不安げな君の顔に恋をした

 あいつ神白だよな……?
 何やってるんだ? 食料品コーナーのバイトがフードコートの清掃とかゴミの片付けって、さすがに業務外だよな……? いくらルポマ併設のフードコートとはいえ、業務内容が違すぎるだろ。
 布巾が置いてある台の片付けっぽいことしてるから、バイトで間違ってないんだろうけど……。
 あ、つまりバイト掛け持ちしてんのか?
 ……アクティブな不登校児だな。なんで不登校なんてやってるんだ……?
 でも元気に活動できることはいいことだな。動けるって素晴らしいって母さん見てると考えざるを得ないから。

「何見てるの? 清掃の人?」
「え? あー、うん」

 見過ぎたか。視線を手元にある英語の教科書に向けて誤魔化す。

「大学生のバイトかな? 若い人が清掃やってるなんて珍しいね」
「あいつ同級生」
「え? 同級生? あの身長で? あんな背の高い人見た覚えないけど。羨ましい……」

 俺と同じ感想を持ってくれて大変嬉しい。
 身長が3センチ差に迫ってきている横に座る(みなと)を見て、平均ってこれくらいだよなと考える。
 あぁでもこいつ去年から急激に伸びてきてるから、来年には越されてそうなんだよな……。考えるのやめよう。

「俺たちのクラスから離れたクラスの不登校児だから見ないだろうな」
「あー……、なるほど。またなんかやってるんだ」
「なんで不登校のやつを知ってんだ! 不登校なら学校で見ることないだろ! あっ! オレ賢い!」

 それはその通りだな。でもお前が賢いかどうかは議論したい。

二星(ふたほし)先生に頼まれて顔知ったんだよ」
「二星……? あ! 煮干し先生か!」
甚鉄(じんてつ)、お前また変なあだ名……」

 にぼしってたしかに読めるけど。
 そういえば俺のときは蕗の薹!って言われたな。こいつ、食べ物が好きなだけかもしれん……。

「富貴こそまた世話焼きしてるのか」
「してないけど」
「してないのかよ」
「あれ? してないんだ」

 最初の一回、行ったっきりだな。そのときも何もしてないし。
 先生に頼まれたのに何もしてないことになるのか? いやでも見には行ったからセーフだろ。

「世話焼きどこに行ったんだ?」
「拒否されたから」
「そういうやつだよお前は!」
「なんか含みがある言い方だな」

 チラリと目線を上げる。
 清掃バイトはエプロンじゃなくて専用の制服があるのか。食料品コーナーのエプロンよりダサい気がするけど、あいつが着てると様になるんだな。

「何もしてないならオレのテストの面倒見てくれよ、ヤバいんだけど!」
「お前がテストやばくないときなんてないんだから気にすんな」
「たしかに!」

 つーか毎回面倒見てるじゃん……。今もまさにそうだろ。いや、テストじゃなくて週明け当てられそうだから助けろだったか。
 俺が今日は暇だってどこから入手してきたんだ。『集合!』のメッセージで朝起こされるとは思わなかった。朝から集まることなんてそうない癖に……。5時は早すぎ。目が覚めて暇だったとかそんな感じなんだろうな。

「富貴って今お母さんのお見舞いとか行ってるんじゃなかったっけ? 今日は良かったの?」
「今日は飛燕ちゃんに来るなって言われたから」
「仲良いのになんでまた?」
「風呂介助」
「あぁ〜、それはまぁ、そうだね」
「うん。飛燕ちゃんが張り切ってたから任せた」

 今日は親父も家に帰ってきてて一緒に行ったし、俺がいなくても問題ない。妹が自立していっていて若干寂しい気もするが。
 神白の方に視線を戻すと、ウォーターサーバーの置かれた台を拭いている。四角い角を丸く拭かず、きちんと角まで。角まで行ったら直角にターンする。
 一つ一つが丁寧なんだよな。ゆっくりだけどトロくない。意味なく見てられる動きだな。つい目が追っていく。

