるんだ。現実逃避するんじゃねえ。
 テストは無事に終わった。テスト結果も無事だという保証はない。

「期末終わったら夏休みみたいなもんだろ! 夏は短い。予定を立てるぞ!」
「んー……」

 結局メモ渡しそびれたんだよな。そびれてないか。俺が神白に渡さなかったんだ。
 二星先生から連絡がいってるだろうけど、どうなったんだろう。
 テスト受けに来たのかなあいつ。
 受けてなくて単位が足りないとかだったら悔やまれるなー……。期末テストも受けなかったら留年なのか、それともまだ救済措置があるのか。この辺りは先生に聞いてないからわからないな。

「僕は8月に公開される映画見に行きたい。好きで読んでた本の映画化なんだよね」
「おう! ミステリーだよな、映画ならオレにも理解できるか!」
「映像あるとわかりやすいよね」
「おう! 爆発シーンがあるともっといいな」
「たぶんないんじゃないかな今回のは……」
「じゃあオレが川に飛び込んで爆発シーン作るか!」

——及木は……。いや、なんでもないよ。

 テスト前日に会ったときに神白に何か訊かれかけた。
 なんでもない、と言われたものを無理に聞き出すことはできず、何が知りたかったのかわからないままだ。
 次の日からテスト期間に入り、いつもの時間割から変更されていてその後から会ってない。とは言え毎日顔を合わせていたわけじゃないし。
 会えなくなる前にちゃんとお礼ができて良かったな。妹と一緒に看病のお礼をして菓子折りを渡した。何が好きなのか知らないから、妹のセンスで選んでもらった甘い焼き菓子のセット。
 正直あいつがバイトに行く時間を把握し始めてたから、すれ違えるように調整してたところがあった。6限まで授業があるとちょうどよく会えるんだよな。
 やば、ストーカーみたいかも……。

「おい聞いてんのか!」
「悪い、なに?」

 聞いてなかった、すまん。夏休みの話題だったことは理解しているぞ。

「映画と、夏祭りと、花火大会と、川遊びと、山登り!」
「後半本当にするつもりなの? 僕体力が……」
「あー……お前の宿題手伝う以外ならなんでもいいぞ」
「それは無理な話だな!」

 悔やんでも遅い。でも求められてないことを勝手にするのは良くないことだから。俺のエゴなんて。
 でも相手にバレない限りは、セーフ……ということにしたい。もし、単位が足りてるなら。