「あ」

 拭き終わって体を上げた神白と目が合う。
 戸惑ってますって感じが全身から漂ってんな。フラフラと視線が彷徨ってると思う。ちょっと遠くて絶対とは言えない。
 まぁ、また遭遇したのかよって感じだもんな。
 無視するのもアレだし、手振っておくか。
 ……お? パチリってされたか? 瞼が上から下にゆっくり閉じられた気がする。

「なんだ、嫌われてんな!」
「……うるせえ」

 俺のこと見てんじゃねえよ……。ブーメランだけど。
 なんだよ。たしかにすぐ逸らして向こうに歩いて行ったけど。甚鉄からはそう見えたのか。
 目礼されたと思ったのに、勘違いだったか……?





「明日のママの転院はパパが大活躍するので、富貴は休んでていいよ! 今日みたいに友達と遊びに行ってもいいし、家でゴロゴロしててもいい!」
「その心は?」
「うっ……。ママが富貴のことばっかり頼りにするので格好つけたいです……」

 そりゃ親父は単身赴任で近くにいないんだから、消去法で俺に頼るだろ。
 別に頼ってないわけじゃなくて物理的な制限だ。ちゃんと母さんからも連絡してるし、俺からも伝言伝えてるのに、この親父……。

「人手はあって損はないと思うけど?」
「はい! 情けないパパのために私が出動します! 実は今日病院にいるときに頼まれたの」
「ば、バラしたら意味な……、え、情けな……い……?」

 一口大に切り分けたハンバーグを口に運ぶ前に落とすんじゃねえ。散らかすんじゃねえ……。テーブルの上を片付けるのも俺なんだよ。
 夕飯までに時間があったからちょっと頑張って作ってみた形の悪いハンバーグだからってよ。ちょっと焦げたとはいえ……。大切に食え。
 味見もしたし、今自分で食べてみても普通に美味い、はず。うん、味は悪くないんだ。拾って食えよ。

「でも車運転できるのはパパだけだから! ここで活躍しないと存在忘れられそうなんだ……! 威厳を回復しなければならない!」

 末っ子に頼ってる時点で威厳はないって気づいた方がいいだろ……。
 そんな下手な真似しなくても信頼はあるだろうに。知らんけど……。

「はいはい。安全運転でよろしく」
「もちろん! パパに任せておけば大丈夫だから!」
「私が見てるから安心していいよ、お兄ちゃん」
「うん」

 親父より妹の言葉の方が信頼できる。
 まぁ、いらないって言うなら押し通すことでもないし。久しぶりに家でゴロゴロするか。





 親父のやつ!
 母さんに感謝されて笑顔見れて、喜んで安堵して、気分が良くなったのかなんだか知らねえが、調子に乗って妹のサラダ用の野菜も、俺の肉も食い尽くしやがって!
 朝ごはん分はちゃっかり残ってたけど。でも今日の夕飯の分には足らない。
 作った俺も俺だけどさ。だいぶ慣れてきた気がしてたから、つい頼まれるがままに作ったけどさ。結局忙しくなってゴロゴロした分が全部飛んでったぞ! レトルト合わせ調味料万歳だった……!
 あれでも一応父親だし、文句も言わず立ててやったけど。母さんのサポートするには俺にも限界があるから。飯くらい作って労わってやろうと思ったんだけど。これはやっぱ、威厳はマイナス一直線だろ。
 買い物くらい手伝ってから赴任先に戻ってもよくないか? バタバタと戻って行った感じだったけど、そんなに忙しいのか。なら、仕方ないか……? ブラックだったらどうしようか……。
 なんかイライラが萎んできたな。どうでもよくなってきた……。
 どこに何が置いてあるか把握が済んだルポマで、手際よく、とはならないが必要なものをカゴに放り込んでいく。
 レタスとキャベツの違いはもう完璧だ。間違えて妹に可哀想な目で見られることはない。
 レタスは透き通っていて若干小さい方。つまりこっちの棚にあるやつ。札を見ればいいだけだが思い込みで選んじゃうんだよな。初心者の悪いところだ。
 サイズは半分または4分の1のものだ。母さんが丸のままのやつを買っていた記憶があったから最初は真似したが、嵩張るし丁度良く使い切ることができなくて無駄にした……。

「これここから取っていいですか?」
「はい。どうぞ」
「どうも。ん……? あ、神白じゃん」

 聞いたことある声だと思って顔を見やったら、最近よく会う隣の不登校児。レジで見かけたときと同じ格好で、今日はレタスの品出しか。働き者だな。
 声聞いたのは最初に会った以来か? だけどしょっちゅう見かけるし、まぁまぁ耳に残ってるからなぁ。久しぶりの感覚がない。

「……また会ったな」

 こう何度も遭遇すると面白くなってくる。あんなに丁寧に、壁というかドアを隔てて袂が分たれた、みたいだったのに。
 やばい、つい笑っちゃったかも。

「なぁ青果担当なのか? レタスってどれがいいんだ?」
「……え?」
「飛燕ちゃん、あー、妹がよく食べるんだよレタス」

 ちょうど品出ししてて、たくさん並んでるからできれば良いやつがほしい。同じ金払うんだし。でも違いがわからん。
 せっかくなら良いやつ選んで妹のサラダの見た目と味ををよくしてやりたい。
 年頃らしく体型を気にして、サラダが、野菜が、って言うから。どんな理由であれ野菜食うのは素晴らしい。下手に量は減らさず運動してるところもさすが妹。

「……こういうのがいいって聞いたよ」

 台車の上に乗ったカゴの中から、いくつかヒョイと持ち上げて確認した後1つ選び取った。ぱっと見だと違いがわからないけど、迷うことなく選んだから明確な基準があるんだな。

「葉の巻がゆるめで軽いものとか、芯の高さがあんまりないのがいいんだって」
「へぇ!」

 さすが青果担当か。物知りだな。
 手渡してくれたので受け取る。普段買ってるのとやっぱり違いはわからない。後で料理に使う前にまじまじと見てみようと決めた。

「サンキュ、じゃあバイト頑張って」
「……」

 知りたいことを知れたのでバイトの邪魔をしないようにさっさと去る。荷物持ちの手伝いするって言ってついて来たのに早々に消えていった妹も探さないといけないし。

「おにっ……! お兄ちゃん!」
「あ、いた。走るんじゃない」

 妹の方が俺を見つけてくれたみたいだ。慌ててどうした。危ないから走るんじゃない。

「どこ行ってたんだ。何そのアイス」
「いいの! パパに別腹で請求するから!」

 なるほど。妹の方がしっかりしてるかも。
 体型気にしつつも甘いものもしっかり摂取しちゃう飛燕ちゃんはまだまだ可愛いらしい。

「お兄ちゃんもパパになんか要求すればいいと思う」
「俺は別に」
「欲がないなー」

 欲しいのものか。すぐには思い当たらないな……。

「飛燕ちゃんがアイスもう1個要求すればいい。それよりやっぱ今日荷物重くなりそう。手伝わせて悪いな」
「そのためについて来たんじゃん! 大丈夫、ちゃんとパパに文句言うから。お兄ちゃんの分も言っておいてあげる」
「そりゃどーも」

 親父よ。母さんからの株は上がったかもしれないけど、飛燕ちゃんからの株は下がってる気がするぞ。

「ていうかお兄ちゃん! あのイケメンと知り合い!?」

 あのイケメンってどのイケメンだ。神白のことでいいのか?

「知り合——、いや、どうなんだろうな」
「え? 何それ? もう、アイスじゃなくて、お兄ちゃんについて回ればよかったかもー」

 知り合いね。知ってはいるけど。知り合いと言えるほどでもないな。
 さっきのアレは会話にカウントしていいものなのか。店員と客の質疑応答的なやりとりみたいなもんだし。
 にしても、マスクしてても漏れ出る美形とか。妹の目を奪うとはなかなかやるな。